第99話 祝宴 in エルフの里
―――紋章の森・エルフの里
獣王レオンハルトから許可印をギルド証に刻んでもらい、転移門による移動先に獣国ガウンが新たに加わった。ガウンの転移門もトラージと同じく城内で管理しているらしい。門の担当者には話を通しておくから好きに使うといい、とレオンハルトは豪胆だ。
ちなみに、その日の夜のうちにガウン軍が紋章の森に入り、新たな国境警備隊として配置された。目にすることはなかったが、レオンハルトの息子である王子が率いる精鋭部隊だそうだ。
「タイミングよくモンスターの討伐が終わってな。そのまま警備に当たらせることとした」
とレオンハルトは言っているが、恐らくは万が一に備えて付近で部隊を伏せさせていたんだろう。試験の失敗で里が死に絶えてしまっては元も子もないからな。
そしてその夜はエルフ達と共に盛大に盛り上がった。里の総力を上げて開かれた宴、普段はメイドとして働くエフィルもこの時ばかりは楽しんでいたようだ。エフィルにしては珍しく、結構食べていたしな。ハーフと言えど食べ物の好みは似ているのかもしれない。
料理は果物やキノコといった森に因んだ物が多く、味付けはシンプルなもの。それ以外にも狩猟で獲た猪型モンスターの肉料理なども提供された。どちらかと言えば、これは俺達や里の警備に当たるガウン兵に対しての配慮かな。食べ馴染んだエフィルの料理に比べるとやはり物足りなさは感じたが、エルフ達がどんどん勧めてくるのでつい食べ過ぎてしまった。いや、これでもメルフィーナの五分の一の量も食べてないんだ。あいつ、明らかに体の体積以上の料理を口にしているよ。
そんな中、度々長老の娘さんが果実酒の給仕に来るのだが、受ける度に獣王ではないかと気を張ったものだ。鑑定眼でも見抜けないのはやはり厄介だな。気配までそれらしくなるし、これを長老に見抜けと言うのも酷な話だと思う。
あとはいつもの宴会の流れだ。デロデロに酔ったセラが俺に絡みだして離れない。何時の間にか拵えられたお立ち台にジェラールが立ち、今回の戦いのハイライト場面を演じだす。
「ケ~ルヴィ~ン! 少しはー、ヒック! 私を褒めてくれぇ~たって~、いいにゃないのよ~!」
「分かってる分かってる、セラも頑張ったもんな。よしよし、だから力一杯腕を締めるの止めろ」
「ま~たぁ~、そうやって誤魔化す~!」
「それでワシはこう言い放ったのじゃ。 ―――ここを通りたくば、ワシを倒してゆけい!」
「「「おおー!」」」
(いや、お前戦ってないだろ)
「ちょっと~、どっち向いてるのよ~?」
―――ミシミシ。
始めはマイペースに飲んでいた俺も結局はどんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまう。そして俺の骨が軋む、やばい。
「あ、ケルにい見っけ! ねえねえ、あっちでメルねえが凄いことになってるよ」
「俺の左腕も凄いことになってるんだけど?」
「え、それって役得じゃないの? ほら、漫画とかでよくある感じで」
いや、もう腕の感覚がないし。骨が折れる前に回復魔法を使って立て直すのも結構しんどいんですよ?
「ああ、そうそう! メルねえがガウンの兵士を相手取って大食い対決してるんだ。今6人抜きしてるとこ! 食材が足りなくて今エルフの人達が狩りに行ってるみたい」
「……まだ食う余裕があったんだな、メルのやつ」
俺と飯を食ってる時には、もう何人前かの料理は平らげていたはずなんだけど……
「リィ~オ~ン、今は私の時間にぁのよ~。邪魔しないでよ~」
「はいはい、セラねえはもう寝よう? 明日の朝には出発するんだから」
「い~や~!」
小柄なリオンが俺からセラを無理矢理引き剥がし、そのままおんぶする。僅かにセラも抵抗していたが、ここまで泥酔していては素面のリオンには敵わないかな。おんぶの体勢になって眠気がきたのか、セラはすやすやと眠り出した。
「お疲れ様だね、ケルにい」
「助かったよ、リオン。そろそろ本気で腕があらぬ方向に曲がるところだった」
「それだけセラねえに想われてるってことだよ。男ならちゃんと受け止めなくちゃ」
努力はしているんだけどな。『鉄壁』のスキルランクアップでもしようかしら。
「それじゃ、もう遅い時間だし僕はセラねえを連れてもう寝るね」
「そっか。おやすみ、リオン。何度も言うが、今日は本当に良くやってくれた」
「ケルにいの采配が良かったんだよ。僕はやりたいことをやっただけだしね。でも僕もご褒美が欲しいかなー」
「ご褒美? 何か欲しい物でもあるのか?」
「んー、やっぱり内緒。おやすみ~」
リオンとセラを見送り、漸くひとりになる。
さて、そろそろいい時間帯。明日は午前中からパーズに帰る予定だ。リオンとセラは寝たし、俺も明日に備えて寝るとしようか。ジェラールは放っておいても時間には起きてくるから安心だが、メルフィーナは朝が弱い。未だ大食いの最中なんだろうが、無理にでも寝かせるか。
「あとは…… エフィル」
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―――エルフの里・防壁
穏やかな風が流れる防壁の上、広場から聞こえる宴の音もここでは静かなものだ。
金の髪が風になびく。エフィルはそこにひとり佇み、東の空を見ていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「あ…… ご主人様」
俺が声を掛けるとエフィルは直ぐに気が付いたようで、にこやかに返事をしてくれた。慣れぬ酒をほんの少し飲んだ為か、エフィルの顔が赤い。
「この防壁も明日には解除しないとな。しっかり元通りにするって約束だし」
「長老様はこのままで良いと仰られていましたよ。思いの他、里の方々にも好評のようですし」
「そうか? なら、このままでいいかな」
「きっと喜ばれます。でも、堀の水は普通のものに戻しておきましょうね」
クスクスと笑いがこぼれる。
「顔が随分赤いけど、飲み過ぎたか?」
「い、いえ。これは違うんです。お酒は最初の一杯だけでしたので……」
「そうか? 里の人達から色々感謝されて疲れたんだろ。無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
会話が途切れ、やや間が空く。エフィルの顔を相変わらず赤いが、その表情は神妙な面持ちだった。
「この里に来て、本当に良かったと思います。長老様や里の皆様はハーフの私を暖かく迎えてくれましたし、何よりも母のことを知ることができました」
エフィルの母、ルーミル。エフィルと非常に似た容姿をした、今はもう亡くなってしまった故人。実際に再会することはできなかったが、これまで天涯孤独であったエフィルにとっては、掛け替えのない価値のある知らせ、だったのかもしれない。
「父や私が産まれた経緯までは分かりませんでしたが、それ以上に嬉しいこともありましたし……」
言葉が後半になるに連れ声が小さくなり、最後はごにょごにょとしか聞こえなかった。ただ、声量とは逆に顔は益々赤くなっていく。
「エ、エフィル、本当に大丈夫か? もう遅いし、寝るとしよう」
「は、はい! ご一緒します! ……あの、ご主人様」
防壁の階段を降りようとしたその時、再びエフィルから呼び止められる。
「私、これまで以上に、一生懸命に尽力致します。ですから、これから一生涯、ご主人様にお仕えしても、よろしいでしょうか……?」
自らの首輪に手をやり、やや眼を逸らして緊張した様子でエフィルが言う。エフィルが首に着けているのは『従属の首輪』。本来は奴隷を従わせる為だけのアイテムだが、エフィルにとっては必要のない代物。首輪を解除しようと俺は何度も持ち掛けたのだが、エフィルはその度に頑なに拒んだ。
『これはご主人様から頂いた、私の誇りなんです。どうか、このままで……』
エフィルが俺の返事を待つ。そんな心配そうな顔をしなくても、俺の答えは決まっているのにな。
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―――紋章の森・エルフの里
舞台は移り変わり、ジェラールが熱演するお立ち台。
「そして我が主、ケルヴィンは敵将にこう叫んだのじゃ…… 俺の女に手を出すんじゃねえよ!」
「「「ヒューっ!」」」
「ふう、なかなかの珍味でしたね。ご馳走様でした」
ジェラール迫真の演技に盛り上がりのピークにいるエルフ達と、死屍累々のガウン兵の中心で手を合わせるメルフィーナ。カオスな場面である。
『さて、ジェラール。私もそろそろ就床しま――― はっ!?』
『む、どうされた、姫様?』
何やら一仕事した雰囲気のジェラールは溌剌としている。
『ジェラール、防壁の上です。エフィルに付添っているクロトを通して辺りの声を聞いてみてください』
『―――ほほう、これは。王は意思疎通を閉じておるが、クロトの存在を忘れていたようじゃな』
『す、凄く気障な台詞ですね。聞いてる私が恥ずかしいです』
『……よし!』
ジェラールがお立ち台に再び登る。
「待たせたな、皆の者! ここからが本当に面白いところじゃ、心して聴けい! ジェラール演じる物語の最終章、いくぞぉー!」
「「「うおおおー!」」」
湧き上がるエルフと何時の間にか生き返ったガウン兵。
「あ、言ってしまうんですね…… あなた様、申し訳ございません」
この夜、ケルヴィンの胸には深い深い黒歴史が刻まれた。




