第396話 挑戦の時間
本日の日程確認を終え、本格的に式の準備へと取り掛かる。とは言っても、俺がする事と言えば着替えをする、戦う、酒を飲むくらいなもので、トライセンやトラージの時のように、国を挙げた特別な催しに参加する訳ではない。そういった点は気が楽なのだが、その分、濃いお酒の付き合いが待っているんだよなぁと、明日の二日酔いを心配していたり。いや、エフィルが万全を期してくれたんだ。きっと、そうはならないだろう。俺はエフィルを信じている……!
ちなみに本日の式には、開催国である獣国ガウンからも何名か来てくれている。A級冒険者にして彼の国の王子、トライセン軍との戦いで共闘してくれたサバトと、そのパーティの面々(昨日から参加していたのか、サバトとグインは既にノックダウン状態)。今日も今日とてウィアルさんの姿に変身し、本人が式の準備で忙しそうにしているのに、エルフの酒飲み達に交じって酒樽を飲み干している獣王レオンハルト(ウィアルさんがすっごい睨んでる)。その不死性はアルコールに対しても有効なのか、他の飲兵衛達にも負けない勢いで酒を浴びているニトのおじさん(ガウンに居たのか)。その他にも、ガウンに縁のある人々が手土産の酒を携えて集合――― うん、ご祝儀の代わりとばかりに、全員が酒を持参して来たんだ。どうやらエルフが酒飲みってのは、結構な周知の事実であるらしい。
「禁酒エリアに居るセラが無事だと良いが……」
「ほう、仲間の心配をする暇があるとは、随分と余裕そうだな?」
「ん? ああ、ケルヴィムか」
はて、何用だろうか? そう言えば、今日はまだ脱いでいないんだな、珍しい。あの場に居たのなら、てっきり裸踊りの一つでも披露していたものかと。
「おい、今何か不遜な考えを巡らせなかったか?」
「気のせいだろ。それで、どうしたんだ? 俺の着替えを覗きに来たって訳ではないんだろう?」
「当然だ。何、これからアダムスと戦おうとする大馬鹿者の顔を、負かされる前に一目見ておこうと思ってな。想像していた通り、呑気に過ごせていたようで何よりだ」
「初っ端から好き放題言ってくれるじゃないか。まっ、緊張でガチガチになっているよりも、呑気に勝利を夢見ていた方が、まだマシじゃないか?」
「……フッ、減らず口でも叩けるだけマシ、と言う事か」
納得した様子で、そのまま控え室の椅子に座るケルヴィム。え、このまま居座るの?
「お前、まさか本当に覗きが目的で……?」
「おい、減らず口も大概にしておけよ?」
いや、今のは割と本気で心配になってしまったのだが…… 言ったらキレそうだし、黙っとこ。
「まあそれをさて置いたとしても、じゃあ一体どうしたって話だよ? 俺、今日もそんなに暇じゃないぞ? あ、いや、後半の酒飲みタイムなら、有り余るほど喋る時間が確保できると思うけど―――」
「―――ケルヴィン、お前は下界の出自でありながら、俺と戦い引き分けた猛者だ。昨日のマリアとの戦いも、見事だったと言わざるを得ない。我々十権能では、あれほどまでの連携を取る事など、到底できなかっただろう。言ってしまえばマリアに勝利したあの瞬間、お前達は十権能を越えたのだ。誇れ、胸を張れ、お前達は強い」
「お、おう、それはありがとう……?」
急にシリアスな口調で褒めてくるじゃないか。ひょっとしてこれ、ケルヴィムなりの御祝儀?
「だが、だからこそ警告する。お前達ではアダムスには勝てない。今更勝負するのを止められはしないだろうが、敗北を理由に式を取り止めるのは撤回しておけ。アダムスであれば、それも許してくれるだろう」
……ほう?
「へえ、何とも興味深い警告だな? 俺達が勝つ可能性が、僅かにでもないとでも?」
「先に言っておくが、勘違いするな。俺は喧嘩を売っている訳ではない。お前達の力を認めているからこそ、こうして助言しているんだ。ルールの中での勝利とはいえ、お前達はマリアを下した。最善を尽くし、奇跡を繋いでみせてくれた。だが、その勝利を手にする為に、手の内を明かし過ぎてしまった。分かるだろう? アダムスに同じ手はもう通じないんだ。マリアだって同じだ。あいつと同じルールの中で戦って、再度勝てると思うか? 思わないだろう?」
「……まあ、そうかもしれないな。だが、昨日の俺達と今日の俺達とでは―――」
「―――アダムスから権能を授かったから、違うと? それこそ甘い考えだ。一朝一夕で権能を使いこなせる訳がなかろう。何だかんだと甘いアダムスだが、付け焼きの刃で勝負に勝てるほど甘くはない。ケルヴィンよ、今ならまだ間に合う、考え直せ。“ちょっと待った”の阻止に失敗すれば式は瓦解し、お前達の関係にも亀裂が生じる。それは巡り巡って、お前という才を潰す要因になりかねん。それは俺にとって、絶対に許容できん事柄だ……!」
「……なるほど。だから勝敗にかかわらず、式の取り止めは約束事から外せって事か」
「そうだ!」
その力強い視線を一切逸らす事なく、そう断言するケルヴィム。ああ、分かってる。ケルヴィムは純粋に心配してくれているんだ。こいつ、空気は読めないし脱ぎ癖はあるし、結構な変わり者ではあるけれど…… 何だかんだと友達想いなところもあるんだよなぁ。立場上、アダムスの情報を俺に渡す事はできない。ならせめて、これくらいはってところだろうか。
「心配してくれて、ありがとな。けど、その案は呑めない。エフィルの式だけ妥協するなんて事は、正直したくないんだ」
「ケルヴィン!」
「お前も勘違いするなって。何もやけになっている訳じゃない。俺なりに勝ち目があると思っての判断だ」
「……本当に勝ち目があると?」
「ああ、ある。それに、だ。俺に芽生えた権能は『修羅』、名称からして、戦闘とは切っても切り離せないもんだぜ? ここで勝利から逃げちまったら、権能からも嫌われるってものだ」
そろそろ着替えを済まさなければならない時間だ。けど、逆にこの辺りが頃合いか。俺、着替えをする事なく、いつものローブ姿で控え室を出る事を決意。って事で、行きますか。
「その顔、お前の方から仕掛けるつもりか」
「怖いくらい以心伝心してんな、おい。お前、並行世界の俺だったりする?」
「するか。そこまで頭の中がバトル塗れだったとすれば、こんな提案をする筈があるまい」
「ククッ、そりゃそうだ」
さっきまでとは打って変わって、背中に生温かい視線を感じるな。ともあれ、控え室を後にする。さて、アダムスっと…… ああ、居た居た。早くも酒を嗜んでいらっしゃる。
「アダムス」
「む? おお、貴様か。未だにそんな恰好をしておるのか? エフィルより指示された“ちょっと待った”の時間まで、まだ多少の余裕はあるが、こんなところで暇を潰している場合ではなかろう。貴様が向かうべき場所はあっちだ。方向的には回れ右をして―――」
「―――いや、俺が向かうべき場所はここだ。ここで合ってる」
「……どういう事だ?」
「アダムス、挑戦の時間だ。お前の絶対的な力に、俺が“ちょっと待った”をかけさせてもらおうか……!」
「……その台詞、貴様が言う手筈だったか?」
かくして、最後の戦いが幕を開ける。




