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第98話 思惑

 ―――トライセン城


 紋章の森よりトリスタンが帰還した翌朝、国王ゼルはトライセン城の円卓会議室に早朝から各将軍へ召集をかけた。現在、部屋にはアズグラッド、ダン、トリスタン、シュトラのクライヴを除いた全ての将軍が姿を見せている。


「クライヴの野郎はまたサボり、っつう訳じゃねぇよな?」

「副官達を連れて出て行った、らしいな。数日前の夜更けに緑魔法で飛んでいったのを見た部下がおった」

「ああ、今回皆を召集したのも、それが原因だ」

「クライヴが? あいつまた何かやらかしたのか、親父?」


 アズグラッドは呆れながら大息をつく。


「王子、それは私めが説明致しましょう」

「トリスタン?」


 トリスタンが席を立ち、部屋の中央へと歩み出る。その動作は妙に空々しい。


「事の始まりは4日前の深夜の事です。ダン将軍の部下がクライヴ将軍を目撃したあの日、我が混成魔獣団の副官、大隊長を含む約半数の兵達が行方不明になりました」

「行方不明? 何言ってるんだ。混成魔獣団は遠征中のはずだろ。確かモンスターの討伐、いや捕獲だったか?」

「ええ、その手筈で副官のウルフレッドに率いらせていました。我が軍の隠し玉である『巨人の王ギカントロード』を連れさせて、ね」

「尚更行方不明になる理由が分からねぇな」


 巨人の王ギカントロードはS級モンスター。その破壊力と頑丈さから、トライセン国内でも倒しきれる者はほぼいない。軍として行動するならば話は別だが、単体で可能だとすればクライヴのS級魔法か、竜に乗ったアズグラッドくらいだろう。更にその周囲を混成魔獣団の半数に及ぶ調教師と、その配下のモンスター達が陣を敷いていたのだ。相手がS級モンスターだったとしても遅れは取らない。


「ワシも不可解だな。それにクライヴとそれに何の関係が――― おい、まさか……」

「流石はダン将軍、気付かれましたな。そう、自らの部下達にしたのと同じように、我が軍の兵にもクライヴ将軍が魅了をかけたのです」


 トリスタンの言葉に一同がざわめきだす。特に随伴した副官達は動揺しているようだ。


 それは鉄鋼騎士団副官のジンも同様だった。何せ、彼はクライヴにそんな力があったことを知らなかったのだから。クライヴの魅了の力、着任後の魔法騎士団の変貌、自ずと答えは導き出される。


「ダン将軍、まさか魔法騎士団の彼女達がああなったのも?」

「……ああ。内密にしていた話ではあるがな」

「な、なぜ黙っていたのですか!? それではあまりにも―――」

「そういう契約だったのだよ」


 最悪の事実にジンは頭に血を上らせて激昂したが、ゼルの声を聞いた途端に冷水を浴びさせられたかのように不思議と冷静になった。だが、背中には嫌な冷や汗が流れている。


(……今のは、一体?)


 ジンは何をされたのか全く理解できないでいた。そんなことは気にも留めずゼルは言葉を続ける。


「2年前に前任のルノア・ヴィクトリアが副官と共に軍を抜けたのは、皆も知っておるな?」

「ルノアか、懐かしいな。俺の槍と互角の勝負ができたのは、後にも先にもダンとあいつくらいだった」

「歴代最年少の将軍、でしたか。いやはや、若い力とは恐ろしいものです。確か、軍を抜けるとの書置きを残して消えてしまったのでしたな。実にもったいない……」

「ああ、そのルノアが抜けた穴は我がトライセンにとって途方もなく大きかった。捜索の手配をしても見つからず、代わりとなる人材もいなかったのだからな」

「そんな最中に現れたのがクライヴの野郎、だった訳だ」


 ―――話は2年前に遡る。


 ルノアが消えた数日後、巷で凄腕の緑魔導士が現れたとの情報が出てきた。その男の魔法による実力はトライセンにおいて並ぶ者はおらず、特に防御魔法に長けていると言うのだ。その上、この世のものとは思えない美声に美貌であると。男が有名になるのは時間の問題であった。


 当然ながらトライセンは男の勧誘を行った。この男であれば、ルノアの後継として務まるかもしれない、と。秘密裏に城へと招集された男に、注目が集まる。


 だが、男が口にした言葉は信じられないものだった。


「女の子がいっぱいの職場なら、考えてあげてもいいよ~」


 まるで幼稚な子供がそのまま大人になったかのような思考回路。当時の幹部達はいたく失望した。所詮、噂は噂でしかなかった、と。


 だが、その考えはすぐさま棄却することとなる。男が見せた魔法の凄まじさに、所有する装備やアイテムの希少さに。


 更に男の謎めいた人脈による商人の紹介も魅力的であった。顔をローブで隠した怪しげなドワーフなのだが、取り扱う商品は一級品。中には伝説上のアイテムまで所有していた。


 やがてその商人は国のお抱えとなり、男は魔法騎士団に所属し将軍となる。魔法騎士団の女騎士達を男の自由に扱うことを条件に―――


「これがクライヴが我が軍に所属することとなった経緯だ」

「常に功績を上げ続けるなど、こちらからも幾つか条件を出した上での契約ですな」

「もちろん、このことは一部の者しか知らぬ機密情報である。外部への漏洩は…… 分かるな?」


 有無を言わさぬゼルの威圧感に、副官達は首を激しく縦に振る。そんな中、ジンは何も言わずに黙っていた。


「ジンよ、理解していると思うが、これはトライセンに必要なことじゃった。 ……反吐は出るがな」

「……分かっております」


 パン! トリスタンが手を叩いたことで部屋に音が響き渡る。


「脱線してしまいましたな。さて、ここから本題です。そのクライヴ将軍が我が混成魔獣団に魅了をかけ、獣国ガウンの紋章の森を攻めさせていたのです!」

「紋章の森と言いますと、エルフが住む?」

「流石は暗部将軍のシュトラ様、よくご存知で」

「だが、なぜそんな危険を冒してまで紋章の森を?」

「ああ、黙認された魔法騎士団だけならまだしも、混成魔獣団にまで魅了をかけたのであれば問題になるぞ」

「皆様方、よーく考えてください。相手はエルフ、そしてあのクライヴ将軍ですよ? あのクライヴ将軍が考えることと言えば、答えはひとつでしょう? エルフを攫う為ですよ」

「「「………」」」


 部屋に微妙な空気が流れる。


「おいおい、いくらクライヴの野郎でもそれはしないだろ」

「で、ですがお兄様。最近、エルフを攫うモンスターがいるという情報は確かにあります」

「……まあ確かに今となっては真実は闇の中ですな。クライヴ将軍は亡くなってしまったのですから」

「あ? 死んだって、あのクライヴが?」

「ええ。エルフの集落に偶然居合わせた冒険者達に返り討ちにされたようです」

「馬鹿言うんじゃねぇ! あいつはどうしようもない色情魔だが、実力はあった。お飾りのクリストフとは違うんだぞ!」


 興奮の余りアズグラッドが円卓に拳を叩きつける。


「まあまあ、話は最後まで聞いて下さい。実は私も可愛いモンスターを使ってその冒険者を拝見したのですが、面白いことにクリストフが捕縛された際に勇者と共に行動していた冒険者と外見が一致しているんですよ。シュトラ様、そうですね?」

「……ええ。お兄様、以前依頼されたあの件です。勇者の情報を得る一環で探った、ここ数ヶ月で台頭してきたパーズの冒険者。名はケルヴィンと言いましたか」

「そいつがクライヴを倒したって言いたいのか?」

「クライヴ将軍だけではありません。魅了された混成魔獣団も、巨人の王ギカントロードも彼の仲間達によって殲滅されました。今思えば、勇者と同等レベルのはずのクリストフのパーティがああも簡単に捕縛されたのも腑に落ちなかった。ですが、それも彼の仕業だとすれば?」

「繋がる、かもしれんのう」

「……トリスタン、その冒険者はどのような身なりなのだ?」


 暫く沈黙を保っていたゼルが関心を示す。


「一言で言い表せば、死神のような風貌でしょうか。手に巨大な鎌を持ち、黒ローブを羽織っていましたな。何よりもクライヴ将軍との戦闘中、絶えず笑っていたのが印象的でしたね」

「死神、か。そうか、そいつは強いのか……」

「クク、よりにもよって死神。クライヴも随分な相手に目を付けられたものだ」


 トライセンの状況は尚も悪い。だが、国王ゼルの機嫌は良く、アズグラッドも目をギラつかせていた。


「皆に今一度問おう。我が国はこれからどうするべきか?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「くそ、頭が痛い。国王、どうしたと言うのだ……」


 会議を終わり、殆どの者が席を立つ。円卓に残っていた者はダンとジン、そしてシュトラだけであった。


「ダン将軍、大丈夫ですか?」

「ワシの事なら心配無用。ですが、宣戦布告の確定にトリスタンへの魔法騎士団の譲渡。納得いかない点が山ほどあるのだ…… 国王も変わられた。以前であれば、シュトラ様のように堅実な方であられたのに」


 項垂れるダンを見て、シュトラはふう、と息を吐く。緊張を解す様に、ゆっくりと。


「……ダン、ジン。貴方達に相談があるのですが、聞いて頂けるでしょうか?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――トライセン・竜騎兵団本部


 竜騎兵団の拠点の地下には竜の巣が存在する。いや、深い深い渓谷の上に橋を掛け、そこに拠点を作っていると言うべきか。


 竜騎兵団の兵士達が騎乗する竜達はこの渓谷に住み、日々パートナーと切磋琢磨している。人族至上主義を掲げるトライセンであるが、この竜騎兵団に限っては別だ。兵も竜も互いを信頼している。


 元々は混成魔獣団の一部であったのだが、アズグラッドが将軍として就任した際に、指針の違いにより別部隊として分割されたのだ。


 渓谷の巣は下へ下がれば下がるほど強力な竜の住処となる。アズグラッドの愛竜ともなれば、渓谷の最下層。その場所は暗く、太陽が真上に昇っている状態でもぼんやりと前が見えるのがやっと。そこに、一匹の竜が眠っていた。


「よう、元気か? つっても、お前は眠ってばかりだからな。おいおい、まだ拗ねているのかよ」


 アズグラッドは親しい友人に話しかけるように、竜に言葉を発する。


「その首輪、本当は俺の流儀じゃねぇんだよ。心を通わせてこその竜騎兵だからな。でよ、今日は面白い話を持ってきたんだ。巨人の王ギカントロードを、クライヴを倒すような奴が現れた」


 ピクリ、竜の瞼が僅かに動く。


「ああ、そうだよな! これに興奮しなきゃ男じゃねぇよな! それでこそ、偉大なる闇竜王の息子だ!」

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