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第17話 彼の親友

 朝広は自分の気持ちに答を出すことができずにいた。嫌いだとか恋愛対象として見られないとかいうことならば、すぐ断っている。逆に気軽に付き合えるくらいなら、すぐオッケーしていた。そんなグレーゾーンだったからこそ慎重になっていたのかもしれない。

 光永がさり気なく接触を断っていることには気づいている。そんなこと、見ていれば分かる。

 けれど踏み込めなかった。

 結局、お礼を言うきっかけすら掴めないまま……夏休みに突入してしまった。


 そうして部活に打ち込み、クラスメイトとキャンプに行ったり、合コンしたりして遊んでいるうちに、なんとなく悩みも薄れてきた頃。途切れ途切れながらも、搾り出すような罵声で、彼は妹に詰られた。

「この、ヘタレ! なんかもう……他人っぽい、感じ。自己満足にも、お兄ちゃんが、お礼……言いたいなんて、いい出すから……協力、したの……にっ!」


 喋るのも辛いはずなのに、それでも伝えなければ気が済まないとばかりに、結は力の入らない手で拳を握り、ポコンと朝広の腕を叩いた。部活で鍛えている彼にとって、そのパンチは全く痛くない。けれど、叩かれたところとは別の場所が痛かった。

「いや。なんか、頭がパンク寸前なんだよ。もうこのまま遠くに放り投げて、友達のままでもいいかなーとか……そう思っちゃうんだよな。あれから何も言われないし」


 そんな珍しくも気弱な兄の言葉に、妹は一つ、深くため息をつく。

「時間なんて、永遠じゃ……ないのに」




 暴力的なまでに日差しが照りつけていた。影がくっきりと濃く映し出され、熱されたアスファルトを素手で触ろうものなら、じゅっと音を立てて焼けてしまいそうだ。いくら夏休みと言っても、こんな強い日差しの下では遊ぶに遊べないなと思いながら、光永は久しぶりに病院へと向かっている。

 久しぶりというのは、最近になって結の検査が頻繁に入るようになったからだ。光永も夏期講習や宿題で忙しくしていた、というのもある。


 いつも通り、結の病室に朝広がいないか確認しようと顔を上げたとき、光永は涼やかな声に呼び止められた。

「あの、すみません」

 振り向いた瞬間、ふわりと心地良い風が頬をなでていくような錯覚がする。

「え?」

 そこには、一対の絵になりそうな男女が立っていた。

 声をかけてきたのは、この日差しの下にいたら溶けてしまいそうなくらい儚げな美少女の方だった。雪のように白い肌、艶やかな黒髪、どこか立ち居振る舞いが大人びた彼女のことを、この暑さが見せた幻だといわれれば、光永はきっと信じただろう。けれど、これは現実だと、隣にいるもう一人の人物が告げていた。


 もう1人の人物、それは比留間英明である。

 彼は結城朝広の親友の一人であるばかりでなく、クールビューティと称される美貌で、学校では『超』がつくほどの有名人だった。単なる美人であれば、遠巻きにして眺めて終わりになるのだろう。しかし、彼には何故か近づかずにはいられない魔性のフェロモンでも出ているのか、告白の呼び出しが絶えなかった。まあ過去形なのは、現在転校して別の学校に通っているからである。とはいえ、比留間・結城・真野と整った容姿の3人は今でも伝説だといっても過言ではない。

 そんな魔性のフェロモン男と麗しい美少女の取り合わせである。どんなに目立つかと思うのだが、二人一緒にいるとひどく自然となじんでいるのか、光永も声をかけられるまで気づかなかった。


「なんでしょうか?」

 美少女の方は光永に声をかけたきり、何も言わない。一体何の用なのだろうかと、再度問いかければ、彼女は少し困ったように比留間の方を見た。


 この様子からすると、美少女から声をかけるように比留間が言ったのだろうと光永は推測する。その理由としては大方『比留間英明が好意をもって話しかけたという事実を作らないため』でほぼあっているだろう。なにせ、歩くフェロモンだ。落し物を拾ってもらった女子がそのまま一目惚れして告白したという逸話もある。話しかけられたら勘違いする輩がいてもおかしくない。

 まあ、誰からも嫌われたくなかった光永にとって、比留間はある意味一番遠ざけておきたい存在だったから、そのような気遣いは不要だったのだけれど。


「俺は比留間、違うクラスだったけど覚えてるよね? 朝広のクラスで学級委員だった光永さん」

「はあ、まあ……お久しぶりです?」

 あれだけ毎日黄色い悲鳴を聞かされれば、視界に入れないようにしても耳から強制的に入ってきますけれども。むしろ、何故自分の名前を知っているのかの方が気になるところだ。

「こちらは夜神さん。俺の大事な人」

 光永に対する少しぶっきらぼうな態度から一転し、比留間はふわりと微笑んで、夜神と呼んだ美少女の手を取った。

 人間って変わるものだな……と、その姿を見て光永は思う。


「うわっ。その紹介、恥ずかしい。あの、はじめまして、夜神と申します。比留間君と同じ学校に通っています」

「はじめまして、今年も学級委員の光永です」

 深々とお辞儀されたので、光永もあわててペコリとお辞儀をした。光永も学校ではお嬢様っぽいといわれていたが、目の前にいる夜神は仕草や話し方が正真正銘のお嬢様だった。正直、守ってあげたくなるような可愛らしさがある。けれどなんとなく、自分よりも年上のような気がして、光永はもう一度きちんとお辞儀をした。


 お互い挨拶が済んだところで、比留間は病院の敷地内に設置されている木陰のベンチを指差す。

「今日は上にいる朝広に会いに来たんじゃなくて、あんた……いや、光永さんに聞きたいことがあって」

 少し時間いいかな? という申し出に、光永は快く頷いた。朝広が結の病室にいるのであれば、光永は顔を合わせないよう時間をずらすつもりだったからだ。


 日が遮られると、体感温度はぐっと下がるらしい。ジリジリと焦げるような感覚から放たれて、3人はホッと息をついた。

「今日は暑いね」

 汗などかいていないような涼しい顔で、しれっと比留間が呟く。


 ベンチは直射日光が当たっていないせいか、かろうじてじんわりと温まった程度の温度だった。手でそれを確認してから、光永は腰を下ろす。

「そうだね」

 ところで聞きたいことって何かな? と単刀直入に問えば、比留間は「ご想像の通り、朝広のこと」と前置きして、ため息をついた。


「最近、朝広がおかしいんだよ」

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