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第15話 葛藤

「遠慮するなよ。引きずってるじゃないか」

「いらないっ! 構わないで」

 手ぶらの朝広と、大量の荷物を持った光永では追いかけっこにすらなりえない。人ごみの中でもあっという間に彼女を見つけ出し、彼は手を差し出した。しかし、それを拒絶された結果が上記の会話である。

「そんな荷物、1人で持って帰るの大変だろ? 今も引きずってるじゃねーか」


 ずっしりと重みのある白菜を振り回すようにして、彼女は体を反転させた。なんとなく、以前にもこんな場面があったな……などと人事のように思いながら。

「慣れてるからいいの。もういいから放っておいて」

「俺が良くないって言ってんだけど」

 つい先ほどまでは普通に話をしていたはずだったのに、春休みの頃の態度に戻ってしまった彼女に対し、彼は憮然とする。一体何に怒っているのか理解できない。


 彼女を放ってクラスメイトの奴らと話をしたことだろうか。それとも、付き合っていると誤解されたからだろうか。または、からかわれたのが嫌だったのだろうか……いくつか理由を挙げてみるが、どうにもしっくりこない。

「結城君は悪くない。悪いのは私。単なる自己嫌悪だから」

 そう言って立ち去ろうとする光永の腕を、朝広は掴んだ。


「違う、光永は悪くない」

 その一言だけはっきり伝える。そうして、握り締めて強張った指を一本一本はがすようにして買い物袋を手放させた。

 彼にしてみれば、自分の何かが彼女を怒らせたのは明白だったから、それを知りたいと思う。

 もちろん誰に対しても同じように思う訳ではない。面倒だからだ。でも、怒ったのが光永陽菜という人物ならば、話は別だ。

「だから、光永は悪くないから……教えて欲しい。何で怒ったのか、何を思っているのか。言ってくれなきゃ、わかんねーし」


 秘密にしないで欲しいと朝広は思う。彼女の気持ちも、妹への見舞いの件についてもだ。それは、彼がポンポンと思ったことを言ってしまうからかもしれない。

 『言わなくても分かるだろ?』という顔をして、当たり前のように理解することを押し付けるのは傲慢だ。けれど、『分からないならそれで構わない』と突き放すのは卑怯な気がしてしまう。


 自分の思いを口にすることは、ある意味、黙っているよりもずっと勇気のいることだ。けれど、結城朝広という人物の周りは勇気ある人間で溢れていた。ゆえに、臆病な人間の気持ちに疎かった。

「言いたくないの」

 光永は困ったように拒否の言葉を口にする。

「言えよ」

 朝広は彼女の目をまっすぐ捉え、逃げることを許さない。


 熱されたアスファルトから、ゴムが焼けるような臭いが届いた。

 このまま立ちすくむわけにもいかないと、彼女は諦めたように顔をゆがめる。

「幻滅させちゃうから先に謝っておく。ごめん」


 ――あのね、結城君が他の女の子と楽しそうに喋ったことに焼きもち焼いたの


 その言葉に朝広はぽかんと口を開いたまま固まった。予想外だったからだ。

「最初は、話の輪に入れない疎外感で寂しいと思ったのよ。なんて声をかけたら良いのか分からなくて……」

 けれど、その戸惑いはあっという間に変質していく。

 なぜ私を放って彼女達と話をするの? なぜ彼女達に愛想笑いを振りまくの? なぜ私のことを無関係だと突き放すの?


 そこまで考えて、自分の勘違いにはっと気づかされた。

 本当の光永陽菜を知っても変わらず接してくれた彼に、窘めてくれた彼に、優しくしてくれた彼に、プライベートを教えてくれた彼に……特別に思われているのではないかと、図々しくも思ってやしなかっただろうか。


 仕方ないなぁなんて、ちょっと彼女みたいな気分にさせる。優等生だからといって疎外しない。馬鹿正直に前に立ち、ズバリと説教までしてみせる、裏表のないはっきりしたところ。それから、病気の妹さんがいて、励まして、支えてあげている、そんなしっかりとした一面。知るほどに魅かれる。

「強引だけど、思わず許せてしまうその笑顔が羨ましい。全てがお日様みたいに輝いていて、憧れる。一緒にいると照らされるようで」

 こんな自分でも素直になれるような気がしてくすぐったく感じてしまう。一緒にいると嬉しくなってしまう。楽しくて……彼が笑ってくれるから、私といると嬉しいのかな? なんて。


 ――けれど、それは私だけのものじゃなかった。

 そんなの当たり前のことなのに、腹立たしい。


「光永……それって」

「あの人達と楽しそうに喋るところをみて思った。ああ、この人は誰に対してもそうなんだって。言いたいことは言うし、誰にでも優しい。でも、それなら……お願いだから優しくしないで。土足で私の心の中に入ってこないで。勘違いさせないで!」

 人に慣れていないから、どう付き合えばよいのか分からない。一旦気になるとどんどん深みにはまりそうな気がする。それで迷惑をかけてしまえば目も当てられない。

 実を言えば、こうなるのが半ば予想できたから、光永は朝広を避けてきた節もある。



 しばらく沈黙があたりを支配した。不思議なことに帰り道には誰もいなくて、少し沈みかけた夕陽ぐらいしかない。視界の端に映った電柱に貼ってあったポスターが風を受けてピラピラはためいている。

 彼はなんだか喉がカラカラになっている気がした。


「もしかして」

 錆び付いたように動かなくなった脳のネジをなんとか巻くようにして、彼は言葉を振り絞る。なんだかひどく自分の言葉がスローモーションで聞こえる気がした。そして頭の中でガンガン鳴り響き、繰り返される。わずかな期待も一緒に。

 光永の語った言葉は、彼女の気持ちは、明らかに一つの方向を示していた。

 その先の言葉を聞くべきか否か、朝広はすぐに判断することができず、視線を彷徨わせる。


 そんな彼の葛藤を断ち切るように、彼女は悲しそうに微笑んだ。




「……ばいばい」

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