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第14話 怒ってますか?

「あっ! 結城君だー」

「朝広君ー!」

「奇遇だねぇ」

 ミニスカートをはいた彼女達は、嬉しそうに手を振りながらこちらに向かってくる。キッチリと化粧もして、髪も綺麗に巻いていることから、気合が入っているということはひしひしと伝わってきた。

「おー!」

 彼女達に軽く手を上げて朝広は返す。


 その姿に笑顔を見せながらも、彼女達の一人が上目遣いをして唇を可愛らしく尖らせた。

「結城君誘っても来てくれないから、今回はあたしらだけで映画行ってきたんだよね。あと、ウインドウショッピング」

 せっかく部活がない日を狙ったのに付き合い悪いよ、と拗ねてみせる。朝広にしてみれば、部活のない休日だからこそ、普段学校で話せない光永との時間を作りたかったのだが、そんなこと口に出来るはずもない。


「ごめんごめん。大事な用事があったから」

 よく考えれば朝広が彼女達に付き合わなければならない理由など何もないのだが、これから1年近く一緒にクラスで過ごす女子に対し、わざわざ波風を立てる必要はないだろうと彼は笑って謝っておく。そんな姿に溜飲を下げたのか、彼女達の一人は無邪気に髪に触りつつ「結城君にこの前教えてもらった髪形に結ってみたのに気づかないしー」と可愛らしく頬を膨らませてみせた。


 上下をそれぞれ別に編みこみ、水色のビーズのついたクリップで綺麗に纏め上げられている。逆毛を立ててふんわりとした可愛らしさもあるその髪型に、朝広は、もう少し結の髪が伸びたらやってあげられるなぁと思いながらニコニコと笑った。

「ん、似合ってるよ」

 その笑顔に、彼女達は3人とも少し頬を赤らめてはにかむ。先ほどまで苦情を申し立てていたとは思えない素直さだ。そんな姿に朝広も「やっぱり女の子がいると華やぐなぁ」となどと考えてしまう。


 その光景に口を尖らせたのが、先に朝広と話をしていたクラスメイトの男子だった。

「お前ばっかり女子を独り占めしやがって! 羨ましい」

 冗談なのか、不穏な台詞の割にはニヤニヤとしながら彼女達との間に割り入ってくる。朝広とクラスメイトの男子二人、そしてクラスメイトの女子三人でちょうど対面する形となった。

「そうだそうだ。イケメン滅びろ」

 もう一人の男子も追従するように囃し立てた。


「俺イケメンじゃないって」

 比留間英明のように相手を緊張させるような美貌とは違った方向であるが、朝広も背が高くて整った顔立ちである。パッチリした瞳にくるくると変わる表情、裏表のないはっきりした性格に運動神経が良いとそろえば、クラスの人気者にならないわけがない。

 しかし、本人は整った容姿の親友が二人もいるせいか、そのあたりに無頓着だった。その無頓着さが彼らしいと言えば彼らしいのだが。


「でも、お前光永さんとデートしてただろ。もう、二人で食材買いに来るとか夫婦かよ! って突っ込みそうになったわ」


 さらりと告げた言葉に、彼女達の表情が明らかに強張った。

 その言葉が嘘ではないという証拠に、少し離れた場所で光永陽菜が白いレジ袋を持ったまま所在無げに立っている姿が見える。

「そうそう。だから結城はやめとけって。浮気になる」

 これで女子の競争率が下がるといわんばかりに、彼は先ほどからずっと無言になってしまった光永のもとへ近寄った。


 その姿に嫌な予感がして朝広も慌てて後を追う。『結城と光永は付き合っている』という推測を事実にしようとしているのだと気づいたからだ。

「お前な、勝手に想像して光永を巻き込むなよっ」

「想像じゃないよな? 本当のところ、どーなのさ」

 ニコニコと悪気のない表情で尋ねる。彼の予想では、顔を赤らめて言葉少なに肯定するか、控えめに片想いであることを告げるかどちらかだった。普段の光永陽菜という人物は、声を荒げたりすることはなく、ただただ、地味で真面目な優等生というイメージが強かったからかもしれない。


 けれども、実際の反応はそのどちらでもなかった。

 ダンッと地面を踏み鳴らしたような音が響き渡る。そして、光永は無表情のまま朝広に大股で近づくと、絶対零度の微笑を顔に貼り付けて言い放った。


「手伝ってくれてありがとう。忙しいから帰るね」

 次の瞬間、彼の手から買い物袋をひったくるようにして掴み取り、そのままズカズカと踵を返して離れていってしまう。

 大量の荷物にもかかわらず、あっという間に人ごみに紛れて遠ざかっていく姿に、彼等は唖然としたまま見守るしかなかった。


「やだ、こわ。光永さん、ちょっと怒ってた?」

「え、忙しいんじゃないの?」

 しばらくのちに我に返ったクラスメイトの女子は、普段の彼女からはありえない態度に驚きつつも、きっと偶然出会っただけだったのだろうという結論に達したらしい。再び朝広と会話をしようと口を開く。

 しかし、普段無表情な親友が浮かべる笑みに敏感な朝広は、光永が浮かべた微笑が不味いということに気づいていた。


 ――あれは……キレてる。こいつらの言動と、それ以上に……俺に対して。


 けれど、彼には何故光永がそこまで怒っているのかさっぱり分からなかった。分からなかったが、ここで別れてしまえばもう、いつもの取り繕った顔で他人行儀にしか話してもらえないだろうという妙な確信だけあった。

 だから、不思議そうに首を傾げる彼らには構わず、朝広は光永の背中を慌てて追いかけた。

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