第13話 遭遇
結局自分から言い出すことができず、朝広は偶然を装ってスーパーで話しかけることにした。
光永がいつ頃スーパーに現れるのか事前に妹から情報をもらったので、大丈夫だと思いたい。ちゃっかり情報料としてヨーグルトやらプリンやら要求されてしまい、意外と高くついてしまったから尚更だ。
ウロウロとかご置き場の近くである野菜売り場で時間をつぶしていると、程なくしてやってきた彼女の姿を認める。休日だからか、半袖のチュニックに7部丈のパンツというシンプルなスタイルだった。
「よお!」
「あ、結城君もおつかい?」
恐々と話しかけてみたところ、普通に返事が返ってくる。どうやら避けられたわけではなかったらしい。それが確認できただけで彼は安堵した。自分で思っていたよりも緊張していたのか無意識のうちに拳を握っていたようで、苦笑してしまう。
「そう。母さんからカレーの材料を頼まれて」
本当はカレーの材料など頼まれていない。けれど、そんな彼のささやかな嘘に気づくことなく、彼女は「じゃあ、うちもカレーにしようかな」とたまねぎを手に取り、かごへと放り込んだ。
「カレー美味いよな」
なんとか話をつなげようと、柄にもなく努力してみる。しかし、隣に光永の姿はなかった。
「あれっ!?」
思わず誰もいない空間に話し掛けてしまったことに気恥ずかしさを覚えつつ、キョロキョロと探せば、彼女は特価品の白菜を2つも掴んでいる。セールのワゴンに群がるおばさん達の隙間を縫って。ある種殺気立ったあの空間に臆することなく突っ込めるとは、なかなかの勇者だなと、朝広は彼女に対する認識を少し修正した。
「この季節に白菜が1玉百円って安かったからつい。余ったら浅漬けにしても良いしね」
ホクホクと戦利品を両手に持って微笑む姿に対し、逞しいと褒め称えるべきか、思ったよりも親しみやすそうだと喜ぶべきか迷ってしまう。学校での、少し近寄りがたいお嬢様といった彼女よりも、こちらの素の彼女のほうが好きだなとは思うのだが。
「食費まで管理しているのか? すげーな」
「生活しないといけないの。ほら、お父さんが離婚しちゃったら昇進チャンスが減ってね。収入もあまり期待できないし、不況だからお金も貯めておきたいじゃない? はい、どうぞ」
そう言いながら、解体したばかりのマグロの試食を1つこちらに寄越す。爪楊枝に刺さったマグロは試食品の中でも一番大きかった。朝広が食べても良いのか少し迷っている横で、光永は美味しそうにそれを頬張る。
「案外しっかりしてんだな。ん、美味いなコレ」
それに半ば勇気付けられるように彼も口に入れる。マグロに摩り下ろした山芋にわさび醤油が効いてなかなか美味しかった。
「前回試食したときに美味しかったから~。あ、トマトサラダもつけよう」
なにやら少し楽しそうな光永を見て、朝広は嬉しくなる。隠れるように買い物していた春から考えると、たった1シーズンが過ぎただけなのに随分な変わりようだ。
「楽しそう……ってか、光永って面白いな。学校でもそのキャラで行けばいいのに。自然っぽいし」
「んー、よく考えたら毎日好きなもの食べられるし、料理は嫌いじゃなかったのよね」
でも、見栄が邪魔して今更優等生のお面を外すことはできないのだと彼女は付け足した。
両手にカレーの材料と、特価だった戦利品を持った二人がスーパーを出ると、自転車に乗ったクラスメイト二人が丁度通りがかった。
「あれー、結城じゃん」
「おー。お前らはサイクリング?」
「そうそう。男二人で」
小さめのリュックを背負った彼等は、川沿いを走ってきたのだと地図を見せる。そして、ちょっとした冒険気分は楽しいが、ケツが痛いのだと笑った。
「てかお前は買い物の手伝い? なんかすげー違和感」
「買い物袋とか似合わねー」
そんなクラスメイトの言葉にも、結城は飄々としながら白いスーパーの袋を掲げてみせる。
「俺が格好いいからって妬くなよ?」
そのままくるりとポーズを決めて見せると、二人は噴出すようにして笑った。
「きゃああ、ユーキクンかっこいいーー! 地元商店街の勇者よー」
「薬草と毒消し草は旅の必需品ヨー」
作った裏声が晴天かに響き渡ったと思ったら、また笑い声が続く。道行く人々も、他愛もない会話に苦笑しているようだった。
とたん、咳払いをして朝広は真面目に付け加える。
「つーかお前らも手伝いくらいしろっての」
「やだよ。にあわね―もん」
まあ、この年頃の男子高校生ならばコレが普通なのかもしれない。でもちょっと子供っぽいよなぁ? なんて、自分を棚に上げつつ、隣にいる光永に同意を求めようと振り返った。
しかし、またもやそこに彼女の姿はない。
「あれ? 光永?」
彼女の荷物は朝広の手にある。ということは、そう遠くに行くはずがないのだが……と目を凝らして探せば、案の定、少し離れたところに色をなくして立ちすくんでいる光永陽菜の姿があった。
「光永って……あ、本物だ」
「うわ、結城ってばあやしーな! もしかして二人で買い物?」
勘繰られるように、ニヤニヤと切り出したクラスメイトの言葉に対し、特にやましいところのない朝広は「うん」と答える。だが、それを聞いた二人は「夫婦みたいだなー」と、まるで揶揄するように笑い出した。
お前は小学生かとといたくなる様な稚拙な囃し立てに、朝広は少し慌てる。
「バーカッ、んなわけねーだろ! 冗談も人を選べよ。光永が可哀想じゃん」
軽口を言ったり、言われ慣れている自分自身ならばともかくも、正面切ってそのようなことを言われ慣れていない光永にとっては、迷惑以外の何物でもないのではないかと思ったのだ。
だから、少し睨みを効かせてその話題を打ち切ろうとしたのだが、遭遇したのは彼らだけに終わらなかった。
今度は反対側から、クラスの女子が三人やってきたのである。




