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第10話 改めましてこんにちは

「失礼します」

 翌日、結の病室にやってきたのは、兄と一緒にいた女性だった。

「……あんた」

「改めてはじめまして。光永陽菜です」

 彼女は軽くお辞儀をして顔をあげる。アクセサリーもマニキュアも……リップすらしていないが、可愛らしい。けれど、その顔立ちに結は顔をしかめた。こういうぽやぽやしたお嬢様タイプが苦手なのだ。自分の幸せを他人に見せ付けて、その罪に気付きもしない。


 イライラしはじめた目の前の人物をよそに、光永は鞄から何か取り出す。片手ですっぽりと納まるそれは、結が兄に向かって投げつけた髪留めだった。

「わざわざ返しに来たの? 耳聞こえてる? 昨日それいらないって言ったでしょ。偽善者ぶるのは勘弁してよね」

 ギロリと睨みつけながら言えば、言われた方はそんなこと百も承知だといった風に、むしろいけいけしゃあしゃあと答える。

「うん。だからこれ、私が貰って良いかなと思って、了解取りに来たの。実は結城君が買っているところを目撃しちゃってね、欲しいなって思ってたから」

 ニコ……と丁寧に笑みまでつけて。


「お兄ちゃんが買ったの?」

 初耳だ。

「まあね。意外だったけど」

 それはそうだろう。可愛らしいマニキュアや髪留めが売っているような店に、男の姿はひどくそぐわない。百八十を越えた背丈の男子ならなおさらだろう。


 少しばつが悪くなってうつむきかけるが、結は慌てて頭を振った。光永に頭を垂れてどうするのだ。

「……って、あんた相当腹黒いわね。ただで貰おうなんて、横取りじゃないの」

 理論的に無茶苦茶言っているのは自分でも分かってる。だって結が突っ返すなんて誰も思っていなかっただろうから。けれど、渡せといわれると、急に惜しくなる。


「使わないならいいでしょ?」

「使わないなんて言ってないもん!」

「えー? 言ったよ。あわないからって」

「言ってない! 返してよ! あんたなんかには似合わない。私のだもん!」

 つい怒鳴りつけると……光永は、ひっかかったと言わんばかりに笑った。


「うん。返すね」

 それでようやく結は自分が嵌められたことに気づく。案外、目の前に居る人は性格が悪いようだ。

 手のひらに髪留めを載せられたときに剥がれかけのマニキュアを見られ、思わず爪を隠す。その様子に、光永は「あー、リムーバーいるねぇ」と呟いた。

「リムーバー?」

「マニキュアを綺麗に落とす液体。私1本もマニキュア持ってないから、ないんだよなぁ」


 そう言いながらチラリと光永は結のマニキュアを一瞥する。その様子に、マニキュアまで持っていかれてはかなわないと結は焦った。

「ちょっと図々しい。マニキュアまで欲しいとか言う気?」

「んー、それも買おうかと思ってたんだけど、家事やってるからすぐ剥がさないといけないし」

 悲しいかな見てくれる人なんて一人もいないんだよ……そう呟く顔は少し寂しげだった。


 兄ならばすぐに褒めるだろうにと、結は首をかしげる。家が美容室だからか、そういう『癖』だけはキッチリついてしまっているはずだ。特に仲が良い訳ではないのだろうか? てっきり兄に出来た『彼女』だと早とちりしていたのだが。

「じゃあ、今日はこれで帰るね」

「え」

「パイナップルの香りとトリートメント効果がついたリムーバーがあるって、クラスの女子が噂してたから買ってくる」


 それじゃあ、と長居するわけでもなくさっさと光永は席を立って、手を振って出て行ってしまった。あまりにもあっけない退場に結は何もいえないままそれを見送る。数秒後、別れの言葉が『また来る』という意味であったとこに気づき、慌てて彼女は扉に向かおうとして……今の自分の体では到底追いつけないことに唇を噛む。

「今日も明日もあさってもこなくていいから」

 不本意ながら負け惜しみのようになってしまった。手元に残った髪飾りを見つめ、もう一言呟く。

「変なやつ」


 家族でもないくせに、わざわざこれを返すためだけに不愉快な思いをしに来たというのか。兄への点数稼ぎのつもりなら、一緒に来たほうが効率的だろうに。

 変なやつ。

 もう来なくて良いのに。なに考えてるんだか。


 ――私、家事やってるからつけてもすぐ剥がさないといけないし

 それは本当だと思う。髪留めを手渡されたとき、少し触れた手は荒れていた。家事をしない結の手とは違う。ペンだこもあった。

 ――実はコレを結城君が買っているところを目撃しちゃってね

 兄が自分で買ったなんて知らなかった。投げつけてしまったことに今更後悔しても仕方ないが。


 自然とため息がこぼれる。

 もう知らない。もう嫌だ。もう何も考えたくないんだから。やめて。思い出させないで。

 ぐっとベットにもぐりこむと、鼻の奥がツンとした。



 翌日、宣言どおり光永はやってくる。

「こんにちは! リムーバー持ってきたよ」

「余計なお世話!」

「まあまあ、爪に残ってても気持ち悪いじゃない?」

「ていうか、マニキュア塗ったこと無いならアンタ初心者じゃ……」

「うん。実験台になってくれるんだよね?」

「なんで!」



 それからも、何日おきかの間隔で光永は結の病室にやってきた。

「ちわー」

「今度は何!?」

「お菓子のおすそ分け。看護師さんにもおすそ分けしてきたんだけど、カップケーキ。どお? 豆乳で作ったからそんなに甘くないよ」

「食べない。太るから」

「そう? もう少し太った方が良いんじゃない?」

「余計なお世話」

「じゃあ私は食べよっと」

「なんで患者の前でカップケーキを食うわけ!? 普通りんごとか剥いたりしない?」

「ああ! りんごの方が良かった?」

「そういう意味じゃなくって……もうっ!」



「ちわー」

「ちょっとアンタ! あれ、甘食かと思ったんだけど!」

「この前のカップケーキ食べてくれたんだ。てか、甘食って懐かしいよね」

「話そらさないで。うっとおしいなぁもう」



「どもー」

「……はあ、あんた宿題しなくて良いわけ? 新学年になって宿題増えたからお兄ちゃんこれないって、お母さんが言ってたけど」

「宿題、余裕で片付けた。ははーん、残念だったわね。お兄ちゃんに会えなくて」

「そんなこと言ってない!」

「結ちゃんも宿題あるの? その手元の問題集とか」

「あるわけないじゃない。これは、自主勉強」

「どれどれ……へ~難しい問題ね」

「そーよ! アンタには解けないでしょうけど」

「そお? どれか解けないのがあるの? あ、この×印の?」

「すっごく難しいんだから」

「これはね~」

「あ、馬鹿! 説明しろなんて言ってないでしょうが!」




 朝広が練習から帰ると、母親が不思議そうな顔をしてテーブルについていた。

「どーしたんだ?」

「ん? なんか今日、結の機嫌が良かったから」

 髪をかきむしったりせず素直に寝ていたのだと聞いて、彼は微笑む。

 些細なことで機嫌が良かっただけにしても、素直に嬉しい。


「何かあったのかしら。あんた知ってる?」

「さあ、俺最近部活で忙しいから」

 結が理由を話さないから、二人には何があったのか分からないけれど。


「そっか……でも、嬉しいね」

「うん、嬉しいな」

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