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92:〔闇と紅〕

 ルーミアに抱き抱えられた僕は、ここらが潮時だと感じて自らに使っていた能力を解除することにした。いくら身体が傷付こうと、『痛くない』と自らの心に思い込ませるという強引な方法。半ば催眠術のようなものではあるが、それでも一応効果はあったので良しとする。


「ぐぅっ……痛ゥ……」

「大丈夫……では無いわね」


 右手無くなってるし、と何でもないことのように言うルーミア。そこで不意に闇が晴れ、ルーミアの金髪が僕の顔を撫でる。

 ルーミアは僕を抱えたまま、特に焦る様子も無くのんびりと歩き始めた。


「ルーミア、僕はいいから、フランを」

「フラン? あぁ、あの吸血鬼のこと。大丈夫よ、あの娘ならまだ闇の中だから」


 言いながら微かに笑みを浮かべるルーミア。

 その言葉を聞いた僕は、左手でルーミアの肩を掴んで少しだけ身体を起こした。そして、肩に顔を乗せて見た風景に息を呑む。


「これは……!」

「言ったでしょう? まだ闇の中だって」


 そう言って、立ち止まったルーミアは僕を降ろした。隣には結界を叩く魔理沙がいて、しかし僕は目の前の光景から目を離すことが出来ない。

 確かに、おかしいとは思っていた。ルーミアが現れたその瞬間、狂気に呑まれたフランの叫びが全く聞こえなくなったのだから。

 いくら予想外の人物が現れたといえ、あの状態のフランが驚きで動きを止めるとは思えない。それに、ルーミアが現れる寸前には、大量の弾幕だって存在していたのだ。あの今にも無差別破壊が始まりそうな状況が、ルーミアの登場だけでここまで落ち着くなんて考えられない。

 そう。ルーミアがただ『登場』しただけだったら、だ。


「何を驚いているのかしら。封印時ならいざしらず、今の私ならこの程度造作もないのだけれど……」


 クスクスと笑うルーミア。

 ルーミアは、ただ『登場』しただけでは無かった。彼女の『攻撃』は、既に始まっていたのだ。



 ――目の前には、まるでそこから先が消滅したかのように真っ黒に染まった空間が鎮座していた。




「御主人様はその人間とゆっくりしてらして? 私に全てを任せてね」

「……別に君の主人になったつもりはないけどね」


 言いながら、僕は結界を一度解除して魔理沙へと寄り掛かる。そして再度結界をかけ直すと、無くなった右手を虚空に眺めながら身体の力を抜いた。慌てた魔理沙が僕を抱き留める。


「でもまぁ、少し休ませてもらおうかな……。無理はしないでね」

「お前が言っても説得力が無いぜ……」


 呆れ果てた魔理沙の言葉に、僕は力無く、ルーミアは静かに笑う。

 本当なら今すぐにでも猫の姿に戻って治癒に専念したいところではあるが、今そうするとしばらく人型に戻れなくなる可能性がある。いつかの時に、右足が消し炭になった時ですら数時間人型に戻れなかったのだ。全身大火傷に右手を無くした今の状態では、果たして何日かかるものか。これからのことを考えると、紛いなりにも能力を使える今の状態の方が好ましい。例え激痛で意識が飛んでいきそうであっても、だ。


「くそっ、何だよこの身体……! 平気な顔してたから大丈夫なのかと思ってたけどさ……くそぅ……」

「魔理沙だって僕の為に戦ってくれたんでしょう? ……だったら、僕だって魔理沙の為に戦ってもいいじゃん」

「だからってそんな身体で! 右手だって……!」


 はだけた着物から覗く僕の身体、そして手首から先が家出している右腕を見て苦い顔をする魔理沙。こんなもの見ない方がいいのに。そう考えて、はだけた着物を直し、右腕を胸元に差し入れる。たったそれだけの行動で絶叫ものの激痛が身体に走るが、そこは我慢した。

 と、そこで魔理沙の服――腹の辺りが破れ、白のシャツが赤く染まっている――が目に入り、今度は僕が苦い表情をしていた。

 僕が不覚にも動けなくなっている間に、魔理沙は間違いなく死に至るであろう怪我を負ってしまった。すぐには動けなかった僕が出来たことと言えば、結界幻術で夢を見せてあげることぐらいのもの。そうすることで、腹を掻き混ぜられるという、本来なら悶絶し絶叫する程の苦痛から目を逸らさせてあげただけ。

 何とか身体を騙し抜いて魔理沙を救い出しはしたが、彼女が僕のせいで死にかけたのまた事実。それを考えると、過ぎたことと言えど後悔の念が沸き上がる。


「……ごめんよ」


 情けないことに、今はこうして謝ることしか出来ない。文字通り燃え尽きた僕の身体は言うことを聞かず、頭を下げようにも抱き抱えられた状態では見上げることしか出来やしない。

 しかし、魔理沙はそんな僕の心中など関係無いかのように、僕の頬を撫でる。


「馬鹿野郎……お前に謝られたら、私はどうすればいいんだよ……。私だってお前に謝りたいのに、先に言われたら何も言えないじゃんか……」


 今にも零れ落ちそうな涙。僕はそれを左手でスッと拭うと、出来る限りの笑顔を魔理沙に向けた。同時に涙を拭った左手を軽く握り、クイッと左に動かす。

 僕の為に泣いてくれる。それはとても、とても嬉しいことだけど。

 でもやっぱり、人が悲しくて泣いているところなんて、出来るだけ見たくないから。


「あ、れ……涙が」


 魔理沙がぐしぐしと目を擦り、一度身体を震わせる。手が離れたその瞳から、新しい雫が零れることはなかった。

 引いた左手を彼女の頬に戻し、魔理沙の体温をその手に感じる。


 ――あぁ、とても、暖かい。


「なんだよ、くすぐったいぜ」

「ダメ?」

「……いいや」


 少し首を傾げて聞いてみると、魔理沙は少し微笑んで僕の左手にその小さな手を重ねてきた。柔らかな温もりに挟まれ、激痛は続いているのに表情は緩んでしまう。そんな僕を見て、また少し笑みを深くする魔理沙。


「ふぅん……」

「?」


 ふと聞こえてきた声に首を曲げると、そこには何やらいやらしい微笑むを浮かべているルーミアの姿が。どうやら僕と魔理沙のやり取りをずっと眺めていたらしく、口元を手で隠しながらニヤニヤと笑っている。

 しかしこちらの視線に気が付くと、ルーミアはクルリと背中を向けてしまった。何なんだコイツは、と思ったのはほんの一瞬。静かにルーミアの身体から溢れ出した妖力と闇を見て、僕の表情も自然と引き締まった。

 と、次の瞬間。


「キャハハハハハハ!!」


 ルーミアの闇が爆風と共に霧散する。同時にフランドールの強烈な妖気が部屋に充満し、ルーミアは右手に十字の黒剣を握りしめる。


「お転婆な娘だこと。少しは落ち着いてみたらどう?」

「何の話? 私はとっても落ち着いてるよ? ただちょっと面白いなぁってだけ!!」

「皆そう言うのよね……。いいわ。肩慣らし程度に遊んであげる」



 完全に狂気に犯されたフランに、口調や振る舞いこそ優雅だが、口が裂けたような笑みは隠し切れていないルーミア。

 現時点での妖気はほぼ互角。しかし、どちらかといえば不気味なのはルーミアの方だ。封印時のギャップもさることながら、今のルーミアからは余裕を通り越して自信すら感じられる。あれだけの狂気を目の当たりにしながら、それに気圧されもしなければ表情を歪めもしない。果たして、ルーミアは今何を思いながらフランと向き合っているのか。


「動いた!」


 思わず、といった様子で魔理沙が声を出す。その言葉通り、向かい合っていた二人はほぼ同時に動き出していた。瞬間、僕等を守る結界が軋む。

 ほんの一撃。フランの炎剣とルーミアの黒剣が真正面からぶつかり合い、それが凄まじい衝撃を生んで部屋中に響き渡る。


「アハハッ」

「フフッ」


 互いに笑い声を漏らしながら、もう一撃。再度暴風にも似た衝撃波が生まれ、今度は互いに弾かれるように距離を取る。

 フランは炎剣を一度振るい、ルーミアは黒剣をクルリと回す。その剣の軌跡に現れる、赤と黒の弾幕。ほぼ同時に射出されたそれは、しかしどちらも標的に当たることは無かった。


「ただの小娘ってわけでもなさそうね」


 フランの弾幕を闇に包み込んだルーミアは、剣を持った右手を思い切り引いた。まるで弓を引いたかのように突っ張った右腕は、凄まじい勢いで闇に包まれていく。まるで闇に自らを食わせているかのような光景に、僕は静かに息を呑んだ。

 対するフランは、空中でフラフラ浮いたまま動かない。時折クスクスと笑う彼女の瞳は紅く光っていて、地上からでもその不気味さはよくわかる。

 その姿を見たルーミアは、その突っ張った右腕を――――思い切り、前に突き出した。

 ルーミアの右手から放たれるそれはまるで龍。触れるもの全てを闇に食らいそうな、純粋過ぎるまでの闇の力。

 その龍は、凄まじい勢いでフランへと向かい、僕は直撃を確信して目を閉じた。


 ――が。



「キュッとして」



 バアン!! と。何か巨大な風船を思い切り踏み付けたかのような、そんな強烈な炸裂音が部屋に響き渡り、驚いた僕は反射的に目を開いていた。

 抱かれる腕に少しだけ力が篭ったのを感じながら、何が起こったのかを確かめるべく身体を起こす。

 痛みに顔をしかめながら、しかし高くなった視線の先にあった光景に、思わず息を呑んだ。


「真っ黒蛇さん砕けて散った」

「……『闇』を壊すなんて。目茶苦茶じゃない」


 およそ数秒前までは想像すらしていなかった、この状況。

 右肩から先を吹き飛ばされたルーミアは苦しげに傷口を抑え、フランは変わらず楽しげにその身体を揺らしている。


「またあの能力か……」

「……ミコト?」


 あの得体のしれない能力。あれで僕は右手を失った。相変わらずどんな能力なのかはわからないが、とにもかくにも危険なことだけはわかる。あの能力を連続的に使われれば、いかにルーミアと言えど……。

 そこまで考えた時、クスリと小さな笑い声が僕の耳に留まった。フランのものではなく、ましてやすぐそばにいる魔理沙のものでもない。ならば、この声は。


「フ、フフ……アハハハハハ!!」

「ッ!!」


 突如として吹き荒れる闇の嵐。片腕を失ったはずのルーミアは、しかし声を高くして笑い声を上げている。

 これにはさすがのフランも一瞬顔をしかめ、怪訝そうにルーミアの顔を睨みつけた。


「なにがそんなに面白いの?」

「ハハ……いいえ? ただ、ちょっと苦しそうにしただけでそんなに油断してくれるなんて思ってなかったから」

「油断? そんなの」



 ――してるわけないじゃない。


 多分、フランはそう言いたかったのだろう。実際そういう感じで口がパクパクと動いていた。

 彼女も、動かした口から声が出ていないことに気が付いたらしい。ずっと見上げていた目がスゥッと下に下がり、そして勢いよく見開かれる。それはそうだ。『自分の胸から剣が突き出ている』のを見たら、誰だってそんな反応をするだろう。普通の人間なら反応する前に死んでいるかもしれないが。

 しかしそこは吸血鬼。ギギギ、と古い人形のように首が動き、未だ笑い続けているルーミアに視線を向ける。それに気付いたルーミアは、笑いを含み笑いに変えて口を開いた。


「何で、って顔ね。別に不思議なことでは無いわよ? 私は闇の妖怪……例え腕が飛ぼうと脚が飛ぼうと、そこに闇があればいくらだって替えが利く。逆に言えば、身体を切り離して闇にすることだって出来るのよ。そこにある、私の腕みたいにね」


 左手で指差すルーミア。確かに、フランの背後には剣をしっかりと握り締めたルーミアの右腕が存在している。


「惜しかったわ。けど……少し頭の回転が足りなかったみたいね」


 ザァッとルーミアの身体が闇に溶けていく。生まれた闇は少しずつフランへと吸い寄せられていき、足の先から少しずつ、ゆっくりとフランの身体が闇に包まれていく。

 すでに闇と化したルーミアは、最後にポツリと呟いた。










「私の勝ちよ」



何とか週一更新。


最近(というか最近ずっと)スランプ気味ですが、懲りもせずに番外を画作中。

今のところ大雑把に二択に絞って、


・if恋愛系(もしミコトが〇〇と恋愛関係にあったら)


・ほのぼの家族愛系(八雲家or桃鬼、志妖or妹紅etc……)


のどちらかにしようかなと。



ぶっちゃけどっちも書いてみたいけど、時間の都合から一つに絞ります。


ということで意見求めます。

どっちみたい?



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