89:〔紅月〜フランドール・スカーレット〕
――一体僕が何をしたというのか。
これまでに僕が起こした行動全てが、本当に『運命』とやらに定められていたとして。
その『運命』が、僕の死を絶対のものと決定付けていたとして。
だとしたら『運命』よ。ここで僕が死ぬことに、何の意味があるのか。
ここで死ぬことが僕のサダメだと言うのなら、どうして僕は今の今まで生きている。ここで死ぬ為に今まで生きてきたと言うのなら、ここで死ぬ為に生きていたと言うのなら。
「冗談じゃない……」
――そんな、馬鹿げた話があってたまるか。
何の理由も無く、何の意図も無く、ただそういう『運命』だから。だから貴方は死ぬべきなのよ、なんて。
そんなことを言われてハイそうですかと言える程、僕は人ができちゃあいない。
――ならばどうする。
「……決まってる」
「?」
自分の問いに自分で返し、そんな僕を怪訝そうに横目で見ている魔理沙に身体を向けた。いきなり視線を向けられた魔理沙は、ビクリと身体を震わせて驚いている。
「決めた。運命が僕を殺そうとしてるなら、それに真っ正面からぶつかってやる」
開き直りにも似た僕の言葉に、魔理沙は一瞬キョトンとして、しかしすぐにククッと笑った。最初に会った時のように帽子を深く被り、小さな声で一言、付き合ってやるぜ、とだけ呟く。
それを聞き取った僕は彼女と同じように笑い、律儀にも待ってくれていた妹様に声をかけた。
「さぁ、待たせたね」
「あら、もういいの?」
僕の言葉に、その可愛らしい口元を裂けたように横に開いていく妹様。そこから覗く鋭い歯が鈍く光り、強烈で、なおかつどこか異質な妖気が僕等を包み込む。
「お前といると退屈しないぜ」
「褒め言葉として受けとっておこう」
目の前でその数を増やしていくカラフルな弾幕。背景が赤なだけに無駄にその色が映え、逆に赤い弾は驚く程に見えにくい。
この分では正規の弾幕決闘のルールは通じないだろう。どちらかが動けなくなるまでこの戦いは続けられる。
つまるところ、昔のような殺し合いだ。
「魔理沙」
「そっくりそのままお返しするぜ」
死ぬなよ、と月並みのセリフを言う前に返されてしまう。これでは会話が成立しないではないか。
そんなことを考えていると、どうやら完成したらしい弾幕を背後に携えた妹様が口を開いた。同時に身構える魔理沙と僕。
「……簡単に壊れないでね?」
その真っ赤な舌で自らの指をチロリと舐めた彼女は、楽しみを押し殺したような声でそう言った。背中の特異な羽がゆっくりと動き、その身体がフワリと浮かび上がる。
そして、数メートル程浮かび上がったところで、ゾワリと全身を何かが走った。
「アハハハハハハハハハハ!!!!」
「散れ!!」
「おう!!」
――突然の発狂じみた笑いと共に、背後の弾幕が四方八方に飛び散っていた。
魔理沙とは逆方向に跳んだ僕は、壁に着地すると同時に妖力を解放した。迫りくる弾幕を皮一枚で避け、更に壁を駆け上がっていく。
ちらりと見えた白黒の影は、凄まじく細かい動きで弾幕を避けていた。箒を操っているとは思えない程の複雑な動きに感心していると、いつの間にか弾幕に周りを囲まれていることに気付く。
「くそっ」
瞬時に結界を張るも、一発で粉々に砕け散る結界に舌打ちする。咄嗟に張っただけの結界とはいえ、なんだこの馬鹿げた威力は。
なんて悪態をついている内にまたもや弾幕に囲まれる。
さすがに危険だと感じた僕は、猫の姿に変化して床へと降りた。
体積が縮まったことで回避ルートが広まり、その中をくぐり抜けて魔理沙の元へと向かう。
この姿だと弾幕が非常に大きく見えてぶっちゃけ怖い。
何とか魔理沙の元へと辿り着いた僕は、猫の姿のまま叫んだ。
「魔理沙! 正直避けきれん、助けてくれ!」
「はぁ!? お前私のスペカ普通に避けてたじゃんか!」
「普通に避けたのは初っ端のレーザーだけ! 頼む!」
「〜〜〜〜っ! 手のかかる猫だぜ全く!」
言いながら地面スレスレの飛行に切り替えた魔理沙は、それでも軽やかに弾幕を避けながら僕を拾って肩に乗せた。しっかり捕まってろよ! と力強く言ってくれた魔理沙がものすごく頼もしい。
「アハハッ! すごいすご〜い!」
笑いながら更に弾幕を放つ妹様。僕はそんな中、ふととあることを思い付いた。
「魔理沙。ちょっと」
「ん!? なんだ!」
激しくなった弾幕を避けながら、魔理沙は気持ち僕に顔を寄せて僕の言葉に耳を傾けた。
僕が言葉を言い終えると、魔理沙の表情が少し楽しげなものに変わる。
「いいぜ。やってみろ」
「それじゃあ失礼して」
普通の猫より長い二本の尻尾を下げ、箒の柄に巻き付ける。そしてそこから――。
「おぉ!?」
瞬間、魔理沙の声が幾分高くなり、箒のスピードが上がるのを感じた。どうやら成功したみたいだ。
「どう?」
「すごいぜ、スピード出しても余裕でコントロール出来る! これならいくらだって避けられるぜ!」
魔理沙の楽しそうな声を聞き、上手くいったかとほくそ笑む。
――命を分け与える程度の能力――。
この能力は、読んで字の如く自らの命――生命力を分け与えることが出来る能力である。
元は僕の能力ではなく、僕の中にいる『彼女』の能力。それゆえにイマイチ使い方が分からず、少し前までは宝の持ち腐れになっていたのだが、今は違う。
他者に命を分け与えて傷を癒したり、妖力と同じ要領で爪に生命力を流し込み、成長を促して限界以上に長くしたり。最近では結界にも応用出来ることもわかった。
そしてこの能力。実は生物以外にも命を分け与えることが出来る。細かいことはよく分からないが、無機物等の、所謂『生きていないもの』にも、この能力は使用出来るのだ。
今行ったのは正にそれ。魔理沙の箒に命を分け与え、その機動性を強化したというわけだ。
「へぇ……」
危なげなく弾幕を避けていく魔理沙に、フランドールは更にその笑みを強くした。子供のような無垢な笑顔のはずなのに……いや、それゆえに、僕と魔理沙は彼女に対して更に警戒を強めていた。
一言で表すならば、『危ない』。本能レベルでそう思わせるなにかが、彼女にはある。長期戦は望ましくない。
「シッ!」
「あっ、おい!」
弾幕の嵐の中、直線でフランドールへと繋がるルートを見た僕は、瞬時に人化して魔理沙の肩から跳んだ。同時に懐から一枚のカードを取り出し、その名を宣言する。
爪符「地味な業物両手に十本」
瞬間、僕の指から勢い良く爪が伸び、十本全ての指から一メートル強の爪が現れた。鈍い光を放つそれは、スペルカードの名の通り全てが業物の刀と同じ。本来ならこれを指から飛ばして弾幕とするのだが、今は切り離さずにそのまま使う。
十の刀を手にした僕は、一直線にフランドールへと突き進んだ。一撃二撃ではおそらく彼女は止まらない。少し可哀相だが、その右腕を頂かせてもらう。
そう考えながら、彼女の右腕、肩の辺りに狙いを付けて――。
――禁忌「レーヴァンテイン」――
「なっ……」
突如として彼女の右手に現れた、燃え盛る炎の刃。
肩に集中していた視界の端に映る、釣り上がった口の端に戦慄を覚え――
「アハハハハハハハハハハハ!!!!」
――その灼熱の刃が、一直線に突き進む僕の身体を飲み込んだ。
「言わんこっちゃないぜ……」
呆れたように呟いた魔理沙だったが、その表情は苦いものだった。
魔理沙とミコトは今日出会ったばかりだが、少なくとも悪い奴ではないと、多分だが、仲良くなれる気がすると彼女は考えていたのだ。
そう思っていた相手が、今、目の前で炎の剣に飲み込まれた。良い気分でいられるはずがない。
「なんだ、もう壊れちゃった」
「…………!」
炎に包まれた何かが、無惨にもぼうぼうと音を立てて落ちていく。間もなくどしゃりと音がして、そこでも魔理沙は顔をしかめていた。
「次はアナタ?」
燃えて壊れた玩具にはもう興味が無いのか、フランドールは次の玩具に視線を向ける。
その、良くも悪くも純粋な視線に、魔理沙は少したじろいだ。が、帽子の陰、強い瞳で睨み返す。
――今は揺らいでいる場合じゃない。油断したら、やられる。
弾幕決闘とは違う命懸けの戦い。魔法使いとはいえ、ただの人間である魔理沙が吸血鬼の一撃を食らえば、それだけで命に関わる大惨事になるだろう。
しかし魔理沙は逃げ出さない。自分が置かれている状況を理解してなお、彼女は戦おうと意思を固める。
普段の彼女なら、とっくに戦線離脱していてもおかしくはない。なぜなら、意味が無いから。ここでフランドールと戦っても、リスクばかりで魔理沙にはひとつも得が無い。ハイリスク『ノー』リターンの選択肢があったとして、誰がそれを選ぶと言うのか。
「わっかんないなぁ」
なおも楽しげに笑うフランドールに、魔理沙は口元に笑みを浮かべながら右手を掲げた。その手には、魔理沙が愛用している小さな火炉が。
その体勢で、少しだけ魔理沙は下を見るようにうなだれる。その延長線上には、今なお炎に包まれている誰かさんの姿。
「なんでこんなこと、してるんだろうなあ」
ギリッ、と。
笑みを浮かべていた口元から、鈍い音が響く。
同時に、右手に集まっていく光の粒子。紅い館には似合わない、きらびやかな光が火炉の周りに陣を敷いていく。
「なんでか知らんが……」
魔理沙の目の前に現れる、一枚のカードの姿。
彼女はそれを握り潰す勢いで掴み取り、左手で空へと掲げ、そして叫んだ。
「腹が立ってしょうがないんだぜ!! 吸血鬼さんよぉ!!!」
――恋符「マスタースパーク」
完全に笑みが消えた魔理沙の右手から、巨大なレーザーが放たれた。
久々の更新になってしまいました。
社会人って大変です。
ですが、頑張って更新していきますので応援よろしくお願いします!
ちなみに、そろそろ300万PVと5000ポイントを越えそうなので、お礼の意味も込めてまた番外を書こうと思っています。
このオリキャラの話が見たい! なんて意見があればどうぞ。沢山の意見があれば多数決で決めたいと思っていますので。
では。




