75:〔感染〕
「卑怯者! そこから出てこい!」
「誰が出ていくかっつーの……!」
思わず舌打ちをして悪態をつく。荒れる息を整えながら、背を預けている木から少しだけ顔を出して空を見上げた。白み始めた東の空に浮かぶのは、黒い翼をはためかせている鴉天狗。
感情を読み取るまでもない。なぜなら、彼女の表情は完全に憤怒で歪んでいるからだ。
「どうしてこうなっちゃうのかなぁ……」
「そこかっ!」
「うわぁっ!」
強烈な突風。体重の軽い僕は簡単に吹き飛ばされて空へと身を踊らせる。反射的に特製妖力弾を造ってそれに飛び乗り、目の前に迫っていた鴉天狗の突撃を皮一枚でかわした。
「ええいすばしっこい! まともに戦ったらどうだ!」
「すばしっこいってお前に言われてもなぁ……」
はぁ、と溜め息をついて頭を抱える。
さて、どうして僕がこんな状況に陥っているのかというと……。
時は、数時間前まで遡る。
僕は永遠亭を出た後、幽香のところへ行くか妖怪の山へ行くかで散々悩み、結局は記憶云々の問題を優先して妖怪の山へ向かっていた。
なぜ妖怪の山かと聞かれれば、記憶が戻っていない(確認がとれていない)残りのメンバーは、椛、文、志妖の三人のみ。その誰もが妖怪の山に住んでいるからである。
残り三人……戦わずに済むことを願うばかりだ。色々な意味で。 そうこうしている内に目的地が見えてきたので、僕は更にスピードを上げて妖怪の山へと向かう。見えてしまえば後は数分もかからない。一度思考を切ってただ跳び続ける。
すぐに山の麓についた僕は、勢いそのままに山へと飛び込んだ。志妖のいる洞窟であれ、天狗の屋敷であれ、とにかく早く行きたかったからである。
――が、これがいけなかった。
スピードに乗りに乗った僕の身体はそう簡単には止まらない。いきなり止まるならば、脚に妖力を篭めていないと脚がオシャカになる程である。さらに、僕は普段跳んで移動している為に、移動中はほとんど地面と接していない。
空を飛んでいるわけではないので空中では当然止まることは出来ず――
「何奴!」
「なっ!?」
――その瞬間、いきなり目の前に何かが現れたとしても。
「えっ?」
――空中にいる僕は、避けようにも身動きが取れないわけで。
「キャアアァアアァ!!」
「うわあぁああぁあ!!」
結局、僕は彼女と額をぶつけ合ってしまっていたのだった。
「って、よく見れば椛じゃないか」
夜の暗闇の中、頭をさすりながらしゃがみ込む。
僕と激突した椛は軽く数メートル吹っ飛んでいき、そのまま起き上がることはなかった。死んだわけではない、気絶しているだけである。
参ったな、と彼女を抱き抱える。
最初に出会うのは椛だと思ってはいたが、まさかこんな再会の仕方とは思わなかった。さすがに出会って一秒未満では記憶も確認出来るわけもなし、さてどうしたものか。
なんて考えていると、先程まで全く吹いていなかった風が僕の髪を揺らした。同時に覚えのある命の気配、これは……。
「うわっ!」
いきなり吹いてきた強烈な突風。思わず目をつぶってしまう。顔をかばい、足に力を込めて吹き飛ばされないように踏ん張った。体重が軽い僕は、人間ならなんてことはない風でも簡単に吹き飛んでしまうからだ。
と、ここで違和感。思わず右手で顔をかばっている僕だったが、僕は先程まで椛を抱き抱えていたはずだ。
なぜ、右手が使えている?
「どこの小妖怪かは知りませんが、手を出す相手を間違えましたね」
「?」
風が止み、代わりに聞こえてきた声に顔を上げる。
そこには、先程まで僕が抱えていたはずの椛をその腕に抱いた天狗の姿。
「よくもまぁ、椛を……」
ギリギリこちらに聞こえる程度の声で、黒い翼の彼女は言う。その身体に妖気を纏わせ、空からこちらを見下している彼女は言った。
「――椛の敵、取らせていただきます」
――とまぁ、再度木の陰に隠れて思い返していたわけだが。
「やっぱり、おかしいよなぁ」
いくら文が椛と親しいとはいえ、あの状況を見ただけで『敵討ち』などといって襲い掛かってくるだろうか? 僕の知っている文は、多少のはやとちりをすることはあれ、ここまで過激な行動を起こす性格ではなかったはずだが……。
「またか……! ええい、ここらの木ごと薙ぎ倒してやろうか」
しかも僕が戦わずに逃げ回っているのが気に入らないのか、彼女の感情は怒り一色。本当に薙ぎ倒されては困るので軽く跳躍、文の視界に身を曝す。
僕を見付けた文は、憎らしげにこちらを睨みつけてきた。
――やはり、おかしい。
「僕が暴走してた時もこんなになってたのかねぇ……ん?」
文の一撃をいなして、乗っていた弾から後ろに跳躍。新たな弾に飛び降りて頭に手を当てる。思い返すは、先程発した自らの言葉。
「まてよ……もしかして」
これまでのことを思い出す。
僕が最初に暴走したのは、確か慧音と戦った時。次に幽香との戦いでも暴走を起こした。どちらも暴走は戦いの中。
慧音は僕との戦いの後、僕の振り撒いていた『得体の知れない感情』に当てられて体調を崩していた。
今考えれば、幽香の様子も普通ではなかった。
そして、今現在戦っている文も。
この三人の共通点は、いずれも僕と戦っているということだけ。だがしかし、もしそれが皆の様子がおかしくなっている原因だったとしたら。
「っ」
顔面に迫る文の突撃。羽が頬に掠り、そこから流れる血が口に入ってくる。
もし、僕の暴走の原因と、向こうの原因が同じもの、同じ『感情』だったとしたら。
「…………!」
唇を噛み締める。この考えが正しければ、全ての原因は僕にあることになる。
もしかすると、慧音も、幽香とも、戦わずに済んでいたのかもしれない。
「食らえっ!!」
何十とかわしてきた文の突進。
あぁそうだ。おかしいじゃないが、こんな短絡的な攻撃ばかりなんて。
参った、これからどうすればいいのか考えなければいけないというのに。
僕の頭は、考えることを放棄しているみたいだった。
「……ごめんね」
突っ込んできた文の身体がくの字に折れ曲がる。
顔面しか狙ってこない拳を左手で受け止めると同時、僕の右拳が文の腹部に減り込んだ。
気を失っている文を抱えてゆっくりと下降していく。
気を失ったままの椛の隣に文を寝かせ、僕は後ろを振り返った。
「ずいぶん苦労してるみたいだねぇ」
「…………」
その先にいた妖怪は、僕の姿を見るやいなやそう言った。一体どこを見てそう判断したのかは知らないが、事実なので否定はしない。
「何に悩んでるんだい?」
「……なんでそう思う?」
聞き返した僕に、妖怪――桃鬼はクツクツと笑い、僕の尻尾を指差す。
二本の尾が、捻れるように互いに絡み付いていた。
「何年の付き合いだと思ってる。アンタの癖ぐらい知り尽くしてるよ」
ザクザクと落ち葉を踏みながら近付いてくる彼女。傍らに倒れている二人の天狗を一瞥し、額の角を触る。
「何があったか話してごらん。アンタの相談役になってあげるから、さ」
スランプとはこのことか……思うように文章が紡げない。
不自然になっていたりしたらご報告下さい、確認して修正します。




