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70:〔灰色小箱〕

迷いの竹林を駆け抜ける。

命の気配を頼りに、竹から竹へひたすら移動。ガサガサと音がうるさいが、そんなことを気にしている場合ではない。


「残るは永琳に幽香、それに文と椛……志妖か」


いつおかしくなるかわからないこの状況で、この五人の記憶を無事に戻すことが出来るのか。正直不安だらけだが、やるしかないのが現状だった。

何をそんなに神経質に、と見た人は言うかもしれない。実際僕もそう思う。

だが、万が一また僕がおかしくなって、取り返しのつかないことになったら……。考えるのも嫌になる。


「もう少しか……」


全力全開で移動しながら呟く。踏み台にしている竹が縦に割れる程に蹴り足に力を込め僕は跳び続け、やがて代わり映えのしない景色に変化が見え始めた。

最後に思い切り跳び、竹林から飛び出す。

永遠亭に到着、だ。


「永琳は……」

「呼んだかしら?」


呟いた僕に間髪いれずに返ってきた声。確かめるまでもなく、永琳のものだ。

声がした方向に顔を向けると、縁側に腰掛けていた永琳の姿があった。

永琳は僕をまじまじと見つめると、膝の上に開かれている本へと視線を落とす。

興味なさ気なその仕草にどう声をかけようか迷い、


「どうかしたかしら? ミコト」


――何気なく、永琳が僕の名前を読んでいた。

思わず身体が固まり、永琳の姿に釘付けになる。


「……ミコト?」

「あ、え? なんで……」

「……『なんで覚えているのか』かしら」


クスリと笑う永琳。

僕が頷くと、彼女は本をパタリと閉じて立ち上がる。


「別に覚えていたわけじゃないわ。現に、貴方のことを思い出したのはついさっき。貴方を見た瞬間からなんだから」

「…………」

「腑に落ちない顔してるわね」

「そりゃあ、まあ……。そんなにあっさり思い出してくれるとは思ってなかったから」

「その口ぶりからすると、他の方々はすんなりといかなかったみたいね。まぁ、封印された記憶を思い出すことは簡単ではないでしょうから当たり前か」


スタスタと歩いて近付いてくる永琳。

咄嗟に感情を読み取るも、彼女は平常心そのものだった。


「何難しい顔しているの。私はただ『思い出した』から『受け入れた』だけ。あぁ忘れてたんだ、思い出せて良かった。ただそれだけの話よ」


簡単に言ってくれる。今までの人(妖怪)はそれが出来なかったというのに。

例外として橙はすぐ思い出してくれたが、それでもその反動で気を失ってしまったのだ。それを永琳は、全てを理解した上で全てを平然と受け止めている。やはりというかなんというか、永琳はいろいろと別格である。


「いつ封印から解放されたの?」

「……それも知ってるのか」

「スキマ妖怪さんに教えてもらったから」

「そ」


もう驚くだけ無駄なことがわかった。










「へぇ……そんなことが」


僕の隣で興味深そうに呟く永琳。

予想外に永琳がさらっと思い出してくれたので、もののついでに僕の異常について相談してみたのだが。


「情報が少な過ぎるわね……。残念だけど、どうにもできそうにないわ」

「だろうね。予想してた」


特に気落ちもしなかった僕は、軽い調子でそう返した。前の妖力不足みたいな、どうすればいいのかハッキリしたものならともかく、今回は原因もわからなければ異常の内容もハッキリしていない。

僕が永琳に相談したのは、治してくれるのを期待していたのではない。ただ話して楽になりたかっただけだ。


「ごめんなさいね。力になれなくて」

「いやいや。こっちこそいきなり悪かった」


縁側に座っていた僕は立ち上がり、思い切り身体を伸ばす。

次は幽香辺りにでも、と考えていると、永琳がおもむろに懐から小さな箱を取り出した。


「それは?」

「昔貴方に作った薬よ。覚えてない?」

「あぁ。あの丸薬ね」


僕の妖力を一時的に全開にしてくれる、確か初めて使ったのは幽香の時だった。

これがなければ、あの時僕は立ち上がることは無かっただろう。

というか、永琳に返した記憶が無いのだが……まぁ細かいことは気にしないことにする。


「それがどうかした?」

「えぇ。この薬、貴方の妖力を無理矢理増大させる結構強力な精力剤なのだけれど……」

「精力剤だったのか」


衝撃の事実。


「今の貴方がこれを飲めば、おそらく身体が急激な妖力増大にショックを受けて、よければ全身麻痺、悪くて気絶してしまうでしょう。けれど、逆に言えばこれを飲みさえすれば貴方は何も出来なくなる。……やりたいこともやりたくないことも、関係なく、ね」

「…………」

「もし貴方がその異常でおかしくなって、自分でそれに気が付けたらこれを飲めば、貴方の考える『最悪の状況』は避けられるでしょう」


差し出される小さな灰色の箱。

僕はそれを見つめ、考える。前の薬ですら連続服用は危険だと言われていた。なら、今回は?


「一応聞いとく。もし」

「もし連続服用してしまったら」


僕の声に被せられる永琳の声。思わず黙ってしまう僕を、永琳の真っ直ぐな視線が貫く。


「……もし、連続で服用してしまったら、貴方の身体は膨れ上がった妖力に耐え切れずに――――死滅する」

「…………」

「だから、覚えておいて。『それ』を使うのは最終手段。抗う術も無くなって、どうしようもなくなった時にだけそれを使いなさい。……まぁ、使う意思があれば、の話だけれど」

「……肝に命じておくよ」


箱を受け取り、懐へとしまう。

永琳の言葉は、重く、深く身体に減り込むようだった。

僕は、永琳と一度視線を合わすとクルリと背を向ける。

そして、少しだけ振り返って。


「また来るよ」


笑顔で言って、竹林に飛び込んだ。

竹林を来た時と同じように駆け抜け、次の目的地を決める。

向かうは、あの向日葵の花畑だ。


「最初に薬を使ったのも幽香……。今回はどうなるものか」


少し白み始めた空を見上げ、またすぐに前を向く。


――急がなければ。

やはり連続投稿は短くなりがち。

次はあのフラワーマスターと再会。

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