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64:〔拒否〕

妙に久しぶりな感じがするスキマの空間。

僕が封印されてからどれくらいの年月が経ったのかはわからない。もしかしたら何十年も何百年も経っているのかもしれないので、そう感じるのも仕方ないとは思う。

しかし、僕の記憶は封印された瞬間から進んでいない為に少し複雑な気分。

つい昨日見た。けど凄く久しぶり。

そんな感じである。


「で?いつまでこうしてるのさ」

「…………」


僕の問い掛けに無言で返す紫。

スキマに入ってからもう十分程。本来なら入って開けばもう到着、といった具合なのだが、紫はそうはしなかった。

一体何を考えているやら、と尻尾を揺らしてただ待ち続ける。

と、紫は溜め息をついてこちらを向いた。


「……やっぱり、これしかないわね」

「なにが」

「先に謝っておくわ。ごめんなさい」

「いや、なにが」


いきなり頭を下げて謝罪してきた紫に首を傾げる僕。一体なんだと言うのか。


「結論から言わせてもらうとね……。その、貴方の記憶に対する封印が解けないのよ」

「はぇ?」

「いえ……正しく言えば封印は解いたの。けれど、どういうわけか貴方の記憶が戻らないのよ。多分、直に会えば何か変化が現れると思うのだけれど」


ばつが悪そうに言う紫。

僕は紫の言葉を頭の中で反芻し、その意味を確認する。


「なんでまたそんなことに……」

「それがわからないから困っているんじゃないの」


逆ギレですか。

とにもかくにも、紫と桃鬼、妹紅以外の全員の記憶は戻っていないことを理解。

問題なのは、これからどうすればいいのか、ということだ。

そんな思いを込めて紫を見つめていると、彼女はどこからともなく取り出した扇子で口元を隠していた。

まいった。嫌な予感しかしない。


「先ずは行動。論より証拠、よ」

「うん。微妙に使い方違うしなんかデジャヴュ」


全てを言い切る前に開いた出口に落ちていく僕。予想してたから驚きはしなかったものの、それが逆に悲しいのは気のせいだろうか。

だが。


「とぅ」

「え?あ、ちょっと!?」


落ちる寸前に手を伸ばし、紫の腕をキャッチ。

ただで落ちると思うなよ。


「旅は道連れ、ってね」


抵抗する紫をがっしりと捕まえて落ちていく。今の僕の表情はさぞ意地悪なものであろう。

しかしそんな表情とは裏腹に、紫の身体の感触に懐かしさを感じながら、僕は目を閉じて落下に身を任せた。










「っと」


二十秒程の落下の後、紫を抱き寄せたまま軽やかに着地。まだ少し違和感はあれど、この身体はやはりいいものだ。


「……最悪ね、貴方」

「それはどうも。で、ここは?」


僕から離れた紫は、背中を向けて扇子を開いた。どれだけ表情を隠したいのかは知らないが、いきなり大空に落としたのは君だと言いたい。

気持ちを切り替え、キョロキョロと辺りを見渡してみる。どこか見覚えはあれど、その記憶は所詮封印以前のもの。何年経ったか知らないがそれなりに幻想郷も変わっていることだろう。


「私の家から少し離れた場所ね。もうすぐ藍が帰ってくる頃……この場所を必ず通るからここに来たの」

「藍か」


僕は呟きながら、懐から二枚の羽を取り出した。黒と白の羽を見つめながら、反対の手で耳の輪を触る。

気が付けば外れていて、いつの間にか懐に羽が入っていたのだ。


「……また、付け直してもらわなきゃな」


羽をしまい、顔を上げる。

いつしかこちらを見つめていた紫にどうすればいいのか聞こうとして、


「…………」

「紫?」

「……え?あぁ、どうかしたかしら?」


なんだかぼうっとしていた紫は、僕の声でハッとしてこちらを向いた。

どうかしているのはそっちだと言おうとして、止めた。

どうやら、そんな話をしている暇は無いらしい。

僕の右、霧に包まれた森の中から、昔より随分強くなった妖気が感じられる。

紫もそれを感じたらしく、髪を耳にかけながらそちらを向いた。


「来たわね」

「ん。で、どうすればいいの?」

「先ずは藍の反応を見るわ。私は姿を消すから、それとなく話し掛けてみて頂戴。記憶が戻ればそれで良し、戻らなければ……まぁ、その時はその時ね」

「わかった。やるだけやってみよう」


気配がだんだんと近くなってきた。

紫がスキマに姿を消し、残ったのは僕一人。

あのペースなら後一分もせずに藍はここまでくるだろう。


「とは言ったものの……一体どんな顔で接すればいいのか」


藍が全く僕を覚えていない場合、そのままスルーしていくことも有り得るだろう。あれで藍は温厚な性格、無駄な争いは好まない。見ただけで襲い掛かってくるようなことは無いはず。

だが、スルーされた場合はどう声をかければいいのか。いきなり声をかけたら嫌でも警戒される。かといって声をかけなければそのまま通り過ぎて終わりである。


「……考えても無駄か」


頭を振り、思考をリセットする。

どうせ成るようにしか成らないと開き直り、すぐそこにあった岩に腰掛けて藍を待つことにした。

感じられる命はひとつだけ。ということは、橙と行動していたわけでは無いらしい。

二人一緒の方が楽だったかもな、と頬杖をついて唇を尖らせてみる。


と、そこにガサガサと音が聞こえてきた。

来たか。


「…………貴方は」


大きな二股の帽子を被り、九本の大きな尻尾を持った女性が僕を見て歩みを止める。

しばらく見つめ合った後、女性――藍は、さくりとこちらに足を踏み出し、


「あう……!?」

「?」


急に胸の辺りを抑え、苦しげな呼吸と共に膝をついていた。

あえて駆け寄ることはせず、ただじっと藍の様子を伺う。

片手を地面につき、もう片方の手で胸元を抑えて荒い呼吸を繰り返している。

苦しげな藍をただ眺めているのは少し心苦しいが、しょうがない。


「うっ……あ、ぅ……?」


下を向いていた藍の顔が上がり、未だ頬杖をついている僕を見た。瞬間、藍の感情が僕に流れ込んでくる。

様々な感情が入り混じるも、その中で一番大きな感情は――


「え……」


思わず目を見開いた。

少し信じられなかったが、感情は嘘をつかないから信じざるを得ない。


「……なるほどね。どうりで記憶が戻らなかったわけだわ」

「紫」


フワリと背後に降り立った紫は、少し悲しげに、しかし淡々と喋り出す。


「貴方の存在が、藍の中で大きすぎた……。無意識に、貴方の記憶を遠ざけるほどに」

「…………」


僕はただ、紫の言葉に耳を傾ける。

こうしている今も、僕には藍の感情が流れ込んできている。


――――思い出したくないという、『拒否』の感情が。


「私は、貴方がいなくなっても違和感が無いように記憶を封印した。それはつまり、貴方がいなくなることで生まれる『悲しみ』も封印したことになるわ。貴方の記憶が戻ることすなわち、その悲しみもそこで感じることになる」


やけにスラスラと話す紫には、大体の予測がついていたんだろう。そうでなければここまで具体的に言えるはずがない。


「……悲しみは、貴方の存在が大きければ大きい程、それに比例して大きくなる。多分、藍はそれを拒否しているのね。いえ、藍の心、と言うべきかしら」

「……僕は、どうすればいい?」


身体を震わせ、ただただ潤んだ瞳で僕を見つめてくる藍。時折苦しげに歯を食いしばり俯くその姿は、僕の心を激しく掻き乱していた。


「まだ何もする必要は無いわ。今は、藍が自分と戦っている最中。藍が自分に勝てば、貴方の記憶を取り戻すでしょう」

「……もし、負ければ?」


背後からきぬ擦れの音。

僕に背中を向けた紫は、扇子を閉じてこう言った。


「……おそらくは、記憶を戻そうとする原因を消しにかかるでしょうね」


僕は思わず俯いた。

記憶を戻そうとする原因。当然、それは僕の存在そのものだろう。

もし藍が自分の『拒否』の感情に染まってしまえば、藍は僕に襲い掛かってくるかもしれない。

そうなってしまったら、僕はどうすればいいのだろう。


「ひとつだけ言っておくわ」

「……?」


藍を見ていた僕の前に回り込み、紫は少し冷たい手で僕の顔を挟んだ。

僕を射抜く、真っすぐな眼光。


「もし藍と戦うことになっても、真正面から立ち向かってあげて。わかってると思うけれど、あの娘だって辛い。その辛さを生み出したのは、他でも無い私と――貴方よ」

「――!」

「だからお願い。逃げたりなんかしないで。藍の思いをその身体で受け止めてあげて。……そうすれば、きっと上手くいくわ」


感情が流れ込んでくる。

紫の、確固たる決意と、その想いが。

紫の言葉を心の中で繰り返す。

そうだ。これは、僕が責任をとらなければいけないこと。

藍が僕のことを想って苦しんでくれている。

僕はそれに真正面から立ち向かって、藍の全てを受け止めてあげなければ。

あげる、なんて言ったら少し偉そうだけれど、そう思うんだから仕方ない。



「……ミコト?」


紫が心配そうにこちらを見つめてきていたので、僕はそれに笑顔を返した。


「ありがとう。おかげで僕も決意が固まった」


紫の両手を顔から外し、それを僕の手で包み込む。


「いろいろと苦労かけた。……これからは、僕が頑張らなきゃね」


立ち上がり、紫の向こう側から感じられる巨大な妖気に目を向ける。


「ゴメンね、藍。考えが足りなかったかもしれない。僕がいなくなることで周りに迷惑をかけることはわかってたつもりなんだけど……」

「止め……私に、近付いたら……逃げて……!!」

「断る。僕には君を受け止める責任があるから」


まぁ、そんなのは建前でしかないのだけれど。

責任とか義務とか、そんな言葉で表すようなものじゃなくて。

ただ、そうすることが正しいと、僕の心が思っているから。


「来なよ。その感情、僕がまとめて受け止める」

「う……ああぁあぁあああぁああ!!!!」


瞬間、藍の妖気が爆発的に立ち上り、九尾の狐が空に浮かびあがる。

剥き出しにした歯がギリギリと鳴り、見開かれた目から放たれる眼光が僕を射抜いていた。


バトルパート。

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