63:〔一息ついてまた一難〕
メイド――もとい、十六夜咲夜を別の部屋のベッドに寝かせた僕は、爪をしまった左手を彼女の身体に当てた。
レミリアが見守る(睨みつけて、とも言う)中、僕は能力を発動。自らの『命』を分け与えていく。
本当なら妖力を生命力に変換して分け与えることも出来るのだが、この能力を使いこなす自信はまだない為にそれは止めておく。それに、僕の中には二つの『命』があるので多少使っても問題は無い。眠れば回復もするし。
「これでよし……。さ、今度はそっちが約束を守る番だ」
「えぇ、すでに小妖怪やメイド達に命令は出してあるわ。あとは……」
口に手を当てながら言うレミリア。
と、その瞬間。
「うわっ!!」
「きゃあっ!!」
ズガァン!!、と部屋の壁がいきなり破壊された。吹き飛んできた壁の一部をたたき落とし、ついでにベッドの周りに結界を張る。
何事かと破壊された壁から外を見れば、そこには……。
「どうした?それで終わりなんて言わないで欲しいんだがねぇ」
「ぐっ……!」
とても楽しげな鬼神と、満身創痍といった感じのチャイナ服の女性の姿があった。
僕は思わず頭を抱え、日陰に身体を移したレミリアは驚愕の表情を浮かべていた。
「レミリア様っ!ご無事でしたか!」
「え?え、えぇ」
「やぁミコト。決着はついたのかい?」
「へ?いや、その」
僕とレミリアは顔を見合わせる。困ったような表情をしているレミリアだが、多分僕も同じような表情をしているんだと思う。
決死の覚悟で鬼神に突っ込んでいくチャイナ服の背中を見送り、さてこれはどうすれば、と考える。
が、
「キャアッ!!」
「え?っと……」
今度は廊下側が凄まじい勢いで燃え上がり、無警戒だったのだろう、レミリアがこちらに吹き飛んできた。反射的に抱き留めた僕は結界を張って炎から身を守る。
「ケホッ……レミィ、無事かしら?」
「ミコトさん、大丈夫か!?」
今度は紫色の魔女と白色の人間が、先程と同じような言葉をかけてきた。
またも僕とレミリアは顔を見合わせ、さてこれはどうしようかと思わず呟く。
と、後ろから叫びにも似た会話が聞こえてきた。
「いいかげん諦めたらどうだい。どうせアンタの主人はミコトには勝てないよ」
「ふざけるなッ!レミリア様は負けなんてしない!」
今度は前から。
「ミコトさんが簡単に負けるなんてありえない!」
「どうかしら?私にはレミィが負けを認めることの方がありえないと思うけど」
そんな会話を聞いた後、僕等は同時に溜め息をついていた。
この状況じゃあ、何を言っても双方聞きやしないだろう。
そう思った僕は、レミリアの耳元でコソコソと話し掛ける。それを聞いたレミリアは、少し呆れた顔で辺りを見回し、頷いた。
瞬間、結界を解き、
「面倒だから両成敗」
「気絶して落ち着きなさい」
全く同時に、戦っていた四人が地面に崩れ落ちた。
で、現在。
「ふぅ……ようやく落ち着けた」
咲夜が入れてくれた紅茶を飲みながら、僕はようやく一息ついていた。
あれから二時間程経っただろうか、外はすでに暗く、星が煌めき始めている。
ちなみに桃鬼と妹紅は目が覚めると帰っていった。僕に絶対会いに来るように、と念を押して去っていく後ろ姿は、少し寂しげだったのを覚えている。
で、紫はさっさとスキマに入ってどこかに行ってしまった。どうやら僕の記憶に対する封印を解きに向かったらしい。何十年と封じる程の封印が簡単に解けるのか心配だが、今考えても仕方がないので止めておく。
「で、貴方は何者なのかしら。簡単に咲夜を殺そうとした辺り、そこらの妖怪とは到底思えないんだけれど」
「うん?あぁ、僕のことか。何者かと聞かれても……まぁ、長生きなだけの妖獣としか」
「長生きって、どれくらい?」
「一万と…………忘れた。でも一万は越えてるよ」
確か一万と六千は生きているはずだが、ここまでくると数えるのも面倒くさくなってくる。しかしまた思い出すのも面倒なので、約一万六千歳ということにしておこう。なんだかんだでふざけた存在だな自分。
もしかしたら千年や二千年のズレはあるかもしれない。遥か昔の大戦争。あの後の数千年が平和過ぎて記憶が曖昧なのだ。
「その割には強く見えないわね」
「抑えてますから」
新しく注がれた紅茶を口に含み、若干動きが固い咲夜をチラ見する。
よほど僕が怖かったのだろうか、それとなく距離をとられるのは少し悲しい。
「咲夜」
「なんでしょう」
客人モードの口調の咲夜に右手を向ける。ビクッと身体を震わせる彼女だが、気にせずに握った手を左にゆっくりと引いた。
首を傾げ、胸に手を当てる咲夜を見てから僕は立ち上がる。
「じゃ、そろそろ行かせてもらうよ。また来ても?」
「歓迎するわ。いつでもいらっしゃい」
そう言ってくれたレミリアに微笑みを返し、僕はテラスから飛び降りた。
「紫、いるなら出てきて」
「あら。気付いてたの」
「当たり前」
着地した僕は、スキマから出て来た紫に違和感を覚えた。
扇子で口元を隠している為に表情からは読み取れないが、生憎僕にはそんなの関係無い。
「……何か隠してるね」
「やっぱりわかるかしら。隠してる、と言うよりは……いえ、行った方が早いかしらね」
行きましょう、とスキマが拡がり、僕はその中に足を踏み入れる。
どうにもトラブルが続きそうな、そんな予感がしてならない僕だった。




