表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/112

61:〔舞い戻る灰色の風〕

「っ!!」


喉に突き付けられたナイフを、怪我覚悟で右手でたたき落とす。右足を振り上げてメイドの肩に踵を落とし、衝撃に顔をしかめた彼女から僕は全力で距離を取った。

五メートル程離れた場所で振り返り、


「死になさい」


次の瞬間、僕の周りに大量のナイフが出現。


「なっ……!」


目の前に広がる銀色の凶器。それら全ての切っ先が僕の身体へと向いている。隙間など皆無。頭に過ぎるのは、大量のナイフにより構成される悪趣味なオブジェの姿。




「くそっ!!」


瞬間、僕は両腕をクロスしてジャンプ。膝を抱える形でナイフの雨に向かって飛び込んだ。

皮なんてもんじゃない、腕と足の肉が綺麗に裂かれ、僕の身体に真っ赤な花を咲かしていく。


「……っ、随分切れ味の良いナイフだこと」

「どうもありがとう。あの場所でじっとしていれば楽に死ねたのに」


言いながら彼女は胸元まで手を上げた。何も持っていなかったはずのその手には、大量のナイフが現れる。


「能力か……」

「ええ。私に勝てたら教えてあげてもいいわよ?」

「くっ!」


瞬間、僕は右手を彼女へと翳した。

相手も能力持ち。しかもお互いにどんな能力かもわからないのなら、一か八か感情を操ってやる。グッと握り締めた拳。

メイド姿の彼女から伸びる見えない糸を引くように、思い切り右へ振り払う。


「…………なにをした」

「さあね。いつかはわかるだろうさ!」


怪訝そうに睨みつけてくる相手に向かい、地面を蹴り突進。

逃げたところで捕まるのは目に見えているから。

悲しくなるほど遅く感じる僕のスピード。それでも赤い悲鳴を上げる足を無視して懐に飛び込む。


「ふんっ!」

「あうっ!」


勢いそのまま、腹に一撃。吹き飛んだ彼女に追い討ちをかけるべく、さらに足を前に出す。

二歩で倒れた彼女に並び、全体重を乗せた肘を落とすべく腕をたたみ――


「調子に乗るなっ!」


反射的に反らした顔の頬を掠めていく銀色。

恐ろしい、あの体勢から確実に急所を狙ってくるとは……!


視線を落とせば、すでにそこには彼女はいない。

彼女は僕の背後で、ナイフを手に持ったまま肩で息をしていた。

その姿を横目で見ていた僕は、あえてゆっくりと振り返った。だらりと下げた両手から滴る血が地面を潤す。


「……貴方、何者なの?」

「知りたいなら、僕に勝ってみろ。そうしたら教えてあげるよ!」


わざと相手を挑発し、自らを奮い立たせる。

この身体で出来ることなどたかが知れているが、敗北が死と直結する以上、簡単には諦められない。


「はああぁあぁああ!!」


僕は咆哮と共に、彼女へと殴りかかった。










――何なんだ、この男は。


メイド服を着た女――十六夜咲夜は、自分に突進してくる人間を睨みつけながらそう思っていた。

ただの人間なら、最初の一撃で終わっていたはず。今頃はナイフのオブジェを眺めて溜め息をついていたはずなのに。


「……!」


顔面に迫る拳を鼻先で避け、右手に持ったナイフを男の胸へと突き出す。が、男はそれを赤く染まった腕で叩き落とした。


「っ」


――怪我を負っても気にしないのか、この人間は……!


男の血が目に入り、私は思わず後退した。

追い縋ろうとする男をナイフで牽制し、血を拭き取って向き直る。


「ぐ、う……!」


苦しげな男の声が耳に留まり、傷だらけの相手を眺める。

本当に何者なのだろう、この男は。

ただの人間ならすでに動けはしない程の傷を負いながら、それでも戦おうとする強い精神。

死ぬのが嫌で躍起になっているのかもしれないが、それでは説明できないこともある。

ひとつは、男の動き。

私のナイフを避ける身のこなし。先程の不意打ちなどは、あらかじめ予測しておかなければ到底避けられるものではない。

そしてもうひとつ。これはおそらくあの男の能力のせいだろうが……。


「どうした、攻めてこないのか」

「…………」


震え出しそうな右腕を抱え、ナイフを握り締める。

理由はわからない。

理屈もわからない。

ただ、今。私は確かに――


「ありえない……!」


――この男に、恐怖している。


避けられたはずの男の拳。

腹部にジンジンと残る痛みが、更にその感情を大きくさせる。

同時に思う。

この男は、今ここで確実に殺さないと、後で必ずこちらが痛い目に遭う、と。


そう。


確実に、だ。


「よく頑張ったけれど、もう終わりよ。貴方は次の一撃で死ぬ」


男の周りにナイフを展開。

私は、銀色に囲まれた彼の表情を見て、思わず目を細める。


「誰が、死ぬって!?」


地面を蹴り、赤い色を撒き散らす彼。

ギリギリ人一人抜け出せるぐらいの隙間から、『私がわざと作り出した隙間』からナイフの雨を脱出し、


「貴方ですよ」


次の瞬間、男の身体は無慈悲な一撃で吹き飛んでいた。我が館の門番、紅美鈴の拳によって。


「……残念ね。貴方とは、もっと違う形で会いたかった」


震えが収まった身体で、私は彼が吹き飛んでいったその方向に背中を向けた。

ただの人間が美鈴の、妖怪の拳を食らって生き残れるはずがない。


「戻るわよ、美鈴」


私は背を向けたまま言って歩き出す。

が、四歩程歩いたところで違和感を覚えた。

彼は確かに吹き飛んだ。あの勢いならば、後ろにあった森の木々を薙ぎ倒すぐらいは普通にするだろう。

だが、彼が吹き飛び、私が背を向けてから。

なぜ、物音一つしないのか――?


「また派手にやられたものね」

「全くだねぇ。そんなに血を流して……もう少しで死ぬところだ」

「また無理ばかりして……心配するこっちの身にもなれよ、本当に」


「――――!!?」


聞こえた声に、思わずナイフを構えて振り返る。


そこには、傷だらけの人間を支える、四体の妖怪の姿があった。


奇妙な空間の裂け目から身体を出し。


頭の角を掻きながら、恐ろしい妖力を纏い。


人間の姿をしているのにも関わらず、人間離れした容姿を持って。


「な……!」


次の瞬間、私は自分の目を本気で疑った。










「紫……桃鬼……妹紅まで……」


背後から聞こえた声に、僕は不謹慎ながら本当に嬉しさを感じていた。

視界が歪み、霞んでいるせいで姿はわからないけれど。

三人の雰囲気は、びっくりするぐらい変わってなくて。

ただ本当に、僕の心は安らいでいた。


そして、目の前にいる、灰色の『彼女』の姿。


「…………」


僕よりも小さな身長で、下から見上げる灰色の瞳が僕を見つめる。










『やっときてくれた』


「……あぁ」


『待ってたよ?』


「それは……ごめんよ」


『早速だけど、貴方の中に戻っていいかな』


「…………」


『私は、貴方をここに連れてきた。今度は、貴方が私を連れていって』


「……何処へ?」


『未来へ』


「……いいよ。約束する。僕が、君を未来へ連れていく」




彼女の手が僕に触れる。優しく握られた手。強く握り返す。


流れ込んでくる、彼女の思い。


『私達は』


「一人でも」


『一匹でもない』


「君といるからこそ」


『貴方と一緒だから』


「僕は僕でいられる」


『私は私でいられた』


思いが、重なる。

ふたつが、ひとつに交じり合っていく。


「だからこそ」


『だからこそ』


「もう一度一緒に」


『もう一度一緒に』


「僕と君が合わさって」


『私と貴方が交じり合い』



――たったひとつの、命〔ミコト〕になろう――










「な…………!!」


目を開けば、もうそこに彼女はいなかった。代わりに、僕の中に確かに彼女の鼓動を感じられる。

腕や足の傷は、完全に閉じていた。


僕の姿を見て、驚愕の表情でナイフを落とす相手。それもそうだろう。ただの人間だと思っていた相手が、いきなりこんな姿になったのだから。


僕は彼女に近付いて、そのナイフを拾い上げた。

長い髪を後ろ手で纏め、一息でザクリと切断。一メートル強の灰色が、風に吹かれて飛んでいく。


「これで、元通り」


呟いてから、いつの間にか膝をついていた彼女に目を向ける。

同じように膝をつき、顎に指をあてて顔を上げさせ、僕は言った。


「僕が恐い?」

「…………!!」


ガタガタと震え出す彼女の身体。

僕はそれを見て、彼女の額に手を当て、


「っと」


同時に地面を蹴り、顔面に迫る蹴りを鼻先で避けてから更に後退。


「咲夜さんに近付くな!!」


軸足で地面をえぐったチャイナドレスの女は、鋭い眼光で僕を睨みつける。

見た目は人間だが、彼女は生粋の妖怪みたいだった。

尻尾をふらりと揺らし、僕は彼女に一言。


「ただ寝てもらおうと思っただけさ。あれだけやられて何も思わないわけじゃあないけど……」


切れた腕や足は、この身体になった瞬間に完治したし。

そんなことを考えていると、今まで黙っていた紫が軽やかにスキマから降りていた。

いつもの(と言ったら違和感があるが)胡散臭い笑みはどこにも存在せず、そこには相手を射抜く厳しい視線しか存在しない。


「本当なら、ここらでミコトを連れて帰りたいところなのだけれど……。そうもいかないみたいね。ねぇ?吸血鬼のメイドさん」

「……お嬢様の邪魔は許さない……!」

「そう。なら、こちらは力づくでいくだけだわ。千でも万でも好きなだけかかってきなさいな。片っ端から片付けてあげるから」


パチンと扇子を閉じ、スキマへとそれを放り入れる紫。


「紫。何の話?」

「細かく説明している暇はないけれど……。外界からやってきた妖怪が勝手に勢力を拡げて、この幻想郷を支配しようとしているのよ」

「で、そのリーダーがここの、その吸血鬼だと」

「話が早くて助かるわ。なら、とっとと終わらせて帰りましょう」


ザッ、と一歩踏み出した紫。

その瞬間、どこからともなく現れる大量の小妖怪達。

が、その妖怪達は五秒とまたずに全て切り裂かれた。










「う……ん。こんなもんか」


右手の爪をギシギシと軋ませながら、灰猫は驚いている様子の相手に爪を向ける。


「改めて、自己紹介を……」




灰色の尻尾をふらりと揺らし、強大な妖力をその身体に充満させながら。




「僕はミコト。猫又だ」




伝説の妖獣が、幻想郷という舞台に舞い戻った。

かなり遅くなってしまって申し訳ありません……。


単純に忙しかったのと、文章に満足がいかなかったのが合わさってしまい苦悩していました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ