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57:〔時を経た幻想郷 首を傾げる天狗達〕

「う……」

「?」


幻想郷、妖怪の山。

鬼の姿が消え、天狗が住んでいるこの山の上空をいつもの様に飛び回っていた鴉天狗――射命丸文は、首を傾げて空中で止まった。


「……気のせいですかね」


小さなうめき声のような音が聞こえた気がしたのだが、と再度首を傾げ、改めて飛び立とうと翼を広げる。


今日は新しいネタを求めて幻想郷を飛び回る予定だし、と心の中で呟いて、


「うん……」

「……気のせいではないみたいですね」


飛び立った方向から急旋回し、森の中へと飛び込む文だった。










「うぅ……」

「おやおや……これはまた珍しい」


翼をたたみ、声の主に近付いていく。

遠目から確認出来たことは、灰色だということ。

少し近付いてわかったのは、人間ではないということ。

また少し近付いて、猫らしき耳と尻尾が目についた。女の子であることもわかった。

そしてすぐ近くまできて、彼女がボロボロであることが確認できた私は、


「……?」


少しだけ心にひっかかるものを感じ、気が付けば彼女を抱き上げていた。

どうしてか、彼女を殺す気にも放って置く気にもなれない。たとえここが天狗の領地で、彼女が勝手に傷付いて倒れていただけだとしても、見殺しには出来なかった。

とても軽いその身体を抱き上げたまま、私はすぐに飛び立った。


「あれ、文さん」

「うぁ、椛!」

「なんですかその反応は……。というかその娘、もしかして」

「あややや、では!!」


椛に見つかる前に、と考えた瞬間に出会ってしまうとは運が悪い、いや椛の前に彼女を見つけることができた時点で幸運なのか。椛の能力は探索という点では抜群の力を発揮するのだから。

しかし、幻想郷最速と謳われた私に追い付き捕まえられる者など……。


「…………?」


いた……のだろうか。

いや、私に速さで勝てる妖怪なんて少なくとも私は知らない。なら人間、いや人間こそありえない。ただの人間が私に追い付くような速さを出したらその時点で命を捨てることになるだろう。ただの人間なら、だが。


「……まずはこの娘を安全な場所に連れて行きますか。考えるのはそれからにしましょう」













「……う、ん……?」

「目が覚めましたか?」

「っ!」

「あやや、そこまで警戒しなくとも」


私の部屋、布団の中で目が覚めた彼女は、私を見るやいなやかけ布団を蹴飛ばして四つん這いで私を睨みつけた。二本の尻尾がピンと立ち、あからさまに敵対心を見せる彼女に私は苦笑いする。


「こんなとき、あの方みたいな能力があれば楽なんでしょうね」


やれやれと立ち上がり、どうしたら警戒を解いてくれるかを考える。


……ん?


「あの方とは、誰だったか……」

「……?」


自然と呟いた先程の言葉に違和感を覚え、彼女に向けて踏み出した足が空中で止めた。

そういえば、椛を撒いた時にもこんな違和感を感じた気がする。

だがしかし、やはり思い出そうとしてもかけらも思い出せない。


「あの」

「!」


片足を上げたまま腕を組んでいる私をじっと見つめていた彼女が、いつしか正座の姿勢へと変わっていた。

そこで自分の体勢がかなりおかしなものだと気付いた私は、たはは、と笑いながら足を踏み出した。


結果オーライ、彼女の警戒は緩んだようなので良いとしよう。思い出そうとしても思い出せないものは、ふとした時に思い出すものだ。別に思い出せなくても死ぬわけでもなし、深く考えないことにする。

私は怪訝そうに見つめてくる彼女に苦笑いを返し、彼女の前に腰を下ろした。



















「全く……逃げ足はぴか一ですね。いえ、速さそのものがぴか一なんだけれど……」


一目散に飛び去った文さん。彼女を追いかけるのは無理だ、と諦めた私は、割とゆっくりと屋敷へと帰っていた。

私の能力、『千里先まで見通す程度の能力』で侵入者を見付けて飛んできたはいいが、そこにはすでに文さんがいた。

彼女の腕の中には見知らぬ灰色が目立った妖獣らしき少女の姿。なんの妖獣かは確認出来なかったが、二又の尾と私と同じ様な耳が見られた。あれは、スキマ妖怪の式の式である(ややこしいが事実なので仕方がない)化け猫のものと似ていたので、もしかしたら猫の妖獣かもしれない。


「灰色の猫の妖獣……?」


屋敷が見えたところで、私は動きを止めた。


――何か、ひっかかる。


「……まぁ、一目見ればわかるでしょう。文さんの部屋にいるみたいですし」


少しだけ芽生えた焦燥感。

私は、自分が焦る理由もわからないまま飛ぶ速さを上げて屋敷へと向かった。










「文さ、ん……」

「あ、椛!」

「?」


私は勢い勇んで文さんの部屋へと繋がる襖を開けた。スパァン!と小気味よい音を立てて開いた襖の先に居たのは、


「……何をしているんですか?」

「あやや……いや、これは、ですねぇ……」


文さんの黒い翼を、不思議そうな顔でちまちま触っている少女の姿があった。

予想もしてなかった光景に、思わずポカンとしてしまう。今、私の顔はなかなかに間抜けなものだろう。

気を取り直し、私は二人の近くへと歩み寄る。


「も、椛!」

「どうしました?」

「い、いやぁ……その」


途端に慌てふためいた文さん。灰色の少女を庇うように私の前へと踊り出る。

私はそんな文さんに目を見開き、しかし彼女の考えていることがわかって表情を緩めた。


「別に彼女をどうこうする気はありませんよ。……ただ、気になることがありまして」

「へ?」


文さんの横を通り抜け、私の姿を見てビクリと身体を震わせた少女を見つめる。


――やはり、なにかがひっかかる。


「……なにか、どこかで知ってるような……。とくに、この灰色の姿が……」

「……椛もですか?」

「文さんも?」


振り返り、腕を組んでいた文さんを見る。


「えぇ。それでこの娘を見捨てることが出来なかったんですよ。……まぁ、何がひっかかってるのかはさっぱりですがね」


そう言う文さんから視線を戻し、改めて彼女を見つめる。

私よりも頭一つ分小さい身長。身長の割に子供っぽく見えるのは、どこかビクビクとした雰囲気のせいだろうか。

足まで届く灰色の髪に、灰色の瞳。そして、そして少女の身体には少し大きめな着物。袖は手が隠れてしまっているし、裾は内側に折り曲げて金属の輪で留めていた。こちらも灰色。


じっと見つめていると、彼女は不思議そうにこちらを見て首を傾げていた。


「……少しモヤモヤしますが、まずはいいでしょう。貴女、名前は?」


考えてもわからないものは仕方ない。

とりあえず、彼女と意思の疎通をはかって見ることにしてそう聞いた。

が、彼女は首を横にふるふる振っていた。


「名前がわからないの?」


ふるふる。


「……?じゃあ、忘れたの?」


ふるふる。


「なら……」

「椛、彼女には名前が無いらしいです。貴女が来る前に私も聞いたんですが、名前という概念そのものが無いみたいで」

「名前の概念が、無い?」

「はい。それに、喋れないわけでも無いみたいですが、答えたくないことにはただ首を振るばかりでして……。ただわかるのは、彼女が猫の妖獣であるということだけ。他は答えようとしません」


それが答えたくないのか、本当にわからないのかはわかりませんがね、と文さんは続けた。

それに少し不安を覚えた私だが、まあ見た限り強大な力を持っているわけでもなさそうだし、そもそも事件を起こすようには見えないので大丈夫だと判断。

頭を切り替え、彼女に話しかける。


「身体は大丈夫なの?」

「…………」


コクリ、と頷く彼女。確かに、最初見た時はボロボロだったが、今はそれが全く見られない。


「これからどうするの?」

「……どこかへ」

「行くの?」


またも頷く。私は立ち上がり、文さんと顔を見合わせた。


「どうします?」

「山の外まで送ってあげましょう。他の哨戒天狗に見付かったら厄介ですから」

「……ですね」


そんな会話を交わし、私は彼女に近寄った。

そして話の顛末を彼女に話す。コクリと頷いた彼女の尻尾は、嬉しそうに揺らめいていた。























「ここまでくれば大丈夫。どこへ行くかは知らないけど、気をつけてね」

「……ありがとう」


それだけを言って頭を下げ、彼女は見た目に反する速さで私達の目の前から消えた。


私と文さんは、その見覚えのある速さを見て同じように首を傾げるばかりだった。

少女の正体は……。

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