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49:〔最強の妖獣〕

「う……ん……」


ゴロリと寝返りを打ち、


「痛っ」


何かに頭をぶつけて目を覚ました。額をさすりながら目を開けば、そこは小さな机の脚。足の小指ならぶつけたことはあれど、頭をぶつけたのは初めてだ。


「……えと、まだ寝てるのかな……?」


三メートル程向こうで寝息を立てている彼女を見て、欠伸をしてから歩み寄る。

昨晩あった二本の角は無くなっており、そこにあるのは綺麗な長髪。なんというのか、銀色に青が混ざったような輝かしい色をしている。


「綺麗な色だなぁ……。それに比べ、僕の髪は……」


長さなら負けてはいないが、僕のそれは灰色。輝かしさなんて微塵も感じられない。


「……ん?」


髪から目を戻し、彼女の顔を見ると、髪が口にかかっている。

何の気無しにその部分をつまみ、顔にかかりそうな髪を耳にかけておく。


「しかしまぁ……髪の色もさることながら、綺麗な顔だこと」


筋が通った鼻。

飾らずとも長い睫毛。

みずみずしい唇。

どこをとっても美人さんである。


「う……ん……」

「あや」


彼女は布団の中でもぞもぞと動き、その際に先程耳にかけておいた髪がまたしても顔にかかる。

しょうがないなぁ、と顔を優しく撫でるように髪を掬い、改めて耳にかける。


「……起こしちゃ悪いかな。散歩でもしてきますか」


音を立てないように立ち上がり、猫の姿に変化。少しだけ開かれた窓に跳び移り、少し幸せな気分で外に跳んだ。




















「……ふぅ」


目をつぶったまま溜息をつく。

全く……寝ている、と思い込んでいるとしても、恥ずかしいことをズバズバと言ってくれる。

実は最初から起きていた、なんて言ったら、あの妖獣はどんな顔をするのだろう。


「……どうしてだろうな」


見ず知らずの、昨日会ったばかりの妖獣に髪を触られ、頬を撫でられたというのに。

全く、悪い気持ちはしなかった。いや、それどころか――。


「っ」


ぼふっ、と枕に顔を埋める。どうかしている。そうだ、まだ名前も知らない間柄だというのに。きっと昨日の内に何かされたんだろう。そうに決まっている。


「……それにしても」


ハクタクと化した私を簡単にあしらったあの妖獣。

光る瞳は灰色で、灰色の長髪に、灰色の着物を纏っていた、あの妖獣。


「……まさか、な」


……稗田家が代々纏めてきた資料の中の、最強の妖獣と特徴が一致しているような気がするが……。

まぁ、それはないだろう。

私は布団をかぶりなおし、もう一度眠りにつくことにした。なぜかはわからないが、今はとても幸せな気分で眠れそうだ。

どうせ、今日の寺子屋は休みなのだから存分に眠るとしよう。

























――へぇ、なかなか賑わってるんだな。


屋根の上を歩きながら、僕はそんな感想を心の中で呟いた。

なにせ今は猫の姿、喋る猫など存在――してるけど。やはり堂々と喋ることは出来ない。


しかしなんにせよ、ここなら久しぶりにのんびりと出来そうだ。

屋根の上で、ひなたぼっこといきましょうか。


「にふぅ……」


気の抜けたような声を出して、僕は目をつぶった。





が、


「大変だぁ!妖怪が現れたぞぉ!!」


――なんだいなんだい、そんなに僕を平穏から遠ざけたいのかい?


溜息をつきながら目を開き、下でパニックとなっている人間に目を向ける。

皆一様に左手に逃げていることから、どうやら妖怪は右の方にいる様子。


「……まぁ、知らんぷりしても構わないんだけどさ」


隠行を使い、猫又の姿に戻る。

先程平穏がどうのこうの言ってはいたが、本音と建前は違うもの。

平穏は欲しいが、周りをほおって置いてまで望んでいるわけではないもので。


僕は屋根から飛び降り、着地と同時に土煙を上げて走り出した。










「おやおや、大群なことで」


数秒で里の端に辿り着いた僕は、目の前に拡がる魑魅魍魎にそう言った。

ほとんどが小妖怪、紛れ込むようにして中妖怪がぽつりぽつり。耳を動かしながら相手のポテンシャルを把握していく。


「数は二百……いや二百五十ってところかな」


よくまぁ集まったものだ、と敵ながら感服。

妖怪共は僕の姿を見て、あいつは!だの、何故ここに!?だの、皆似たり寄ったりの反応。

さすがに僕も大分有名になっているようで驚いたが、向こうが僕を知っているのなら好都合。

能力を展開させ、恐怖の感情を撒き散らしながら歩み寄る。


「さて、もう満足しただろう?おとなしく帰ってくれるとありがたいのだが」


僕の発する恐怖の感情に、小妖怪はわなわなと震えて後ずさる。

これ以上恐怖を強めるとあちらが消滅しかねないのでこれが最大。藍や橙のような妖獣相手ならそんなことはありえないが、精神的ダメージに弱い妖怪にとって、僕の能力は下手をすれば死に直結してしまう。実際、初めて紫に会った時に使った『あれ』なんかは、ここにいる妖怪全部の命を刈り取っていくだろう。


「ミコトさんじゃあありませんか。どうしたんです」

「藍?なんでここに……」


と、いきなり現れたスキマから藍登場。


藍の姿を見た妖怪共は、さすがに万が一にも勝機は無いと判断したか一目散に去っていった。

まぁ、巷では最強の妖獣と謳われている僕に、あの八雲紫の式神にして九尾の妖獣である藍。このコンビに喧嘩を売る相手はちょっとしかいないだろう。

あぁ、ちょっとはいる。


「……で、なんでここに?」

「少しばかり伝えたいことがありましてね」

「……さも偶然あったかのように現れたくせして……。で、なに?紫から?」

「いえ、私から個人的な用件……というか、頼み、ですかね」

「頼み?……というか藍、なんか痩せた?」


口調こそ変わらないものの、藍の顔がどこかやつれているようにも見える。スキマから覗く尻尾も、どこか元気が無いようだ。


「はぁ、わかりますか……。実はですね……」

























「大変だぁ!妖怪が現れたぞぉ!!」

「っ!!」


聞き捨てならない台詞が外から聞こえ、私は飛び起きた。

玄関に走り出し、靴を履いて扉を開け放つと人の波が現れた。


「…………!」


これだけの人数が逃げ出すとは、一体どれだけの妖怪が、と考えている内に人の波は過ぎ去っていた。私は外に出て、不穏な気配がする方向に身体を向けて、


「……まぁ、知らんぷりしても構わないんだけどさ」


そんな声が聞こえたかと思えば、灰色の影が土煙を残して気配がある方向へと走り出していた。


「あいつ……!」


遅れて地を蹴り、空を飛んで先を急ぐ。


「なんという速さだ……!」


遅れたといっても秒単位の遅れ。しかし、あの妖獣の姿はすでに見当たらない。なおさらあの『最強の妖獣』に当て嵌まる。


まさか……、と疑問を持ちはじめながらも、私はさらに風を切った。




















「なるほどね……そんなことが」

「はい……」


スキマから降り、ショボンとしている藍の頭をポンポンと叩く。ちなみに帽子は外して膝の上に置いている。案外、レアだ。


「わかった。短い旅だったけども帰るとしましょう」

「本当ですか!?」

「ん。このまま藍にばかり任せてもいられないし」


倒れていた耳をピコッと立て、ガシッと僕の両手を掴む藍。僕はそれに答えてブンブンと腕を縦に振る。

しかし、藍がここまで喜ぶとは……。どれだけ追い詰められていたのか。






「……っ、コホン。じゃあ、行きましょうか」

「ああ」


散々二人で騒いだ後、顔を赤くした藍がスキマを開く。別に嬉しいなら隠さなくてもいいのに。

とは言わず、僕はそれなりに久しぶりとなるスキマに足を入れ――。


「待て!!」

「?」

「きゃん!!」


いきなりの声にバランスを崩し、バランスを保つ為に藍の尻尾に倒れ込む。ごめんよ。


「君は……」


僕を呼び止めたのは、昨日戦ったあの女性。空を飛んできたのか、さほど息は切れていないようだった。

地面に降り立ち、僕に歩み寄る彼女。


「名は?」

「ん?」

「名前は、何と言うんだ?」

「あぁ……でも、聞いてどうするの?」

「確かめたいんだ。私が知っている妖獣と、貴方が同じ存在なのかどうか……貴方が、あの『最強の妖獣』なのか」

「…………ふむ」


どうやらこの人も、僕のことを知っているらしい。本当に有名になったものだ。


「君は?君の名前」

「私か?私は上白沢慧音。気付いているとは思うが、私は純粋な人間ではない。私は」

「あぁ、いいよ。今少し急いでるから」


慧音に背を向け、改めてスキマに足を入れる。藍の手を取り、思い切り引き寄せて抱き留める。


「あぁ、名前だったね。僕はミコト。猫又だ」


それを最後に、スキマは閉じていた。


「……あのぉ、なぜこの体勢に?」

「なんとなく」



















奇怪な空間の裂け目が閉じ、何もない空間をただ見つめる。


――参ったな、まさか本当にあの『命』だったとは――。


「……はは、おかしなこともあったものだ」



また会えるだろうか。

もし会えたら、いろいろと話を聞きたいものだ。


そんなことを考えながら、私は後ろから走ってくる子供達を抱き留めた。

勢いで書き上げた為におかしな文章があるやも。



感想、指摘、どんどんお願いします!

(あと、あればですが志妖短編の要望も)



藍は苦労人。

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