40:〔二匹の化け猫〕
「いや、こんな美味い酒はいつ振りかねぇ」
「まぁ、長い間一緒には飲んでなかったし」
ここは妖怪の山にあるとある洞窟。桃鬼と志妖がねぐらにしているらしい。
僕は若干懐かしさを感じながら、瓢箪に入っている酒を少しだけ口に流し込んだ。
「うぅ〜!やっぱり納得いかないぃ!ミコト!もっかい勝負だ!」
「止めなよ萃香。何回やっても同じだって」
自分の名を呼ばれ振り返ると、そこには今にも飛び掛かってきそうな小さな二本角の鬼と、それを後ろから押さえ付ける一本角の鬼。
小さい方は伊吹萃香。押さえ付けている方は星熊勇儀。どちらも女だ。
「うぅ〜」
「そんなに悔しいかね、僕ごときに負けたぐらいで」
「うぁっ!その余裕が腹立つっ!」
「どうどう。ミコトの旦那も、あまり萃香をからかわないでやってくれ」
「はは、楽しくてね」
萃香が何故ここまで憤っているかと言えば、原因は一重に僕の戦い方にあった。
まぁ、僕の常套手段である高速移動からの首に一撃。それで呆気なく萃香は倒れてしまった。
まぁ、妖力全開の僕の一撃を食らって平気でいられるのは一人しかいないから当たり前なんだけど。ん?誰かって?聞くなそんなこと。
萃香は自分が何も出来ずに負けてしまったことが気に入らないらしく、あれから何回も僕に喧嘩を売り、その度に僕は秒殺で終わらす。
だって下手に手を抜いて一撃でも食らったらキツイし。
まだまだ若いとはいえ一端の鬼。そんな奴の攻撃を、何の理由もなく受ける義理なんかない。
「勇儀はいいじゃん、一発でも当てれたんだし」
ぶすっとした面持ちで呟く萃香。
その言葉に、僕はわざとらしく腹を抱えて痛がってみせると、勇儀は苦笑いしていた。
勿論勇儀とも戦ったわけなんだが、不覚にも先手を取られて一撃食らってしまったのだ。
それだけならいいのだが、勇儀の能力が少しばかり予想外だった。
『怪力乱神を持つ程度の能力』。
詳しくは知らないが、文字から読み取るに身体強化系の能力だろう。
それゆえに勇儀の一撃は食らった本人すら笑ってしまう程(引き攣った笑いだが)馬鹿らしい威力があり、自分から後ろに跳んで威力を逃がしていなければ死にかけていたかもしれない。
なんてったって打たれ弱さには定評がある僕だ。
「久しぶりのミコトの耳〜尻尾〜」
「…………」
なんてことを考えていたらいつしか耳と尻尾が桃鬼に弄ばれていた。
いや、別にいいけど。久しぶりなんだから許すけども。
ただ、控え目ながらに尻尾を触るのはやめて志妖。くすぐったいから。触るなら堂々と。
「じゃ、行くよ。あんまり無茶苦茶しないように」
「わかってるとも」
「志妖。頼んだからね」
「はい」
翌日の朝。
洞窟の前で桃鬼に注意を促すも、すごい不安を感じた僕は志妖に全てを托すことにした。
頭を撫でて、その笑顔を目に焼き付ける。いや、綺麗になったものだ。
「じゃあ。天狗と仲良くやるように」
それだけを言い残して、僕は跳んだ。実は一番名残惜そうにしていた桃鬼にキュンとくるものがあったが、我慢して跳び続けた。
で、特に行く当ても無くただひたすら森の中を跳び続けていると(ちなみに耳と尻尾は隠している。人間と会ってしまってもいいように)、手の平サイズの何かを発見。
「……妖精さんだ」
思わずその場に止まって、ふよふよと飛んでいる妖精さんをしばし見つめる。妖精さんは僕に気付くと、慌てて草村に飛び込んで身を隠していた。
でも羽が見えてる。
「さすがに僕を覚えてるのはいないか。……いや、そもそも場所からして違うし、当たり前だな」
昔を思い返そうとして、少し胸が痛んだのですぐに止めた。
それをごまかすように木の枝に跳び移り、その場を後にする。
「……?」
が、三本目の木に跳び移った辺りで僕の能力が何かを捉えた。妖精さんにしては大きすぎる。
「ここの近く……いや、そこか?」
木から飛び降り、耳をピクピクさせながら草村を掻き分ける。
そこにいたのは。
「あっ……」
「…………」
一瞬、言葉を失った。
そこにいたのは、一人の少女。
少女の頭には、耳。
そして、おそらくは腰の辺りから伸びている、二本の尻尾。
右足を顎のような罠に挟まれ、身動きがとれないでいるようだった。
身につけている赤い服も、ところどころ汚れている。足掻いてはみたけれど、といった感じか。
……固まってる場合じゃない。とにかく罠を。
「失礼」
「あ、……痛ッ」
「よし、これでいいな」
かなりきつく挟まっていたので、無理矢理自らの手でこじ開けた。妖獣の力なめんなよ。
「歩けるか?」
「…………」
そう問い掛けると、右足を引きずりながらも彼女は四つん這いに構えた。
むぅ、多分同じ猫又だというのに、なぜこんなに警戒されて……。
「あ、そうか」
尻尾とか隠したままだった。これじゃあ警戒されて当然だ。
彼女にしてみれば、自分を罠にかけたかもしれない人間がきたのだから、それは警戒する。
「ん、これでどうだ」
「あ……」
変化を解いて耳と尻尾、ついでに爪も出す。
驚いた様子の彼女は、けれど警戒は解いてくれたみたいだった。
「うーん。初めて他の猫又にあった……じゃないや、とにかく手当てか」
「え?ひゃっ!」
ひょいっと彼女の身体を持ち上げ、お姫様抱っこ。実はちょっとしてみたかっただけというのもあるが、かなり軽くて驚いた。
軽さなら僕も負けてはいないが。
「マヨヒガなら、藍がいるかな」
「??」
「じっとしててね」
不思議そうに僕の腕の中から見上げてくる彼女。うわ、かわいいなオイ。
スキマを開き、足を踏み入れる。彼女にしてみればいきなり目だらけの空間に連れ込まれたのだから、怖いのだろう、キュッと目をつぶって身体を寄せてきた。
「っくぁ……。やばい、なんという破壊力……」
思わず抱きしめたくなるのを能力を使って必死で堪え、僕はマヨヒガへとスキマを繋げた。
スキマを開くと、果物をモキュモキュしていた藍がいた。
……今度はりんごかい?藍様よ。
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