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36:〔舞い踊る灰色の風〕

桃鬼の妖力から逃げる様に跳び回る僕を、執拗に追い掛ける鬼神。

全く、一体どれだけストレスが溜まっていたのか知らないが、尋常じゃない妖力だ。


「っ!」

「!!」


一瞬の隙を見て、僕は自分のスタイルに持ち込む。妖力を使った超高速移動術から高速連撃。

ガガギガギガガッ!と音が重なって辺りに響き渡る。一秒に二撃、あるいは三撃打ち込むも、そのうち桃鬼に当たるのは一撃ぐらい。全く、ふざけた対応能力だ。この近距離で僕の動きについてくる相手は、後にも先にも桃鬼だけかもしれない。


「アハハハハッ!良い、良いぞミコトッ!アンタとの戦いはやはり楽しい!」

「この戦闘狂め……!」


余りの速さに、髪針と爪が交差する度に火花が散りはじめる。


「くっ!!」


ガギィン!!と何百回目となる交差。

瞬間、爪に違和感が。

その隙に桃鬼の蹴りが腹に直撃。僕は瞬くまに屋敷の屋根まで吹き飛ばされた。


「ぐる……くそ、何だ……爪が割れてやがる」


左手の爪、薬指と小指を除く他三本の爪が、根元からへし折られた。深爪もいいところだ、全く……。

思わず歯を食いしばり、僕は今まさに飛び掛かってきている桃鬼に視線を向ける。

その時、隣からガラガラと音が聞こえた。


「だ、大丈夫……!?」

「椛ッ……!?クソッ!!」


僕は反射的に椛の身体を覆うような体勢をとっていて。


次の瞬間、桃鬼の拳により屋敷の一角が吹き飛んだ。

























「だ、大丈夫か?」

「は、はい……」


濛々と立ち込める土埃。僕は実質片手で身体を支え、下にいる椛を瓦礫から守っていた。とは言っても瓦礫は落ちてこず、取り越し苦労だったけれど。


「僕等の戦いに近付くなんて……。命知らずにも程があるよ」

「で、でも……」

「僕なら大丈夫。こんなのしょっちゅうだから」


しょっちゅう屋敷の一角をぶっ飛ばされても困るが。


そんな考えが頭に浮かんで苦笑いする僕。が、よくよく今の体勢を考えたら、椛を押し倒したような体勢ではないか。


「ゴメン、すぐにどけ……椛?」

「この、右腕……まさか」


退けようとして、椛の言葉に僕は固まった。自分の右腕、手をつくだけの形をとっている右腕を見る。

二の腕辺りが明らかに歪み、そこだけ灰色の着物が黒く染まっている。見てはいないが、多分折れた骨が皮膚を突き破っているんだろう。


――迂闊だった。すぐに離れれば良かったな。


「まさか、コレ……私を庇った時の……?」


呆然とした表情で僕の右腕に手を伸ばす椛。

体勢を変え、椛の横に膝をつく。身体を起こした椛は僕の右腕を恐る恐る触り、その感触に目を見開いた。


「やっぱり……!私を庇っ、んっ……」


椛の口に人差し指を当て、やんわりと黙らせる。驚いたような表情の椛に、僕は笑顔で返した。


「文、志妖」

「はいっ」

「はい」

「椛をよろしくね」


まるで忍者のように着地した二人にそう告げる。

土煙が晴れていき、僕は立ち上がって三人に背を向けた。


「さ、続きをしようか」

「そうこなくちゃねぇ」




爪を三本無くした僕に、もはや肉弾戦では万が一にも勝機は無い。

というわけで僕は空に跳躍、大量の弾幕を展開してその内の一つに乗る。


「あまり多くは作れないけど、無いよりマシか。紫に感謝しなきゃ」


僕が弾に乗ると、その弾はなぜだか三秒と経たずに霧散してしまう。

封印状態に慣れるための修行の際にそのことを紫と藍に突っ込まれた僕は、その弱点を克服するために考えた。


それが、今僕が乗っているこの特殊な弾。


他の弾よりも多い妖力で出来ているこの弾は、糸のような妖力を複雑に絡ませることで弾の形を成している。そうすることで霧散するのを防いでいるのだ。

無論多くは作れないが、攻撃には使わない為に五つ程あれば充分。以前より遥かに移動しやすい。


「ほう、弾幕か」


ふわりと飛び上がる桃鬼。僕は桃鬼に手を翳し、照準を合わせる。無数の爪が桃鬼に切っ先を向いた。


桃鬼は動かない。

自信があるのだろう。その強烈な妖気なら、確かに僕の弾幕を食らっても致命傷にはなるまい。

あるいは、それが狙いか。大量の弾幕を食らってもダメージを受けない事を見せつけて、精神的なダメージを僕に与えるつもりか。


「どうした?撃たないのかい?」

「後悔するよ」


僕の言葉と共に、桃鬼に弾幕が襲い掛かった。













「どうだ……?」


時間にして三十秒間。僕の弾幕は一発残らず桃鬼に直撃した。まさか本当に避けもしないとは。


これならさすがに……と考えた、その時。


「これで終わりかい?」


頭の角を触りながら、桃鬼は身じろぎ一つせずにそこにいた。

ありえない、無傷だ。


僕の表情を見て、桃鬼は勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「終わり……。僕の攻撃は、あれで最後。この戦い、結果は見えた」


僕の言葉に、桃鬼の感情は愉悦に染まる。

はて、何を勘違いしているのやら。


僕は桃鬼に向かってボロボロの左手を突き出して、握りしめる。

そして、口の端を吊り上げて言ってやった。


「僕の、勝ちだ」


桃鬼の反応を見る前に、ぐいっと右方向に左手を動かす。


「……なん、で?」


その言葉を最後に、桃鬼はグラリと身体を揺らし、


「っと」


落下を始めた所で、桃鬼の身体を受け止めた。

そのままゆっくりと下降し、地面に着地。

気を失っている桃鬼を降ろし、右腕の着物を破る。血で張り付いて気持ちが悪かったから。


溜息をつくと、力が抜けて倒れかけ、そこを誰かに支えられた。睡眠欲を感じながら、つい先程の事を思い返す。


最後の弾幕、実は少しだけ細工していた。

ただの弾幕では、能力を使用していた桃鬼にダメージを与えることは難しい。それでも全力で妖力を込めた弾幕なら効きはしただろうが、決定的なものにはならない。


肉弾戦では勝ち目が無い。

弾幕ではダメージが期待出来ない。


僕に与えられた最後の手段は、能力だった。


弾幕を作り出し、それに能力を付随した薄い結界を張り付ける。

様々な感情が張り付いた弾幕を真正面から食らえば、どんな屈強な心にも揺らぎが生じる。そうなってしまいさえすれば、僕の勝ちだった。

結果、僕の思惑に気付かなかった桃鬼は真正面から弾幕と激突。本人ですら気付かない心の揺らぎを見た僕は、勝利を確信したのだった。


「……しんど」


思わずでた本音。

今更ながら左手の指先と右腕の痛みがひどいことに気が付いた。


そういえば僕を支えてくれてるのは誰だろう、と眠る寸前に振り返る。


視界が暗転する瞬間に見えたのは、白い犬のような耳だった。












あぁ、死ぬかと思った。


――本当に。

桃鬼大暴れ。



ミコト、頑張ったね!!

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