35:〔天秤はどちらに傾く〕
椛は考える。
「あんたじゃ役不足だよ。見逃してやるから出直してきな」
あまりにも強大な力を持つこの相手に、どうすれば打ち勝てる?
「それは出来ない」
刀を構え、刀芯を真っ直ぐに。
真正面からぶつかれば、間違いなく圧倒される。
ならば。
「いざ!」
天狗であるこの身を生かし、機動力で圧倒する――!
「欠伸が出るねぇ……。言ったはずだよ、出直しなって」
「がっ!?」
鬼の背後に回ったはずが、地面に突っ伏していた。背中に鈍痛が響いていることに気が付き、そこでようやくたたき落とされたことを理解した。
「今ならまだ見逃してやる。とっとと失せな」
「…………!」
刀を地面に突き刺して何とか立ち上がる椛に、桃鬼はそう言い捨てた。
屈辱。
私ではどうあがいても、この鬼に勝つことは出来ない。
そんなことはわかっていた。
だが、勝つことは出来なくとも、時間稼ぎぐらいは、と単身鬼に立ちはだかったというのに。
それすら出来ない、圧倒的な力の差。
しかしそれが、逆に椛を意固地にさせた。
「……断る」
その一言が死亡に繋がることに薄々感づいていながら、椛はそう言ってしまっていた。
「……そうかい。なら」
強大な力が、今度こそ椛に近づいていく。
椛は、今更ながらに、震えていた自分に気が付いた。
怖い。
怖い。
死にたく、ない!
本当に、今更。
椛は、ようやく自分の発した言葉の意味を理解して。
「恨むなら、自分を恨むんだね!」
振り下ろされたその腕を、ただじっと見つめていた。
「…………」
僕の腕の中で、椛は目をつぶっていた。
それを見た僕は、尻尾で頬をツンツン突く。
「……え?」
「や。先に言っとくけど、まだ君は生きてるからね」
屋敷の屋根の上で、ポカンとしている桃鬼を視界の端に納めながら言う僕に、椛はしばらく目をぱちぱちさせていた。
「私、確かに……。あの攻撃が当たる寸前まで、見ていたのに……」
「あまり僕を舐めないで欲しいね。あの程度の距離、一秒の一割あれば余裕でいける」
椛を降ろし、僕はそのまま飛び降りた。
僕の目の前には、ひどく狡猾な笑みを浮かべた桃鬼が立っている。
「あはぁ、これは予想外だ。まさかミコトが相手になってくれるなんてねぇ」
「僕も予想外だよ。桃鬼と戦うなんて、もう二度とないと信じてたんだけど」
言いながら、僕は能力を使用。桃鬼の感情を取り込み、それを基準に操作しようと試みる。
が、やはり無理だった。あまりにも堅すぎる。
「志妖」
「はい。残念ですが、今の桃鬼様は私にも止められません」
今まで空にいた志妖が僕の隣に着地して、なかなか残念な情報を言ってくれた。
しょうがないので椛のそばに居るように頼み、僕は改めて桃鬼と対峙する。
「最近暇で困ってたんだ。このモヤモヤ、ミコトなら解消できそうだねぇ」
好戦的な笑みを隠しもしない桃鬼。
僕は瞬間弾かれるように後ろに跳び、屋敷の壁に着地した。
ちらりと自分の『動かなくなった右腕』を見て、すぐに桃鬼へと視線を戻す。
ま、あの距離を無傷で助け出すなんて、無理に決まってる。
せいぜい、一撃『食らってから』助け出すのが関の山。
今回は、それが右腕だっただけ。
そう、右腕だけで済んで良かったと思え、僕。
椛の命か、僕の右腕か。
天秤にかけるまでもなかったのだから、仕方ない。
勝利か、死か。そんなふざけたものが天秤にかけられた戦いが、始まりを告げた。
眠くてこれが限界だった……。
次回!
またしても鬼神と灰色の風がぶつかり合う!?
果たして天秤はどちらに傾くのか……?
え?短いだって?
……すいません。




