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35/112

35:〔天秤はどちらに傾く〕

椛は考える。


「あんたじゃ役不足だよ。見逃してやるから出直してきな」


あまりにも強大な力を持つこの相手に、どうすれば打ち勝てる?


「それは出来ない」


刀を構え、刀芯を真っ直ぐに。

真正面からぶつかれば、間違いなく圧倒される。

ならば。


「いざ!」


天狗であるこの身を生かし、機動力で圧倒する――!


「欠伸が出るねぇ……。言ったはずだよ、出直しなって」

「がっ!?」


鬼の背後に回ったはずが、地面に突っ伏していた。背中に鈍痛が響いていることに気が付き、そこでようやくたたき落とされたことを理解した。


「今ならまだ見逃してやる。とっとと失せな」

「…………!」


刀を地面に突き刺して何とか立ち上がる椛に、桃鬼はそう言い捨てた。


屈辱。


私ではどうあがいても、この鬼に勝つことは出来ない。

そんなことはわかっていた。

だが、勝つことは出来なくとも、時間稼ぎぐらいは、と単身鬼に立ちはだかったというのに。

それすら出来ない、圧倒的な力の差。


しかしそれが、逆に椛を意固地にさせた。


「……断る」


その一言が死亡に繋がることに薄々感づいていながら、椛はそう言ってしまっていた。


「……そうかい。なら」


強大な力が、今度こそ椛に近づいていく。

椛は、今更ながらに、震えていた自分に気が付いた。


怖い。


怖い。


死にたく、ない!


本当に、今更。

椛は、ようやく自分の発した言葉の意味を理解して。


「恨むなら、自分を恨むんだね!」


振り下ろされたその腕を、ただじっと見つめていた。
















「…………」


僕の腕の中で、椛は目をつぶっていた。

それを見た僕は、尻尾で頬をツンツン突く。


「……え?」

「や。先に言っとくけど、まだ君は生きてるからね」


屋敷の屋根の上で、ポカンとしている桃鬼を視界の端に納めながら言う僕に、椛はしばらく目をぱちぱちさせていた。


「私、確かに……。あの攻撃が当たる寸前まで、見ていたのに……」

「あまり僕を舐めないで欲しいね。あの程度の距離、一秒の一割あれば余裕でいける」


椛を降ろし、僕はそのまま飛び降りた。

僕の目の前には、ひどく狡猾な笑みを浮かべた桃鬼が立っている。


「あはぁ、これは予想外だ。まさかミコトが相手になってくれるなんてねぇ」

「僕も予想外だよ。桃鬼と戦うなんて、もう二度とないと信じてたんだけど」


言いながら、僕は能力を使用。桃鬼の感情を取り込み、それを基準に操作しようと試みる。

が、やはり無理だった。あまりにも堅すぎる。


「志妖」

「はい。残念ですが、今の桃鬼様は私にも止められません」


今まで空にいた志妖が僕の隣に着地して、なかなか残念な情報を言ってくれた。

しょうがないので椛のそばに居るように頼み、僕は改めて桃鬼と対峙する。


「最近暇で困ってたんだ。このモヤモヤ、ミコトなら解消できそうだねぇ」


好戦的な笑みを隠しもしない桃鬼。

僕は瞬間弾かれるように後ろに跳び、屋敷の壁に着地した。


ちらりと自分の『動かなくなった右腕』を見て、すぐに桃鬼へと視線を戻す。



ま、あの距離を無傷で助け出すなんて、無理に決まってる。

せいぜい、一撃『食らってから』助け出すのが関の山。

今回は、それが右腕だっただけ。

そう、右腕だけで済んで良かったと思え、僕。


椛の命か、僕の右腕か。

天秤にかけるまでもなかったのだから、仕方ない。











勝利か、死か。そんなふざけたものが天秤にかけられた戦いが、始まりを告げた。

眠くてこれが限界だった……。


次回!

またしても鬼神と灰色の風がぶつかり合う!?

果たして天秤はどちらに傾くのか……?


え?短いだって?

……すいません。

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