31:〔狐と猫〕
射命丸と別れ、僕は山から無事に出ることが出来た。
次はどこに行こうか、と手頃な木に跳び移って、太めの枝に腰掛ける。
「で、早速外したわけだけど」
右手首に結ばれたリボンをまじまじと見つめる。
封印は生きているらしく、僕の妖力は今も半減中である。
問題なのは、外してしまったことで式でなくなってしまったかもしれないこと。現在近くに紫の気配は感じられないので、本人に聞くのは無理。と、なると。
「えぃ」
能力を解放。拒絶していた紫の感情が意図せず感じられれば、僕はまだ式ということだ。
目をつぶり、少し待つ。
「……うわぁ、なんか幸せそう」
結論。
式は剥がれていなかった。
どういう仕組みかは知らないが、このリボンをつけている間は式でいられるようだ。なんだか凄く幸せそうな感情が流れ込んできて、こちらも少しだけ表情が緩んでしまう。
このままではニヤニヤしている不審者にも見られかねないので、とりあえず感情を拒絶しておいた。
目を閉じて、首の骨を二、三度鳴らす。
「ん……」
その瞬間に、違和感を感じた。
目を開く前に後ろに跳びのく。目を開くのと、岩が地面に減り込むのは同時だった。
弾けとんでくる小さな石から身を守りながら、周りを見る。
おかしい。何故、僕はまだ山の中にいる?
「ふんっ!」
即座に感情を操作、自らの心を平常心に引っ張り込む。
直撃する寸前だった頭上の岩は消え、風景が掻き消えていく。
ただの森に戻ったそこには、
「誰だ、お前」
「私の幻術から逃れるとは、なかなかにやるみたいだな」
輝かしいまでの九本の尾を持つ、一人の女性が立っていた。
しかし、今幻術と言ったか。どうやら僕は化かされたみたいだな。すぐに気付いたから良かったものの、あのまま気付かなかったら延々と降り注ぐ岩と戦い続けるところだった。
「九本の尾……。狐か?」
「そういうお前は猫だろう?なかなかに強力な妖気だが、私に抗うには少し弱い」
「……まぁ、確かに」
コイツの妖気を感じた瞬間に、僕は無意識に妖力を出していた。リボンは解いていないために、本来の半分も出ていればいいところ。ていうか、なんだか封印が強くなってないか、これ。半分どころか二割ぐらいしか出せないんだけど。
だが、それをおいてもコイツの妖力は力強い。九本の尾は伊達じゃあない。
だがまぁ、別に僕は危険は感じてなかった。
なんでかって?まぁ、見てればわかる。
「うん?お前、その右手首……」
「あら、なかなかいい子じゃない。知らせてくれてありがとう、ミコト」
僕に向かって一歩踏み出した狐の背後から響く声。数秒前まで誰もいなかったその場所に、確かに存在するその妖怪。その名も我が主人(一応)、八雲紫である。
パクパクと口を動かしている狐。わかるよその気持ち。
そこからは紫の独壇場、というか狐の足元にスキマが開いて落ちていっただけなんだけれども。
「あいつも式に?」
「ええ、そのつもり。というか貴方、早速外したわね?」
「不可抗力です。てか封印強くなってるんだけど、どうしてさ」
「貴方が式を解いた時に封印を強くするようにしておいたのよ」
「なぜ」
「気まぐれよ。それ以上は強くならないから安心なさい。それに、それぐらい力が抑えられればそれをつけるだけで式になるし」
気まぐれで力八割持って行かれたらたまったものじゃないぞ、なんて言ってもどうせ聞きやしないので言わないでおく。
それに、リボンをつけるだけで式に戻れるなら、いつ外しても良いわけだし。
「それに貴方、私と繋がっている間は私の能力を使えるのよ?すべてとは言わないけど、スキマぐらいなら開けるはず」
「へっ?」
そういえばそんなことを言っていた気がしないでもない。
「どうやれば?」
「念じればいいのよ。そうね……開け、とでも」
なかなかにアバウトな説明が飛んできた。まぁ、能力なんてそんなものか。
あ、出来た。
「へぇ、便利だな」
「一応言っておくけれど、私と繋がっていない時は当然使えないし、私が認めなくても使えない。覚えておいて」
「了解。で、さっきの狐はどうする?」
「なかなかに賢い子みたいだし、話をしてみるわ。多分大丈夫でしょう」
扇で含み笑いを隠す紫。
どうせ断られたって無理矢理式にするのだろう。なんだか急にあの狐が可哀相になってきた。
「じゃあ、私は行くわ。それ、外すのはいいけど無くさないようにね」
「わかってるよ」
スキマに消えていく紫を見送ってから、僕は改めて歩き出した。
さて、次はどこに行こうかねっと。
狐と猫。
きつねとねこ。
きつねこ。
そんなくだらないことを口走っていた数秒前。




