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26:〔罪と責任〕

「はぁっ!」

「ん」

「わ、あぁっ!?」


繰り出される連撃。その中の一つを選んでつかみ取り、勢いそのまま後ろへ投げ捨てる。すぐ近くにあった木に背中をぶつけ、妹紅はその痛みにすこしだけ顔をしかめた。


「痛がる暇があったらすぐにその場から離れるか迎撃体勢をとる。でないと、死ぬよ」


その瞬間に爪を妹紅の首に押し当て、固まった妹紅に言う。


「参りました……」

「ん、今日はここまで」


全く妖力を込めていない爪を引き、妹紅に手を差し出す。妹紅は今日も悔しそうな顔をしながらも、素直に僕の手を取って立ち上がった。


妹紅と行動し始めてから早三十年。妹紅もだいぶ考え方が大人になってきたというか、人外に近付いてきたというか……まぁ、ともかく成長した。


「なら、次は弾幕で」

「……えぇー」

「どうしてそこで嫌そうなんですか」

「だって、僕飛ぶの苦手だしさぁ」

「何を言ってるんです、弾幕だって飛び方だって、ミコトさんが教えてくれたんじゃないですか」

「それはまぁ」


腕を組んで言ってくる妹紅に、僕は頭を掻きながら目をそらす。


この三十年で、なんと妹紅は妖力の使い方を心得ていた。教えたのは僕なんだけれど。

弾幕、というのは、単純に言えば妖力の塊を弾に見立てて縦横無尽に張り巡らす戦法。これ自体は前々から考えていて、暇潰しに弾を作って木に当てて遊んでいたら、妹紅がえらく興味を持ったのでそれを機に実用化。ちなみに僕の弾の形は爪のような円柱状で、自分で言うのもなんだかかなり早いスピードで飛んでいく。だが、僕自身密度の濃い弾幕を張ることが出来なく、弾同士の間にかなりの隙間が出来てしまうのでプラマイゼロな感じは否めない。

空の飛び方は、気まぐれで妹紅に空を飛ばしてみたらなんと成功。負けじと僕も試行錯誤の上で空を飛ぶ術を考え出した。

妹紅の方は、どうやら感覚的な問題で割と簡単に飛べるらしい。

それに対し、僕は『空を飛ぶ』というよりは『空を跳ぶ』と言った方が正しいと思う。それというのも、僕は妖力で強化した脚力で空に跳び、自らの弾幕の一つに跳び移りながら空中を移動するからだ。一つの弾につき三秒と持たずに霧散するため、次々と跳び移らないとあっという間に墜落である。ただでさえ少なめの弾だというのに、効率が悪いにも程がある。

単純に移動するだけなら走った方が速いし、あの方法だと常に妖力も消費するので無駄に疲れる。ハイリスクローリターンである。


しかし、やる気になっている妹紅を無下にすることも出来ないので。


「一回だけね」

「はい。負けませんよ」


結局、こうなるんだよね。










で、更に時は流れ。


僕は今、独りで湖のほとりでじっとしていた。

考えるのは、もちろん妹紅のこと。


あれからも毎日毎日手合わせを続け、最初の目的通りに妹紅はそこらの妖怪相手なら片手で捻れるぐらいに強くなっていた。

弾幕勝負なら僕とでも良い勝負になる。といっても、僕は性格上本気になりにくいようで、本気で戦ったらどうなるかはわからないけれど。


手元にある石を拾い、湖に放る。

ポチャンと清らかな音が響き、僕の心を微かに揺らした。


「………………」


目をつぶり、身体の力を抜く。


とうとう、この話をすべき時がきた。


妹紅はどんな反応をするのだろうか。

大体予想は出来ている。優しい娘だ、無理にでも僕を許そうとするかもしれない。

けれど、僕は知っている。

妹紅の心の底にある、ある意味美しく、それ故に消えることの無い強烈な二つの感情を。


父を愛する愛情と。父を奪った相手への、憎悪。


その小さな身体からは考えられない程に大きな感情が、常に妹紅を苦しめているのを、僕はずっと見てきたのだから。


「……何の用?スキマの妖怪さん。悪いけど、後にしてくれないかな」

「あら、気付いてたの」


僕のすぐ横に、スキマ妖怪こと八雲紫が現れる。リベンジに来たのかと思ったが、どうやらそうではない様子。


「特に理由は無いわ。ただ、何をしているのかなぁって」

「別に何もしてないよ。見ればわかるでしょう?」

「あら、私には何か思い詰めているように見えるのだけれど。どう?」

「残念、ハズレ」

「嘘ね」

「嘘だよ」


傘を片手に優雅に地面に降り立った紫を視界の端で捉えながら、僕はもう一度石を湖に投げ捨てる。が、石は湖を奇妙に跳びはね、また僕の手に戻ってきた。隣では口元を隠した紫が、しかし笑い声は隠さずにクスクス笑っている。うっとうしい。


あ、そうだ。


「八雲さん」

「紫でいいわ」

「ん。これから、暇?」

「……?」










「あ、ミコトさん!」


妹紅が僕を見つけ、少しだけ表情を緩ませて駆け寄ってきた。

が、しかし僕は数メートル手前で妹紅を制し、足を止めさせる。


「ミコトさん?」

「なぁ、妹紅」


いつもより少し低めの声色に、妹紅は訝しげに僕を見ていた。


「妹紅は、僕をどう思っている?」

「……え?」

「何も聞かずに答えてくれ。僕をどう思ってる」

「えっ……と、そんなこと、急に言われても……」


少しだけ頬を染め、妹紅は下を向いてしまう。それを見て、僕の胸はさらに苦しくなった。


「…………昔話をしよう」

「?」


地面に座り、僕は目をつぶった。

妹紅の姿を見ていたら、喋れない気がしたから。


「あるところに、とても美しい姫がいた。そして、その姿に見惚れた一人の男がいた。男には、それは可愛らしい娘が、いた」


言葉がうまく繋がらないのは気にしない。ようは、最後まで言い切ればいいのだから。


「ある日姫は、月に帰らなければいけなくなった。それを聞いた男は、なんとしてでも姫を守ろうと兵隊と共に姫の元へと向かう」


妹紅の感情が僕に入り込んでくる。一度歯を食いしばり、その感情を拒絶した。


「時を同じくして、一匹の妖怪が姫の元へと向かっていた。理由は簡単、ただ単に姫の姿を見てみたかった。それだけだった。いや、それだけのはずだった」


あの時の感情が、トラウマが蘇る。

堪えろ、堪えろ、堪えろ!話し続けるんだ!


「時は流れ、とうとう姫に月の迎えが来た。男は姫を守ろうとするも、不思議な力で一歩も動くことが出来ない。男が自分の無力さに憤りを感じて、それでもなお姫を守ろうと抵抗しようとした。その時だった」


脳裏に蘇る赤。

駄目だ考えるな、今は口を動かすことを考えろ。


「あの妖怪が、姫を連れ去ろうとする月の迎えの一人を、無惨にも縦に引き裂いていた。その妖怪は正気の沙汰ではなく、その場にいた月の迎え全員を、赤色に染まる肉塊に変えた」


妹紅は今、どんな表情をしているのだろう。


「正気に戻った妖怪は考える。『兵隊には手を出していないはず』と。何の根拠も無いその考えに、妖怪は浅はかにも納得してしまう。それ故に、兵隊に混じっていた男の姿が無いことに、愚かな妖怪は気付かなかった」


ここで僕は目を開いた。

妹紅の紅い瞳を真っ直ぐに見て、最後の一言を言い放つ。


「妖怪がそのことに気が付いたのは、白い髪と紅い瞳を持つ娘に話を聞いたとき。妖怪……いや、僕は、そのときようやく、自分の犯したかもしれない罪に気が付いた」


その紅い目を見開いている妹紅。

拒絶を止め、妹紅の感情を受け入れて読み取る。


しばらく、妹紅は僕を見つめたまま動かずにいた。なんら、変わった様子は見られない。


しかし、それは見た目だけの話だ。


時間の経過と共に、妹紅の感情は怒りと憎悪で染まっていく。

しかしそれをぶつける場所がわからずに、それはどんどんと溜まっていく。このままなら、妹紅の心は簡単に壊れてしまうだろう。


そこで、彼女の出番だ。


「紫」

「はいな」

「なっ、誰だお前っ!?」


いきなり現れた紫に、妹紅は僕以外の人間や妖怪と接する時のように口調が変わっていた。

紫はそれを気にも止めずに、妹紅の額を優しく撫でる。


「なっ……!?」


紫の手が離れた瞬間に、妹紅はガクリと膝をついていた。


「言われた通りに境界を弄っておいたわ。じゃあ、後は一人で頑張って」

「ああ。ありがとう」


スキマに消えていく紫。


次の瞬間、妹紅の殺意が僕の全身を突き刺した。どうやら、成功のようだ。


先程紫には、妹紅の『本能と理性の境界』なるものを弄ってもらい、妹紅が僕に向かってその溜まりに溜まった感情をぶつけられるようにした。

僕の能力では強すぎる感情は操り切れない。そこで、彼女に協力してもらったのだ。


「ミ、コトォ……!?」

「さぁ、妹紅。我慢することなんか何も無い。お前の復讐相手がここにいるんだ、全力で殺しにこい」


そう。全力でなければ意味がない。

あのままじゃ、いずれ爆発してしまうのは目に見えていた。

罪滅ぼしではないけれど、僕は妹紅に壊れて欲しくはないから。


まずは、その溜まった鬱憤を晴らして。

僕をどうするかは、その後に決めればいい。


「…………来なよ。全部、受け止めるから」










例え、死んだって。

やはりやらかした感はある。



そろそろ本気で反省しないといけないかもしれない。

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