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23:〔再会して。〕

シリアス。

自己嫌悪から八割方脱出した僕は、この都の大きさに驚いていた。今まで見てきたどの人里よりも大きい。


「はぁ……。時の流れって凄いなぁ」


他人事のように呟き、僕は聞き耳を立てながら歩き続ける。

なんだかんだで人の姿で歩くのはかなり久しい。たまに、悪戯心が走り人里に猫又の姿のままで現れたりもしたが、今のように何の気もなく人に混じり歩くことはなかなかないのだ。


ちなみに僕は人間の恐怖で力を保っている。いや、僕に限らず妖怪は皆そうなのかもしれないが。

かくいう僕も、なにもしなければ消滅しかねないので、時たま人間を驚かしたりする。

桃鬼や志妖によれば、人間を食べれば手っ取り早く妖力も回復するし、力も増すらしい。僕の妖力が長く生きている割に少ないのは、人間を食べていないからだと思われる。


「いや、けど……」


目の前にいる人間を見ても、僕は別に食べようとは思わない。てか思えない。

妖怪にとってみれば、人間でいう豚や牛、それらと同じように人間も『食べ物』に入るみたいだが。


ブンブンと頭を振り、考えるのを止める。

僕は人間を食べない。食べたくない。自己満足かもしれないが、それだけは嫌だ。


「…………果物食べたいな」


半ば無理矢理に果物を頭に思い浮かべ、その味に思いを馳せる。病室で食べた林檎の味が懐かしい。


……林檎って、どんな味だっけか。


ピタリと立ち止まってしまう僕。たかが林檎と思うなかれ、気になるものは気になるのだ。

と、そこで。


僕の耳に、聞き捨てならない会話が聞こえていた。


「……今夜なんでしょう?」

「えぇ……かぐや姫が、今夜……」




かぐや姫、だと?




林檎のイメージが一瞬で吹っ飛び、僕はその会話に利き耳を立てた。が、話していたと思われる女性二人が建物の中に入っていってしまい、続きを聞くことは叶わなくなる。

だがしかし、今の会話は僕の興味に火をつけるには充分過ぎた。


「かぐや姫……ねぇ」


詳しい内容は覚えていないが、昔話に出てきたことは覚えている。

実在していたのか?

しかも今夜どうのこうの、ということは、月の迎えが今夜ここに訪れる、ということで間違いないだろう。


「竹取の翁……だっけ。ふぅん……」


なんだかワクワクしてきた。

まずは翁の家を探そうか。竹取、というのだから、こんな都の中心部には家はあるまい。


「なら、竹林の近く、かな?よし」


キョロキョロと辺りを見回し、誰も見ていないことを確認。僕は家と家の隙間に入り、変化を解く。

この姿になれば、人間に気付かれない速さで移動出来る。さながら鎌鼬のように、だ。

僕は、首の骨を二、三度鳴らし、土煙を上げて移動を開始した。









「おぉ……?」


夕刻時。

森に紛れて隠行をしながら、僕は目の前の光景を眺める。

本当は昼過ぎに翁の家自体は見付けていたのだが、考えてみれば月の迎えが来るのは夜、それも多分深夜。

それに気付いた僕は、木の上で一眠りしていたのだが……。


「凄いな……これ全部かぐや姫の護衛か?」


翁の家の回りには、総勢五百人は超えようかという兵隊の方々。

確か、この時代の偉い人がかぐや姫を護ろうとして遣したんだっけ。


「ふぅん…………」


まぁ、とにかく夜にならなければ動きはない。

僕はもう一眠りすることにした。









で、夜。

ここで初めて、僕はかぐや姫をこの目で見ることが出来た。

なるほどかなりの美人さん。求婚が絶えないのもわかる気がする。

兵隊の何人、いや何十人かはチラチラとせわしなくかぐや姫を見てはそわそわしていた。あんたらそんなんで護衛できんのか。同じ男としてわからなくはないが。


僕は自分の目を手で少し隠しながら(暗闇だと光って目立つから)事態を静観する。


「!!」


気がつけば、突然まばゆい光が辺りを包み込んでいた。

目を隠していたぶん、反応が早く出来た僕はすぐに目を開いた。

と、あれは…………。


「っ…………!?」


おそらくは、月からの迎え。

それはわかる。わかるの、だが。

僕は、どこかであの雰囲気を知っている。その証拠に、心臓がうるさいほど内側から胸を叩いていた。息苦しい。辛い。


「あいつらは……」


そうだ。見た目は違えど、僕はあいつらを知っている。


――そう、あいつらは、あの戦争で、妖怪達を破滅に追いやった――。


瞬間、プチンと何かがキレていた。


かぐや姫の腕を引いていた『人間』を、一瞬で引き裂く。


「なっ……!?」


かぐや姫だけではなく、人間も、『人間』も皆驚いていた。瞬間、僕が居た場所に三本のレーザーが通り過ぎる。

その一瞬で、僕はレーザーガンを構えていた三人の『人間』の腕を切り落とす。


「こ、コイツまさか!あの時の!?」


一人の『人間』が僕を指差して言った。今更気が付いたのか。

けれど、もう遅い。

だって、僕の世界はもう、


――灰色に、染まってしまったのだから。










目に入るのは、赤。赤。赤。


気が付けば灰色の世界は、色を取り戻していた。


「く……」


グラリと揺らぐ足元に、表情を歪めながらもなんとか踏み堪える。


ふと周りを見渡せば、またしてもいつか見たような真っ赤な大地。こんなところまで再現しなくてもいい。やったのは僕なんだけど。


しかし、一応あんな状態でも僕に一抹の理性は残っていたらしく、人間には手をかけていなかった。ケシタのは『人間』だけだ。

兵士は皆、倒れてはいたが気絶しているだけだった。

果たしてこの凄惨な状況に堪えられなくなったか、僕が気絶させたのかはわからない。


「う……うぅ……」


一度は踏み堪えたものの、強烈な負の感情の残滓に堪え切れずに膝をつく。ビチャリと音がしていた。


――また、殺した。


僕の頭の中を巡る言葉。

血濡れの両手を見つめるも、僕を支配するのは、虚無と、ほんの少しの、後悔。


「あなた……」


ビチャビチャと音を立てて近寄って来る誰か。

僕はそれに対して、首だけ曲げてそちらを見た。

そして、驚いた。


「永琳……?」

「ええ、そうよ」


無表情で答える永琳の後ろには、かぐや姫の姿。

それを見て、僕の空になっていた心に、激流となって感情が押し寄せた。


罪悪感、自己嫌悪、自己卑下。


泣き出したくなるような感情が、僕を支配する。


瞬間、僕はそこから逃げ出していた。


とにかく今は永琳のそばにいたくなかった。

あんな姿を見られたくなかった。

責められたくなかった。

見捨てられたくなかった。


僕はこんなに卑屈な性格をしていただろうか?


あぁ、けれど。


今はとにかくここから離れたかった。


「待ちなさい」


だがしかし、永琳に着物の襟を掴まれ、逃げ出すことが出来なかった。

そして、今度は無性に情けなくなっていた。


これだけやらかしておいて逃げ出すなんて。


やっぱり、僕はどうしようもなく最低――。


「しっかりなさい」


パチン。


「あ……え?」


頬にジンジンとした感覚。

それが痛みだと理解する前に、永琳は僕の顔をその両手で包んだ。


「あなたは、そんなに弱い妖怪だったかしら?少なくとも、私の知っているミコトという妖怪は、もっと堂々としていたはずだけれど」

「…………!」

「なにか勘違いしているようだけれど。私はあなたを責めたりするつもりはないわ」


そこまで言って、永琳は僕の顔から、血塗られた手へとその手を移す。


「もう一度言うわ。しっかりなさい。あなたは、そこまで弱い妖怪じゃない」


ギュッと包まれた手から、永琳の温もりが伝わってくる。

そこで僕は、不覚にも涙を流していた。

それを見た永琳はクスリと笑い、おもむろに懐から取り出した試験管らしきものを、赤い大地に投げ付ける。

すると、その試験管を中心に、あの鮮やか過ぎる程の赤が薄くなっていき、やがて消えた。むせ返りたくなる匂いも、肉片までも、消えていた。溶かした、のか?


「面倒だから細かい説明はしないけれど……。あなたがしたことは、本当は私がしようとしていたことなの。だから、あなたが気に病むことはないわ。妖怪なら妖怪らしく、過ぎたことを気にするのは止めなさい」


永琳はそう言うと、後ろでじっとしていたかぐや姫に近付いていく。

あれだけの惨状だった場所が、ものの数十秒で何もなかったかのように平穏へと戻っていた。

かぐや姫と永琳は、二言三言会話を交わすと歩きだして竹林へと進み出す。

永琳がふとこちらを振り向いていた。


「悪いと思っているのなら、後始末をお願いするわ。やり方は任せるから」

「あ、蓬莱の薬……」

「置いていきましょう。あれはもう必要ありませんから……」


そんな会話を交わしながら、永琳も竹林の闇へと消えていく。


「………………」


ジンジンする頬をさすり、涙を拭って立ち上がる。妙にスッキリした気分だ。


「今すぐに整理はつかないけど……今は、やるべきことをやってしまうか」


おもむろに倒れている兵士に近づき、結界幻術を使って夢を見せる。

『奮闘虚しくかぐや姫は月へと連れ去られ、かわりにかぐや姫から不死の薬を受けとった』という内容の夢を。



それが終わると、僕はすぐにその場から跳び去った。




落ち着いて考えられる。

そんな場所に、行きたかった。

今回、シリアス風味大増量。


私個人としてはこういうほうが得意なのですが。



しかし私は気にしない!

勿論後悔もしていない!

しかし常に反省はしていたりする。

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