19:〔第*次鬼猫大戦〕
「結局アンタは何歳なんだい」
「ご想像におまかせします」
はて、このやり取りはこれで何回目であろうか。
神奈子のところに訪れて早四年、こんなに長居する気はなかったのだが……光陰矢の如しとは良く言ったものである。
「いいかげん教えてくれてもいいじゃないか」
「いいかげん諦めてくれてもいいじゃないか」
「…………」
ゴスッ、と頭に鈍痛が走る。神奈子の柱で頭を小突かれたみたいだ。オンバシラといったか、しかし神奈子。君は軽く小突いただけかもしれんが僕にとってはなかなかの威力なことを理解して欲しい。
僕、打たれ弱いんだよ?ホントだよ?
「……なんでそんなに僕の歳を聞きたがるのさ。この四年間、毎日毎日聞かれるこっちの身にもなってよ」
「知りたいものはしょうがないじゃないか。この私を子供扱いするような妖怪、ザラにはいないんだからね」
「むぅ……」
腕を組んで言ってくる神奈子を見て、僕は頬をポリポリと掻いた。
現在神奈子の前では妖力を隠してはいない。勿論、全開にしているわけではないのだが、神奈子にしてみればそれでも充分脅威な力らしい。
桃鬼の妖力に比べたら、僕なんて半人前もいいとこなんだけどねぇ。
「まぁ、それを聞き出すのはまた今度にしよう。今からやることがあるからね」
「やること?」
「そうさ。ミコト、アンタにも来てもらうからね」
やけに重装備していると思ったら、出かけるのか。
果たして今度はどんな相手をするのやら。
と、不意に背を向けていた神奈子がこちらを向いた。まるで、こちらの考えていたことがわかっていたかのように。
「行くよ。神同士の戦い、とくと目に焼き付けるがいい」
――――――へ?
「神奈子」
「ん?」
「もしかして、あれ?」
「あぁ、そうさ」
神奈子の傍らに浮かぶオンバシラに乗り、僕は手を望遠鏡に見立てて目に当てる。
そこには、神奈子の神社に負けず劣らずの立派な神社があった。
「はぁ〜。これは激しい戦いになりそうだ……と、これは……?」
「どうした?何か気になることでも?」
「あ、いや……」
僕の耳がピクピク動いているのを見て、神奈子がそう聞いてくる。
言葉を濁してはみたが、僕自身よくわからない。いや、わかってはいるのだけれど、その理由がわからないのだ。
「……ふむ。神奈子、何か羽織れるものない?出来れば全身が隠れるぐらい大きなやつがいい」
「?何に使うんだ、そんなもの」
「どうやら、あちらさんに僕の知り合いがいるみたいでね。なに、ただの気まぐれさ」
「……ふうん」
怪訝そうに僕を見る神奈子。けれどすぐに僕に向かって黒い布を被せ、その上からコツンと一撃。
「行くよ」
「あいさ」
「……来たね。八坂神奈子」
「待たせたか?洩矢諏訪子」
あちらさんの神社の上空、僕はピリピリとした空気を肌で感じている。
神奈子が『洩矢諏訪子』と言った、同じように空を飛んでいる相手を見て、コイツは神奈子と同じ神だと理解。
理解したのだが。
「……小さいな」
「むっ!何か言った!?」
「いや、何も」
どうやら気に障ったようなので謝罪。いやけど、流石にあれはないだろう。
まず見た目が少女そのまま、次に目を引かれるのはその帽子。何故目があるんだ、知りたい。けどなんか知りたくない。
「……で、やっぱりいた」
半ば無理矢理帽子から視線を外し、神社の方を見る。
そこには、見知った人影が二つほど。
まぁ、桃鬼と志妖なんだけどさ。
「神奈子、僕は下りるから」
「あぁ。手出し無用だからね」
それだけの言葉を神奈子と交わし、僕は身を翻して空中へと身を投げ出す。
僕の身体を覆う黒い布がバサバサとはためき、二人がいる場所へと急降下。
「っ!?桃鬼様、何か来ます!」
「知ってる」
流石桃鬼。微動だにしない。
スタンと軽やかに着地して、乱れた布を直す。
「『始めまして』。お二方」
「……何者」
「…………」
警戒して身構える志妖と、堂々と仁王立ちしている桃鬼。
というか、なんだかこの四年で更に強くなってる気がする。気のせいだと思いたい。志妖の妖力が僕を超えているような気がするのも、あくまで気のせいだと思いたい。現実逃避?なにそれおいしいの?
「……ハハァ」
くだらないことを考えていると、志妖の後ろで桃鬼がニヤリと笑った。
あ、これもう気付かれた。
しかし、志妖は僕に警戒しているせいかそんな桃鬼には気付かない。チャンス。
「随分と強いみたいだな、鬼の嬢ちゃん。……次は、君をもらおうかな」
「……なにを」
「先に言っておこう。俺の能力は『身体を奪い取る程度の能力』だ。俺は、この能力で様々な身体を奪い取ってきた」
必死に笑いを堪えている桃鬼。
やはり無理があるか……?口調も変えているけれど、これでは志妖にもばれてしまうかも……。
「…………!」
あれ、案外信じてるっぽい。いけるか?
「この声に、聞き覚えはないか?志妖」
「……なに、を」
志妖の表情に、少しだけ歪みが生じる。あと一押し。
僕は、今まで身体を包んでいた布を後ろに投げ捨てた。
志妖の目が見開いたのを見逃さず、僕は最後の台詞を言い捨てる。
「ふん……。奪い取ったはいいが、なにぶん妖力が少なくてな……」
「……ミコト、さん?」
「ほう、そんな名前だったのか、この身体は」
わざとらしく言う僕を、志妖は信じられないといった表情で見つめている。
しかし、そこには僕はもういない。
「邪魔者は消さないとな」
そう言った僕の腕は、桃鬼の身体を貫通していて。
――瞬間、とてつもない衝撃が僕を吹き飛ばしていた。
「うあっ!」
神社に激しく身体を打ち付け、前のめりに倒れそうになるところをなんとか堪える。
顔を上げれば、そこには明らかに僕よりも多い妖力を纏った志妖が居て。
そんな志妖を見て、僕は笑った。
口に溜まった血を吐き捨て、志妖、ではなくその後ろの桃鬼を見る。
桃鬼の身体には当然傷一つ見当たらない。それどころかドカリと座って傍観体制ときた。
幻術を使い、志妖にあたかも僕が桃鬼を殺したように見せたのだが、ここまで上手くいくとは思わなかった。
まさかいきなり波動を食らわしてくれるとは。いろんな意味で予想外だった。
上空ではすでに戦いが始まっていて、鈍い音が僕の耳に聴こえてくる。
意識を戻して前を見れば、立派な大妖怪となった志妖の姿。
本当は、僕のいないところでの二人の姿や振る舞いが見たかっただけなのだけれど。
ふと、僕は今まで本気の志妖と戦ったことがないのを思い出していたわけで。
「ぬるい」
「!?」
「本気でこないと、死ぬぞ?」
志妖はその性格のせいか、僕や桃鬼には手合わせで本気を出せない。
他の妖怪に襲われても、どうしてか一瞬躊躇してしまい、その隙に僕や桃鬼がそいつを倒してしまう。
まぁ、早い話僕は本気の志妖と戦ってみたいだけだ。おかしいな、感情も操ってないのにさ。
「!!」
志妖の目がカッと見開き、僕が居た場所を何か大きな力が通り過ぎる。次の瞬間、神社に風穴が空いていた。
僕は空中で考える。
――むしろ僕の方が危ないんじゃ?
自業自得とは、正にこのことかもしれない。
文章が不自然な気がするよ?……なんだ、気のせいか、ハッハッハ!
……ふぅ。




