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111:〔久しい桃色〕

失踪したと思ったか?


「で? 何か言うことは?」

「いやぁ、久しぶりだなミコ……わかったわかった。悪かったよもう」


 煉瓦を積み重ねながら言う一人の鬼。言わずもがな、桃鬼である。彼女は僕に対してしぶしぶと言った形で謝罪すると、ガラガラと砕けた煉瓦を払い落とした。


「でもねぇ。なかなか会いに来ないミコトだって悪いと思わないかい?」

「何故私に聞くかわかりませんが、とっとと直してください」

「おぉ、怖い怖い」


 桃鬼の後ろでは、咲夜が微妙に呆れたような顔で桃鬼を見張るように立っている。いや、事実見張っているんだろうな。だって門番である美鈴がこの様なのだから。

 そう思いつつちらりと横を見れば、美鈴が大の字になって伸びている。腹いせとばかりに額に刺さっているナイフは見えないことにするとして、彼女が気を失っているのはまた別の理由があった。


「そりゃあ、会いに行かなかった僕も悪いかもしれないけどさ……。だからってあれは無いと思うなぁ」


 なにせ、いきなり現れたかと思えば有無を言わせぬ勢いで僕と美鈴に襲い掛かってきたのだ。

 お互いに手合わせの形とはいえ、紛いなりにも緊張を保っていたから良いものの……いや、良くはないのか。現に美鈴は文字通り横槍を入れられた挙げ句、その横槍に物理的にぶっ飛ばされたのだから。

 因みに、塀は吹き飛んだ美鈴が直撃したお陰で散々な有り様である。


「だってねぇ。あれだけ楽しそうにしてるの見たらついこう……身体がね?」

「限度があるの、限度が。つい、で犠牲者を出すな」

「加減はしてたんだが……」


 ここまで言って、ようやく反省の色が見え始めた。少し居心地が悪そうに額の角を掻いた桃鬼は、最後の煉瓦を重ねて振り返る。そこにいた咲夜に片手を掲げ、


「いやぁ、悪かったね。前より丈夫にしといたからさ、勘弁しておくれ」

「……まぁ、直してくれたのなら良いですが」


 桃鬼の言葉に、ひとつ息をついてからそう返す咲夜。快活に笑う桃鬼に毒気を抜かれたのか、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるようにも見える。


「で、何の用? 何も無いのに来たわけじゃないんでしょ?」

「なんだい、冷たい言い方だねぇ。用が無きゃアンタに逢えないのかい」


 言いながら、咲夜の横を通って僕の背後へ。そのまましなだれかかってくる桃鬼。

 首に絡まる両腕が地味に懐かしい。


「でもまぁ、当たりだ。志妖からちょいと言伝てがね」

「志妖が?」


 耳元で囁かれつつ、予想外の名前が出てきたことに驚く。そういえば、普段は桃鬼にくっついて行動している彼女がここにはいない。

 僕が抵抗しないことを良いことに、桃鬼は更にその身体を密着させた。温いが、恥ずい。


「そ。まぁなんてことはない、あの子もアンタがいないから寂しいってだけの話さ」

「志妖がそう言ったの?」

「あぁ。本当に、ぽつりと一言だけねぇ。アタシは何にも言わないのに、慌てて否定してた」


 クスクスと笑う桃鬼。

 そうか、志妖がそんなことをねぇ……。


「アタシの用はそんなところさ。まぁ、早い話たまには顔を出せってことさね」


 桃鬼がクルリと身体を回し、僕の真正面へと回り込む。とん、と額を小突く彼女の髪が、桃色の光を放った。


 ――何年立っても、本当に変わらない。


 久しく感じていなかった感情を心に仕舞いつつ、僕は笑って頷くのだった。



「……美鈴。起きてるんでしょう」

「いやぁ……起きるに起きれない、というか、この空気の中で起きれるほど図太くはないというか……」

「……くっ」









「ねぇミィ……本当に大丈夫なの……?」

「うん。多分フランが本気出しても大丈夫なぐらい丈夫」


 ――現在、僕らは元フランの部屋である地下室にいます。


 だだっ広い部屋の中、距離を取って対面する桃鬼と僕……ではなく、フラン。

 どことなく不安そうなフランに笑顔でそう返すと、僕は桃鬼に視線を向けた。彼女は自然体で立っているものの、微弱ながら妖気をその身体に纏わせている。いつでもいい、の意思表示だ。


 さて、なんでこんな状況になっているかというと。


 どうやら帰るつもりのない桃鬼を引き連れて館を歩いていると、どうやら復活して廊下を歩いていたらしいフランと遭遇した。

 そこでふと思う。フランは最近『加減』の練習ばかりで、少なからずフラストレーションが溜まっているはず。ストレス発散には思い切り身体を動かすのが一番だと思うが、それにはフランの全力を受けきれるだけの耐久力を持った何かが必要になる。僕では純粋に身体が持たないだろうし、美鈴も多分体力が持たない。レミリアは……姉妹喧嘩に発展するのがオチだろう。

 しかし、今ここには桃鬼がいる。桃鬼なら耐久力の面で申し分無いし、体力も無尽蔵だ。それでいて元来の姉御肌。完璧である。



「打ってつけだよね」

「?」

「いや、こっちの話」


 ニヤリと笑う僕に、フランが不思議そうに首を傾げる。それを誤魔化してもう一度桃鬼を見れば、彼女は小さく欠伸をしているところだった。あまり待たすの悪いかな。


「ほら、フラン」

「えぇ、でもぉ……」

「大丈夫だって。桃鬼なら」


 未だに自分が全力を出しても良いのか、桃鬼の身を案じているフラン。

 その背中をとん、と押した僕は、壁に背を預けて座り込んだ。

 まぁ、フランの気持ちも分からなくは無いが、今回に限ってはその心配は無用である。というか、本気のアレを物理的にどうにか出来るのなら、是非ともやってみて欲しいところだ。

 と、ようやく覚悟が決まったのか、フランが軽く地を蹴った。フワリと浮いたその身体が、再度床に着地して――


「おぉ」

「えっ?」


 次の瞬間、フランの身体は桃鬼に軽く受け止められていた。

 信じられないのはフランだろう。一度地面を蹴り、二歩目で思い切り加速した突進だ。僕なら余裕で吹き飛んで部屋の壁を突き抜けているであろう威力。

 それを、桃鬼は苦もなく受け止めた。

 恐るべきは桃鬼。おかしいのも桃鬼。でも、それが桃鬼である。


「な、なに、貴女」


 流石にああも簡単に止められるとは思っていなかったのだろう。抱き留められたまま問うフランに、桃鬼はニヤリと笑う。


「なに、長生きなだけの鬼さ。吸血鬼の娘っ子」

「それ僕の真似ー!?」

「ハッハッハ」


 笑う桃鬼。僕はそんなに気障だろうか……。けど桃鬼がやると変に似合うのが腹立たしい。

 桃鬼はフランの身体を解放すると、しっかと地面を踏みしめる。


「ただ受けててもつまらないねぇ。勝負事でもしようじゃないか」

「え」

「ほら、アタシをここから一歩でも動かせればアンタの勝ち。動かなければアタシの勝ちだ。賭けるのは……そうだねぇ。ミコトでどうだい」

「は」

「え」


 僕とフランの気持ちがリンクした。


「アンタが勝ったなら、ミコトはしばらくここにいるだろう。だ、が」


 挑発するように、一本だけ指を立てて、桃鬼はまたしてもニヤリと笑う。


「アタシが勝ったなら、ミコトはアタシが攫っていこう」

「え、ミィを?」

「そうさ。元よりミコトはアタシの……その、仲間だからねぇ。別におかしなことでもなし」


 微妙に言い淀んだのが地味に気になったが、桃鬼の考えていることがわかったので何も言わない。楽しそうだし。

 フランはしばらく、桃鬼の言葉を頭の中で噛み砕いているようだったが、やがて全てを理解したようで。


「や、やだ、ダメだよ! ミィはまだここにいるのっ!」

「なら勝てばいいだけの話じゃないか」


 桃鬼をよく知る僕ならここで、「ならいいや、やーめた」なんて言うところではあるが、勿論フランにそんな余裕はない。

 桃鬼の言葉に表情を固くしたフランは、その身体に膨大な妖気を纏わせ始める。



 ……おやぁ? なんだか、思っていたのと違う雰囲気になってきたなぁ。

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