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109:〔馬鹿なのは〕

更新再開と相成ります。

読むのもひさしぶりな方ばかりでしょう。ただでさえ作者ワールド全開な作品となっているので、一度軽く読み返すことをおすすめします。

いきなりこの話を読んだら、

(´・ω・`)?

ってなります。多分。

「ぐっ……」

「はい、抜けたわ。ほら、腕を上げて」


 身体から異物が抜き取られた感覚。気持ちの悪さと同時に痛烈な痛みを背中に感じながら、言われた通りに両腕を上げた。

 消毒液を染み込ませたガーゼが傷口に当てられて、チクリとした痛みに目を細める。

 咲夜のナイフは、決して小さなものではない。貫通まではいかなかったものの、刃が根本まで身体に潜り込んでいるのだから、決して軽い傷ではないはずだ。

 ……でもまぁ、安静にしていれば一週間足らずで完治するのだろうけど。


「ところで、咲夜」

「何?」

「結局、どっちが君の本当の姿なの?」


 包帯を巻いてくれている咲夜に、気になっていたことを聞いてみる。

 今の咲夜の姿は、僕がよく知っている大人の姿だ。背は僕よりも少しばかり低めで、立ち振舞いこそ立派ではあるが、年で見るならば十八かそこらのもの。

 しかし、小悪魔――サキュバス、だったか。彼女が固有結界なるものを発動した瞬間、咲夜の姿はまるきり子供になってしまった。どうやら、固有結界の中では時間操作の能力が封じられてしまっていたようで。吸血鬼――ウェルハイムは、子供の姿こそが、咲夜の本来の姿だと言っていた。


「貴方、あんな状態になっても意識があったの?」

「あぁ、いや、うん。意識があったっていうより、記憶として残ってる感じだけど」


 怪訝そうな声で聞いてくる咲夜に、苦笑しながらそう答える。

 実際に僕の頭の中には、『彼女』と『吸血鬼』、両方の視点から見た記憶が残っているのだが、その説明はとりあえず置いておこう。僕だってまだ整理しきれていないのだし。

 それよりも今は、咲夜の答えを聞く方が先だ。そう思った時には、すでに包帯は巻き終わっていて。


「少し長くなりそうね。私の部屋に行きましょう」


 着物を羽織っていた僕に、咲夜はそう言って扉に手を掛けたのだった。










 現在、館は不気味なまでに鎮まり返っている。ほんの数時間前まで騒動が続いていたとは思えないくらいにだ。

 少ない窓から外を覗いて見れば、お月様はまだ仕事の真っ最中。つまり、深夜である。

 本来なら夜中こそこの館が活発化する時刻なのだが、主とその妹が寝静まっているのだから静かなのも納得出来た。

 主であるレミリアと、異変後から活発に動き回るようになったフラン。彼女達を除けば、館にいるのは元から静かなパチュリーに、外にいる美鈴。妖精メイド達は夜は普通に眠るらしい。わりかし元気な小悪魔も、今は死んだように眠っている。パチュリーが言うには、恐らく三日は起きない だろうとのこと。

 そして残ったのは、ここにいるメイド長の咲夜に、僕。どちらも夜中に騒ぐようなタイプではなく、今に限ってはそんな元気も見当たらない。

 結果的に、紅魔館は一時的に休眠状態に陥っているわけだ。


「はい、紅茶。少しぬるめにしておいたから」

「ありがと」


 そんな館にて、咲夜の部屋で優雅に紅茶を飲んでいる僕。うん、美味い。

 紅茶に目を落とした一瞬で、咲夜の服装がメイド服から私服に変わる。そのまま眠ってしまっても構わないような、シンプルなワンピースだ。


「で、どちらが本当の私か、だったかしら」

「うん。少しばかり気になってね」


 椅子に座っている僕に対し、ギシリとベッドに腰掛けた咲夜。

 彼女は大して迷いもせずに、


「わからないわ」


 あっけらかんと、こう答えていた。

 少し呆気に取られたが、予想は出来ていたのでこちらも尻尾を軽く振るだけでリアクションを取る。

 咲夜はなおも自然な仕草で髪の三つ編みをほどきながら、まるで僕なんて見えていないかのように素の格好を見せながら続ける。


「幼い私が本当なのか、今の私が本当なのか……。でも、今回のことがあるまで、私は『今の私』が本当だと思っていたわ」

「それは、なんで?」

「だって、普段なら何をどうやったって、幼い私になんて戻れなかったんだもの」


 立ち上がり、丸テーブルに置いていた僕の紅茶を口にする咲夜。自分のも淹れればよかろうに。


「身体の成長を止めることは昔から出来た。現に、お嬢様と出会うまでは幼い身体のまま生きていたしね」

「幼いまま?」

「その方が妖怪が油断してくれたのよ」


 騙し討ちが一番手っ取り早かったからね、と苦笑する咲夜。

 確かに、あの姿なら警戒する相手は少ないだろう。


「じゃあ、今の姿になったのはいつ頃?」

「それもわからないわね。お嬢様の元でメイドとして生きるようになってから、小さな身体が不便だと気付いて成長の時止めを止めたんだけど……きっと、能力に目覚めた時の反動なんでしょうね。ここから、身体が成長しなくなってしまったの」


 トン、と丸テーブルに置かれる平皿。その上には、切られた林檎が並べられている。

 ギシリと音が聞こえてベッドを見れば、咲夜は既に林檎を口にくわえていた。


「反動……ね」

「そ。知っているんでしょう? あの時も確か、このくらいの身体だった気がする。……もっとも、あの後直ぐに気を失っちゃって。目が覚めたらまた十歳の身体に戻っていたのだけど」


 シャリシャリと音をさせながら林檎を齧る咲夜。

 これでいい? と聞いてきたので小さく頷き、僕も林檎をもらうことにした。

 元より単純な好奇心から聞いた話なのだから、結果が曖昧だとしてもなんら構わなかった。


 息を吐いて、首を回す。多少気だるいような感じがするのは、きっと無理な能力行使のせいだろう。

 そう思って、純粋な猫の姿に変化する。回復モードである。


「あら」

「? っと」


 と、そこで何を思ったか、咲夜がどこか嬉しそうに僕の身体を抱き上げる。

 そのまま何の抵抗もなく膝の上に収まった僕は、顎の下を指でまさぐられていた。


「不思議ね。包帯はそのままなの」

「……確かに不思議だね」


 猫の姿になったというのに、巻かれた包帯も一緒に小さくなって胴体に巻かれている摩訶不思議。でもそれを言うなら、普段から付けている耳飾りだって大小の変化はしている。天魔の羽根とか、あの大きさのままだったらきっと邪魔臭くてしょうがないだろう。


 そのまま咲夜に身体を弄ばれること数分。引っくり返されてお腹を撫でられていた時に、不意にその手が止まる。


「そういえば……あの、貴方と同じ灰色の妖獣は何者なの?」

「うん? ……うーん……」

「……言いたくないなら、いいのだけれど」


 どう説明したものか、と言い淀んでいると、咲夜が気を使ってそう言ってくれていた。

 でも、考えてみれば咲夜は『彼女』の姿を二度も見ているのだ。

 一度目は、吸血鬼異変の時。大結界から解放された僕が、人間の身体で咲夜と戦っていた時。咲夜は、僕と『彼女』がひとつになった瞬間を目の当たりにしている。

 そして、今回。僕の姿が消え、代わりに現れた『彼女』。

 何も知らない咲夜からしてみれば、『彼女』の存在は不思議でならないはずだ。

 僕としても教えて上げたいところだが、生憎僕は『彼女』のことを驚く程に知らない。調べることも出来ないだろうし、何より知らなくてもいいだろうと調べるつもりもなかったのだ。


「答えたくないわけじゃないんだけど……。じゃあ、知りたいことを質問してみて。答えられることなら、答えるからさ」

「……? どういうこと?」

「色々あってね。僕も、『彼女』の全てを把握しているわけじゃないんだ」


 咲夜の手が止まったので、膝から飛び降りて人形へと戻る。そのまま、咲夜の隣に腰掛けた。


「そう……色々、ね」


 クスリと笑う咲夜。意味深な反応に首を傾げるも、咲夜は何でもないわとそれ以上は語ってこない。


「……なんか、馬鹿にしてない?」

「まさか。楽しいだけよ」

「楽しい?」

「そ」


 切りよく返事を返してきた咲夜は、うーん、と身体を伸ばしてそのままベッドに倒れこむ。

 リラックスしてるなぁ、なんて思っていると、着物を引っ張られて僕もベッドに倒れこんだ。

 何がしたいの、と聞いてみれば、隣の咲夜は楽しそうに笑うばかり。つられてこちらも笑顔になってしまう。


「……ありがとう」

「うん?」

「貴方のお陰で、またおかあさんに逢えた。どんな形であれ……おかあさんに、触れられた」


 時計の無い部屋。秒針が刻む音すら聞こえない、けれど心地好い静寂の中で、咲夜の声だけが僕の耳に入り込んでくる。

 けれど、その言葉の内容に、少しばかり苦い思いを感じてしまう。

 あの夢も、咲夜の母親も、僕ではなく『彼女』が導いたもの。

 今回の件に関しては、僕は特に何もしていないのだ。


「僕は何も……。ただ、君の心を引っ掻き回して、ぐちゃぐちゃにしただけだ」


 たとえそれが、結果的に大円団となったきっかけになっていたとして。

 能力を過信していた僕の過ちは変わらない。謝罪する覚えはあれ、感謝される立場ではない……そう思い、着物の袖で顔を隠す。

 と、そこでパチリと音がした。微かに感じられていた電灯の明かりが消えたのだ。


「馬鹿ね」


 耳元で囁かれる。

 落ち着いた声色は、柔らかく、優しい。


「うん。馬鹿だ」


 肯定。彼女が伝えようとしている意味とは、違う意味で。


「なら、私も馬鹿ね」


 ……何故そうなる。

 口には出さなかったが、思わず心の中で突っ込んだ。

 だが、咲夜はそんな僕の疑問をあっさりと解決してしまう。

 耳元にかかる吐息。そのすぐ後に、彼女は言ったのだ。


「馬鹿な男とわかって好きになった……。そんな女は、きっとその男よりも馬鹿なのよ」




 ――そう思わない?


 そう続けた咲夜の言葉は、残念ながら僕の耳には入らなかった。

 思わず、耳をパタリと閉じてしまったのは、多分仕方のないことだと思うけど。

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