侯爵令嬢は決めている
それはいわゆる政略結婚であった。
祖父に嫁ぐことを乞われ、それに際してティアナがなすべき事は二つとされた。
一つ、侯爵家の娘としての権力を駆使し、夫となるユージン・ガードルフを助け、その宰相としての地位を盤石のものにすること。
二つ、貴族子女として身に着けた礼儀作法や教養の全てを、義理の娘となるフィーネへと伝授し、次期皇后として相応しい女性に育て上げること。
そして、嫁いだその日。
ティアナは自らに三つ目を課した。
三つ、己の持つその能力により、伯爵家を覆う哀しい影を取り払うこと、と。
一つ目については、婚姻が成立して三年目には、成就させたと言って良かった。
そもそも、ユージンという男性は男爵家5男というしがない立場から、前の宰相であった伯爵にその才覚を認められて娘婿に入ったという経歴の持ち主だ。
ティアナの持つ侯爵家の権威とやらが、どれほど役に立ったのか。
ユージン本人に確認した事はないが、そこは推して知るべしだろう。
とにかく、三年目には政略結婚の解消時期が来た、とティアナは思った。
夫との間には、年月によって築いた信頼はあったが愛はなかった。
そして、これは夫なる人の誠実さかもしれないが、仮初の夫婦には、夫婦としての当然あるべき営みさえない。
だから、当然ティアナは離縁を予想し、実際、ユージンにそれを申し出もした。
だが、ユージンはこれを拒んだ。
いや、先延ばしにした、というべきか。
彼はティアナに真摯な眼差しと声で請うた。
「娘が無事に王家に輿入れするまでは」
この時、フィーネは十三歳。
絶世の美女と誉れ高くも儚げであった母の美貌を受け継ぎながらも、当代一の美丈夫との呼び声高い父親の凛々しさをも持つ美少女。
そこにティアナが惜しみなく教えた作法と教養により、彼女は申し分のない淑女へと育ちつつあった。
これ以上の教育は、まさに皇后として身につけるべきことであり、ティアナの範疇を超えている。
そう思うティアナにユージンは言った。
「フィーネは貴女を信頼し、敬愛している。どうか、輿入れまで傍で支えてやって欲しい」
その言葉にティアナが否と言える筈はなかった。
ティアナとて、複雑な立場の己を受け入れひたむきな愛情を向けてくる美少女を愛しく思っているのだから。
だから、その申し出を受けたのだ。
王家への輿入れが慣例的に十五、六歳であることを思えば、あと三年というところだろうか。
その間、できうる限りのことをしようと思った。
そして、願わくば、とそれを見やったのだ。
願わくば、これからの三年で、自らに課した三つめの使命も果たすことができますように、と。




