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早朝から武装を確認しつつ息をひそめていた俺たちであるが、大神殿から火矢が放たれたのを確認し、王国軍の各陣地で一斉に声が上がった。
「合図が上がった!」
「魔将は檻に入ったぞ!」
どっ、と喊声が上がり王国軍が一斉に陣地を飛び出し魔軍に突撃した。魔軍は狼狽えた様子を見せながらも抵抗するが、勢いがまるで違う。個々の強さで言えば戦闘力が強いはずの魔軍の方が、逆に王国軍に押し込まれ始めてる。
別人と言うか別軍だなこれは。勢いは一つの力だね。シュンツェルが遠くを見やるように手のひらをかざしながら口を開いた。
「優勢ですね」
「あれだけ逃げ回ればな」
あらかじめ準備できていたこともあり、ツェアフェルト家の隊も戦場の一角で戦闘状態に入っているが、その勢いは他家の隊と比べると大人しい。マックスやオーゲンらに指示して兵の勢いを抑えているからだ。
今はまだ全力を出す時じゃないんだよなあ。敵の激しい抵抗を見ながら独り言ちる。
それにしても深夜にあんな声を上げたら明日は攻撃するとこっちに伝えてるようなもんだろ。馬鹿ですか奴らは。気にもしないということは基本的に魔軍が人間を見下しているという事の間接的な証明だろうか。
全軍で攻勢準備を整えるだけの指示が行き渡ったんでむしろありがたいと思っておこう。負ける軍って後世から見ると何でそんなバカなことしたんだと思うような事をしてることも多いしな。
「逃げ回ったことが効果があるのですか」
「心理的な問題さ」
戦場の様子を見ながらノイラートの問いに俺は短く応じる。ここ数日、王国軍は魔将ベリウレスが出てきたときだけは逃げ回ったが、そうでないときはむしろ魔軍と互角に戦えることも多かった。
ベリウレスが主力を率いて移動してるからどうしたって少し弱めの敵ばかりが残っていたからな。
数日それを繰り返したことで、魔将以外なら決して恐ろしくはなく、戦えない相手ではない、と言う印象が王国軍全体に浸透したわけだ。イメージって怖いね。
「恐怖を消すには勝利が一番いい。それが小さな勝利でもな」
「なるほど」
ベリウレスが怖いイコール魔軍が怖い、から、ベリウレスは怖いが魔軍は怖くない、に上書きさせただけだ。ベリウレスを怖くないとするのは無理なんで、無理なく印象を書き変える方法を選んだ。
って言うか俺だって怖いわあんな化け物。遠目で見ただけでもなるべくなら接近戦はしたくないと思った。奴が中核軍を引き連れて移動するような相手でなければ別の方法を考える必要があっただろうな。
「要するにこいつら遊牧騎馬民族相手の戦闘と同じなんだよな」
「何か?」
「いや、確認していただけ」
シュンツェルに聴かれたらしいがごまかしておく。これはローマにおけるゲルマン民族とか中国における北方騎馬民族とかのパターンの一つだ。要するにやたらと好戦的な指導者が個人の強さで軍を統率してるような場合。
指導者がいると結構な脅威だが、その分組織化が遅れているから指導者の目の届かないところはそうでもない。だから指導者がいない軍を狙い各個撃破を積み上げて相手の戦力を削る。その際は前線指揮官に任せ細かい指示は必要ない。
そして指導者がいない場合だと、臆病風に吹かれたら後で指導者の処罰が怖いので、敵軍は必死に抵抗はする。ただそれは組織的にはなりえず個々の戦闘力だけのものとなりがちだ。今の時点での魔軍がちょうどそんな状態。
一方で必死に抵抗している相手に無理な攻勢をかけるとろくなことにならないんで俺は戦力温存中。とは言え王国軍の運用はなかなか巧みだな。グリュンディング公爵も年の功って奴だろうか。勢いを殺すような指示は出さずうまくコントロールしてる。
お、少し向こうで随分食い込んでいる一軍がいるな。あの軍が掲げてる家紋は見覚えがある。あの先頭で戦斧を振ってるのがヒルデア平原でも勇戦したっていうダヴラク子爵か。なるほどありゃ猛将の名にふさわしいな。少なくとも俺が勝負挑んだら多分負ける。
ちなみに猛将と勇将ってよく混同されるが、古くは自分で武器を振るって敵を倒すのが猛将で、軍指揮官として勇敢で優秀なのが勇将と区別されていたらしい。木曽義仲が有名な敵将を斃していないけど勇将と呼ばれてるのとかが解りやすい例。勇将の下に弱卒無しって言葉も裏を返せば指揮官ではなく兵士が戦っている描写の表現だ。
なお闘将って言葉もあるがこっちは自分で敵を倒す小部隊指揮官に当てられている。猛将はそれより率いる兵の規模が大きい。とは言え戦国時代あたりで既に語呂やノリとしか思われない使われ方をしてたりするけどな。結構言葉っていい加減なことも多いね。
「無理はするなー。落ち着いていけー」
「互いに協力して一体ずつ葬れ!」
「訓練通りにやれば良いぞ!」
両翼にいるオーゲンやバルケイが兵を叱咤している。だから今の段階ではそんな気合い入れた大声出さなくてもいいんだって。やっぱり目の前で戦いが始まるとつい興奮してしまうのが武人の性なんだろうか。
「うおおっ!」
そしてマックス、お前一応ツェアフェルト隊の団長だろうが。最前線で切り合いしてるなよ。いや生き生きとしてるなと思うけどさ。これで俺より書類仕事もできるんだから色々あれだ。
俺自身は乱戦に参加していない状態なのであちこちの状況を目に入る範囲で目に入れていく。馬上と言うのは意外と高くなる。馬の体高は種類にもよるが一五〇センチ以上はある。大きな馬なら一七〇センチを超えることも。
つまり身長ぐらいの高さの台の上に座っているようなものだ。プールサイドの監視員の椅子ほどではないが、それでも明らかに遠くまで見える。その分相手からも目立つから銃の時代になると格好の狙撃の的になるんだが。弓より狙撃しやすいのは確かだもんな。
「ヴェルナー様、何か気になる事でも?」
「二人はどう見る?」
ノイラートとシュンツェルがもう一度戦場を見やる。ツェアフェルト隊の兵も戦闘状態には入っているので、二人も騎士や兵士が蜥蜴人間や鰐兵士と戦っているのを目にすることはできるだろう。
全体としてはこっちが押しているが複数の兵の槍に貫かれながらも反撃してる魔物もいる。タフだよなほんと。
「全体としては優勢かと思われます」
「私もそう思いますが……」
「別に苦戦してるとは思ってないんだけどな」
やっぱり気が付いてないのか。それが普通だと思っているのかもしれない。これもゲーム世界だからだろうか。一瞬考え込みそうになったが俺が何か言う前に事態が動いた。
『魔物と戦う勇敢なる戦士たちよ、聴くがよい』
唐突に戦場に声が響いた。渋い爺さんの声だな。他人に語り掛け慣れてる感じから偉い人なんだろう。そういやゲームでの最高司祭様とか呼ばれてた人もチップキャラしかなかったな。
戦場全体に声が聴こえてるのは音声拡大するような魔法でもあるんだろうか。そんなもの今まで聴いたこともなかったが、信者が集まる大神殿になら設置してあるのかもしれん。
『我らが神の守り給う大神殿に無謀にも押し寄せたる魔物の首魁は、勇敢なる若者の手によって打ち倒された』
どよどよと言うかざわざわと言うかそんな空気がゆっくりと広がっていく。そうか、マゼルはやってくれたか。神殿の衛士が倒したんならそう言うだろうからな。
『見るがよい! これが醜悪なる魔物の末路である‼』
そう声が響くと神殿の城門上に何かが掲げ上げられる。槍かなんかの先端に突き刺してるのか。重いのか一本じゃなく三本ぐらいで掲げてるようだが、ここからだと遠すぎて大豆に三本の爪楊枝刺して持ち上げてるみたいに見えるな。
俺としてはその程度の感想だったが、魔物の方はそんなレベルの話ではなかったようだ。一気に動揺が広がっている。ってことはあれがベリウレスの首で間違いないようだ。
魔物の方が目がいいらしいとかしょうもない事を一瞬考えてしまったが今はそれどころじゃない。
「ツェアフェルト隊、突撃!」
「おうっ!」
「突撃いっ!」
今まで抑え気味だったところに敵は動揺しているのが見て取れたんだろう。俺の指示にみんな躊躇なく応じ、ツェアフェルト隊は文字通り魔軍の列に雪崩れ込んだ。他家の隊もそれに続くように動き出したが、うちは他と違って勢いがある。
より正確に言えば、周囲の他の隊は敵がまだ頑強に抵抗していた時に全力を出していたのに対して、ツェアフェルト隊は今から全力を出すからだ。疲労度も違うし、俺もこのタイミングを待っていたしな。
一方の魔軍は指導者の強さと、見苦しい真似をすると叱責されるという恐怖で維持されていた戦意が、その指導者を殺せるほどの敵の存在と、逃げても叱責されなくなるという奇妙な解放感から士気を維持できなくなっている。
前世の歴史でよくあった事態だ。
俺自身、今回は騎馬の勢いを借りて敵中に駆け込む。行きがけの駄賃とばかりにすれ違った一匹の喉を刺し貫いた。俺のスキルだけではなく武器がいいおかげだが、それでも周囲の騎士や従卒には頼りがいがあるように見えるはずだ。
「一体ずつ押し包め!」
「右から行くぞ!」
さすがに集団戦にも慣れてきたみたいだな。俺がどうこう言うまでもなくなってきた。俺もノイラートとシュンツェルの二人が左右にいるんで手強めの相手にも躊躇なく突き込んでいける。
倒し損ねた相手は二人がとどめを刺してくれるんで前だけ向いてただひたすらに突入し、敵を刺し貫き地面にその血を吸わせる。馬上から槍を振るうのはそれなりに訓練が必要なんだが、水道橋警備中に練習しておいてよかったぜ。
と、神殿の門も開いて中から打って出てきた。いいタイミングだ。そういえばルゲンツも神殿内にいるんだっけか。ルゲンツもある程度戦争慣れしてるはずだもんな。戦機を見る判断は間違えないか。
「神殿内の兵力と連携して敵を分断する! マックスの隊を先頭に行かせろ!」
「はっ!」
まだ体力に余裕はありそうだし、任せても大丈夫だろう。俺は逆に馬の足を止め、少し背を伸ばし敵の動きを確認する。マックスが先頭になって突入していくのに合わせて敵軍の一部が崩れた。
向こうはダヴラク子爵が追い立てていた敵が更に後方に下がったのか。魔物も後方にスペースがあると逃げるらしい。魔物暴走の時に逃げたくなるのは実感したんで気持ちはわかる。逃げ場なんかないけどな。
「オーゲンの隊は左側面からの敵に後ろに回り込まれないように抑えるように伝えろ。バルケイは俺の隊の後方について来るように指示。俺の隊はマックスに続いて神殿前まで駆け抜けるぞ」
「ははっ!」
中央突破すると宣言したようなもんだが、ベリウレスが死んだと知った魔軍は明らかに混乱している。目立たないといけないんで敵を倒すより派手な動きをさせてもらう。
もともと半包囲しているような状況で中央を突破されれば、もはや魔軍は軍としての体裁をなさなくなるだろうしな。ここは一気に突っ切る所だ。
「右側面の敵は崩れるから気にするな、前にのみ進め! 俺たちの隊が突破すれば敵は崩壊する!」
「おうっ!」
隊全員が声をそろえて突貫する。中世やそれ以前の戦闘だと、半包囲して攻撃した側か、中央突破・背面展開を敢行した側の軍が大体勝利している。と言うより包囲された側が崩れるのがどうも戦理と言うものらしい。
ちなみに戦理と言う言葉はあまり一般的ではないが、要するに戦争における原理・原則と言うような意味だと思ってとりあえず間違いはない。どっからどこまでを戦理と言うのか詳しい定義は俺も知らん。強いて言うと自軍の取りやすい勝ちパターンを見つけて、どうやってその勝ちパターンに持っていくかを筋道立てて考えるのが戦理じゃないかと思っている。けどまあそれはいい。俺は軍事学者でも言語学者でもないからな。
兵の士気とか戦況に指示が間に合わなくなるとか理由はいろいろあるんだろうが、詳しい理屈は個々の状況によっても変わるだろうからここでは考えない。要はあの一撃で敵軍が完全に崩れた、と周りに印象付けられればそれでいいんだ。
ツェアフェルト隊と一丸となって敵中を突破しながら、神殿側から打って出てきた集団の先頭によく知っている顔を見つけて思わず笑みを浮かべてしまった。
※戦理って言葉は日本では自衛隊以外ではあんまり使わないらしいです。
なので厳密な定義ってなかったり。
たまに経営学の本とかで出てくるのが不思議ですが…(笑)
ただ、アメリカで戦理を研究発展させていった結果がOODAループなので、
「必勝ではないにしても相対的に勝ちやすいパターン発見法」
と言う意味合いで使用しています。
あと、実際は銃のせいで騎士が廃れたというのは誤解らしいです。
(銃の発明から騎士が姿を消すまで一〇〇年ほど重なっているので)




