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ちょっと私生活の方が急変して更新が滞っております。申し訳ありません。
誤字報告、感想、応援など、いつも本当にありがとうございます。
取り急ぎのご報告になりますが、本作の1巻から3巻まで、すべて重版が決定いたしました!
ここまでご購入、応援してくださいました皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
また、詳細は未定ですが、編集部様と4巻発売に関するスケジュールの打ち合わせも始まっております。
4巻の発売も目指して頑張ります!
左右両翼から強襲を受けた格好になった、第二陣のコルトレツィス家騎士団の中で指揮を執っていたコルトレツィス家騎士団団長のラウターバッハは顔をひきつらせた。王国軍は市民を攻撃はし難いだろうという予想は正しく、いわば露払いとしては成功したように見えていたのだ。
だが、第一陣が狂乱して敵を追ってしまった結果、冷静に軍を進めていた第二陣の軍列とに大きな隙が開いてしまったところに、市民兵たちを無視し、王国の騎士団が両方から猛攻を仕掛けてきたのである。完全に想定外の状況だ。王国軍の中にあるはずの本隊の動きを確認するよりも、先に自分たちが攻撃の的となってしまったのである。
警告の声とほとんど同時に王国軍最精鋭部隊の騎士団に左右から挟撃され、引きつった表情を浮かべたラウターバッハだが、それでも迎撃を指示しようとした。
その反応は決して遅くはなかったが、迎撃を命じる声が全体に届く前に周囲から悲鳴と血飛沫が上がり、土埃しか感じていなかった戦場の空気が瞬く間に血の臭いに染め上げられる。
今回、王国軍との戦いを始めてからここまで温存されていたコルトレツィス騎士団の本隊の戦意は決して低くはなかったが、魔物暴走から王都防衛戦まで戦い抜いて来た騎士団とは実戦経験も練度も違い過ぎた。コルトレツィス側の騎士団で形成されている第二陣の一角が突き崩されて戦列が乱れると、瞬く間に壊乱状態に陥る。
「よし、行くぞ」
騎士団の突入を確認するのと前後し、ミッターク子爵の一隊がこちらは派手に砂埃を上げながら敵の第一陣である市民兵の後方に回り込もうとする動きを見せた。こちらは多くの旗を掲げて意図的に目立つようにだ。
先ほどまで狂乱のまま前を向いて走っていた市民兵たちであったが、大軍に見えるミッターク子爵隊の存在に驚き、更に後方のコルトレツィス侯爵家家騎士団が壊乱状態に陥っているのを見た瞬間、上がり過ぎていた戦意が急低下した。
彼らにとって頼れるはずの家騎士団が頼りにならず、自分たちが包囲されることを想像した瞬間、今度は争って戦場を離脱するかのような動きを見せたのである。
「押し包め!」
「無駄に殺すな、だが逃がすなよ。確実に捕縛しろ」
その様子を見たクランク子爵とデーゲンコルプ子爵のそれぞれが自分の隊に反転攻撃命令を下した。煽られて戦場に出てくるような単純な人間を囲壁の中に籠らせてしまうとそれはそれで面倒だが、一方で彼らも市民であることに変わりはない。
むしろ政治的判断に基づき、今後のためにクランク子爵とデーゲンコルプ子爵は相手を包囲しては武器を捨てるように命じる形で、段階的にではあるが第一陣を無力化し始めた。
その頃、第二陣の方でも戦局は急速に変化し始めていた。王国軍の強さ、というよりも先手先手を打たれ続けていたコルトレツィス側の対応が後手と悪手を重ねてしまった結果である。
結局のところ、本人に対する信頼問題という事になるであろうか。コルトレツィス侯爵家のダヴィッドは、町の中に王国軍と王太子を引き摺りこめば勝利間違いなし、という助言をコルトスにいる“神託の巫女”から聞いていたし、そのことを開戦直前には主だった人物に説明もしていた。騎士たちが出撃に応じたのも、そもそもその神託の存在があったからという一面はある。
神託そのものには疑いを持っていない人間の方が多い。コルトレツィス騎士団の大多数の騎士もそうであった。だが、ダヴィッド卿が本当に神託を受けたのかどうか、という点には疑いを持つ者もいたのであり、その代表格がラウターバッハであったのだ。
もっとも、夜な夜なその神託の巫女を寝所に引っ張り込んでいる、しかも長男の死に伴う結果、後継者となったばかりの若者の言う事を信じる事も難しかったに違いない。
そして夜襲を否定され、ダヴィッドを実戦経験が少ない、戦意過剰のまま突撃でもされては困るという目で見ていたラウターバッハは、ここで大きな誤りを犯す。
混戦状態になった戦場で実戦しらずの若いダヴィッドを頼りにする気にもならず、だからと言って傍で勝手な指示を出されてもたまらないという事で、周囲の騎士に命じてダヴィッドを先にコルトス城内に無理にでも連れ戻すように命じたのである。
王太子と王国軍を城内に引き摺り込む作戦の一環であろう、と判断した騎士たちがすぐにその指示に応じ、ダヴィッドをとり囲むとその手綱を奪い取り、無理矢理に戦場から離脱するように馬を走らせた。
「ダヴィッド卿が逃げたぞ!」
ラウターバッハの周囲にいたものや指示を聞いたものならばまだよかったであろう。だが、そもそも混戦状態のなかでは指示は行き渡らない。当然ながら距離がある所では見えた情景だけで判断するしかないのである。
ダヴィッドやラウターバッハから少し離れたところで王国軍の猛攻を支えていた従卒の一人が、複数の騎士たちに囲まれてコルトスの方に戻っていくダヴィッドを見て、思わずという形で声を出した。そしてそういう発言はすぐに周囲の者たちに伝播する。
「卿が逃げ出した!」
「我々は見捨てられたぞ!」
作戦を聞いていた騎士ならともかく、その従卒には細かい作戦は周知されていない。その中で出撃を主張していたダヴィッドが真っ先に戦場を離脱したように見えたのだ。その反応も至極当然とも言える。
王国軍の騎士たちも『敵将が逃げるぞ!』と応じる形で声を上げ始めたことにより、コルトレツィス侯爵家側の騎士団の士気が混乱から崩壊に移行するまでほとんど時間がかからなかった。
「逃げるな、戦え!」
ラウターバッハの声も混戦の中では周囲には広まらない。まして出撃を主張していたダヴィッドがその場にいないのである。ミッターク子爵の隊があげる砂埃のために第一陣の戦況が見えない事も相まって、騎士団の中からも戦場を離脱するものが現れ始めた。
その混乱を見逃すような王国軍騎士団ではない。戦斧を振るい、槍を突き込み、逃げ出そうとする相手を後ろから斬りつけ、馬上から叩き落とす。地面に転がり落ちた騎士が反撃しようとしたところを戦槌で兜越しに強打されたコルトレツィス側の騎士が鞘から剣を抜きかけたまま地上に倒れ伏した。
このような混戦の中であるが、王国軍はむしろ手加減をしながら戦っている。もとよりこの戦いでは敵の騎士を人質にしたとしても、身代金を払うはずの相手は取り潰すことがはっきりしているので、その意味では捕虜にするうまみは少ない。
また、コルトレツィス侯爵側は城内に引き摺り込むのが計画であるという事が王国軍の内部で周知されていたこともあり、更に今後の作戦展開に関する問題もある。だからと言って今の段階で捕虜を多くしてしまうと王国軍の方にも負担が大きい。
様々な要因があり、王国軍はコルトレツィス騎士団への追撃をあえて手控えた。それがなければ先に戦場を離脱させられたダヴィッドはともかく、ラウターバッハは戦場で捕らえられていたか、戦死していた可能性の方が高かったであろう。
コルトレツィス側の大部分が城内に逃げ戻りながらも掘にかかる橋は下りていない。それはもともと予定していた王国軍を引き込むための計画の一端であったためだ。当初の予定とは異なっていたが、相手を引きずり込むことはまだできるはずだ、という判断の上で橋を下ろしていなかったのである。
だが、囲壁上に登ったダヴィッドとラウターバッハが戦況を見やり、互いに驚愕の表情を浮かべた。
彼らの目に映ったのは、引き釣り込まねばならぬ王太子の率いる王国軍本隊が、開いたままのコルトスの北門を無視し、東門の方向に向かっている情景であった。理由までは解らなかったが、ヒュベルは開いたままの城門に何の興味も見せていなかったのである。
並行追撃する絶好の機会を平然と無視して見せた相手に対し、そんなはずはない、と絶叫するダヴィッドの横で王国軍騎士団だけに突入されることを恐れ、ラウターバッハは急いで橋を引き上げるように命じた。やがて、二人は王国軍の次の動きに困惑の表情を浮かべることになる。
王国軍は矢避けの屋根をつけた破城槌の車を何台も堀ぎりぎりに並べ、橋を下ろして北門からの出撃ができないような状況を作り上げると、監視のための一隊を残し、大部分の兵力が東門の方に急ぎ足で移動した。そして東門を無視するかのように全軍で猛然と土木工事を始めたのだ。
状況も意図も理解できず、日が落ちるのも構わずに土を掘り返し土塁を積み上げていく王国軍の動きを、何をしているのかとコルトレツィス側は見ているしかなかった。
その目的と理由がはっきりするのは、同日深夜になってからの事である。




