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その後、いくつかの意見交換と今後の作戦の打ち合わせ等を済ませると、ヴェルナーは次の作戦のためすぐに砦を離れた。準備時間が必要であったのは事実としても、物資という面だけで見れば、王国軍はここで食料等を浪費しているという面もある。
また、王都を長期間空けておくことも決して良い事ではない。作戦の最終段階に入るため、ヒュベルも軍を出撃させるための準備をするように手配を進めていた。
「しかし、ツェアフェルト子爵の予想はまことでしょうか」
「解らぬ。だが、子爵の疑問に卿らも頷いていたであろう」
ヒュベルがそう口にすると護衛の騎士たちも頷かざるを得なかった。先ほどまでヴェルナーが先代勇者の名前を持ち出した後に行った詳しい説明を聞いていた彼らも、それを聞くと納得と違和感を覚えるしかない部分があったのだ。
その二人の表情を見て、ヒュベルは後は子爵に任せよとだけ口にし、次の作戦に備え何人かの人物の名前を挙げ、呼ばれた彼らが顔を見せると次々に指示をだす。
「ですが、もしツェアフェルト子爵の言が事実であれば、魔王と勇者が戦うという事に……」
「既に勇者にはその可能性も伝えてあるという事だ。ウーヴェ老やラウラもいる。ここから何か助言ができる訳でもない。後は彼らの判断に任せるしかあるまい」
ひと段落したところで話を持ち出した側近の危惧は理解しつつ、それ以上の発言をヒュベルは遮った。
現状では魔王に関する件は仮説ばかりでもあるし、目の前に別の問題もある。正確な情報を得てから今後の計画を変更しても遅くはないと判断し、今は魔王について考えることはやめていた。
実際、ヒュベルは判断する事や決定すべき点が多いのである。任せられる人物がいるのであればその部分は任せる事に躊躇はない。ヴェルナーあたりは内心で任せられた部分の負担が大きい事に関して文句を言いたかったかもしれないが。
「勇者が魔王城に侵入している今のうちに、コルトレツィスの方も処分しておきたいところだな」
「御意。用意は整っております」
「うむ。せいぜい派手に動くとしようか」
頷いたヒュベルは侯爵領から集めていた労働者たちの代表者や冒険者、それに商人たちを呼び寄せた。ひれ伏さんばかりの態度を取るそれらの者たちにこれまでの協力に謝意を述べ、金銭的な報酬を約束すると同時に、明後日に出発する旨を通達する。
「出立前に、お前たちに伝えておくことがある」
「な、何でございましょうか」
怯えたように顔を上げた代表たちに向かい、ヒュベルは落ち着いた表情で声をかけた。
「私は本来ならばコルトスを攻め滅ぼすつもりはなかった」
「は、はい」
「だが、数日の間様子を見たが、抵抗の意図を捨てぬことを確認し、私も覚悟を固めた。今後、叛徒たるコルトレツィスの降伏も認めぬ。コルトスの町そのものも焼き払う」
平然とした表情で口にしたその内容に集まった者たちが動揺した様子を見せる。それを表面上は気にすることなくヒュベルは言葉を継いだ。
「お前たちはよく働いてくれた。それゆえ、出発までに一日の時間を置いた。お前たちの友人知人がコルトスにいるのであれば今のうちに逃げるなりするように伝えるがいい」
領民でもあるお前たちなら今でもコルトスにも入れるであろうが、数日後には包囲する。そうなったら手遅れになるゆえ急ぐほうがいいだろう。そう伝えてヒュベルはその場にいた代表者たちを解散させた。何人かが顔を青くして退出する。
傍にいた第一騎士団長のフィルスマイヤーが小さく笑った。
「敵の領民に消火用の水をあらかじめ用意させておくという訳ですか」
「それもあるが、我らの方が先に火攻めをするつもりだ、と知れば敵は動くしかないであろう」
ヒュベルは冷たく笑い捨てた。町の中に引き込んで火攻めをするつもりの敵に、こちらが外側から先に火を点けるぞ、とわざわざ教えてやったのである。仕掛けた罠が燃やされる危険性があるのでは先に動くしかない。
元々黙ってやられるつもりもないが、どうせならこちらの都合に合わせて踊ってもらおうとヒュベルは考え計画を立てている。更に側近から数人を呼び出して密かに打ち合わせを行い、指示を与えて手配を済ませた。
本隊が派手に動けば動くほど、ツェアフェルト隊の動きに視線が向かなくなる。それに派手な方が噂が広まりやすい。王国軍本隊はその日の食事から派手に炊煙を上げ、二日後の早朝に砦近郊から軍を動かした。
早朝に出立しながらわざと緩やかに軍を動かしその日の夕刻、ことさらに目立つような形でコルトス近郊まで進軍してきた王国軍に対し、コルトレツィス側も出撃してきた。王国軍の五分の一もいない人数である。
元々ここまでコルトレツィス侯爵側には奇妙な停滞感が漂っていた。王国軍が近くまで来ているにも関わらず、コルトスの町そのものを包囲していなかったためだ。
最初の内こそ城門を閉め切っていたコルトスの町であったが、王国軍が近づいてこない事を知ると、薪など内部で不足しがちな物資を採集するために南方の門などからは領民が出入りしていた。
それが一転して、王国軍が町そのものを焼き払うつもりだと聞いたのである。内部では南方の門から逃げ出す者、徹底抗戦を叫ぶものと混乱が激しくなっていた。それだけに、コルトレツィス騎士団は王国軍に怯えたように立て籠もるわけにはいかなかったのだ。
コルトスの住民や騎士団は知る由もなかったが、これはヒュベルが罠を張りつつも警戒していたためでもある。
王国軍が完全にコルトスを包囲し、そこでコルトレツィス侯爵側が無条件降伏をしてきたら入城を断る理由がなくなる。そうなれば敵の火計の中に飛び込むようなものである。そうさせないため、ヒュベルはわざと町を包囲するのに一日分の距離を取りながら、密かにいくつもの手を打っていた。
通常であれば戦いは早朝の明るくなってから行われるのが普通だが、包囲される前にまず一戦するしかないというのがコルトレツィス側の判断であった。
無謀だという意見もあったが、混乱している城内を見て、少しでも良い条件を王国軍側から引き出すためには抵抗する様子を見せる必要がある、とコルトレツィス侯爵家のダヴィッドが強硬に出撃を主張したのである。
とは言え、コルトスを包囲されてから夜襲にするべきだという意見も軍の内部から上がっていたのは事実だ。コルトレツィス侯爵家の家騎士団団長ラウターバッハなどは夜襲を行う方が大軍を混乱させやすいと提案もしていた。
だが、コルトレツィス第三都市であるフスハンからの援軍を率いていた隊長の『あのヒュベルトゥス殿下の率いる軍に夜襲など通じるでしょうか』という意見が多くの賛同を得たという一幕があり、本来ならば戦うには不向きな時間からの開戦となったのだ。
王国軍側の先鋒になっていたのはデーゲンコルプ子爵とクランク子爵の両家が率いる家騎士団である。突出してきた敵の勢いを見て、両人とも自軍の中央にあってそれぞれの表情で頷いた。
「予想はしていたがやはり武器を持たせた領民などのようだな」
「自棄になっているのでしょうか?」
傍にいた騎士の一人がそう疑問を呈したが、デーゲンコルプは首を振る。
「数も差がありすぎるし、普通ならば“コルトレツィス大公”となった王太子殿下と戦いたくなどあるまい。大方、領民を煽っているものがいるのであろう」
「例の棺とやらの残党ですかな」
「恐らくな」
町が焼かれるぐらいなら、という事であろう。狂騒という方が近い状態の敵を見つつ、デーゲンコルプは左右の騎士を呼び予定通りと伝える。
デーゲンコルプが隊列を整えるように指示を出していた同時刻、クランクも最前線で軽く肩をすくめていた。
「あれと戦っても武門の誉れにはならぬな。予定通りに引くぞ」
「はっ」
勇猛なクランクも狂騒状態の民を相手に武勇を振るうつもりはない。合図をすると自らが最後尾に残ったまま隊を下げ始める。敵の最前列にいる者たちが届きもしない剣を振り回しているのを見つつ、クランクはさらに急ぐように合図をした。
王国軍先鋒は多少の遠距離戦として投石を行ったが、すぐに直接戦わずに後退を始める。やがてそれはゆっくりとした後退から、背中を向けて走るような速度に変わり、瞬く間に両軍の間に距離が空いた。
それを見たコルトレツィス側の前面に立っていた市民兵たちが駆けだした。元々訓練を受けていた兵士などではない。実戦経験など無きに等しい人間が大多数である。目の前の相手が戦いもせずに後退したのを見て、熱狂に火が点いてしまったのであろう。
まだ冷静だった何人かの制止する声を振り切るように大多数が走り出した。
コルトレツィス側の隊列が縦に伸びる。第一陣と第二陣の間に隙間ができた。そこに王国軍先鋒部隊の後退に隠れるように左右から大回りで動き出していた第一、第二両騎士団が、左右両面からコルトレツィス側第二陣の側面に強襲をかけたのである。




