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復帰お祝いのお言葉、ありがとうございます!
日間ファンタジー異世界転生/転移ジャンルの一位に驚きつつも嬉しかったです!
お待ちいただけている人がいるというのは身が引き締まります……!
また、たくさんの購入ご連絡もありがとうございます!
書籍、コミカライズとも楽しんでいただければ幸いです!
なお、葦尾先生(@a4orampe)はツイッターでたくさんコミカライズ用書き下ろしの絵をアップされていらっしゃいますし、山椒魚先生(@3showfish)も格好いいヴェルナーとマゼルの絵をあげておられますので、よろしければそちらもぜひご覧になっていただければと思います。
俺の提出した一覧に黙って目を通していた王太子殿下が顔を上げた。その資料を側近の騎士らしい人に手渡しながら、俺の方に視線を向ける。
「この二人には何を聞かれても構わない。説明してもらおうか」
「はっ、資料に記させていただきましたように、神託と呼ばれているものを過去の分も含めて分類すると、大きく二群に分けられます。数は二群の方が多く、一群の方は少なくなります」
「うむ」
ラウラやエリッヒに覚えている限りの過去にあった神託を聞いてそれをリスト化し、分類したものだ。二群の方が倍以上あるんで、一群の紙は下半分が空白になっている。
それに目を通した王太子殿下もすでに回答を想像しているのだろうが、それでも俺に言葉の続きを促して来た。今更ここで躊躇する理由もないので唇を湿らせてから言葉を続ける。
「そして、一群の方には地位に関わる言葉が一つも入っておりません。対して二群の方には王位や高位、大臣、陞爵などの人間の組織における地位を示す言葉が入ります」
「確かに、勇者の存在に言及したものや、魔王が復活したという神託では国家や教会の組織に関しては全く触れていないな。つまり卿は一群と二群の神託は別々の存在からのものだと考えている訳か」
「そもそも神たる存在が人間の組織や地位にそこまで言及する必要があるでしょうか」
王太子殿下の近くにいた二人の騎士が驚いた表情を浮かべた。神託が本物なら不敬にまで踏み込んだ発言であることは自覚しているが、そう考えないとどうにも筋が通らない。ともかく俺の意見として言葉を継ぐ。
「今現在、コルトレツィス侯爵のもとにいると思われる魔女もここから王が出ると称し、それを実現させるべく暗躍もしておりました」
「地位に関する神託はそうなるように仕向けられたものだという事か」
「偶然そうなった物もあるかもしれませんが、地位が上昇する神託の数が多く、更にそれが的中しているものが多いのは不自然かと」
実は人間は過去の記憶を自分で作ってしまう。前世の裁判で有罪の判決には物的証拠がないといけないのはこれが理由だ。前世のアメリカで記憶に関する、解りやすい結果が出た調査が行われたことがある。
2001年、アメリカでアルカイダという組織が同時多発テロを行った。白昼の大規模攻撃だった事もあり、多くの人間がその直後、メディア相手に目撃した情景を証言している。
それから十年後、大学が主体となり、この時テレビのインタビューに応じた人たちを探し出し、当時の状況をもう一度聞き直す、という調査が行われた。
その際、テロが起きた直後のインタビューを受けた時には『喫茶店で一服していたら大きな爆発音がしたので慌てて外に出た、すぐに家族に連絡を入れた』と言っていた人が、十年後には『職場で仕事中に大きな音を聞いた。すぐに警察に電話をした』と発言している。それどころか、当時の自分のインタビュー映像を見せられても信じなかったという。
自分はあの時最善の行動をとった、という記憶を自ら作り上げてしまい、自分自身がそれを信じ、作り上げた記憶に騙されてしまっているわけだ。この結果は再証言を求めた人全員に共通の傾向だった。人間の記憶というものは実はそのぐらいあやふやなものだという事だろう。
更に、この世界では別の力を考慮しないといけない。以前の仮説のとおり、魔王が思考を誘導するような能力を持っているとする。
何らかの事故で父親が急死し、自分が当主になった人物が“そう言えばこんな事故の神託を聞いた事があったような気がする”と誘導された人は、十年後に『実はあの時、父が急死するという神託を受けていて……』とか言い出すかもしれないわけだ。
もちろん、魔軍側のマッチポンプもあっただろう。過去の貴族家当主が魔物に襲われて死亡した事件なんかは自作自演であった可能性も高い。正直、このあたりは追跡調査のしようがないんだが、魔王側が悪辣であることも事実なのだから警戒しすぎることはないだろう。
「ふむ……ラウラの子が高位につく、という神託も偽りの可能性があったという事か」
「ひとつの仮説ではありますが」
「いや、あの神託の意図が理解できなかったことは事実だ。だが神殿と国や王族、有力貴族との関係に溝を作るためであったと考えると納得できる」
そうなんだよな。よく考えれば王女であるラウラの子が高位につくのは別におかしなことじゃない。だが神託という肩書付きでああいう風に言われると、単に高い地位だけではなく何か裏があるように思えてしまう。実際、俺だってそう思ったし。
しかもその神託をラウラ本人が知らない、というあたりに怪しさを感じる。その神託をラウラ本人の口から相談されれば王家の側も最初から相応の対応を選ぶ事もできたはずだ。王位にはつけないが確実に高位につける家柄の婚約者をあてがっておくとか。
「事実、あの神託を聞いた直後にはラウラを王室とは縁を切り神殿所属にするという案もあった」
「レッペのような人物が大神官であったことを考えれば、王家に残したことが正解であったかと」
「偶然ではあるがな」
珍しく王太子殿下が人前で苦笑している。偶然だったのかもしれんけど国と神殿の力関係とかを考えた結果なんだろうなあ。逆に言えば本物の神様はそこまで助けてくれないということかもしれんけど。
「だが卿の想像が正しいとすると、魔族は長期にわたり人間の中に食い込んでいたと思えるな」
「はい。恐らく先代勇者により魔王が倒されたときから」
先代勇者は魔王の眠る剣を持ち続けていたという。だがそれは本当に眠っていたのか。狸寝入りだったのではないか。眠りについたと信じさせ、裏で人類を弱体化させるような手を打っていた可能性があるのではないか。
「なぜ魔王はそのような事をしたと思う?」
「恐らくですが、ひとつには棺のような輩を生み出させるため」
「神託を信じこんでいれば、勝てないとの神託も信じて逃げ出す者もいるという考え方だな」
「もうひとつには、魔王が倒されたと危機感を失った世界へと誘導していたのではないかと」
「何?」
俺の妙な台詞にさすがの王太子殿下も眉をひそめている。これに関してはそりゃわからんでしょうねというしかない。俺のゲームとしての知識からこの世界の魔法にシステムとルールがあると思いながら見ていた部分があったからこその発想だからだ。
しかもこのシステムを俺自身が王都防衛戦の直前に実感している。最下級の回復魔法でも重ね掛けされれば重症でも治療できるという結果を、だ。
「魔法を例にとりますと、武器による攻撃では、相手の皮革などが強固である場合に傷を与えることはできません」
「うむ」
「ですが最弱の魔法でも最低限の損害を与えることができます。これはウーヴェ老にも確認いたしました」
実際、ゲームではそうなのだ。最弱の攻撃魔法でも相手が魔法無効とかでない限り、システム上最低限のダメージを与えられる。つまりレベル1の戦士の場合、ボス相手では絶対にノーダメージだが、レベル1の魔法使いはダメージを与えられる可能性がちょっとだけある。
先制攻撃を受けえば間違いなく先に倒れるし、一点、二点のダメージで数千点とか数万点もあるボスのHPを削りきれるかは別だが、ダメージを与えられるか否かという一点で見ればラスボスにさえ効果があるわけだ。
「魔王からすれば、自分の防御を固めておけば数万人の騎士がいても、対応に時間は必要ですが負けることはありません。ですが、数万人の魔法使いによる魔法攻撃を受け続ければ削り斃される可能性があります」
「魔法使いが多数いると魔法の威力が減退するのではなかったか」
「おっしゃる通りですが、ご存じのように、その情報さえ今まで知られておりませんでした」
自分は強力な魔法を使いたい。一方で、数に圧倒されて自分が削り斃されるのは避けたい。それが魔王の偽らざる本心だろう。だが、そう都合よく進むとは限らない。
なんせ人間というのは基本的に生き残るためなら何かしら考えようとする。原魔力の問題があるのは確かだが、魔法使いの数が揃っていれば何か抜け穴がある可能性もあるのだ。しかし、魔法使いの数が揃わなければすべて机上の空論になってしまう。
「……魔法に関する運用を考える必要性が重要視されていなかった、という事か」
「もともと、神殿は王や貴族に相応しい存在として肉体的な強さを求めていたと聞いております」
「民を守り魔物と戦うためにはそうあるべきではあるからな」
そう応じながらも王太子殿下の表情も厳しさを増している。それが魔法であってはならないという理由はないという事に気が付いたからだろう。
この脳筋世界、武力や武勇がもてはやされる世界にあって、将来の選択肢に魔法使いを選ぶのは少数派だ。そうなるとまず母数が足りなくなる。しかも魔法使いになるためには勉強しなければならない。だが勉強するにはカネがかかる。カネを持っているのは王や貴族だ。その王や貴族に“神”は魔法よりも武芸を求めた。ますます魔法使いを選ぶ人数は減るだろう。
俺が脳筋世界だと思い、前世の中世的な世界観を維持していたこの世界では、恐らく百年単位の長い時間をかけて緩やかに魔法が衰退するような何者かの意図が働いていたという仮説が成り立つ。
「一度にすべて消え去れば逆に疑いを持つ物もいるでしょう。ですが、徐々に忘れ去られるような形で攻撃魔法そのものが衰退すれば、それが普通だと人は信じ、同時に魔王にとっては怖いものが一つなくなります」
「敵が無力である方がありがたい、という事か」
「都合のいい敵である事、かもしれません」
実際、この世界は妙にチグハグだ。近世的な部分もあれば中世で停滞している部分もある。だがよく考えてみればおかしい。魔法の武具などもそうだが、宝石のカット技術などもなぜか近世の水準を超えている事さえあるからだ。
そんなところだけ古代王国期には発展したのか? と問われれば文明的・文化的にあり得ないだろうというしかない。
戦争にも流用できる建築学や弾道学に必要な数学、物流を効率化させるのに必要な経済学、正確な知識や情報を残すための製紙技術や印刷術といった、古代文明の頃にあったはずの部分が退化しているのが、何者かの意図的な結果であったとしたら。
少なくとも宝石をプリンセスカットにできる技術は戦場ではあまり意味がない。一方、印刷術が残っていれば命令書を作成しすべての部隊に伝達することができたはずだ。古代王国にあって、今現在、社会に広まっていない知識は対魔軍戦争で有効性の高いものが多すぎる。
世界が脳筋になればなるほど魔王にとっては有利になる。それが今現在を生きている俺の率直な見解だ。だがそういう考えそのものも、武勇こそが最も評価される世界に、生まれた時から生活していれば思い至ることはなかっただろう。
知識の伝達、継承という考えそのものが軽視されているような印象があるのだが、案外これこそが魔王が汚染した原魔力の本来の目的であったのかもしれない。先代魔王を倒した時代にあっただろう集団魔法運用の知識は既に忘れ去られているのかもしれんなあ。
「しかし、そう考えると以前に卿が想像した魔王の印象とは少々異なるな」
「陰謀に長けている人物が戦場での名将とは限りませんが、その疑問もごもっともかと」
魔王そのものも脳筋的なところがあると想像したのは事実だからな。とは言え、前線指揮官として優秀だから参謀の才能があるとは限らないし、逆に作戦立案能力に長けていても実戦でグダグダになった将軍も前世の歴史にはかなりの数がいる。
たまに計画からいい加減で実戦でもぼろ負けした救いようもない奴もいたりするけど。親が貴族だからで子も貴族になる血統至上主義だとそう言う危険性もあるよなあ。
「つまり卿は魔王以外にも何者かがいると判断しているのだな」
「御意」
前世のゲームではよくあったんだよな、ボスを倒したら真のラスボスが出てくる奴。むしろ様式美的な面さえあった。しかし俺は前世の知識という土台があるからその可能性に言及しているわけだが、この人は自分の頭の中でそういう結論に達しているんだからなんというかすげえな。
マゼルが主人公のゲームではそんなストーリーではなかったはずだが、既にゲームでは出てこなかった存在としてアンハイムで魔将に遭遇している。むしろこの“似て異なる”という奴が一番厄介で、ついつい意識が知っている方に引っ張られかねない。気をつけないと。
「では卿はその魔王とは別の存在は何者だと考えている?」
声を潜めるようにしつつ、王太子殿下が鋭い視線で俺にそう問いかけてきた。だからその視線は怖いから勘弁してください。多分想像はついているんだろうなとも思うし。
まあ、あんまり他人に聞かせたくない仮説であることは間違いはない。俺も心持ち声を小さくしながら応じた。
「先代魔王の剣を所持したまま姿を消した、先代勇者イェルク・ライゼガングと推測しております。魔王と戦った彼なら魔王の弱点を誰よりも理解しているでしょう」
明日は通院するので更新はできないと思います。
申し訳ございませんがあらかじめご了承ください。




