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無事に小説版三巻、コミカライズ版二巻の発売日を迎えることができました。
ここまで応援してくださいました皆様には厚く御礼申し上げます。
感想コメントや応援のお言葉、本当にありがとうございます!
誤字報告もありがとうございます。
たくさんあって我ながら誤字が減らないなぁと…(泣)
コメント入りの誤字報告とかが混じっていると大変なので、
逐一確認しながら対応いたしますので、そちらはお時間を頂ければ幸いです。
まだ生活環境が毎日更新できるような状況ではありませんが、
可能な限り更新できるようにいたしますので、Web版の方もよろしくお願いいたします。
結局、マゼルたち勇者パーティー相手に早朝から始めた質問と意見交換は昼飯の時間を過ぎてしまうほど続く事になった。途中で昼飯を挟みはしたが、結局マゼルたちはこの日もこのフォアンでもう一泊。飯の味はいまいちだったかもしれないが、その分ゆっくり休めたんじゃないかとは思う。
そういえばマゼル一行、冒険中はウーヴェ爺さんも含め料理当番は持ち回りらしい。お姫様の手料理と言えば聞こえはいいが、実際はそこまで凝ったものは作れんだろうなあ。あとルゲンツの料理って単に肉を焼いただけとかじゃないのかという疑問もあるが、藪蛇にしかならんから聞くのはやめておこう。
俺は俺で荷物搬送の手配やらマゼルたちに預けるものの準備やらで事務作業も並行して処理。その間に念のため、王太子殿下にも事情を説明した書状を先に送っておく。何らかのたくらみがあって勇者と密会していたとか言われたらシャレにならん。
とはいえ、多少予定が変わったのも事実なんで、マックスたちにツェアフェルト隊の主力を預けて翌朝早くから先発させることにする。
マックスを呼び出しての作戦の打ち合わせ。とにかくコルトレツィス侯爵側に見つかると面倒なので、冒険者の斥候を上手く使うように指示。その後で第二案と第三案に関する指示書も手渡しておく。
「基本計画はこういう事だが、もし状況が変わった場合はこっちの計画書を開いてくれ。当初の計画通りになりそうなら焼却する事」
「承知いたしました」
なお俺の護衛にはノイラートやシュンツェルのほか、八人の騎士が残る。一度王太子殿下のもとに顔を出しておかないといけないから俺は一旦別行動だ。
その手配の合間合間を縫って冒険者たちと面会したり、町民たちの話を聞いたり、フォアンより王都方面にあるいくつかの町の領主や代官にもここまでの協力を感謝する書状を書いたりしながらしながらいくつかの作業を進めておく。まずフォアン近郊と補給路の治安を確立しておかないとおっかなくってな。
そして翌朝、マックスたちが西門から出発するのに合わせてマゼルたちが再び魔王城に向かうために出立。俺はまずこっちを見送る側だ。
「とにかく違和感を無視するなよ」
「気をつけるよ」
マゼルが苦笑するほどややしつこいぐらい声をかけることになったのは悪くないと思う。魔王の目論見が俺の想像通りだとすると、魔王との戦いだけで済むとは思えないからだ。
この件も昨日の意見交換の時に伝えてはあるが、相手にも何か別の奥の手がある可能性が残っているんで、心配なのも事実。昨晩の内にラウラたちともこっそり個別に打ち合わせをしておいたが、どれかが役に立つと信じるしかないな。
「それじゃ、気をつけてね、ヴェルナー」
「そりゃ俺の台詞だ。無理だけはするなよ」
どう考えてもマゼルの方が大変なはずなのにこれだよ。人の心配してる場合かっての。今度は俺が苦笑いしつつ手を伸ばし、握手をしてから分かれた。
その後、すぐに西門に向かいマックスたちの出発を見送る。訓示みたいなものをやろうかと考えはしたが、それはまだ先だと考え直して出発を見送るだけにした。
まあ万が一にも敵側の間者とかがいたら下手な訓示は重要任務に向かう事を説明してやるようなものだしな。
両方を見送ってから引継ぎの手配をして、その日の昼過ぎに俺もようやく南から出発。
まずはフォアンとコルトレツィス侯爵領都コルトスの間にある、攻め落とした敵方の砦だったところに馬首を向ける。軍の方は王太子殿下が指揮を執っているとはいえ、そこにたどり着く前の道中に魔物が出没するのは変わらない。警戒しながら馬を飛ばした。
現在、王国軍本隊が軍を駐屯させている砦近辺からは敵の拠点であるコルトスは見えない。という事は急いで軍を向かわせても丸一日はかかるだろうという事だ。王国軍の足止め用に急増された砦だと距離はこんなもんだろうか。地形の方が優先されたんだろうな。
なまじ敵が目の前にいないせいか、王国軍の将兵も力を持て余しているのか訓練のようなものにも随分と気合が入っている。そんなことを肌で感じつつ本陣となっている砦へと足を向けた。
「ツェアフェルト子爵が到着いたしました」
「通せ」
あらかじめ先行して使者を出しておいたせいか、砦の建物の中では俺の顔を見ただけで衛兵らしい人が扉の奥に声をかけてくれていた。殿下が許可する声を聞いてから俺だけ入室。ノイラートとシュンツェルは外で待機だ。
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト、到着いたしました」
「ご苦労」
王太子殿下も何やら書類を確認していたようだが、すぐにそれを脇に置いて俺の方に視線を向けてきた。後ろにも護衛らしい騎士の人たちもいるがいつもの事。
「滞りなく処理されていたな。よくやってくれた」
「恐れ入ります。王都からの補給が計画通りに行われていた結果であろうかと存じます」
いやほんと。もちろん内容の確認とかはあったが、届かなくて困るとか言う事がなかったのは王都で後方実務を担うフォーグラー伯爵やシュンドラー軍務大臣閣下の手配の賜物だと思う。
俺はそう思っているんだが王太子殿下は小さく笑っただけで何も言わなかった。別に謙遜とかじゃないんだけどなあ。
「マゼルが訪ねてきたそうだな」
「はい、魔王城の内部で少々苦戦していたとのことで助言を求められました」
口を開く前にちらりと王太子殿下の護衛の方を見たが、殿下が頷いたのでそのまま話を続ける。“勇者が苦戦している”なんて情報も洩れれば政治的に何らかの影響が出かねない内容だが、今は気にしなくてもいいという事らしい。
どうでもいいが“マゼル君”とか呼んでいたのがいつの間にやら呼び捨てになっている。臣下に取り込むことを隠す気がなくなったという事なんだろうか。
「敵の本拠だ。苦戦するのも当然だな」
「御意」
そう応じつつ俺しか知らない事実に内心で苦笑いするしかない。本当なら復活三将軍がいるせいで更に困難な戦いになっていたはずだからだ。いろいろ想定外の事があったからとはいえ、魔将復活を阻止した格好になっているのは大きい。
マゼルに魔将が復活するという事を説明していなかったのは俺のうっかりも含む本当に偶然の産物だが、結果的には混乱させずに済んでよかったと思う。
「それで卿はどのような助言をしたのだ?」
「助言というよりも提案になるのですが」
ゲームで出てきた魔王城のマップなんか覚えていないから、もしかしたら内部が全然違っているのかもしれないのだが、どこかどう違うのかとかは全くわからない。だからややありきたりな事しか言えなかったが、俺にできることは何かと脳細胞を絞ってもいる。
「ハルフォーク伯爵から香水を分けていただきました」
「香水?」
陸生動物の感覚の中でやや独特なのが嗅覚になる。肉食獣は毛皮の模様で風景に隠れ、肉球で足音を隠すことができるが、体臭だけは自分の意思で消すことができない。
だから肉食獣の狩りは風下から行うことになるし、逆に襲われる側の嗅覚は特に危険を感じる事に敏感になる。そういう風に陸生動物は進化して生きたんだろう。実際、火事の際に最初に気がつくのは音でも熱でも色でもなく臭いであることが多いというのは前世でもよく知られた話だ。
「扉などにこすりつけておき、奥に向かっているのに香水の匂いを感じたら同じところを回っていると判断できるのではないかと思いまして」
「ふむ」
「石壁や扉に傷をつけても幻覚なり魔法などで隠すことはできると思いますが、匂いを隠せるかどうかはわかりません」
「確かに嗅覚を欺いたというのは聞いた事はないな」
小さな迷宮なら古典的な糸巻きって手段もあっただろうが、広さが解らん迷宮ではどれだけ長い糸が必要になるのかわからないんでそっちは諦めた。そしてゲームではどうやっても再現できない嗅覚がその突破口になるんじゃないかと想像したわけだ。軽くて持ち運びも容易で簡単に排除するのが難しいものが香水だったという事になる。
それにしても、ゲーム中にたまにあるループ系のマップってリアルではこういう意識誘導と幻覚の産物だったのかもしれないなあ。
「同じところを回っているという事が解れば、後はマゼルたちなら対応できるのではないかと」
「なるほど、そこまでは承知した。後はマゼルたちに任せるという事だな」
「はい」
俺には出没するモンスターの強さとかもわからんので、その後の行動に関しては丸投げだ。一応、疲労の程度によっては幻覚か、そうではなく本当に深いだけの迷宮なのかを確認できた段階で引き上げてくることも打ち合わせしてある。
まあ正直、無理に先に進んでマゼルたちが危険にさらされないなら構わない。また何か策を考えるだけだ。もしかすると、魔将という中ボス門番を欠いたから迷宮の方をより複雑にしているのではないか、とちらっと思ったが、こっちは検証のしようもないな。
ちなみに伯爵は『魔王討伐の役に立ったとなれば私の香水にも箔が付くな』とかおっしゃられてましたが、その部分は礼儀正しくスルーした。
「それで、わざわざ卿がここに来たのは状況の報告だけという訳ではなかろう?」
「はっ、現在の戦況に直接関わることではないのですが、こちらをご覧いただきたく」
そう言いながらラウラやエリッヒ、ウーヴェ爺さんから聞いた内容を二枚に分けてリスト化した資料を提出する。
どうでもいいが、勇者と王女様の関係については何にも聞かれなかったけど、これ絶対わざとだよな?




