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今回はやや穴埋め的な閑話になってしまいましたが、いつも閲覧、感想、応援等、ありがとうございます。
そして一巻、二巻のご購入やアンケートなどでのご支援、心からの感謝を申し上げます。
編集部様からのご連絡があり、三巻の発売が正式に決定いたしました!
読者の皆様、お力添え、本当にありがとうございます!
現在、三巻の加筆作業に入っております。
当方の家庭の事情や製作上の都合もありまして、発売は少々先(来年)になりそうですが、続報やWeb版の更新等、長い目でお待ちいただければ幸いです。
「確認いたしました。それではこちらを」
「ご苦労じゃった」
執務室で提出された役人からの書類を確認し、セイファート将爵は前に座るツェアフェルト伯爵であるインゴにも差し出す。
「伯爵にも確認のサインを頼もうかの」
「かしこまりました」
セイファートから書類を受け取り、内容と金額をすばやく確認したインゴが小さく頷いて書類に署名をした。今度はそのサインをセイファートが確認し、待機していた役人に差し出す。
「遺漏ないようにの」
「かしこまりました」
「伯爵にも時間を取っていただいて済まぬな」
「いえ、むしろご配慮ありがとうございます」
書類上の処理を行っていたのは、王都襲撃の際にリリーが行った働きに対する報酬に関するものである。報酬金額を聞いて困惑していたリリーに対しインゴが提案したのは、ヴェルナーが提案した国債に全額を使う事であった。
国債という言葉自体を初めて聞いたリリーであったが、説明を聞いてすぐに全額を使うことに同意した。そして公式にはハルティング一家の担当責任者であるセイファートの確認を終えてようやくその処理が終わった所である。リリーが今はまだ平民だったために報酬の時点から後回しになっていたのは否定できない。
「リリー君にはまだ貴族としての振る舞いは難しそうじゃな」
「さすがに学ぶ期間が短すぎますので。よくやってはおりますが」
当初リリーは王都の被害者などに寄付したいとの提案をしていたのだが、それはインゴが止めた。貴族社会に受け入れられるためには国に対しても貴族としての立場も理解しているという態度を見せることも必要だからだ。
その意味で、寄付というのは民衆から向けられる評判や名声にはなるが、国に対しての評価にはならない。そのため、あえて今回は国に対する対応に終始するべきだと説得をしたのである。
そう言った貴族的な配慮やずるさをリリーに求めるのはまだ酷であろうとインゴは判断しており、セイファートも同意見であったが、多少の笑いも禁じ得ない。
「伯爵も気に入っておるようじゃの」
やや苦笑いに近い表情を浮かべつつインゴは無言で頷いた。貴族としてのインゴの立場から言えば、王女なり高位貴族の方が望ましいと思う一面があるのは間違いのない事実だ。
一方で、さらにその先まで見据えるのであれば勇者との縁戚という立場は他の追随を許さないだろう。嫡子であるヴェルナーの評価は高いのであるから、その子の世代まで考えるのも貴族の思考である。勇者の甥、あるいは姪という立場も王族の血縁同様に望んで得られるものではない。その点から見れば反対をする理由はないのだ。
もっとも、そういった貴族の思考を別にしてリリー個人を見れば、気質は悪い娘ではないし向学心が強く努力家でもあり、立場が変わっても他者を見下すような様子もみせないので、どちらかと言えばインゴも好意的な評価を下している。
ちなみにインゴの妻であるクラウディアは本心ではかわいがりたくて仕方がないらしい。今は貴族夫人のあり方を見せなければいけないという立場があるので我慢しているのだそうだ。そう言えば小動物が好きであったなとインゴも内心で頷いたが、これはさすがに口にはしていない。
「ハルティング家の両親の方はどうかね」
「大きな儀典は難しいですが、式典に参列させる程度であれば問題はないかと思われます」
「ならばよいかの」
引退した貴族の前当主があまり表に出ないように、勇者の家族もそうそう表に出ることはないはずである。基本的なマナーだけ身につけておけば魔王討伐式典の場に出すぐらいならば問題はないだろう。
「それにしても、この年で面白いものが見れておるよ」
「愚息がご迷惑をおかけしております」
そのインゴの反応にセイファートは小さく笑った。
「これは儂の経験則じゃがな、伯爵」
「は?」
「戦場では優勢、劣勢を問わず、どちらの軍にも一度は奇襲の機会が訪れるものじゃと思っておる」
目の前の典礼大臣は個人の武勇はともかく集団戦闘は不得手である。それを知っているため、セイファートはやや詳しく言葉を継ぐ。
「じゃが優勢の側はそもそも奇襲などする必要がないためその場では気がつかず、後になってから気がつくことが多い。一方、不利な側は余裕がないため奇襲の機会に気がつかぬか、焦りから間違った時に手を伸ばし失敗してしまう」
「は……」
「卿のご子息のように途中で訪れた奇襲の機会を掴み取るのは珍しいのじゃよ。宰相閣下もヴェルナー卿の判断力と決断力は高く評価しておる」
急遽作戦計画を変更しコルトレツィス侯爵領の第二都市フォアンを攻め落としてしまった手並みにはセイファートも関心している。一度の機会を逃さないという点から見れば、ヴェルナーは名将と呼ばれるようになる素質があるというのがセイファートの判断だ。
と同時に、宰相たちは“今この時、何をしなければならないのか”という事を素早く判断する能力と、それを実行できる決断力や処理能力を軍事に留めるのには惜しいとも思っているらしい。
「いずれにしても、伯爵もしばらくは忙しくなりそうじゃの」
「致し方ございません」
この先もヴェルナーには公務が待っており、リリーもまだ貴族夫人としては未熟未満という段階である。結果的にインゴがツェアフェルト家当主の座から隠居するのは当分先の話になるであろう。
対魔軍戦争が終結したら再び隠居する事を公言し始めたセイファートにそう笑われ、インゴは苦笑する以外の表情を浮かべることはできなかった。




