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誤字報告もありがとうございます…。減らないですね、我ながら……。
敵は町もろともヴァイン王国軍を焼き殺す気だと発言したら殿下の護衛騎士たちも含め、全員が沈黙した。さもありなん。
けどよく考えればトライオット王国を滅亡させ、ヴァイン王国の王都を襲撃しようとするような魔軍がこんな地方領で騒動を起こす理由は恐らくこれしかない。ヴァイン王国軍の主力を一カ所に集めて殲滅するための舞台にコルトスが選ばれたというだけだ。
「なぜそう思った?」
「商会に発注した物を見ての判断になります」
炭も多量に注文していたらしいし、麦を藁や穀皮ごと購入したのもそうだが、それ以上に気になったのは多数の夾竹桃だ。
この植物は前世でも庭園樹や街路樹として普通に植わっていたが、実は葉、枝、花、実、根の全てに毒がある。主成分は青酸カリより強力な毒で、腐葉土にしても毒性が強くてしばらく使えないというぐらい。
そしてこいつの危険性は生木を燃やした煙にさえ毒性がある事だろう。町の中、要所要所で生木を焼けば混乱を引き起こすことは容易だ。町の中、門の近くで大量に焼いたら門に近づくことさえできなくなるかもしれない。
ちなみにものすごく皮肉な事なんだが、多分、俺は実物を見ても他の木と区別がつかない。ラマーズ氏が現物を持ってきてこれを納品しています、と見せられたら逆に困っただろう。
名前で説明してくれたおかげで、この木の枝を箸代わりにして食中毒を起こした例や、この木でバーベキューをした人間が死亡した例を思い出す事ができたわけだ。なおこいつを使った殺人事件の記録もあったりする。
「つまり、町中で自然に植えてあるように見せてある街路樹が罠になる可能性が高いのです」
火だけではなく煙で混乱を引き起こそうとしているのが明らかだという事と、もう一つ忘れていたのは、この世界で硫黄の鉱脈を見つけたことがなかったからうっかりしていたが、大陸で唯一、魔王城の近くには火山があるという事だ。
以前考えたように、魔王もこの世界とは違う別世界からの転移者か転生者だったとしたら、火薬の作り方を知っている可能性がある。この世界では前世の中世同様に農業と並んで放牧も主要産業だ。どこの村にも家畜小屋があるし、その床には大量の隠れた硝酸塩がある。例えば魔軍に滅ぼされたトライオットの村々のそういう建物の床がどうなっているのか俺にはわからない。
この危険性は無視できない。ただ火薬の事は説明が難しいんでとにかく火が燃えやすくなる“火薬”と言う表現で説明させてもらった。
「火の勢いを強める薬が魔軍の手にある可能性があるのか」
「火薬は古代王国時代にはあったと思われますが、材料が手に入らなくなりましたので忘れ去られているのです。魔王が知っているかどうかはわかりませんが、警戒するに越した事はないかと思います」
「確かにな」
いやひょっとしたら古代王国時代にも火薬はなかったかもしれんけどね。嘘も方便という事で押し通す。
この世界では戦闘員である騎士が相手でも捕縛することを目的とする戦いをする。略奪ならまだ思考の範疇にあるかもしれないが、この世界で町の住人全体をも巻き込み大量虐殺するような作戦は想像の外になるだろう。
なぜここだったのかはひとまず考えなくてもよさそうな気はする。多分、利用できそうな野心家がコルトレツィスだったというだけではないか。逆に言えばどこでもよかったんだろうなあ。
「しかし、魔軍はなぜそこまでするのであろうか」
「恐らくですが……」
ヒンデルマン第二騎士団団長の疑問に対して口を開きはしたがちょっと回答に困る。というか、表向きの理由は単純と言えば単純にならざるを得ないんだよな。
「魔王は懲りたのではないかと」
「懲りた?」
思いっきり怪訝そうな表情を向けられてしまった。けど他に言いようがない。
「そもそも魔王と呼ばれる存在が、なぜ魔王城から出てこないのか、という疑問になってしまうのですが」
いやほんとに。ゲームではモブ兵士なんか魔王の部下の部下あたりにぺしっと消されて終わりなんだから、魔王が最前線に出てきたら普通に終わるはずなのに、なぜか魔王は追い詰められるまで魔王城から動こうとしない。
最初の頃はともかく、四天王が半分ぐらいまで斃されたら自分自身が勇者を斃しに出てきてもいいはずだ。それをしない事に理屈をつけようとすると、先代勇者の頃に魔王は痛い目を見て懲りたんじゃないかという仮説が立てられる。
そして懲りたのは恐らく先代勇者パーティーに対してだけではないのだろう。
「直接的には先代勇者殿が魔王を傷つけたのでしょうが、他の人間たちも勇戦したのでしょう。魔王は古代王国を滅ぼした後、団結した人間にも苦戦を強いられたのではないでしょうか」
「納得のいく仮説だな」
「もう一つ、魔王は戦争が下手なのではないかと思うのです」
中国の項羽とか呂布とか、将個人が強すぎる軍ってあんまり作戦とか考えない事も多いし。
魔王は間違いなく強い。それは確かなんだけど、強いがゆえに正面から突撃ばかりするような単純な戦い方しかしていなかったから、当時のフィノイ城塞を攻略できなかったんじゃないかという気がする。
神の恩寵や奇跡ではなく相手が馬鹿だから勝ててました、では記録に残すには格好がつかない。それがあの時レッペが読ませてくれた、あちこち省略されているように見えた神殿の記録の正体なんじゃなかろうか。
現在、初代勇者の頃から数百年、人間同士の戦いを見て来て少しは計略をたてるようにはなっているが、それも実はそういった計画を立てているのは部下の魔族であって魔王本人ではないのかも、と考えている。
ものすごく皮肉な言い方をするならば、世界で一番脳筋なのは、失敗に懲りて引き籠っている魔王だったという事になるのかもしれない。笑うに笑えんな。
「先代勇者の時には人間は協力して魔王と戦ったと伝わっております。同じような状況になれば今回も苦戦すると魔王は考えているのではないかと思うのです」
「なるほど」
「人間の側をまとめないためには、美味しい餌を撒いておく必要があります」
「それがヴァイン王国の戦力を失わせる事になるのか?」
疑問を呈してきたのはフィルスマイアー第一騎士団長で、ヒュベル殿下は黙って話を聞いている。沈黙されているとそれはそれで怖いんですが。ひとまずフィルスマイアー団長と話を続ける。
「これは想像になるのですが、恐らくそのためにあの巫女は偽の神託を口にしたのだと思います」
「何?」
「コルトレツィス側にいる神託の巫女……他の巫女とややこしいのでコルトレツィスの魔女とでも呼んでおきますが、あの魔女はここで姿を変えるつもりだったのではないでしょうか」
「誰か別の人間に成り代わるつもりだったという事か。誰にだ?」
「ファルリッツ王国第四王子であるリュディガー殿下にです」
俺がそう口にすると王太子殿下が皮肉っぽい笑みを浮かべた。そしてそのまま軽く頷く。
「なるほど。偽の神託で王子を呼び寄せておいて入れ替わり、ヴァイン王国軍の主力が壊滅したコルトレツィス領にファルリッツを煽って攻め込ませるつもりだったという事か」
「おそらく、リュディガー王子の姿をした魔女自身が王に働きかけ、恥を雪ぐためと称してファルリッツ軍を率いてコルトレツィス領に攻め込んで来たと思われます」
そうなればファルリッツにだけ美味しい所を持っていかれまいと他の国々もヴァイン王国に攻め込んで来ただろう。少なくとも人間が団結して魔王と戦うという図式にはならないような気がする。
王太子殿下がいきなり戦場を横断して敵を分断したため、魔女はリュディガー殿下に成り代わる暇がなかったんじゃないか。今現在、魔女がダフィットとなんかやってるのは、炎上する町から魔女だけが逃げ延びるというのは不自然だからだろう。
この魔女、いっそファルリッツ側に押し付けてやりたい気もするが、そうなればますます蠢動しそうな気もするんで、巻き込まれる人たちを中心に被害が増えかねない。やはりここでどうにかするのが一番か。
そんな事を考えていたら殿下がもう一度頷いて俺の方に視線を向けてくる。相変わらず凄い眼力だなあ。
「そこまでは解った。卿の判断が正しかろう。まずは敵が撃って出てくる場合の想定だが」
「ダフィットは自ら兵を率いて撃って出て、一戦して敗走します。コルトスの門を閉じさせないために、王国軍が混戦状態でコルトスに突入できるような速度で町に逃げ込むのではないでしょうか」
「門が閉じる前に町に突入できると錯覚させれば王国軍の方から町に入ってくるという訳か」
「おっしゃる通りです」
城門上の兵士もコルトレツィスの次男坊が城外にいるんじゃ扉を閉めて見捨てるわけにもいかん。王国軍は雪崩を打ってコルトスの中に駆け込むことになるだろう。巧みな追撃戦、なら格好がいいんだが、実のところは罠でしたという事になる。
あっという間に陥落させる事ができればその後は王国軍だってどうしても気を抜くだろうし。
「敵がそのような行動をとると想定できるのであれば対応は難しくない。フィルスマイアー、ヒンデルマン、両騎士団の団員に絶対に追撃をするなと厳命せよ」
「はっ」
「かしこまりました」
「メーリング、ファスビンダー、お前たちも近衛や他の貴族家隊に同じ指示を出すように」
「ははっ」
「厩舎長は残れ。いくつか相談がある」
「はっ」
二人の騎士団長だけではなく護衛の騎士たちまで外に出した、という事はどうもお気づきのようで。一対一は胃が痛いんだって本当に。
そのヒュベル殿下が小さく皮肉半分興味半分の笑顔を浮かべて口を開いた。
「それで、裏面にはどのような事情があると卿は判断しているのだ?」
「裏面といいますか何といいますか……」
やっぱり他の人には語れない部分も予想していたか。裏というより表現的には私情という方が近いような気がするんだよな。
そんなことを考えながら、どの順番で説明すればいいのかを考えつつ口を開いた。




