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会議を終えてから一度町を出てゲッケさんを連れて王太子殿下に面会し、ゲッケさんがお褒めの言葉と報酬を受け取るのを確認する。第四王子の捕縛に関する功績としての報酬だ。
実質的にはこの身代金をヴァイン王国側が受け取る事はなくなるんだが、ファルリッツ側からすればヴァイン王国との戦いにもならず、王子や騎士団の身代金を払わなくてもよくなるんだから、文句の言いようもないだろう。
現実には捕まっている馬鹿王子は向こうの国内で評判は下落するだろうが、そんなことまで責任は取れん。
「しかし、身代金は惜しいですね」
「その代わりヴァイン王国とファルリッツの外交関係は保たれる。ヴァイン王国側に援軍を送ったのであれば、国境を越えて兵を送り込んだことにならないのだからな」
本来ならファルリッツの身代金からツェアフェルト隊に支払われる分の報酬は別途という事で了承済み。俺としては騎士たちに支払う報酬分があれば問題はない。
それに、ファルリッツ側の問題は王子だけじゃない。伯爵と数百の騎士の身代金プラスその馬の補償金、さらに国境侵犯の賠償金まで支払わずに済むんだ。ファルリッツの王が自国の国庫を見れば受け入れるしかないだろう。ファルリッツだって魔軍の損害を受けていないわけじゃないはずだしな。
ついでに言えばファルリッツの外交的な評判も保たれる。万が一自国の騎士団が豆と鉄球相手に敗れましたなんて評判が立てば、軍事力が低いとの印象を与えて周辺国とのバランスの問題まで生じてしまうだろう。この世界の歴史上でも例外的な結果になったことは認める。
「ファルリッツのクニューベル伯爵や騎士たちも、砦の一つでも攻め落とさないと、国に戻って肩身が狭い思いをすることになるしな」
「それは確かにそうでしょうね」
ノイラートが思わずという表情で口を開き、シュンツェルも頷いた。こういう世界だけに一方的に叩きのめされるなんていうのは国の内外を問わず恥だ。ヴァイン王国の為ではなく彼らは彼らの面子の為に武勲をたてるしかない。
その中で第四王子が客人という名の捕虜になっているのではヴァイン王国側を襲うわけにもいかないはずだ。
「もっとも、それとは別にヴァイン王国側の都合もあるしな」
「……と言うと?」
シュンツェルが首を傾げつつ聞いて来たので軽く説明をする。
「まず、王太子殿下が“コルトレツィス大公”になったことを領内に広める必要がある。二日間の休養はそのためでもあるが、ファルリッツ軍という一目でわかる広告塔も役に立つ」
「はい」
「それと、敵の戦意を計ることもできる。コルトレツィス侯爵側の砦がファルリッツの旗を掲げる軍に対しても積極的な反撃ができるなら戦意はまだ高い」
「なるほど」
敵の戦意は作戦上無視できない要素だ。はっきり言えば数だけ多くてもやる気のない軍ならいくらでもやりようはある。もともとコルトレツィス侯爵側の方が数が少ないんだが、その戦意を確認しておくことは無駄にはならない。
あえて言うのであれば、ヴァイン王国軍は自軍を休憩させつつ相手の戦意を計る事ができるんだからメリットは小さくない。ファルリッツ軍には多少の同情を禁じ得ないが頑張ってもらおう。
ただ、王太子殿下にはそれ以外にも何やら考え、あるいは目的があるようだ。正直なところ我が国とファルリッツとの問題の全ては知らんので、彼らを活躍させて名誉を守る、あるいは利用することで何か外交的に揉めている部分をヴァイン王国側に有利な条件でまとめるとかがあるんだろう。そのあたりは任せておくしかない、というか俺が口を挟む必要はない。
「ヴェルナー様、お会いしたいと言う者が訪ねてきておりますが」
「誰だ?」
そんな事をノイラートたちと話していると外にいた騎士が取り次いできた。下らん客なら追い返そうと思っていたが、名前を耳にしてさすがに少々驚いた。だが追い返すには惜しいな。
「わかった、一階で会おう」
「はっ」
宿を借り上げているから会議室みたいなものはないが、他の客がいない状況だから一階の食堂に騎士たちを入れておく形で安全確保しておけばいいだろう。手配を済ませるようにその騎士に指示をしてからノイラートとシュンツェルを連れて階下に降りる。
おいノイラート、文章業務から解放されたーって言いたげな顔してるんじゃないっての。
「確か、ラマーズ商会の商会長だったな。昨夜は騒ぎを起こしてすまなかった」
「マリオ・ラマーズと申します。子爵閣下の愚息へのご配慮、誠に感謝に堪えません」
先日おせっかいをしたバート・ラマーズ氏の父親というラマーズ商会の商会長が面会希望者だ。表情は殺しているが昨夜の一件は内心では多少複雑ではあるに違いない。その一方でよかれあしかれは別にして典礼大臣の一族と面識を持てたという事を利用する気にもなっているようだが。
実際、町ひとつの中で商会長をやっているぐらいだから無能ではないと思う。昨日の今日で俺に面会希望という事は大体要件は予想がつくけどな。
「我らラマーズ商会はコルトレツィス大公殿下のお役に立てればと考えております」
「殿下も卿らの判断と決断をお喜びになるだろう。伝えておく」
伝えるだけなら無料だし。とは言え現実問題として現地での補給も重要ではある。補給物資が足りないと略奪が始まりかねないが、今後このコルトレツィス侯爵領は王室直轄地だ。住民からの略奪なんてそんな真似をさせるわけにはいかない。
実のところ中世の軍隊と略奪はほとんど不可分のもので、大体は略奪の記録とワンセットになっている。略奪騎行なんて単語まで存在するほどだ。それらには蜂の巣箱やら藁束やら割れた器まで持ち去ったというぐらい様々な記録がある一方で、たまに例外もある。
例えば東ローマの名将フラウィウス・ベリサリウスの騎兵たちは「森の樹木に実る果実にすら触れる権利がなかった」と伝わり、そのため占領地の住民からも尊敬されていたとされているし、いわゆるノルマン・コンクエストのウィリアム征服王の軍支配地では「畑の穀物は誰の手も触れないまま穫り入れを待っていた」と記録されている。もっともこれらの場合、メディアリテラシー的な意味で『珍しいからわざわざ記録に残した』んだが。
そして現状、ヴァイン王国軍もどちらかと言えばその例外に属する状況を維持している。このままこの状態を維持する事は今後の政治的に必須事項だ。
「食料品、特に野菜類などを適正価格で納品してもらえれば殿下もお喜びになると思うぞ」
「心しておきましょう」
ラマーズ氏が一礼する。他の商会を説得して納品させる形でも覚えはよくなるからな。それはそれとして。
「そういえば、元・コルトレツィス侯爵領都のコルトスに関して何か聞いていないか?」
「そうですね……叛徒の次男であるダフィット卿が神託の巫女殿とねんごろな関係になっていると聞いた事はあります」
「……」
俺の中で警戒情報を示す信号が急上昇した。普通ならそんな醜聞に近いものは事実であっても極秘にしてあるはずだ。それが商会長とは言え別の町の人間まで知っているだと? いくら何でも情報管理がなってなさすぎる。
こちらを油断させるためだろうか。その意図はあるだろうが、それだけだろうか。ポーカーフェイスを保ちながら口を開く。
「叛徒の領地では神殿も乱れているようだな」
「さようでございますね。神殿経由での依頼もおかしなものも多く」
「おかしなもの?」
「籠城のために食料を求めているとの事ではございましたが……」
ラマーズ氏の話を聞いて時々感じていた違和感のピースが綺麗にはまり内心で舌打ち。こんなことを見落としていたとは。うっかりしていた。そのままいくつか話を聞き、表面上は落ち着いてラマーズ氏を帰した後にすぐにノイラートに声をかける。
「ノイラート、すまないが領主館にすぐ使者を出してくれ。第三厩舎長としてご報告があると」
「解りました」
厩舎長というポストには直奏権があるから会いたいと言えば会わせてもらえるだろうが、それでも一応先触れは出しておく。俺ならどうするだろうかと考えつつ説明の順番を頭の中でまとめながら領主館にいるだろう殿下の元に向かう。
俺のいる宿から領主館まではそんなに距離はないんだが、歩きながらのほうが考えをまとめられるのは癖と言えるかもしれない。なお考え込みながら歩いていたせいで他の人の視線とかには気が付かなかった。非礼をしなかったので良しとしよう。
「ツェアフェルト子爵が参られました」
「通せ」
扉の外の衛兵氏経由で許可を頂き入室。警護の騎士の他には第一騎士団のフィルスマイアー団長と第二騎士団のヒンデルマン団長もいる。何か打ち合わせ中だったのかもしれないがちょうどいい。
「ご苦労。何かあったのか」
「はい。恐らくですが、敵の計画が予想できました」
「ほう」
両騎士団長が何か言いたげな表情を浮かべつつ視線を交わしているがとりあえずスルー。状況を理解してもらえればいいんだし。
「卿の考えを聞こうか」
「恐らくですが、コルトス近郊で野戦となるでしょう」
「ほう、打って出てくるか」
「どこからも援軍が来ないという事も理由の一つにはなりますが」
それは理解できるがこの兵力差でか、という表情を騎士団長たちが浮かべる。実際、コルトレツィス側は一発逆転を狙う野戦を仕掛けて来て王太子殿下のお命を狙う様子は見せるだろう。だが実際はそれが目的じゃない。
「ですが、兵力的にも指揮官の面から見てもコルトレツィス側に勝ち目はございません。恐らく指揮官はコルトレツィス次男のダフィット卿だとは思いますが」
「ふむ」
王太子殿下が組んだ手に顎を乗せて俺の顔を見る。口を開いたのはフィルスマイアー団長の方だ。
「それならそれでかまわんだろう。打って出てきた敵を蹴散らして町に入るか」
「敵もそれを望んでいると思われます」
「何?」
三者三様の表情を浮かべて俺の方を見る。一つ溜息をついて俺は結論を口にした。
「敵の黒幕は魔軍であることを失念しておりました。敵の目的は、王太子殿下を含むヴァイン王国軍をコルトスの町の中に引きずり込んで町ごと全て焼き払うつもりです。コルトレツィス侯爵一族はそのための餌でしかありません」




