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――234――

いつも応援、感想等ありがとうございます!

二巻の購入報告も頂いております、本当にありがとうございます、嬉しいです!


ヴェルナーの一人称に戻ります。

 “世界は舞台、人みな役者”とはシェイクスピアだったか。

 思わずそんなことを考えながら、領主館のバルコニーから手を振り町の人たちの声にこたえる王太子殿下の背中を見る。役者だとしたら殿下は恐ろしく見栄えのする役者であることは間違いないな。美男子(ハンサム)だし。


 その殿下の横に王の勅使という肩書の人物が前に出て陛下の布告を読み上げる。コルトレツィス侯爵側の非を読み上げて爵位を剥奪、侯爵領を王国が没収することを宣言するものだ。

 とは言えここまでは事実上繰り返しの内容ではある。侯爵領の第二都市でこれを読み上げるというのは、既に侯爵領は王家の土地ですよといういわば侯爵領の領民に対する演出でしかない。

 この後の宣告に至っては王都を出陣した時から首脳部全員が知っていることを公表するだけだが、ここでやるのが必要な儀式という事だろうか。


 「……また、旧コルトレツィス侯爵領都コルトスを王太子ヒュベルトゥスの直轄地とし、あわせて“コルトレツィス大公”の称号を与えるものとする」


 ざわざわという声が領民たちの側から聞こえてくるが、騎士団の方から「コルトレツィス大公ヒュベルトゥス殿下万歳!」と言う声が上がると、市民も含めてあちこちから唱和する声が上がる。サクラといえばサクラだが、王太子殿下は騎士団からも評判がいいので本心でもあると思う。またその声に応じて手を振る殿下の絵になる事。

 あざといというかわざとらしいというかは判断が難しいが、いずれにしろこれで『コルトレツィスから王が出る』という、コルトレツィス侯爵家側が広めていた神託が別の意味で事実になったわけだ。単にコルトレツィス侯爵家から出ないというだけで。

 まあ、わかりきっていることをあえてやって見せるという演出が必要なのはわかる。こういっては何だがこの世界、まだ朴訥な人も多いから、偉い人がこう言っているという話が意外と有効だったりするんだよな。その辺を納得しつつとりあえず殿下の後ろで拍手はしておく。


 ちなみに『典礼大臣補佐という立場で卿が読みあげるか?』と殿下から冗談めかして問われた時には非礼にならない程度に全力で辞退した。ああいうのを読み上げるのは専門の人間の仕事だ。人前で噛まずに読み上げる自信はないです。


 


 「皆、ご苦労だった」

 「ははっ」


 舞台演劇、もとい国家的な演出が終わった後に領主館の一番大きな食堂を便宜的に会議室にしての会議開始。体格のいい貴族がいっぱいいるんでちょっとむさくるしい。

 まず最初の決定事項は二日間、軍事行動を停止し交代で全軍を休ませることだ。フォアンの規模ではとても全員が羽を伸ばすわけにはいかないが、休みなしという訳にもいかないのだからやむを得ない。それからここまでの報告と現状確認に入る。


 報告のうち、大きな話題として俺がファルリッツの第四王子捕縛と騎兵を叩いた件の報告がクフェルナーゲル男爵から上がる。

 これは別に俺が功績を譲ったというのではなく、他人が俺の名前を挙げて戦功を伝える形をとることで、俺が他人の功績を横取りしたわけではないという証明みたいなものになる。クフェルナーゲル男爵が功績保証人でも言うべき立場になる訳だな。

 フォアン攻略に対してドホナーニ男爵が果たした功績も含めてクフェルナーゲル男爵からの報告を聞き終えて、王太子殿下が頷き俺に視線を向けた。


 「よくやってくれた」

 「恐れ入ります。第四王子を直接捕縛したのは傭兵隊のゲッケですので、かの者にご配慮をしていただきますれば幸いです」

 「うむ。後で直接声をかけよう。連れてくるように」

 「かしこまりました」


 隊としての功績と個人の功績は別なんでゲッケさんの功績を伝えるのは当然なんだが、王族が直接傭兵にお褒めの言葉とは。その方がやる気は出るだろうけどこの人もどこか規格外だな。


 続いてハルフォーク伯爵がフォアン領内の状況報告や物資の状況を説明する。昨夜の騒ぎ……俺が起こしたようなもんだが……を聞いたときに殿下は目で笑っただけだったがなんか後でからかわれそうな気がしなくもない。


 「矢に関しては質が確認できませんのですべて乱射用に致したく思います」

 「それでよい」


 伯爵の報告に王太子殿下も頷いて承認する。まあそうなるな。


 普通、矢という奴には矢羽根という鳥の羽で作られた矢の飛行方向を保つための部分がある。ここで問題になるのは鳥にも個体差があるという事だ。人間で同じ指紋の持ち主がいないように、鳥の羽根にも個体差がある。

 そのため、矢一本に矢羽根が三枚か四枚付いているのが基本だが、この矢羽根は全て同じ鳥の個体から揃えないといけない。一本の矢に二羽以上の鳥から羽根を集めて作られた品は、矢羽根の空気抵抗が変わってしまうので弓の名人が使っても真っすぐ飛ばなくなってしまう。そのため、狙撃用というか命中精度が求められる矢と、敵が集団で向かってきたときに集団のどこかに当たればいいという乱射用の矢は別にしておく必要があるわけだ。

 弓矢職人にも職人としてのプライドがあるんで、普段なら納品される矢はあまり問題はない。だが今回のコルトレツィス侯爵側のように、とにかく数を準備するとかいう事になると、そういう混ぜ羽根の矢が混じっていることがある。念のため全部乱射用にしておくのもやむなしだ。


 続いて報告が上がったのはコルトレツィス侯爵領の領都コルトスに第三都市であるフスハンからの援兵が到着したらしいという事。それでも王国軍の半数にも満たない数だから籠城を選ぶしかなさそうな気はする。

 コルトスとここフォアンの間にある砦はいまだに交戦の意思を維持しているようだ。時間稼ぎぐらいにはなりそうな気はするが……意味があるのだろうか。そこまでしてでも時間を稼ぐ意味は何だ。


 「コルトレツィス侯爵側の本拠であるコルトスに関してはどうか」

 「コルトスは現状、表面的には穏やかさを保っているようですが、教会経由の情報では内部で動揺が起きつつあるようです」

 「どこまで信じるべきかの判断は難しいな」


 クランク子爵の報告に対して王太子殿下がそう応じ、何人かが頷く。コルトレツィス侯爵領にいるだろう神託の巫女が魔族と入れ替わっている場合、教会そのものが全部敵の手に落ちている可能性もある。

 その教会がコルトレツィスから王が出ると主張し続けていれば信じる人間もいるだろう。現状、コルトス教会からの情報に関してはあまりあてにしない方向で行く方が確実だという事で話がまとまっている。


 「それと、これは未確認なのですが……」


 クランク子爵の発言にその場にいる全員が何とも言えない表情を浮かべる。コルトレツィスの次男坊がその神託の巫女を毎夜毎夜寝室に引っ張り込んでいるらしい、という噂が広まっているのだという。

 長男はラウラ狙いだったはずだが、次男の方は誰でもいいのかよと突っ込みたくなってしまったのは悪くないと思う。だが。


 「無視もできんか」

 「はい。それもまた何かのたくらみであるかもしれません」


 クランク子爵が頷いて応じる。殿下の疑念もわかるが、だとすると何が目的だろうか。もし誘った方と誘われた方が逆だとすると、ファルリッツの第四王子もあの神託の巫女に食べられていたかもしれないな。

 ん、何か引っかかったぞ。ちょっと待てよ。


 「ツェアフェルト子爵、ファルリッツの動きについてはどう思うか」


 おっと、考え事は一時中断。まずは殿下の御下問に答えないと。とは言えこれも情報不足ではあるんだよな。


 「確証はないのですが、ファルリッツの国王が内政面ではまず名君だという事を前提とすると、安全確保の意味合いがあったのかもしれません」

 「安全確保?」


 こちらはいかにも精悍なミッターク子爵が疑問の声を上げた。クランク子爵とミッターク子爵は年齢が俺よりちょっと上ぐらいで、ほぼ同世代と言っていい。競争意識はクランク子爵よりもこのミッターク子爵の方が強めのようだ。

 王太子殿下が上にいると、競争意識はともかく讒言とかをすると讒言した奴の方が評価が下がるからその心配だけはないが、それは余談。

 まずファルリッツ側が聞いているという、王子がいれば勝てるという神託が下りているらしいことを説明したうえで現在の仮説を口にする。


 「神託が事実であれば王子を送り込まずに負けでもすればファルリッツの立場の方が危うくなります。表向きはヴァイン王国とコルトレツィス侯爵との内乱でも、裏面の事情は明白でしたので」

 「それは確かに」


 ドホナーニ男爵が頷き、そちらに頷いて俺も言葉を継ぐ。


 「逆に言えば王子を送り出してコルトレツィスが勝つ、これがファルリッツ側から見れば最善の結果です。次善の結果はコルトレツィス侯爵が敗れてもファルリッツに侯爵家の人間が亡命してきた場合」

 「それが次善なのか」

 「コルトレツィスから王が出る、という神託を信じ込んでいる人間が一定数いれば内側からかき回せますから」

 「ふむ、ヴァイン王国内部に動揺を引き起こすことぐらいはできるか」


 どういう形で動揺を起こすかはまた別だが。それこそ次男坊をファルリッツ王族の娘と結婚させて本気の対外戦争を挑む際に旗印にでもしたかもしれない。その辺りファルリッツ王が何をどう考えていたのかはわからん。


 「それより悪い状況、第四王子が捕縛されてしまった場合でも、コルトレツィス侯爵の血縁者が亡命してきた場合、亡命者を捕縛し第四王子との交換に使う事もできます」


 ぎょっとした表情で何人かが俺の方を見る。けど国と国の関係って前世の歴史でもそんなもんだし。優秀な統治者ならコルトレツィス侯爵の一族をどう扱うかも考えているだろう。

 もっと冷たい言い方をするならそのぐらいの役には立つと思っているかもしれない。この世界、敵を殺すより捕縛することが前提になっているからこそ、身代金以外の交換用のカードをどう手に入れるかも作戦の範疇に入ってくるという事になる。

 実際、前世だと有名な騎士が敵に捕まった際、身代金を準備するんじゃなくて他の所に攻め込んで別の貴族を捕縛し捕虜交換で取り返した、なんて話もある。そんな理由で戦場に連れていかれた兵士の方は大変だっただろうなと思うがひとまずそれは余談。


 「卿の考えだとコルトレツィス侯爵は亡命をする用意があると思っているのか」

 「恐らくですが、ファルリッツ側が飛行靴(スカイウオーク)の事を教えてあるのではないでしょうか。いざという時は第四王子と共に逃げてくるように、とでも理屈をつけて」


 何人かが難しい顔で唸り始めた。コルトスを攻め落としても肝心の叛徒(コルトレツィス)一族に逃げられたのでは何のための出兵かという事になってしまう。いや、政治的には意味があるんだけどね。


 なによりこの先、十年単位で見ると王太子殿下が王権強化、中央集権の方向に動こうとしているのはほぼ確実だ。なにせ公爵級貴族のセイファート将爵は領地を王家に返還する意向を示しているし、旧クナープ侯爵領は王家の代官が収める格好。そしてコルトレツィス侯爵領まで王家の直轄地となると、王家の支配地が突然大きくなる。

 一方の他貴族はと言えば、フィノイ大神殿近隣の領主はあの出兵で補給などで協力した分の負担は間違いなくあるし、西側の貴族領は四天王(ムブリアル)の王都襲撃前の魔軍が通過したことで領内に傷跡は大きい。また(サーグ)に関係して処罰された貴族家もあり、王室の力だけが強大化し貴族の多くは政治力か領地、あるいはその両方が疲弊している格好になる。


 こう考えると、長いヴァイン王国の歴史上、大規模な改革が可能なタイミングとしては唯一とさえ言えるかもしれない。恐らくはグリュンディング公爵やファルケンシュタイン宰相も王権強化に同意しているんだろう。それをしなければ魔軍によって疲弊した国土の再建が遅れるという危惧もあるに違いない。

 王太子殿下がここで王権を強化すると前世と同様、教会の信仰に頼らなくてもよくなりさらに直接統治が進んでやがて中世から近世への扉を開くことになるのかもしれないが、正直そこまでは俺の考えることじゃない。魔法があるこの世界でも政治史が同じように進むのかどうかはわからんし。


 ちょっと思考が先に飛び過ぎた。ともかくそういうタイミングなのは確かだ。ヴァイン王国側としては改革をするために余計な騒動の種は潰しておきたいというのが本心のはず。そう思っていたら王太子殿下が俺に視線を向けてきた。


 「卿ならどうする」

 「そうですね、この際ですからファルリッツに協力してもらってはいかがでしょうか」

 「何?」


 周囲の何人かが怪訝な顔を向けてきたが王太子殿下だけは笑っているのを見て、考えがあるのに俺に聞くのはやめてほしいなと思いながら言葉を継ぐ。


 「“コルトレツィス大公”の勝利の為にわざわざ王子を送ってきてくれたのです。ご厚意に応じ王子には安全なところに残ってもらい、ファルリッツ軍を先鋒にして砦を攻めましょう。ファルリッツがヴァイン王国側についたように見えれば侯爵一族は逃亡先にファルリッツは選べません」

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― 新着の感想 ―
一回り上の世代、ですね 我がことながら一回り上の同世代ってなんだ?
[気になる点] こちらはいかにも精悍なミッターク子爵が疑問の声を上げた。クランク子爵とミッターク子爵は年齢が俺よりちょっと上ぐらいで、ほぼ同世代と言っていい。 というところですが ヴェルナーよりちょ…
[気になる点] もうどれだけヴェルナー様の思考に引っ掛かってはそれの追及を中断されているのやら! 思い出して気づいた時には後手に回ってたなんてことにならないかとても心配だけどほんとにやる事多いなヴェル…
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