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――233(●)――

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ご指摘の部分の修正は少々お待ちいただけますようにお願いいたします…

 コルトレツィス侯爵領では第二都市と呼ばれていても王国の直轄領内とは規模が大きく異なり、あまり多人数の騎士や兵士が中で宿泊できるような規模ではない。昼の攻略時には多数の兵が入ったが、その後の大多数は町の外に出て野宿をしている。

 翌日に王国軍本隊が入城する際に備えての準備がある一方、決して高圧的に出ないようにとの指示が出ている事もあり、大きな混乱は起きていない。


 領主館にはハルフォーク伯爵とドホナーニ男爵が入り、ヴェルナーとクフェルナーゲル男爵はそれぞれ別々に領主館に近い町の宿を臨時の職務場として接収している。

 指揮系統は伯爵、子爵であるヴェルナー、クフェルナーゲル男爵、ドホナーニ男爵の順になっているが、首脳部が一カ所に集まっていて火災などの事故があると全軍が麻痺する可能性もあり、分かれての宿泊となるのだ。


 コルトレツィス侯爵側の騎士の大部分や従卒等はヴェルナーらが町に入るのとほぼ同時に逃亡した。何が起きたのかわからないうちに逃亡した者も多かったであろう。

 一方で、フォアン出身の人間で占められている警備隊などは表面的にはおとなしく降伏しているが、内心どのように考えているのかは判断しがたい。


 「とりあえず例の(サーグ)の残党とかがいないことを祈る」

 「明日もありますからな」


 町を占領した当日の夜、ヴェルナーはノイラートやシュンツェルらと主に書類作業に追われていた。翌日には第二都市(フォアン)を叛徒であるコルトレツィス侯爵側から奪還(・・)した事をアピールする目的もあり、王国軍本隊と王太子(ヒュベル)が町に入る際に一種のパレード的な行進をすることになっていたためである。

 もっとも、その件の担当はハルフォーク伯爵であり、町の治安維持はドホナーニ男爵の担当だ。ヴェルナーが忙しく書類に向かっているのは今後の主要補給路の中継地となる、先日にヴェルナーが陥落させた砦の関係である。


 フォアンが陥落したことで偽兵による牽制の必要がなくなったため、ヴェルナーらと入れ替わりにフォーグラー伯爵の長子とカウフフェルト子爵が物資集積場になっている砦に入ることになっており、あの砦近辺の地理や冒険者隊の警戒態勢などの引き継ぎの書類作業があったのだ。

 無論、その他に功績をたてたツェアフェルト隊に所属していた騎士や傭兵たちに報酬を手配などの業務もある。ヴェルナーが細かく査定しているのはファルリッツ軍の野営地発見や補給路に現れた魔物討伐に従事していた冒険者隊の功績を評価する事であった。裏方で働いた人たちを正当に評価をすることは略奪などの防止にもなるのだが、ヴェルナー自身の仕事が多くなることは避けられない。


 「しかし、まさかあんな方法でここ(フォアン)を攻略するとは」

 「魔軍がフィノイでやろうとしていた事と考え方自体は同じなんだがな」


 ヴェルナーの場合、正確には前世の知識ではあるのだがオリジナルではない事は事実である。そのためノイラートには面白くもなさそうに応じた所、続いてシュンツェルが口を開く。


 「魔軍のやり方で攻略したなどと評判になったとしたら問題では」

 「『下手な詩人は真似(まね)る、上手な詩人は盗む』んだそうだ。俺みたいな下手な人間は敵のやり方でも真似させてもらうさ」


 前世でそんな事を言った詩人がいたなと思いながらヴェルナーが答えた。もっとも、ヴェルナーはそもそもコルトレツィス侯爵領に長居したくないのである。

 王都が絶対に安全になったという保証もないし、多数の軍勢を動員している時間は財政的にも短い方がよい。早く終わらせるためなら何でもする、というのがヴェルナーの本心だ。


 そんなことを考えていたところ、急にマックスがノックして入室してきた。不愉快そうな表情を浮かべているのにヴェルナーが顔をしかめる。マックスには町の外で夜営をしているツェアフェルト隊の指揮を任せていたので、そちらで何かあったのかと思ったためだ。

 マックスがその苦い表情のまま口を開く。


 「ヴェルナー様、どうしてもヴェルナー様にお会いしたいという者が来ておりますが」

 「俺に?」

 「はい」


 ヴェルナーが不思議そうな表情を浮かべた。単に会いに来ただけという内容でマックスが不快そうな顔を浮かべることはないであろうし、誓約人会や町の有力者であればハルフォーク伯爵の方に行くはずである。

 商魂たくましい商人ならわざわざマックスが来る事はないだろう、という事は……とまで考えてヴェルナーも納得したように頷いた。立場が宙に浮いている人間が一人いたことに気が付いたのである。


 「わかった、会おう」

 「よろしいので?」

 「面倒だからむしろ早めに処理する事にした」

 「かしこまりました」


 マックスが一度退出し、次いで二人の人間を部屋に連れてくる。ヴェルナーが内心で不愉快さのゲージを急上昇させた。マックスが浮かべていた表情の理由を理解したためだ。その不愉快さを表に出さないように声をかける。


 「卿とは初対面のはずだが、私に何の用かな」

 「は、はい。子爵閣下にはお初にお目にかかります。私、ギド・ザイフェルトと申しまして、このフォアンの代官を務めておりました」


 ノイラートとシュンツェルが一瞬だけザイフェルトと名乗った相手の顔を鋭く睨む。ヴェルナーは無表情のまま声をかけた。


 「ほう、姿を見せないのでてっきり逃げ出したのかと思ったよ」

 「い、いえ、逃げても侯爵夫人がお許しくださるとは思えませんで……」


 それはそうだろうと内心でヴェルナーも思わず納得する。“悪く言えば脳筋世界”であるこの世界では、戦う前から降参したのでもない限り、石造りの壁がある町が一日で陥落した例などそうはない。侯爵夫人のいるコルトスに逃げ戻れたとしても処罰されるのが落ちだというのは理解できる。

 一方で王国軍から見ればまごうことなくコルトレツィス侯爵側の一員、それも第二都市を預かっていた代官だ。重臣と言ってよい。無条件で門を開いたのならいざ知らず、占領されてしまってからの降伏では罪人扱いとなることは避けられないのも事実だろう。

 とは言え、そればかりだとも思わない。財産を持って逃げ出そうとしたが逃げ遅れたという面もあるだろうとヴェルナーは思っている。占領が早すぎたので逃げるに逃げられずどこかに隠れていたという所だったに違いない。


 「それで、私に用件というのは降参を認めてほしいという事か? それならハルフォーク伯爵に申し出るべきだと思うが」

 「も、もちろんそうなのですが、その際にぜひ子爵様にお言葉添えを願えればと思いまして」

 「私には卿に対してそのような配慮をする理由がないな」

 「そ、そこで、その……」


 ザイフェルトが同行者に視線を向ける。うつむいたままの少女が一歩だけ前に出た。年齢的にはヴェルナーよりも下であろう。


 「わ、私の娘でアニカと申します。ツェアフェルト子爵のお傍仕えにぜひお使いいただければと思いまして」

 「それなりの年齢だと思うが、もう相手がいるのではないのか」


 ノイラートとシュンツェルが一瞬だけ視線を交差させたのは、平淡そのものであるヴェルナーがかけた言葉の裏側にある憤激に気が付いたためだ。マックスも後ろから半ば睨みつけるような視線を向けている。

 空気が読めていないのか、他に方法がないと追い詰められているためかは定かではないが、ザイフェルトはうつむいたままの娘を前に押し出し、なおも言葉を継いだ。


 「婚約者がいましたが破棄いたしました。娘も閣下のような方の傍にいる方が幸せであろうかと思いまして」


 ザイフェルトがヴェルナーに狙いをつけたのは、皮肉なことにヴェルナーの噂のもう一面が理由であっただろう。セイファート将爵が冗談めかして口にしたように“第二王女(ラウラ)勇者の妹(リリー)で両手に花”という評判があるのは確かなのだ。

 この世界に英雄色を好むという言葉はなかったが、ヴェルナーをそういう目で見ていたことは間違いがない。無論、若いヴェルナーならくみしやすい所があるはずだ、と思っていることも事実である。


 ザイフェルトにとって不幸だったのは、ヴェルナーは年齢とは別の前世知識があることを知らなかった事であろう。勝者にこういう形で媚びる人間がいるのは前世では洋の東西も問わないし中世どころか近現代でも珍しくはない。

 そしてこういう時にどう振る舞えば民衆から評価されるかという事を前世の歴史知識が教えている。それを知っているがゆえにヴェルナーは怒ることなく口を開いた。


 「シュンツェル、とりあえず宿の女将を呼んで、こちらのお嬢さんを風呂にでも入れてやってくれ」

 「おお、ありがとうございます!」


 ザイフェルトが喜色を浮かべる。そのザイフェルトに表向きは冷静な表情で声をかけた。


 「あいにく今は急ぎの書類があるのでな。別室で休んでいるといい」

 「はっ」

 「ノイラート、ザイフェルト殿を丁重に扱ってくれ」


 軟禁しておくように、と言外に指示をして四人がそれぞれ部屋を出ていくと今度こそ皮肉な表情を隠さずに、マックスを手招きする。


 「風呂に入れてやれとは言ったが受け取ったと言った覚えはないんだがな」

 「誤解するのは先方の勝手ですな」


 ヴェルナーに負けず劣らずマックスの声も冷たい。主将であるヴェルナーを甘く見ている事にも腹を立てているであろうし、騎士であるがゆえに娘を売り飛ばすようなやり方は腹に据えかねているという面もあるだろう。


 「お嬢さんの方に自殺でもされるとちょっと面倒なんで、それだけは気を付けておいてくれ」

 「承知いたしましたが、ヴェルナー様はどうなさるので」

 「ノイラートたちが戻ってきたらまずハルフォーク伯爵にあってくる。マックスは密偵(スカウト)に急ぎの仕事を指示しておいてくれ。別件で報酬を支払う」


 いくつかの指示を出すと、ヴェルナーも立ち上がった。余計な仕事を増やしやがってと不愉快そうな表情を隠そうともしなかったため、すれ違った騎士たちが妙な顔を浮かべて見送る。

 歩きながらノイラートとシュンツェルにもいくつか指示を出し、そのまま数カ所を連続して尋ね、必要な人数を借り受けるなどこの後の演出を行う手配を済ませた。


 


 町が占領下になったことに加え、嫡子が婚約破棄をされたことで建物全体が意気消沈していた商会の正面に、多数の明かりを点けた騎士の列が並んだのは日が変わりそうな時間帯の事である。

 呼び出しに驚いて商会の外に出た商会長の嫡子に対し、馬車から降りた少女が感極まったように抱き着いた。


 「バート様ぁっ!」

 「あ、アニカ!? なんでここに……」

 「感激の再会を邪魔してすまないが、卿がバート・ラマーズか」


 営業スマイルとしか言いようがない表情を浮かべてヴェルナーが驚いている青年に声をかける。声をかけられた青年とその父親が硬直した。つい先ほどこの町を占領した軍の貴族が目の前にいるのだ。

 慌てて礼をしようとした二人にヴェルナーが軽く手をあげてそれを留めた。


 「名乗るまでもないだろうが、私がヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。アニカ嬢をお返ししよう」

 「な、なぜ子爵様が、その……」


 商会長である父親が硬直している中で、息子であるバートの方が多少震わせながらも声を出した。ヴェルナーの方はというと当然だと言わんばかりの表情である。


 「親同士が無理矢理結んだ婚約であればともかく、そうでないのに私が割り込むことなどできんよ。なにより私自身が卿と似た立場だからな」


 その発言に親子ばかりではなく、何事が起きたのかと驚いて周囲に集まっていた民衆もはっとした表情で顔を見あわせた。平民出身の少女を妻に迎えようとしていたツェアフェルト子爵と、その少女を横から奪おうとしたコルトレツィス侯爵家という状況を思い出したのだ。ヴェルナー自身が当事者と同じ立場であったという事に皆が思い至ったのである。

 あえてその件に周囲の思考を誘導したヴェルナーが笑顔を浮かべてバートに話しかける。


 「卿らが幼馴染という関係で、昔から仲睦まじかったという事は確認させてもらった。アニカ嬢の父親はこの町での立場を失うかもしれないが、卿はそれでもアニカ嬢を大事にする事ができるか?」

 「も、もちろんです! 必ず幸せにして見せます!」


 後ろでマックスが若いなと小さく笑っているが、ヴェルナーの方はそれに気が付かない振りをしつつ、貴族らしく毅然とした声を上げた。


 「よかろう、バート・ラマーズ。卿のその決意を賞する。卿らの婚約を典礼大臣嫡子であり子爵位にあるヴェルナー・ファン・ツェアフェルトの名により祝福しよう!」


 ヴェルナーの宣言に合わせて明かりを点けて並んでいた騎士たちの列から喇叭(ラッパ)による祝いの曲が高らかに奏でられる。それに応じて町のあちこちからも同じ曲が響き渡った。ツェアフェルト隊だけではなく、ハルフォーク伯爵隊などの喇叭手が町のあちこちで吹き鳴らしたのだ。

 内心では真夜中にこれは迷惑だと思う奴もいるだろうな、と思いつつヴェルナーは馬上の人となる。


 「あいにく私は忙しいので卿らの結婚式には出れないだろうが、幸せにな」

 「あ、ありがとうございます!」

 「子爵様のご恩は忘れません!」


 バートとアニカの二人が半泣きの表情で馬上のヴェルナーに声をかける。バートの父親である商会長は複雑な表情を浮かべたまま頭を下げた。

 ヴェルナーはこの二人の関係が綺麗ごとばかりではないであろうと思っている。規模は決して大きくない町かもしれないが、商会長からすれば代官との関係を強くするのは悪い選択肢ではない。恐らく長男と代官の娘の関係を進めていたのは利益も含めての事であろうとは思う。そしてそれ自体は別に悪い事だとは思っていない。


 ただ、その分ザイフェルトが代官職を失った時にこの二人の関係がどうなるのかという点は気になった。そこでヴェルナーはちょっとだけおせっかいをしたのである。典礼大臣の息子が祝福した婚約を破棄するなどという事をすれば、貴族の面子を潰した商会という事になり、貴族との関係が大きく損なわれる。商会長としてはそんなリスクを負うわけにはいかないはずだと思ったのだ。

 同時に、占領した町での最初の話題が祝いの話であれば、王国軍に対する町の印象も変わるだろうという考えもある。そのためにわざわざ町中に広まるような演出をするため、他の貴族家隊の協力を仰いだのだ。なお、この曲を合図にザイフェルトは捕縛されている。


 深夜に起きたこの事件の詳細は翌日の早朝には町全体に広まっており、町の住民たちは歓迎の声をあげて王太子ヒュベルトゥスの率いる王国軍本隊を迎え入れる事となった。

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― 新着の感想 ―
民からの印象の戦略も頑張るの流石です しかも、愛する2人を祝福するので心も痛まない
[気になる点] 良い話が、善い話にならんなぁ。 どうも読者目線モヤモヤするわ。 何よりマックスの『お前らはこれから不幸になるのだ』と言わんばかりの感じがもうね。
[良い点] また地味に評価ポイント稼いでるし 嫌だと言いながら自分で仕事増やしていくスタイル
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