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別動隊として行動していたマックスとオーゲンの隊が、王子と主将を見捨てて逃げ出していた二十名ほどのファルリッツ騎士を捕縛してヴェルナーの元に合流したのは、日が落ちるまではまだ時間があるという程度の時間になった。
マックスらは早朝にヴァイン王国軍の物資を襲撃するために出て行ったファルリッツ軍と入れ替わりに宿営地に入り、留守を守っていた者たちを捕縛しつつヴェルナーに敗北した軍からの逃亡者を待ち伏せしていたのである。
宿営地も使えなくしてきた、と報告をしたマックスをヴェルナーがねぎらい現状を説明している直後に、ヴァイン王国軍の本隊から来たクフェルナーゲル男爵とドホナーニ男爵が率いる隊も到着した。
詳しく事情を聴いたクフェルナーゲル男爵がヴェルナーを称賛する。
「まさかファルリッツの王子まで捕縛されていたとは。お見事です」
「ありがとうございます。とはいえ、王子が同行している事が予想外でしたので偶然です」
「そこに居合わせる運の良さというものがあるのだろうよ」
謙遜ではなく本心でそう応じたヴェルナーに対し、ドホナーニ男爵が豪快に笑う。顔に大きな傷があり普段は獰猛ささえ感じるが、笑うと妙に子供っぽく見える顔をしている。裏表のなさがそう見せているのかもしれない。
「とは言え子爵、少々……」
「理解しています。お手数ですがクフェルナーゲル男爵に捕虜をお任せしてもよろしいでしょうか」
「承知いたしました」
息子ほどの年齢になるヴェルナーに対してもクフェルナーゲル男爵は礼儀正しく応じ、二人の男爵が感心したような表情を浮かべる。本来ならばその功績を振りかざしてもおかしくないだけの結果なのだ。
自分の手柄だから他人に預けるつもりはない、などとヴェルナーが功績をひけらかしたり強調する気がない事に安心しているのは間違いのない事実であった。
「そう言えば、本隊の方は」
「ご心配なく。第二騎士団も合流しております」
ヴェルナーの疑問にクフェルナーゲル男爵がそう答える。第二騎士団が一度王都方向に姿を消した、というコルトレツィス侯爵側の情報は正しかった。ただ王都まで戻ったわけでもない。
王都方面に一度向かった第二騎士団は途中で王都のフォーグラー伯爵が手配した新たな補給部隊と合流すると、そのまま東に向かいファルリッツ王国との国境になる川沿いに南下し、北側から本隊に食料物資と共に合流していたのである。
ヴェルナーやハルフォーク伯爵らが罠を張っている間に、本隊は補給物資を受け取り次の軍事行動を行う準備を整えていたのだ。
「既に殿下も次の行動に動いております」
「なるほど……」
「子爵にも指示が出ているが、可能か?」
ドホナーニ男爵の発言にヴェルナーは少しの間考える。指示そのものには問題はないのだが、功績のバランスがあまりよくない。そう思ったヴェルナーは少し考えて二人に向き直った。
「少々予定を変えたいと思いますが」
「それがよろしいでしょうな」
頷いたクフェルナーゲル男爵、ドホナーニ男爵と短く打ち合わせを行い、ひとまず別れる。その後マックスらツェアフェルト隊幹部を集めて役割を指示した。マックスが残念そうな表情を浮かべる。
「致し方ありませんな」
「不満か?」
「正直に言えば」
マックスとオーゲンがやったのは野営地の留守番と逃亡してきた騎士たちの捕縛である。武勇の見せ場が少なかったのは確かであろう。とは言え、手柄の立てすぎはよくないとヴェルナー本人から言われてしまえば反論のしようもない。
「今回は後から追いかけていくだけで十分だ。皆、そのつもりで」
「はっ」
ヴェルナーの指示でツェアフェルト隊も動き出す。三人の隊はこの日は夜営で一夜を過ごしつつ、翌日以降に備えての打ち合わせも深夜まで行われていたのである。
それから数日後。コルトレツィス侯爵領の第二都市フォアンを預かる守備隊長と代官は、お互いに不平不満を隠そうとはしていなかった。
フォーグラー伯爵家隊はいまだに動きを見せないものの、北方で奪った砦にいたハルフォーク伯爵隊が砦を離れて南下を始め、フォアンの西側にある砦に向かうようだという報告があったのはその日の午前中である。
だがそれと前後してヴァイン王国軍の本体も動き出し、フォアンの東側にある砦付近で軍を展開しつつあるとなっては冷静ではいられない。
東西両方の隣接している砦から同時に援軍要請が来た場合、どのようにフォアンの守備隊を動かせばよいかで、代官と守備隊長の意見は一致していなかったのだ。
代官はこのフォアンを守ることを最優先にするべきであるという立場である。いっそ両方の砦を放棄させてフォアンに兵力を集中させてはどうかと提案をしていた。
一方の守備隊長はコルトレツィスの騎士らしく、両方の砦で少しでも時間を稼ぐ方がよい、と、むしろ囲壁のあるフォアンからは多少でも人数を出して砦の防衛力を少しでも上げるべきだと考えていたのである。
「そのように使える余分な兵力がありますか」
「最初に落ちた三つの砦から逃げてきた者たちを使えばよいのだ」
「彼らに戦意があるとでも?」
代官が皮肉っぽく問うと守備隊長も渋い顔を浮かべるしかない。武器を持たずに逃げれば追撃しない、という王国軍の宣言を聞いてその通りに無事逃げのびていた彼らは既に戦意の一部を失っている。仮に砦に送り込んでもまたすぐ逃げ出しかねない。
「だが、そのような輩をこのフォアンに置いておく方が危険ではないか」
「それは否定できませんが……」
今度は代官が苦い顔を浮かべる。内側から門が開かれては元も子もない。もともと、開戦当初に瞬く間に三つも砦が落ちたことでフォアンの住民も動揺しているのである。
コルトレツィス侯爵側の基本戦略は王国軍の足止めをして時間を稼ぐことが当初の予定ではあった。その作戦は二人とも理解しているのだが、時間をどのように稼ぐかという方法に差があったのだ。
「そもそも主城支城制の基本は主城からの援軍が来ることを想定してのもの。フォアンからの援軍が来ない砦など長く持つはずがございません」
「だが砦を攻撃したその日にフォアンを攻めることもできんのだ。砦が一日持てば二日の時間が稼げる。その間にファルリッツの騎兵が王国軍の補給物資を……」
「申し上げます!」
「何事か!」
二人の討論が中断されたのは門を監視していた兵士からの伝令が伝えた一報であった。ファルリッツ騎兵の数十騎がフォアンの城門近くに到着しているという話に二人とも怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことだ」
「はっ、それが、門の外にいる代表者が言うには、ファルリッツ軍がツェアフェルト子爵に大打撃を受けたとか……」
「何だと」
その報に驚いていると新たな伝令が駆け込んでくる。遠方からそのツェアフェルトの旗を掲げた一隊がこのフォアンに向かって来ている、という報告に代官も守備隊長も顔色を変えた。“魔将殺し”の接近には彼らも冷静ではいられない。
「ひとまずそのファルリッツ騎兵をすぐ中に入れろ。何がどうなったのか事情を聞きたい」
「は、はっ」
慌ただしく伝令が駆け去り、代官と守備隊長が顔を見合わせる。
「取り合えず卿は鎧を着たほうがよかろう」
「そ、そうさせていただきましょう」
守備隊長の発言に代官がその場を離れる。守備隊長はその間にファルリッツ騎兵の話を聞くために門に足を運んだ。
そしてファルリッツ騎兵の鎧を着ていたドホナーニ男爵とその部下の騎士たちにあっという間に人質にされてしまい、フォアンの門を開かされてしまったのである。
ヴェルナーのツェアフェルト隊、クフェルナーゲル男爵隊、ドホナーニ男爵隊に加え、西側の砦を目指して南下すると声高に宣言していたはずのハルフォーク伯爵隊も含めた王国軍は、ほぼ無血占領の形でコルトレツィス侯爵側の第二都市フォアンに足を踏み入れた。フォアンに隣接していた東西の砦の守備兵がこの報に驚き、砦を捨てて逃亡したのはその日の夜の事である。
コルトレツィス侯爵側防衛線の第二列は僅か一日で瓦解した。




