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相手の王子だという宣言に捕縛していた騎士はもちろん、ヴェルナーの周囲にいたノイラートやシュンツェルまでもが驚いた表情を浮かべる。色々な意味でまさかの発言であり、ヴェルナーも驚かなかったわけではない。
が、ヴェルナーは捕縛されている王子にではなくゲッケの方に視線を向けた。
「おめでとうゲッケ卿、高額の身代金が取れるな」
「あ、ああ」
さすがのゲッケも反応が一瞬単純なものになった。まさか第一声がそれだとは思わなかったのである。そのゲッケにヴェルナーが自らの腰に下げていた剣を外し、軽い調子で手渡す。
「正式なものは後日になるが当座の報酬だ。受け取ってくれ」
「……わかった」
「バルケイ、白兵戦に移行する。王子を捕らえた事を強調しろ。降伏した相手には手を出すな、抵抗する者と逃げる奴には容赦をするな!」
「は、はっ。……突撃!」
ヴェルナーの指示にバルケイも我に返ったように声を上げ、周囲にいた人数が突入していく。その様子をほとんど呆然として見ていたファルリッツの王子と名乗った男がもう一度声を上げた。
「お、おい、貴様……っ!」
「今ここで捕虜になっている殿下よりあそこで逃げようとしている殿下の部下の方が重要なので」
顔も見ずにヴェルナーが断言する。本心である。ファルリッツの騎士が集団で山賊化しどこかの村を占拠した、などという事態になると民が困るのだ。ヴェルナーの思考では既に捕虜になっている相手など後回しで十分なのである。
その場でゲッケに報酬を出したのはもちろんそれが当然だからではあるが、織田信長が敵将を討ち取った部下にその場で履物を与えたという逸話をとっさに思い出したためだ。自分が剣を下げていても大して役に立たないと思っているのも嘘ではないが。
だが、目の前で即物的な報酬を出したヴェルナーを見て、他の傭兵や冒険者たちだけではなく、騎士たちも俄然やる気を出したのは間違いない。まして剣は騎士の証でもあるのだ。それを躊躇なく報酬として差し出した主将に周りの者たちが驚きの目を向けたことも事実である。彼らは喚声をあげて走り出し、馬の壁の前で立ちすくんでいたファルリッツ軍に襲い掛かった。
ヴェルナーの視線の先でヴァイン王国軍はまだ立ち直りきれていないファルリッツ軍に襲い掛かり、優勢に戦いを進めていく。ファルリッツ騎士の中には最初から抵抗を諦め逃亡する様子を見せるものまでいた。
短時間だが激しい戦いが行われ、抵抗した相手を捕縛あるいは降伏させ、武装解除し、自称王子を監視する専任騎士を選ぶ。それらの指示を出し、一息ついたところで突然ヴェルナーがあ、という声を上げた。
「どうかなさいましたか」
「いや、あの王子様の名前聞くのを忘れた。捕虜たちから確認しておこう」
本当に興味がなかったのか、とノイラートやシュンツェルたちが驚き半分呆れ半分の表情を浮かべる。実は他国の王子を捕虜にしたなどという事態からくる問題を考えると頭が痛くなるので、忘れたいと思っていたのだが、さすがにそこまでは口にはしない。
だが、自分から王子だなど口にしてしまったのは、難しい事を考えなくなっている脳筋思考の一面なのだろうか、との疑問が不意に生じた。そこになんとなく感じた違和感の正体がつかめずに考え込んだヴェルナーに、バルケイが困惑したように声をかける。
「ヴェルナー様、それで、これはどうしましょうか」
「あー……これはさすがに考えてなかったわ」
降伏し虜囚となった騎士たちから剣や鎧どころか靴まで剥ぎ取り縛りあげ、負傷者は命を落とさない程度まで治療をする。そうして戦利品を荷車の上に積み上げるところまではよかったのだが、ヴェルナーにとっての誤算は満腹したファルリッツの馬たちが街道脇の草原で完全に脱力モードに入ってしまった事であろう。
さすがに鞍を載せたままなので横になったりはしないが、馬は立ったまま睡眠をとる事もできる。現にヴェルナーの目の前でファルリッツの馬たちは何頭も鞍をつけたまま目をつぶって睡眠をとりはじめており、中には鼾までかいている馬さえいるほどだ。百頭単位の馬がリラックス状態になってしまったのを前に、珍しくヴェルナーが心底困りはてたという表情を浮かべた。
馬も身代金が取れる以上、貴重な戦利品だ。放置するわけにもいかないし、魔物にでも襲われたら哀れでもある。捕虜になったファルリッツ騎士たちも含め、敵味方揃ってさすがにこれはどうしようもないという表情を浮かべているなかで、ヴェルナーは大きくため息を吐いた。
「しょうがない。バルケイ、マックスたちと王太子殿下の本隊にも使者を出しておいてくれ。マックスたちと合流するまでここで捕虜から尋問を行う。冒険者や傭兵は周辺警戒、騎士は捕虜に遺体を埋葬するための穴を掘らせ、その監視に当たってくれ」
「はっ」
指示に応じてゲッケたちが周辺に展開し警戒を始める。笑みを浮かべているのはヴェルナーが珍しく人前で困惑の表情を浮かべていたためだ。
それに気が付いたヴェルナーは捕虜の中でも有力者を呼ぶように声を出した。八つ当たりであることは本人も自覚しているのが救いであろう。
「……正直、よくわからんのだが」
「事実だ」
武装解除された結果、上半身裸のまま跪かされていた、ファルリッツ軍の実質的指揮官であったクニューベル伯爵が沈痛な表情のまま、ノイラートやシュンツェルの二人を左右に控えさせているヴェルナーの疑問に応じた。
クニューベル伯爵は最初に多数の馬が餌に群がった際、混乱に巻き込まれた挙句、落馬して足の骨を折ってしまったのである。戦う事もできずにそのまま捕縛されることになってしまったあたり、伯爵に運がなかったことは否定しようがない。
「つまり、リュディガー第四王子殿は神託に従って参戦していたと?」
「その通りだ」
故意に殿下ではなく殿と呼ぶような表現まで使いながら、確認するように問いかけたヴェルナーに対し、伯爵がむしろ重々しく応じる。不信感が顔どころか全身からあふれ出しているヴェルナーを見上げてクニューベル伯爵は口を開いた。
「偽りは述べておらぬ。コルトレツィスに神託を受けることができる巫女殿がいるのは貴殿も知っておるのだろう」
「一応はな」
ヴェルナーの返答は用心深い。ファルケンシュタイン宰相やセイファート将爵に相談したように、その巫女が魔族とすり替わっている可能性も考慮しているからだ。相手がどの程度の情報を得ているのかがわからないため、慎重になっているのである。
一方、クニューベル伯爵の側には話す以外の選択肢がない。王子や多数の騎士が捕虜になっているのと同時に、“魔将殺し”の評判を思い出したためだ。腹痛が偽りであったことにも気が付いており、この男は何をしてくるかわからないという危機感も新たに覚えている。
見た目や年齢で判断してはいけない、と油断をしないよう自らを律しながらクニューベル伯爵は口を開いた。
「コルトレツィス侯爵からの援助を求める使者が伝えてきたのだ。コルトレツィスにいる巫女が『ファルリッツの王族が来ればコルトレツィス側が王国に必ず勝てる』という神託を受けたと」
「それで王子が卿に同行してきたのか」
ヴェルナーはやはり理解不能だという表情を浮かべている。そもそもコルトレツィス侯爵とファルリッツにはまったく関係がないはずだ、という発言はぎりぎりで口の中にとどめた。それは今言うべきではないという判断である。
とは言え別の発言が口から漏れるのはさすがに止まらない。
「王子である自分がいれば勝てるはずなのに何で捕まっているんだ、という不満があの発言か」
「……恐らく」
クニューベル伯爵が苦渋の表情で頷く。伯爵ですらまさか王子が自分から口を開いてしまっているとは思わなかったのである。
王子は伯爵が想像していたよりも問題児であったようで、どうやら目の前の伯爵殿は貧乏くじを引いたらしい、とその点だけはヴェルナーも少し同情した。
「卿の認識で構わんが、第四王子殿はファルリッツではどういう位置にいるんだ?」
事情を聴くとヴェルナーもある程度は納得がいく話ではあった。リュディガー第四王子は末子であり、しかも妾腹の子。その母は王に美貌を気に入られて後宮に入れられた身分の低い女性なのだという。
現在も母親は王に気に入られているのだが、後ろ盾になってくれるような貴族家もないため本人たちも王位を狙うような無茶をするつもりはなく、どこかの家に婿入りしてその貴族家を継ぐ事を目標としていた、との説明に一応という形ではあるが頷く。
「そこで大国であるヴァイン王国に勝ったという実績が欲しかったわけか」
「陛下もリュディガー殿下を可愛がっているのだ」
戦いの主体はあくまでもコルトレツィスである。だが、大国ヴァインに勝った戦いに参戦したという事になれば名が上がることは間違いない。そこで可愛い末息子に箔をつけさせようと必ず勝てるという神託を受けている戦いに王が参戦させたのだという。
可愛がっているならとりあえず身代金は吹っ掛けられるな、と思いながらヴェルナーはさらにいくつか質問を続ける。確認したいことを聞き終えると、捕虜の集団とも王子とも離れた場所で拘束するよう指示を出し、クニューベル伯爵をひとまず下がらせた。そのままヴェルナーは腕を組んで考えこむ。
「うーん……」
「どうかなさいましたか」
「いや、何か見落としているような気がしてな」
ノイラートの疑問に応じた反応はやや上の空になった。発言の半分は事実だが半分は嘘である。ヴェルナーが疑問に感じたのは、神託が事実かどうかよりも、レッペ大神官もそうだったがなぜそこまで神託を信じられるのかという点であった。
神の奇跡であるはずの魔法が実は神の力でないことを知っている自分と、本心から神を信じている人間とでは違いがあるのかもしれないとも思ったのだが、それではやはりどこか釈然としないのである。
とは言えさすがに今ここで考えるような事でもない。思考のどこかに棘が刺さった状態のまま、頭を切り替えたヴェルナーは各方面への使者を出すように指示を出しつつ、マックス隊との合流を待った。




