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翌日早朝。再びファルリッツ騎兵は今日こそ来るであろう補給物資を襲撃するために野営地を離れていた。
昨日と兵を伏せる場所を変えたのはクニューベル伯爵が凡庸ではなかった証拠ではあるだろう。だが、森の中の野営地から平地に出てくる場所を変えなかったのは発見されていないと思っていたためだ。当然ながら監視されている事にも気が付かなかった。
そもそも物資を運ぶヴァイン王国軍を襲撃するためには街道沿いに兵を伏せるしかないのである。隠れるにしても限界はあったのは確かであろう。
「今日こそは来るのだろうな」
「村からは朝から相当量の炊煙が上がっていたとか。間違いありますまい」
高級そうな鎧を身に纏った相手にクニューベル伯爵がそう応じたが、声からはどこか緊張感が失われている。
もちろんファルリッツ騎兵もツェアフェルト子爵の名前は知っているが、腹痛を起こすような体調管理のできない男である、という認識が昨日のうちに軍全体に広まってしまったためだ。
肝心の伯爵ですらどこかにそういう意識が働いているため、弛緩している空気を引き締めようにも思うようにはいかない。主将の気配というものは敏感に広まるものなのである。
伯爵が答えてからしばらくの時間、相変わらずと言うべきかヴァイン王国軍の姿は見えない。じりじりと日に焼かれつつ待ちながら太陽が天頂を通り過ぎ、ようやくとしか言いようがない時間になってからヴァイン王国軍の荷車の列が姿を現した。
「来たぞ」
「騎乗準備」
相手に騎士はほとんどいないようで、歩みが遅い。それを見越したクニューベル伯爵は緩やかに迂回してヴァイン王国軍の側面を突き、前後に分断する事を狙った。戦術的には間違っていない。
「こちらが風下になる。敵はわが軍に気が付くのに時間がかかるだろう。その間に可能な限り接近せよ。だが敵兵を斃すより荷を奪う事が大事だぞ」
「承知しております」
周囲の騎士たちにそう伝えると、クニューベル伯爵は騎乗指示を出した。大回りしつつ街道と並行する形でヴァイン王国軍の側面に回り込む。風下であることに満足し、そわそわしているような馬の首を一度叩いて落ち着かせた。
「突撃!」
喇叭の音が高らかに響き、伯爵が走り出すのと同時に数百の馬蹄が地面を叩き、ヴァイン王国軍の列に襲い掛かるため一斉に走り出す。馬が蹴り上げる土の匂いと騎士たちの汗の臭いが風に乗って更に後方に流れ去った。
もし伯爵たちが冷静であれば、多数の荷車を人が引いていて、いくら何でも馬の数が少なすぎることに疑問を持ったかもしれない。また、ヴァイン王国軍に近づくにつれ微妙な甘い香りがする事にも気が付いたであろう。積み荷が袋ではなく箱か樽のようなものに見える事にも気が付いたかもしれない。
だが、長期にわたって森の中での夜営が続いていた事や、昨日の徒労感が今日の冷静さを摩耗させることになった。
喇叭の音とファルリッツ騎兵に気が付いたヴァイン王国軍の兵がそれぞれ荷車に飛び乗った。荷物として積んであった、数人が入れる規模の風呂桶に被せてあった布を取り除く。
躊躇せずファルリッツ騎兵が突進してくる側に向かい、すべての荷車に積まれていた大きい桶を力いっぱい押して荷車から地面に落下させた。内容物が派手に路面に広がり、そこから広がった湯気がたちまちのうちにあたりを覆う。
それを確認するとヴァイン王国の兵士たちが荷車から飛び降り、一斉に馬車を挟んだ反対側に走り去った。
次の瞬間、ファルリッツ側の騎士たちが一斉に困惑の声を上げた。ほぼすべての馬が制御を失い、狂奔したように駆け向かったのである。何が起こったのか騎士たちには理解できない。
敵ではなく、地面に撒かれた物に走り寄った馬たちが一斉に地面に向かって首を伸ばし、まだ湯気の上げているそれを貪り食らいだす。地面に目を向けた騎士たちが困惑の声を上げた。
「なんだこれは!?」
「……ま、豆?」
馬と言う生き物は大量の食糧を必要とする。ファルリッツ国内から持ち込んだ飼葉の量程度ではとても長期の軍事行動はとれない。それでいて、コルトレツィス領内の飼葉は不足しがちであった。もともと馬たちは腹を空かしていたのだ。
それに、馬は多量の植物性たんぱく質を必要とする。草だけを食べさせているとあっという間に痩せてしまうほどだ。国にいたころは植物性たんぱく質を含む餌を食べていた馬たちは、この地に来てからはわずかな麦と雑草ばかりで重たい騎士を乗せ続けていた。栄養価の面でも不満を溜めていたのである。そんな馬たちからすれば、今朝茹でたばかりでまだほくほくと湯気の上がる豆の山などごちそう以外の何物でもない。
風下から敵が来ることを想定していたヴェルナーは、ハルフォーク伯爵に頼み、甘い香りのする香水を少量だけ分けてもらい、桶に被せておいた布からは甘い香りが風にのってまず馬まで届き興味を引くような準備もしてあった。
その上、茹であがった豆の上からグリセリンを振りかけて程よく甘く味付けまでしてあるのである。動物の多くは甘いものが好きであり、馬とて例外ではない。ファルリッツの馬たちからすれば、一口食べたら止まらない美味しさなのだ。
何とか言う事を聞かせようと馬腹を蹴った騎士が逆に馬から振り落とされ、豆の上に転がり落ちた挙句に邪魔だとばかりに蹴飛ばされる。馬と馬が餌を取り合う過程で激突し、味方であるはずの騎士同士が鎧をぶつけ合い武器を取り落とす。遅れてきた馬が自分も餌にありつこうと前の馬に体当たりを仕掛け、はずみで落馬した騎士の足が踏み砕かれる。何とか馬上で体勢を維持した騎士の一人が周囲を見回すと四方八方を馬に囲まれてしまっており、移動どころか地面に降りる事さえままならない。
敵でも地形でもなく、茹でた豆に足止めされてしまったファルリッツ軍は、騎兵でもなければ軍でもない、ただの密集状態の集団へと陥っていた。
「てきしゅ……ぐあっ」
ファルリッツ騎士の一人が声をあげようとしたところで金属に金属がぶつかる鈍い音が響いた。輸送物資に見せかけた罠の一団から遅れてやってきた、ヴェルナーの率いる部隊が弾弩弓を使い、まだ立っている騎士たちを狙い撃ち始めたのだ。
かろうじて馬の密集状態から抜け出したと思った騎士たちが、武器を抜く暇もなく一方的に金属の球体を叩きつけられてその場に倒れ伏し、地面の上をのたうち回る。
馬はまだ夢中で餌を貪っているため騎乗することもできず、中には武器が馬の集団と豆の中に沈んでしまっており武勇を発揮しようもないものまでいる。ファルリッツの騎士は腹痛で寝込んだはずの相手に一方的に遠距離から叩きのめされる格好になった。これ以上の屈辱はなかったであろう。
「ふっ……ざけるなぁっ!」
「殿下!」
ファルリッツ軍の中から高級そうな鎧を身に纏った騎士が、怒りの声を上げると剣を抜いて駆けだした。慌てたように部下らしい騎士数人が後を追う。何人かが鉄球の直撃を受けてそのまま倒れた。
ヴァイン王国軍の射撃はますますその数を増やしはしたが、王国軍側に突入する騎士たちには攻撃があまり向かわず、密集状態のファルリッツ騎士たちにのみ射撃は集中している。
残った三人ほどが弾弩弓兵の目前にまで駆け寄ったところで、槍を持った騎士に声をかけられた一人の男がヴァイン王国軍の中から剣を抜いてファルリッツ騎士の前に立ちはだかった。
その男にめがけて高級な鎧を身に纏っていた騎士が剣を振り下ろしたが、素早く下から振り下ろした剣に合わせるように相手の剣が打ち上げて叩き返され、逆に体勢を崩されてしまう。
体勢を崩したその騎士を庇うように左右から別の騎士が前に出たが、その二人に対してはゲッケは躊躇なく攻撃をかけた。右手の男から振り下ろされた剣を避けると、その腕に己の剣を走らせ、籠手ごと相手の手首を切り落とす。まったく動きを停滞させずにそのまま体を半回転させると左手の男に鋭く剣を突き込んだ。剣の先が背中を貫通し剣を引き抜いた鎧の隙間から血が流れ出る。
あっという間に左右の二人が討たれたことに高級そうな鎧の騎士が思わずという形で立ちすくんだ。その瞬間、ゲッケが地上に落ちていた敵の一人が使っていた剣を足先だけで軽く跳ねあげ、素早くそれを手に取り、剣の平を高級な鎧を着ている騎士の兜の上に叩きつける。
「がっ……」
左手だけの一撃であったが膂力が違う。剣は大きく歪んだが、同時に兜の上から叩かれた騎士の方もその場に崩れ落ちた。ヴァイン王国軍の列から駆け出した騎士たちが相手から武器を取り上げ拘束する。
向かってくる相手騎士には射撃を継続するようにと周囲に指示を出し、あの騎士は偉そうだから殺さずに捕縛してほしい、とゲッケに依頼をしていたヴェルナーがその隣にまで進み出て声をかけた。
「さすがゲッケ卿、見事なもんだ」
「この程度なら問題はない」
大したことはしていないという態度にヴェルナーの方が首を振ってしまう。三人の騎士を一蹴して平然としているのだからヴェルナーからすれば理解できない所だ。案外この人はあの魔物暴走でも生き残ったんじゃないかという気すらしている。
もっともゲッケに言わせれば、あそこまで冷静さを失った相手ならそれほど恐ろしくもないというのが本心であっただろう。ヴェルナーの指揮下にいると、まず相手が本来の実力を発揮できないのである。
「ヴェルナー卿と同行していると面白いものが見れるが歯ごたえはないな」
「個人的には歯ごたえのある敵と戦うのはもう十分だと思ってね」
「おっ、お前たち、私を誰だと思っている!」
戦況を確認しながらも大きく覆ることはないと判断したヴェルナーは射撃指揮をバルケイに任せ、ゲッケと会話を続けていたが、そこで意識を取り戻したらしい高級な鎧を身に纏った騎士が拘束されながら声を上げた。
「わ、私はファルリッツの第四王子だぞ!」
特典情報の公開許可が出ましたのでこちらに記載します。
二巻の特典は三本、
・メロンブックス様:4pリーフレット『試験のコツ』
・特約店様:SSペーパー『遠征食器事情』
・OVERLAP SOTRE:SSペーパー『伯爵家邸での噂話』
になります。よろしければ購入の際のご参考にしてください。
明日(16日)は通院のため更新できないと思います。
楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんがご承知おきください。




