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――228(●)――

沢山の応援と再会お祝いのお言葉ありがとうございます!

また、評価、感想、ブクマ、いいねなども本当にありがとうございます。励みになります。


体調のご心配もありがとうございます。無理せずにマイペースで行きますので今後ともよろしくお願いいたします。

 「何がどうなっておるのじゃ!?」


 戦端が開かれてから数日後、エルメジンデ・シュルツェ・コルトレツィス侯爵夫人は、かつては美しかったのであろう顔に憤怒の表情を浮かべて怒鳴り声をあげた。

 その怒声をぶつけられたコルトレツィス侯爵家の家騎士団団長ラウターバッハがひれ伏すかのように頭を深く下げる。


 「も、申し訳ありません。まさかこうもたやすく砦が抜かれるとは」

 「言い訳はよい!」


 コルトレツィス側の戦略としては、最前線の砦で可能な限り時間を稼ぐことから始まるはずであった。それが西から二つ目の砦が半日どころか数時間で陥落してしまってからすべての予定が狂っているのである。


(序盤)

挿絵(By みてみん)


 王国軍が到着直後、すぐに陥落したその砦から大量の煙が上がったことにより、東西に隣接していた二つの砦も守備兵が動揺。

 同時に、陥落した証拠である煙を目撃した事で、東西両方の砦の付近に到着していた王国軍もツェアフェルトに負けるなと手柄を立てるため休む間を置かず攻勢を開始した。

 結果、混乱していた東西二つの砦も前後して兵士が砦を放棄する形で陥落してしまったのだ。初日に王国側に近い四つの砦のうち三つを失陥したことで、コルトレツィス側の予定していた時間稼ぎは半日しか保たなかった。計算違いも甚だしいであろう。


 「それに、なぜ王国騎士団が攻撃に参加しておる」


 騎士団は王都襲撃の際に大打撃を受けたはずではなかったのか、という問いにラウターバッハはもう一度頭を下げる。

 王都から流れてくる噂も、隣国ファルリッツからの情報も、王都にいたはずの騎士団には多大な損害が出たという物であった。それゆえ強気一辺倒の姿勢に出ていたのである。

 まさか第一・第二の両騎士団まで揃って討伐軍に参加してくるとは思っておらず、第一報を耳にした老いたエルメジンデは疑問と共に深刻な怒りを発したほどだ。


 実はコルトレツィス側の総指揮官という立場になるラウターバッハは念のために調査をするべきだと考えてはいた。だが、調査の手段が大きく損なわれていたため、その調査はままならなかったのである。


 最大の理由は王都のコルトレツィス側貴族家がほぼ壊滅している事にあった。もちろんすべてが直接的に潰されたわけではないが、王家から睨まれているのにわざわざ危険な橋を渡るような貴族家は存在しない。足の引っ張り合いをするのはどの貴族家も同じであり、コルトレツィス側についているというだけで王室からの評価が下がるのは決して好ましい状況ではなかった。


 それに、王都では勇者兄妹に対する態度を始め、様々な噂がコルトレツィス家の評判を下落させている。なによりコルトレツィス侯爵家の長男が勇者の妹(リリー)を拉致した犯人だという話が広まっていることにより、特に早く平和になることを求めて勇者に期待する教会、商人たちは王国側へと旗幟を鮮明にしているのだ。

 ヴェルナーとリリーの関係を好意的に見ている王都の民衆の目も厳しく、コルトレツィスの為に動こうとするとどこから漏れるかわからないとなれば、仮に王家に隔意があっても動くに動けないという方が近い。


 「申し訳ございません。それに、まさか西方からあれほどの軍が来るとは……」

 「予想外なのはわらわにも解っておる」


 不満げに侯爵夫人が口を挟んだ。事実これは侯爵家側の全員が驚愕したのである。

 コルトレツィス領の西方で最も危険視すべきだったのはやや遠方にあるとはいえクナープ侯の侯爵領であったが、今現在、そこは王室の直轄地となっている。つまり大規模な貴族家の支配下にはない。大規模な戦力は向かってこないはずだったのだ。


 それ以外にはフォーグラー伯爵が比較的大領の主だが、フォーグラー伯爵は文官肌の人物でそれほど兵力も多くないはずである。それゆえ、西方に関してはコルトレツィス側も警戒をやや怠っていた。

 ところが、コルトレツィス領の西方から侵入してきたフォーグラー伯爵家の旗を立てた軍の総数は五〇〇〇人に達するようだという報告が上がっていた。想定外の大兵力である。


 幸か不幸かこのフォーグラー伯爵家軍は、領内第二都市であるフォアンの西側にある砦を睥睨(へいげい)する位置で水場を確保した状態で野戦陣を作り、積極攻勢にこそ出ていない。とは言え、無論放置もできずコルトレツィス側は思うように軍を動かせなくなっていた。


 「恐らくですが、第二騎士団が合流しているのであろうかと」

 「姿を消したと聞いてはいたが」


 王国軍の動きはコルトレツィス側の理解を超えている。第二騎士団は初戦で一番西の砦を制圧すると、なぜかそのまま王国軍本体に合流することをせずに王都方面に帰還してしまった、との報告が入っていた。

 そしてその直後に西方から新たな大軍の侵入が報告されたため、コルトレツィス側は第二騎士団が合流していると判断していたのである。


 文官畑のフォーグラー伯爵が指揮をしているのであれば五〇〇〇人でもやりようはあるかもしれない。だが第二騎士団のヒンデルマンが指揮を執っているのであれば話は別だ。最精鋭とまではいわなくても、人数通りの実力を発揮することは十分に予想される。


 主城支城制の欠点は、支城が攻略されるとそこが主城攻撃の格好の拠点となってしまう事にある。フォアン近郊の砦が陥落すればフォアンが危うくなるのはもちろん、フォアンの町が陥落すれば領都コルトスまで一気に危険にさらされる。

 フォアン西方に五〇〇〇もの兵力が展開しているとなると、コルトレツィス側は迂闊に出撃することもままならない。


 一方、陥落した三つの砦のうち二つはすぐに破却されてしまい、木材が街道の柵に転用される格好になっている。さほど丈夫な柵ではないが、壊れていればその周囲に魔物がいることがわかるので街道の安全対策としては有効に機能していた。

 そして、ヴェルナーが落とした砦のみがそのまま維持されており、どうやら物資の集積場となっているようだということまでは解っているが、囮ではないかと言う意見もあり、現状、コルトレツィス側としては放置状態となっているのである。


 コルトレツィス側にとっての誤算は、せっかく集めた冒険者や傭兵たちがコルトレツィス領内から離れていた事だろう。これは神殿経由でコルトレツィス家の長男が魔軍側に組していた噂が流れたという一面もあるが、それだけではない。

 ヴェルナーがコルトレツィス領内で大量の飼葉を買い付けた際、商人たちに荷物の護衛という事で傭兵や冒険者たちを雇わせて、逆に王都に連れ戻してしまっていたのである。


 正規の騎士や兵士よりも遊撃戦やゲリラ戦に慣れている彼らをコルトレツィス側から引き離したことで、コルトレツィス侯爵家は二つの面で苦しんでいた。一つは情報収集の柔軟性が失われた事と、自軍の補給線がしばしば魔物に寸断されることだ。

 魔物、特にどこからともなく現れる彷徨う魔物ワンダリングモンスターは王国軍とコルトレツィス侯爵家軍を区別しない。自軍の補給線が悩みの種なら相手もそうだろうと、ヴェルナーはコルトレツィス領内で魔物を狩る能力を低下させることで、間接的に相手の補給線に負担を強いる()をうっていたのだ。


 事実、農民まで兵に駆り出して領境の防衛態勢を構築していたコルトレツィス側は魔物の跳梁を抑えきれなくなっている。中には侵攻してきたはずの王国軍に助けを求める村まで出ている有様だ。

 足元から切り崩されているのに手が回らない状況がそこかしこに発生している。


 「ファルリッツの騎兵はどうしておる」

 「まったく情報がつかめず……」


 侯爵夫人の問いにラウターバッハが頭を下げた。コルトレツィス領内の西方がフォーグラー伯爵軍により切り離されているとすると、北方は王国軍により寸断されてしまっている。

 特にコルトレツィス側が予想もしていなかったのは、一番東側にある砦を無視した王国軍本体が、隣国であり密かな協力相手であるファルリッツとの国境に向かったことであろう。

 王太子ヒュベルは王国寄りにあった砦のうち三つが陥落したのを確認すると、残りひとつを完全に無視してコルトレツィス領を急速行軍で横断してファルリッツとの国境に向かい、そこにかかっていた橋を埋めてしまったのである。


 この埋めた、と言うのは比喩でもなんでもない。普通は建築などで使用される土を生成する魔道具は、魔石の消費効率が悪いので普段はそのように使うことはまずない。

 だが、王都防衛戦の結果、冒険者たちへの報酬等もあるとはいえ、闇の騎士(ダークナイト)の魔石だけで二〇〇〇個近く、二角獣(バイコーン)の魔石がほぼ同数も回収されている現在では話は別だ。供給過多の状況でありむしろ消費しないと買取価格の方で問題が発生してしまう。

 そのため、王太子(ヒュベル)はむしろ積極的に魔石を消費する意図もあり、土を生成する魔道具を多数持ち込むと、一気にコルトレツィス領とファルリッツにかかっていた橋の上に小高い土の山を作ってしまった。石造りの橋が崩れ落ちるのではないかと言う規模の土の山である。

 同時に、魔道具による橋を埋める作業と並行して、ほぼすべての兵士を動員した人海戦術で橋の近くにもう一つの軍事物資集積用の砦も構築してしまい、橋の監視と物資の保管の両方を担う拠点も確保していた。


 この時、冒険者ギルドに持ち込まれた魔石は冒険者ギルドを経由する形で全て国が買い上げている。一度に多量の魔石を買い取りすることで冒険者ギルドから金貨や銀貨が無くなると、薬草採集など他の業務に対する報酬の支払いが滞る可能性があったためだ。金貨や銀貨の流通量の問題でもある。

 同時に、コルトレツィス侯爵領への侵攻作戦における補給線の魔物対策として、国がギルドを通じ冒険者を多数雇いあげる形をとっており、これに冒険者ギルドも積極的に協力していた。

 運営を助けられたギルド側も公的な依頼という事もあり、魔物対策ならと積極的に仕事を斡旋し、結果的に国側は多くの冒険者を動員し補給線の対魔物対策要員を確保することに成功していたのである。


 なお、これらの予算に教会側からの多額の賠償金が当てられている、と言う事はヴァイン王国軍の上層部にしか知られていない。

 レッペ大神官が魔軍と手を組み勇者の妹(リリー)に対してとった行いが、民衆に対する教会の名誉や権威を失墜させかねない大事件であったため、その件を公にしない代わりにと王家側の提出してきた『レッペ大神官の罪は魔軍に“操られて”の王家に対する反逆行為のみとする、大神官の即時処罰に関しては国側の非も認める』と言う妥協案に教会側も飛びつかざるを得なかったのだ。

 名目的には魔軍の王都襲撃による被害の復興資金と言う形であるが、小さな国の半年分の予算に匹敵する多額の教会資金を得たことにより、ヴァイン王国側はこのコルトレツィス侯爵領侵攻作戦の軍資金を確保していたのである。



 橋を埋められた事により、ファルリッツ王国側にも混乱が広がっていた。無論、人がその山を乗り越えることはできる。だが重たいものは土に沈んでしまうため、山になっている土を馬や馬車などが乗り越えるのは不可能だ。

 さらに言えば、人間であっても足跡も残さず土の山を越えることは不可能である。例え裏の事態は明白でも、この段階でファルリッツ側から今のコルトレツィスに増援の兵を送り込むわけにはいかないのだ。見つからずに橋を渡ることは不可能となっていた。

 だからと言って強引に川を渡れば今度こそ国対国の侵略行為と受け止められてしまう。ファルリッツ王はそこまで決断できなかった。コルトレツィスを利用して自国の利益を上げることが目的であったからだ。王太子(ヒュベル)に言わせれば、ファルリッツ側は覚悟が足りない、のである。


 結果的に王国軍の補給線を絶つため、密かにコルトレツィス領に入り、コルトレツィス領とヴァイン王国領の境に伏兵として隠れていたファルリッツ軍は、母国とコルトレツィス侯爵軍、両方と完全に連絡がほぼ断絶してしまっていた。


(現在)

挿絵(By みてみん)


 ファルリッツ軍にしてみれば国に戻るためにはヴァイン王国軍の主力と戦うしかないのだが、さすがにそれほどの戦力はなく、埋められてしまった橋を掘り起こすための道具もない。

 当初の予定通りにヴァイン王国軍の補給線を断とうにも、コルトレツィス軍との連携が取れないため情報が不足している。コルトレツィス侯爵側もうかつに連絡を取ろうとすれば、王国軍に伏兵の位置を知られることになってしまい、打つ手がないのだ。

 それだけではなく、西方に展開したフォーグラー伯爵家軍の存在に伴い、王国軍はコルトレツィス北方だけではなく、潤沢ではないにしても西方からの補給線も構築しつつある。既に援軍であるファルリッツ軍による補給線を攻撃する作戦そのものが破綻しつつあった。


 そしてコルトレツィス側が気が付いていない致命的な情報断絶は、王国軍によるこの西方からの補給線が維持されているという事実を、ファルリッツからの援軍が知らなかった点にあるだろう。

 ファルリッツからの援軍は、いまだにヴァイン王国の王都と遠征軍の補給線を断てば勝てるという初期情報に頼らざるを得なかった。無論、ヴァイン王国軍側も相手の補給線と同時に、情報網を寸断するために様々な手を打っている。


 「大丈夫なのであろうな」

 「それは……」

 「どうぞ、ご心配なく、夫人」


 ラウターバッハが応じようとした矢先に、落ち着いているが熱を全く感じない別人の声が割って入った。侯爵夫人が笑顔を浮かべる。


 「おお、巫女殿か。問題がないとは事実かえ?」

 「もちろんでございます。コルトレツィス家から王が出るという神託に間違いはございません。どうぞご心配なく……」


 神託の巫女の一人として、王室からもみとめられていた女性の、奇妙に抑揚のない声にエルメジンデが「そうか」とのみ応じて穏やかな表情を浮かべた。

 一方、コルトレツィスの騎士団長であるラウターバッハはそこまで楽観的にはなれなかったようで、確認するように口を開く。


 「第二王女(ラウラ)殿下の子が高位につくという神託もあったとおっしゃられたのは巫女殿ではないか。全く問題がない、でよいのか」

 「もちろん、でございます。ヒュベルトゥス王子がこの戦争で没すれば、そうなることは十分にご想像できるかと」

 「む……」


 コルトレツィスから王が出る、と言う神託があったとは耳にしているが、ヴァイン王国が滅亡するとは聞いていないのである。ラウラが無事でもおかしくはないのだ。そう言われてしまえば反論する材料がない。

 不安を消し去る事ができないまま、ラウターバッハは頷き、この後の作戦計画に関してへと話題を移した。


 この世界での戦い方は、戦場に兵力を集めて戦う直接的な決戦が最も好まれる。コルトレツィス侯爵軍首脳陣やファルリッツの援軍は王国軍がそのように正面から向かって来ての戦いとなるだろうことを疑わずに作戦を立てていた。

 それに対し、ヴァイン王国の総司令官であるヒュベルは侯爵領全体を盤面に見立てて、複数の軍を連動させつつ多方面作戦を展開している。無駄な決戦をする必要性を認めず、仮に決戦をするとしても事実上の勝敗がついてから、というのが王国側の基本計画であった。

 その事に気が付かないまま、コルトレツィス側の首脳部は、決戦に備えて、南方の町であるフスハンや各地の村からも兵となる人手を集めることにし、ひとまず事態が動くのを待つことを決定する。


 戦略思想の違いにコルトレツィス側が気が付かないうちに、戦況は次の段階を迎える事となった。

短編や外伝の方も評価・感想等、ありがとうございます。

この場をお借りして御礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはまた戦後に閣下の評価が上がっちゃうやつじゃん 大宰相への道も見えてくるだろうか
[一言] 後の歴史書とかでヴェルナーは何て書かれるかなぁ 「その神算鬼謀をもって、王国の物流、土木、経済、軍事の歴史を他国に先んじて300年は進めたであろう天才」 「決して野心を抱くこと無く王国に絶…
[良い点] 王太子がいい仕事してる。 まぁその王太子を救ったのって実はヴェルナーなんですけどね? [気になる点] この巫女もちょっと怪しいな。
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