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予算はあっても物が売っていなければ買うことはできない。というわけでセイファート将爵に大容量の魔法鞄をもう一度貸していただけるようにお願いに行く。将爵は今回、王都に残るらしいので、先日の会議状況を説明したら笑われてしまった。
「卿は大変じゃな」
「楽がしたいです」
いやもう本当に。大体、出兵に参加するってだけでも大変なのに、今回は輪をかけて面倒くさい。何でツェアフェルトが先鋒なんですかねえ。
「しかも、力技で勝っているわけではないと内外に示せと言われたんですから」
「対人戦じゃ。そのぐらいがちょうどいいじゃろう」
深々とため息を吐いてしまう。この脳筋世界だと勝負というのは基本的に肉弾戦か正面からの激突という形になることが多い。それを見越しているのがコルトレツィス側の備えでもある。砦なんか正面から攻め落とせ、という思考がどこかにあるわけだ。
皮肉な事なんだが、勇者がそれで勝っているのは事実。だから何となく魔軍に勝っているとか言うと正面から撃砕しているような誤解を招いてしまっているようで、そこに俺でないとできないような勝ち方をしてもらいたいという話になってしまった。
いやまあ、砦を力攻めとかしたら俺本人を含め、伯爵家の騎士団にも多くの犠牲者が出ることは確実だから最初からやる気はないんだが、軽く言ってくれるなあと思う。予定が狂う。
「功績はいりませんから、今までも全部誰か別人の考えだったという事にできませんかね」
「そんな事を言うのは卿ぐらいのものじゃよ」
今回の作戦における要点は二点あり、一つはあまり時間をかけすぎないというもの。
出兵にかかる予算を考えれば無駄遣いはできないというのもあるし、王都襲撃があったことは事実で、下手に地方反乱に時間をかけると実は損害が大きかったんじゃないかと周辺諸国に誤解を受けかねない。経済的、政治的に短期決戦が求められている。
もう一つは非常に皮肉な事なんだが、ファルリッツを相手に勝ちすぎないというものだ。ファルリッツの騎士団に大打撃を与えたりしたら魔軍がファルリッツを襲った時に対応できなくなり、また国が一つ滅亡するとかいう事態も起きかねない。
さすがにそこまではヴァイン王国も求めていないので、ほどほどの段階で諦めていただきましょうというわけだ。
「しかし、公衆浴場に資金を出して何をやるつもりかね、卿は」
「改築目的ですから。祖父の代からやっている浴場だそうですから、さすがに施設も古びているでしょう」
実際に欲しかったのはその設備の部品なので修繕名目でその部品を頂くことにする。親会社じゃないが、土地所有者の方に金銭を出すついでにアーネートさんの孤児院にも資金を出せるようになっているから問題なし。
もっとも将爵の事だからフェリの出身がその孤児院だという事や、浴場の主が土地の所有者だという事も知っているだろう。それを承知でこっちもとぼけてみせる。
ちなみにその孤児院の方は伯爵家が資金を出すことになって、これに関しては俺も驚いた。その際の父の返答は解りやすいというか俺ですら苦笑いしてしまったが。
『学んだ子供たちを手放さないようにする事にもなる。それにマゼル君をお前の部下にすることはできないのだから、その同行者に好感を持ってもらえるような機会を捨てるわけにはいかないだろう』
今はまだ単純な計算を教える時間の方が長いが、教師役の人には帳簿の重要性とかを教えているから、今後貴重な人材になるのは確かだ。露骨な言い方をすればフェリも含めて囲い込みをする気らしい。
こういう時にただの人助けじゃなくて利害も考えて動くのは父らしいと思う。それでも長期的に見ればという話で、短期的には赤字間違いなしだから申し訳ないとは思うが。
「そっちに関しては専門家に任せておりますが、いろいろ荷物が多くて」
「どう考えても戦陣に向かう荷物ではなさそうじゃがな」
否定はしません。けど戦陣に向かう荷物だけで無茶ぶりに応えるのは難しいんです。いっそ失敗できればいいんだろうけど、俺が失敗したら今度は別の所から何か起きそうな気がするんでそれもできない。胃が痛い。
マゼルが魔王を倒したらツェアフェルト領に引っ込んでぐうたら過ごすんだ俺。
「ところで、それとは別にお願いがあるのですが」
「何かね」
目的も含めてお願いの内容を説明すると将爵は難しい顔で苦笑に近いものを浮かべた。うん、まあ普通のやり方ではないと思う。少なくともこの世界では。
「解った。何とかやってみる事にしよう」
「お手数をおかけいたします」
「なに、卿ほど忙しくはないでな」
将爵という立場もあるし、主力が留守にしている間の王都を守備する責任もあるんだろうからそんな暇なはずはないんだが、その表情で言われると冗談に聞こえないんですが。
なんかすごいもやもやしたものを感じてしまうなあ。交代してもらえるはずもないけど。
「それと、ハルティング一家の方もよろしくお願いいたします」
「うむ。勇者君が安心して旅を続けられるのは卿がおるからじゃ。ならば卿が安心して出征できるように留守は任せてもらおうかの」
その話も耳にしているのか。ってちょっと待てよ。
「その話、どこまで広まっているんですか」
「少なくともいくつかの国の上層部ではかなり広まっておるようじゃな」
「反応はあまり聞きたくないですが一応聞きたいです」
「第二王女殿下の婚約者候補で勇者君が友と呼んでおるというところかのう」
そのぐらいは想像がついている。にもかかわらずそれしか言わないって事は何かとぼけられてしまったという事なのだろう。さっきのお返しだろうか。
とは言え俺の評判はどうでもいい。
「それでは、お願いいたします」
「うむ。魔法鞄の方は手配しておこう」
やれやれ。次は先に斥候を派遣しておいて、それから物資の手配か。リリーに頼んでおくこともあるし、以前頼んだものも確認しないといけない。馬の準備と水場への人員配置問題もあるし、やること多いなあ。
なお出陣前にリリーからツェアフェルトの家紋と月桂樹の葉を刺繍した服を贈られた。月桂樹全般の花言葉は“勝利”なんだそうだ。行軍中はともかく重要な時には着させてもらおう。
数日後に出陣。ツェアフェルト隊は予定通り本体の先鋒部隊として進軍を開始したが、道中の治安を確認したり交通の不備がないかを調べたり、途中にある中小の貴族家領に泊まる際には本隊が到着する前に王太子殿下の宿を確認するなどやることが多い。
貴族のいる町に泊まる場合、高圧的に出てもいい事なんかないから丁寧な挨拶と不備部分の修正願いや調整、馬の飼葉を手配して本隊到着前に兵員の宿泊場所を確認して夜営陣内の区割りを行う。ついでに教会関係者とも面会をして、手配が行われているかの確認もしておく。教会にはお布施を支払い、治療の手伝いもお願い。
もちろん区割りなどのあたりは専門家に任せつつ、現場で確認しておくことも必要だ。最終責任は俺がとるんだから俺が確認しておく必要はある。
敵地近くまで到着しているのでそれまでの水場の確認と水の補給地に百人前後の兵を配置する手配をして敵軍の伏兵や別動隊が水を補充できないようにすることも忘れない。これらの兵士は治安維持も兼ねているが、王太子殿下の率いる軍の兵だからと高圧的に出ないような手配をしておく必要もある。
「いやほんと、なんでこんな忙しいんだよ」
「先鋒の任を任されたのですから、仕方がありませぬ」
マックスに愚痴ってしまったが、そのマックスやオーゲン、バルケイなんかの騎士団幹部は全員が忙しそうに指示を出したり確認することを確認したりしなきゃならない。
安全な地域での行軍とそうでない地域では行軍速度が変わるのは当然だが、後方が渋滞でも起こしたらそれはそれで問題だから遅延は避けなきゃいけないし、かといっていちいち本隊に確認を取ったりするわけにもいかず、俺の権限でできる範囲は処理していく必要があるわけだ。
なお今回先鋒であるツェアフェルト隊の総数は四〇〇人近い。基本は伯爵家騎士団だが、他の貴族家からも配属されている。今の所は文官系の家であるツェアフェルトにとか、俺に向かって若造の癖にとかの反発は起きていない。
「靴傷の予防と治療は怠るなよ。ツェアフェルトからは一人も出さないという姿勢で臨め」
「了解いたしました」
俗に“行軍病”と呼ばれるものがあり、過労性筋炎や過労性腱鞘炎などもその範疇になるが、慣れない靴での長距離移動による鶏眼や胼胝腫と並んでの問題が靴傷になる。靴擦れの酷い奴だと思ってもらっていい。
靴の質が良くないんでどうしてもこれが無視できないんだが、人数が増えると行軍力そのものに影響が出てしまう。先鋒軍が靴擦れで進軍速度が落ちていますなんてことになったら笑えない。
ひどくなる前に予防が必要不可欠だし、治療のために教会関係者を含んだ僧侶系魔術師を積極的に向かわせている。同時に治療を受けた兵の靴にマーキングをしておき、何度も治療する奴は靴そのものへの処置を行うように指示。繰り返す奴は靴があってないのか安物なんだろうからな。
「ヴェルナー様、また新しい商人が。ぜひ面会したいと」
「夜に纏めて会う。待たせておけ」
「はっ」
ノイラートが取り次いできたそれは後回しにするよう指示。戦場には商人の一団が付いてくることもある。特に大規模行軍の際には珍しくない。こっちも時として商人たちに食料の臨時調達を任せることも多いんで無下にはできないのは事実だ。重たい戦利品を商人が金銭に換えることで、兵の行軍速度を維持することもできる。
一方で彼らも別に善意というわけではない。極端に言えば負傷して殺すしかなかった馬の皮や、兵士が戦場で食う家畜の皮とかを買い取るだけでも稼ぎになる。布が貴重だから死んだ兵の服をはぎ取る連中もいるし、消耗品を売りつける商人がいるほか、小腹が空いた兵士の為に、酒のほか保存のきくパンのようなものや木の実なんかを運んでいることも多い。
だがそれ以上に、金貸しと春を売る女性をぞろぞろ連れてきている連中がいる。そしてそういう奴らがとにかく風紀の問題で困る。金貸しから金を借りて賭け事を始めるやつが出てくるし。中には負けが込んで戦場到着前に鎧を全部質入れしたとかいう阿呆までいる。このあたり前世と変わらんなあ。
「それにしても、敵が動きませんな」
「防衛戦を行うつもりだからだろうな」
こっちは王太子殿下の本隊のほか、第一騎士団と第二騎士団もそれぞれ別の道を行軍して三方からコルトレツィス領に向かっている。意図的な分進行軍をしていることになるんだが、今のところ斥候から敵が動いたという様子は伝わってこない。
恐らく最前線の砦が農兵主体だからだろう。各個撃破を企むような作戦は取れない訳だ。いっそ来てくれれば楽だったんだが、この点では当てが外れた反面、敵の基本計画がこっちの予想の範疇から外れていないことを意味しているので問題はない。
というよりも、恐らくだが集団としての“軍勢”にはなっているのかもしれないが、定数を持って組織となっている“軍隊”ではないのだろう。現時点の情報では烏合の衆とまで言い切っていいのかどうかはちょっと難しい所だ。
いずれにしても斥候からの情報が来ない以上、敵さんの作戦計画は悪くないと思うが柔軟性は高くないようだ。あるいは当初計画案に固執するタイプなのかもしれない。そのあたりはおいおい情報も入ってくるだろう。
「しかし忙しいな」
「諦めてください」
文官や官僚が発達した近世の軍隊と異なり、この部分では中世の色が濃い。だから指揮官の権限と責任が大きく、結果的に処理しなきゃいけない問題が俺に集まってくる。指揮官に代わって対応する側近の権限が制度を超えて大きくなるわけだよ。
この部分は早めに対応しないと側近政治の温床になりかねんなあ。
「考え事は後にお願いします」
「解ってる」
シュンツェルに注意されてしまった。考え事をしたいけど考え事をしていると終わらない。うぐぐ。せめてフレンセンを連れてくるべきだったかなとか阿呆なことを考えてしまった。
その三日後、相手の領内に侵入し、最初の砦を視認する。普通、攻撃は早朝からだ。昼あたりに到着した場合はあえてその日は砦からの攻撃が届かないところで一泊することが多い。
けどまあ、相手にとって幸か不幸かは知らんが俺は普通じゃない。砦が視認できる距離に入る前にあらかじめ休みの時間も取っておいた。
「よし、投石機の組み立てを始めろ。梯子も用意」
「は、はっ」
ツェアフェルト隊に配属されている他家の兵でさえ驚いた表情を浮かべているが、農兵が立て籠っている、というか、強制的に徴兵されて立て籠らされているなんてのは権力者に振り回されている被害者みたいなものだ。そんな砦なんぞさっさと済ませてしまおう。
月桂樹って面白くて、全体的な花言葉は「勝利」や「栄光」なのですが、花だけだと「裏切り」の意味になってしまいます。
一方で葉にも花言葉(葉言葉?)があり、そちらは「死ぬまで私は変わりません」の意味になるそうです。
書籍版出版社であるオーバーラップ様が企画を開催してくださっています。
https://twitter.com/OVL_BUNKO/status/1513465112518004740
よろしければご参加ください。
翌日はちょっと病院に行くので、診察が長引いてしまうと更新できないかもしれません。
申し訳ありませんがご了承ください。




