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 朝食を挟んで前世で言えば午前十時前ぐらいか。王太子殿下や軍務大臣、騎士団長二人を中心としたコルトレツィス領討伐軍の首脳部が軍事用会議室に集まった。今回、集まっているのは若手貴族が多い。勲功を積ませる意図もあるんだろう。


 それにしても、厩舎長という役職で言えば俺がここにいるのはおかしくないんだが、一応学生の年齢である俺がこの部屋にいるのって明らかにおかしい。おかしいはずなんだが誰も何にも言わないんで、変なのは俺の方だろうかと錯覚しそうになる。

 しかも前の難民対策の時は代理だったこともあって末席だったはずなのに、今の俺は最初から会議で口を挟めるような位置。立場の変化に違和感というかなんというか。とりあえず大人しくしておこう。

 あとお隣のハルフォーク伯爵、香水をどうにかしていただけませんでしょうか。言えないけどさ。


 「皆、ご苦労。さっそくだがクフェルナーゲル、コルトレツィス側の状況を」

 「はっ」


 王太子殿下に指示されたクフェルナーゲル男爵が壁に貼られた図面を指し示す。先日フォーグラー伯爵から伺ったコルトレツィス領内の地図らしい。平面図だがよくできているな。

 図面には既にいくつかマークが付いているが、逆三角形のマークが一番多い。これは河川を除いた水の補給ができる場所を示していて、基本的には道路とこのマークを基準に兵を動かすことになる。

 もちろん戦況が変われば別だが、そうでない時まで飲用水が不自由な場所を行軍したり道を外れる理由はない。


 「コルトレツィス侯爵側は民を徴用し、領内に複数の砦を構築しているようです」

 「農兵もか」

 「はい」


 ダヴラク子爵の疑問にクフェルナーゲル男爵が頷く。顔をしかめた人物が何人もいるのは無理もない所だろう。俺自身、アンハイム攻防戦の前哨戦で砦とかを複数構築したが、労力とか予算とか時間とかの捻出が大変だった。

 その上、いくつも数を構築すると相手の方が兵力を分散することになるわけで、普通なら悪手だ。


 「砦の配置は全体としてはコルトレツィス領の中心都市コルトスを頂点として三角形に広がっています」


 クフェルナーゲル男爵が地図にピンを刺していく。砦の配置は俺の感覚で言えば王都方面に扇状に広がっている。扇のかなめにあるのがコルトスだ。コルトレツィス侯爵領の境目付近には四つの砦を構築中。ふーむ、あそこの砦は水場を抑える目的か。


 「まずはフォアンの町でしょうな」

 「うむ」


 ダヴラク子爵の発言にミッターク子爵が頷いて応じた。この二人は何というか猛将コンビって感じだな。あの二人の間に座るとちょっと暑苦しそう。


 フォアンの町はコルトスと王都を結ぶ線上にある。扇のちょうど中心あたりだ。アンハイムと同水準の大きさの町で、国境ではないからアンハイムほど頑丈な城壁ではないが、それでも急造の砦などとは格が違う。

 ここを残しておくと補給線もそうだしコルトレツィス侯爵の本拠を攻める際に後方を警戒し続けなきゃならない。当然コルトレツィス侯爵側もこの町の防衛体制は強化しているだろう。

 だがフォアンを攻めるとなるとコルトレツィス側最前線にある砦を複数、それにフォアンの町の両翼に位置する砦も邪魔だし、それを排除してもなおコルトスとフォアンの間にも砦がある。よく考えられた配置だな。


 ん、だがまてよ。敵の意図があれだとすると、相手には相応の数の機動兵力が必要なはずだ。コルトレツィス側にはそれほどの騎兵がいるのか?

 いや、そもそも飼葉を買い占める形で相手の騎兵を長期間自由に動かせないようにしたのは俺だ。にもかかわらずこの敵の配置はと考えると……ああ、そういう事なのか。


 「まず、敵の意図を確認しておこう」


 俺が朝早くにファルリッツの事を説明された理由に納得している間に王太子殿下が口を開いた。そのまま地図に視線を向ける。


 「敵の意図はコルトレツィス領内に王国軍を深く侵入させたうえで打撃を与えることにある。これら急造の砦はこちらの進撃を阻害させるためのものだ」


 発想で言えば縦深防御という事になる。可能な限りこちらに出血を強いて前進を遅らせ、王国軍による占領地域の増加と引き換えに犠牲者を増加させる戦略だ。焦土作戦と組み合わせると王国軍への負担はより大きくなるだろう。

 農兵や未熟な兵は最前線の砦の中で抵抗をしながら王国軍の動きを阻害し損害を拡大させる。そんな軍の守る砦は長持ちはしないのだが、コルトレツィス側はそれでもかまわない。王国軍に損害を強いつつ時間を稼ぎ補給に負担をかけるのが目的だからだ。

 王国軍が防衛拠点を順番に攻略しながら前進するとなると時間も損害もだんだん無視できなくなってくる。かと言って途中の砦を無視して相手の拠点コルトスに向かえば王国軍は補給線が危険にさらされてしまう格好になるわけだ。


 「敵はこちらの戦力を理解しての事でしょうか」

 「いや、そうではあるまい。むしろ王国軍の戦力が急造の軍であることを想定している」


 シュンドラー軍務大臣がその疑問に反応した。俺も同感。

 王都襲撃で騎士団が損害を受けていることを前提にしているとなると、攻めてくる王国軍は未熟な兵が多く、農兵の立てこもる砦さえ攻略に時間がかかるはずだと考えているはず。時間を稼ぎながら交渉も同時に進めるつもりだったのだろうな。


 「最終的にはわが軍の後方を遮断し補給線を絶つことを想定していると考えられる。恐らく、敵騎兵は後方にいて機を見てわが軍の補給線を狙うつもりだろう」

 「なるほど」


 デーゲンコルプ子爵が納得したように頷く。補給線を絶って撤退する軍を後方から追撃すれば損害が大きくなる。人質を多数とる事ができれば農民を兵として引っ張り出した分の生産力低下を取り返せると考えているのだろう。

 王太子殿下が俺の方を向いた。


 「ツェアフェルト、敵の騎兵はそれほど自由には動けないと考えてよいな」

 「はい、すべてではありませんが飼葉の買い付けと輸送は上手く進んでおります。侯爵側は騎兵を長期にわたって動かす事は難しいでしょう」


 俺がそう答えると何人かが驚いたような表情を浮かべている。もう手配をしていたのか、という表情だ。けど本題はそこじゃないんだよなあ。殿下は“敵騎兵”と言う表現を使っている。“コルトレツィス騎士団”とは言っていないんだ。


 「ですが、外部からの軍に関しては十分な対応ができているとは言えません」

 「そこは仕方があるまい」

 「外部とは?」


 クランク子爵が疑問を持ったようだ。口を開いて疑問を呈してきた。俺が答えるべきなんだろうかと迷ったが、王太子殿下が目で俺に答えろと指示してきたんで口を開く。


 「ファルリッツが兵を出してきた場合、そちらにまでは対応できていないという事です」

 「何と」


 何人かが驚いた声をあげて微かにざわめきが起きる。王太子殿下がさらに口を開いた。


 「ファルリッツの国内情勢を簡単に説明しておく方がいいだろう。ファルリッツは現在、魔軍の件を除けば良くも悪くも安定している。現王も二〇年以上に渡って国内を統治してきた」


 確か王妃がデリッツダム出身だったっけ。現在のファルリッツ国王はまずまず名君ではあるらしい。ただし、長期間安定していると出番がないのが騎士団という事になるわけで。


 「騎士団には魔王復活後に活躍の場があったとはいえ、いくら魔軍と戦っても満足のいく報酬が得られたり領地が増えるわけでもないからな。騎士団の不満が溜まっているそうだ」


 そこを何とかするのが権力者の仕事だろうとは思うが、我が国(ヴァイン)はもともと国土が広かったりするんで余裕があるうえ、我が国がやったように阿呆をやった貴族家を取り潰してその分で補填するというのも安定しすぎていると難しい。

 さほど大きい国でもないんで国王の目が行き届いていたんだろう。内政型の名君であったことが裏目に出ているのは皮肉とも不幸とも言えるのかもしれない。


 「後はファルリッツ国王の問題もある。最近は悪い意味で精力的な一面が見えると外務の担当者から報告が上がってきている」


 歴史上、人生を名君のまま終わるというのは珍しい。逆にはじめは名君と称えられていたが、晩年に暗君になったなんてのは数えきれない。最初から暴君だった例より多いかもしれない。

 要するにファルリッツ王は“内治の名君”でいることに飽きてきてしまったんだろう。野心というべきか冒険心というべきか、そのあたりが目を覚ましてしまったわけだ。これも魔軍の影響だろうか。


 「そこにコルトレツィス侯爵側からの提案が来た。コルトレツィスから王が出るという神託だ。事実かどうかは今は述べぬ。ファルリッツ王はコルトレツィス側にファルリッツが協力すれば十分な勝算ありと踏んでいるわけだ。甘く見られたものだな」


 そしてコルトレツィスを半独立状態にでも持って行き、ヴァイン王国から身代金か領土の一部でも取れれば万々歳と。大国である我が国に勝ったという名誉欲も満たされるだろう。敵対関係でこそなかったがヴァイン王国とファルリッツはそれほど関係がよかったわけでもないし。


 しかし神様が実在しているからとはいえ神託の影響力は大きいな。いや、神託の影響力の他にウーヴェ爺さんが言ったように、難しい事を考えなくなってきているのも大きいのかもしれない。 

 神託を騙る事ができればこうやって振り回せるようになるわけだ。これは下手をするとコルトレツィス侯爵一族よりも、恐らく魔族なんだろうがその自称神託の巫女を何とか亡き者にしないといけないかもしれないぞ。

 俺がそんなことを考えているうちに王太子殿下がもう一度地図に視線を向けた。


 「そのような状況を理解したうえでもう一度図を見てもらいたい。仮にわが軍がコルトレツィス領内深く攻め込み、領都コルトスを包囲したところでファルリッツ軍が後方を絶てばわが軍が危機に陥ることは解るだろう」

 「なるほど」


 ハルフォーク伯爵が納得したように口を開いた。他の参加者たちも頷く。


 「そこで、ファルリッツが参戦してくる事を前提にした策を立てる。異論があれば後でまとめて聞こう。まず……」


 王太子殿下が詳しく作戦計画の概要を説明していく。なるほどと思わせるがまた思い切った作戦だな。とは言え魔軍が再び攻めてくるかもしれないという危惧を持ち続けているのも当然だし、長期にわたって軍を動かすわけにもいかないから仕方がないのか。

 戦わずに勝つのが最善というのは理屈ではそうなんだが、それは今更無理だし、コルトレツィスは全体として見通しというか自分たちに甘い。中途半端に許すかたちで放置しておくと小火(ボヤ)が山火事になるかもしれない。


 それと共に、恐らくだが王国内外の引き締めも考えているはずだ。よく考えてみれば魔軍相手でもどうにか対応できると考えるのはファルリッツだけとは限らない。ヴァイン王国の貴族の中にさえそういう誤解をする人間が出てこないとも限らないわけだ。国内に対して、更にはファルリッツ以外の国々に対する警告の目的もあるんだろう。


 会議は昼食を挟む程度の時間がかかったが、基本的な計画を全員が理解したうえで出撃準備に取り掛かることになった。俺も手配を済ませておこう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴェルナーだけでなく、ヴァイン王国の王族も貴族も皆、頑張っているところ。 [気になる点] 王都襲撃イベント、防衛成功! ヽ(^o^)丿 といわけで、ヴェルナーの知っている「ゲーム」とは最早…
[一言] 治国を治める才能と乱世を生き抜く才能は別物。 両方備えたヴァイン王家やヴェルナーの方が珍しい。 と、思うけど机上の計算ばかりして何も挑戦しないまま諦める男は少数派。 一度も戦わずに自分らが…
[良い点]  次代を担う(貴族としては)若手の面々でこの「内乱」を抑え込めばヴァイン王国の未来は堅く明るいと内外に示せますね。  挙げ句「聖女」たる王女は「勇者」と良い仲で、勇者の妹は王国随一の有望株…
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