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書籍お買い上げのご報告もうれしいです!
少々忙しくて誤字の方まで手が回っていないのですが、更新は頑張ります!
前日の夜はご注進に来てくださった来客ラッシュでいささか疲労気味だが、今日は早朝から王太子殿下のお呼出し。ノイラートやシュンツェルには前日の夜からツェアフェルト邸に泊まってもらう羽目になった。
前世の頃はなんかこう王族ってもっとゆったりしてるようなイメージがあったんだが、この国の王族は働き者だなと思う。ダメ王族でないのはありがたいんだけど。
「楽にしてくれ。早朝からすまぬな」
「当然の務めでございます」
今日はヒュベルトゥス王太子殿下とファルケンシュタイン宰相閣下が同席。朝から胃が痛い。
ところで最近気が付いたが、最終決定権は当然ながら国王陛下が持っているとしても、全体として国王陛下と宰相閣下が外交に関係する問題を担当していて、内政問題に関しては王太子殿下が主体、軍務大臣や内務大臣がそれを補佐しているような感じだ。
グリュンディング公爵やセイファート将爵はそれよりさらに一段下がって実務面での担当者っぽい感じ。このあたりは爵位より役職の方が優先されているんだろう。もちろん状況に応じて多少の違いがあるようだが。
つまり宰相閣下がいるという事は多少外交に関わる部分があるという事だ。
「コルトレツィス侯爵家から使者が来た噂は聞いたか」
「昨夜のうちに耳にしております」
コルトレツィス側から王家に対して使者が来たのは昨日の事。内容は秘密という事になっていたが、その日の夜には既に王都での噂になっていた。中には夜に忠義顔で我が家に内容を伝えに来る人間もいたぐらい。
父は大臣だから噂より正確に内容を知る事ができる立場だが、こっちが知っているかどうかに関係なく情報を知らせに来る人間がいるのはある意味でしょうがないだろう。
そして王都内部でも既に広まっている、というより誰かが意図的に広めている感じがある。そうでなければあんなにすぐ広まりはしないだろう。わざわざそれを確認したという事は答え合わせのお時間ですね。
「どう思った」
「交渉はまず強気に出るものであると理解はしておりますが、侯爵側は随分と強気ですね」
コルトレツィス侯爵家側からの条件は強気も強気。なにせ『息子を殺した責任を王家は取らなければならない』から始まる一方的な被害者の立場から、土地や特権という形での補償をよこせというものだ。
だが、それ以外に王都で悪い意味で噂になっているのは侯爵家側が出して来た『マゼル・ハルティングを侯爵家の家臣とすること』と『その妹リリーを侯爵家の騎士に嫁がせること』だろう。正直、この条件には怒るよりも呆れてしまった。
実際、交渉はまず強気にというのは間違ってはいない。地位と権力がある者同士による交渉の場合、よしんばその時に満点を取っても相手に恨みを持たれて後でしっぺ返しを食らったりする。だから最初に強気に出て落としどころを探るのが基本だ。
例外は一方が最初から交渉する気がない場合に限られるだろう。今回、王国側はコルトレツィス侯爵家に最初から実力行使をするつもりなのだから、いくら向こうが強気に出ても意味はない。
ただ、前世でも中世の頃は地方の貴族って割と身勝手だった。中世前期のある地方領主は『国王の使者を暴力的に扱い、王の書状をその使者に無理矢理食べさせた』なんてことが記録に出てきたりする。
“英国史上最低の王”エドワード二世なんか外国から嫁いできた王妃とその王妃の側を支持する貴族たちによって地位を追われているし、“失地王”ジョンは国内貴族が内戦状態を引き起こすほど。あの二人ぐらいダメな王だと何となく自業自得感もあるが。
大陸の方でもブランデンブルグ辺境伯やマイセン辺境伯は勝手に出兵して自家の支配圏を広げたりもしている。面白いのはフリードリヒ二世の大学設立認可状で、全部の認可状が自身の封主権が揺らいでいる地域に出ている。権力による影響力を失いつつある地域に、文化・学術の方で影響力を維持しようとしたのが垣間見えたりするわけだ。
そのあたりはともかく、地方貴族はついついお山の大将になってしまったりする。するんだがやりすぎると最大権力である国の方がお怒りになるんで、そうなると独立するか反乱を起こすか平謝りするかのどれかしかない。
今回、コルトレツィス侯爵家側も随分強気であるが、どこか適当なところで落としどころを探るつもりだったんだろうとは思う。それにしても強気ではあるが。
「王都が襲撃を受けたからな」
なるほど。王太子殿下のその一言で何となく理解はできた。王都襲撃もそうだが、その前後に長男は死亡し、コルトレツィス侯爵派の貴族連中やその部下も押さえられている。
もともとコルトレツィス侯爵家側は情報収集がおろそかな感じはあったが、侯爵家には正確な情報が届いていないのか。
「マラヴォワ大神官やイェーリング伯爵を助けたのはそれでしたか」
「その通りだ」
王太子殿下と宰相閣下が顔を見合わせて笑っている。どうやら合格点だったらしい。
行方不明だったマラヴォワ大神官だが、何と生きていた。神殿のゴミ集積場で半死半生の状態で放置されていて、もう少し発見が遅れていたら死んでいただろうという話だ。
マラヴォワ大神官はレッペ大神官に利用され、そのレッペとコルトレツィス侯爵家の長男であるクヌートに殺されかけたという事もあり、使い捨てにされかけたという事でむしろコルトレツィスへの恨み骨髄。
そのため、むしろあの決闘裁判の責任者だったという立場を利用し、コルトレツィス侯爵家側に虚偽の情報を送っているようだ。こう言っちゃなんだが宗教団体ほどアジテーションが上手い集団はそうは存在しない。おおかた騎士団が大損害を被ったとかそんな感じだろう。
イェーリング伯爵はそれ以前からコルトレツィス侯爵とつながりを持とうとしていた節があるし、おそらくそちらからも欺瞞情報が流れているはずだ。息子のやらかしで家が潰されるぐらいなら先代イェーリング伯爵が協力するのは理解できなくもない。
あの家はアンスヘルム卿こそ梟雄っぽい所があるが、それ以外の一族全員が野心家であるとは限らんからな。取り潰しを逃れるためならニセ情報を流すことなんか躊躇しないか。
「それに、隣国であるファルリッツからの噂も入っているだろう」
俺がラウラの婚約者候補だというあれですか。確かに、俺とラウラが婚約者だとすればマゼルとリリーはお相手がいないように見える。だから二人を侯爵家によこせと言い出したのか。
「ファルリッツからヴァイン王国に関する情報も入っているのではありませんか」
「外交上弱みを見せられない、だから魔軍の襲撃を撃退したことになっている、と思わせるようにコルトレツィスには情報を流している。人は信じたい情報の方を信じるものだからな」
殿下、なかなかきつい。俺とラウラとの噂を国として打ち消していなかったのは、情報を信じた人間から、それを信じたがっている人間に流れるように計画していたんですか。
ヴァイン王国が魔軍の襲撃で大混乱を起こしている、だから強気に出ても構わないだろうとコルトレツィス側は錯覚しているわけですね。
「侯爵は侯爵という爵位に誇りを持っています。だからこそ『王女と伯爵家嫡子』の関係を信じ、平民出身のハルティング兄妹に関しては大したことのない条件だと思っているのでしょう」
「基準は地位ですか」
「だからこそ侯爵家である自分たちが優遇されるべきだと思っているわけですから」
宰相閣下の補足に納得。肩書で相手への対応を変える人間ってのは確かにいる。そう言えば前世では議員である俺を知らないのか、名を名乗れと電話越しだったが親王殿下に喚き散らしたあげく皇族だと知ってから謝罪したいと言った国会議員もいたな。
それはともかく。
「あの決闘裁判を大々的に広めたのはこの時を待っていたのですね」
「子爵には苦労をおかけしました」
宰相閣下が間接的にそれが正解だと答えてくれる。王太子殿下がその後に言葉を継いだ。
「本来なら王都が襲撃された直後に出兵などという事になると、反対意見が必ず出てくるからな」
「なるほど」
確かにそうだろう。まだ王都のあちこちに被害の爪痕が残っている。本来なら反対意見が出てきてもおかしくはない。だが現状、王都の住民から見ればコルトレツィス側はやりすぎているように見える。
「四天王のあの巨体を王都の住民も目撃しています。その四天王と戦っているはずの勇者が聖女様に不逞、不埒な態度をとったなどという裁判を起こそうとした主犯がコルトレツィス侯爵家だと公表するわけですね」
「それと同時に、王都防衛戦の殊勲者であり、その功績の報酬としてリリー嬢を妻にと望んだヴェルナー卿の婚約者を“侯爵”と言う肩書を利用して横から強奪しようとしてもおりますな」
すました表情でとんでもない発言してませんかね宰相閣下。とはいえ、自分でこういう言い方をすると気恥ずかしいが、貴族と平民という身分違いを乗り越えようとしている若い恋人を権力で引き裂こうとしている侯爵級大貴族。うわあ、第三者視点で見れば嫌われ役以外の何物でもないな。
実際のところ、この世界では平民と貴族が結婚することは珍しくはないんだが、それはそれ。話題性という意味ではどう考えてもこの身分違いの恋という方が大きい。
しかもリリー自身もあの決闘裁判で半ば晒しものにされているし、決闘裁判から一連の流れを受けての現状だと、なってほしくはないが歌劇のネタにぐらいはなりそうだと思う。あの場で褒美としてリリーとの婚約を口に出させたのはこのためだったのか。
先日父が俺とリリーを街に出かけさせたのはそれも目的だったという事になる。俺とリリーの関係を王都の住民に周知させておけばコルトレツィスの悪評は広まりやすいもんなあ。父もしっかり貴族だな、本当に。
「虚偽裁判の主犯、魔軍四天王の王都襲撃に加担した一族、勇者を一家臣として扱おうとしている態度、王都防衛を成功させた若い名将の婚約者を奪おうとする傲慢さ、これだけ繰り返されれば民はどちらに悪の判断を下すかは明白だろう」
前世でもよくあったアジテーションの手法だな。相手が悪だと繰り返せば信じる者が増えてくるというわけだ。
しかも実際に問題行動を繰り返しているのは事実で、意図的に悪い部分を広めてはいるが虚偽ではない。王国側は堂々とコルトレツィス側に悪のレッテルを貼ってから出兵を口にする事ができる格好だ。むしろなぜ放置しておくのかという声さえ上がりかねない。見ようによっちゃ陰謀むき出しだな。
なお名将と呼ばれたことはスルーさせていただく。否定したいけど発言者が王太子殿下じゃそんな真似はできないです。とほほ。
「しかし、コルトレツィス侯爵家側には何か勝つ見込みがあるのでしょうか」
「卿が気にしていた、神託を受ける事ができる者が現在もコルトレツィス侯爵家にいるようだ。その者がコルトレツィスから王が出ると口にしているらしい」
「それは以前神託をした本人なのですか」
「確証はないが疑わしいな」
魔軍の側に立って考えてみよう。仮に王都襲撃に成功したとしてもまだ人間側には戦力もあるだろうし、混乱を拡大するためには適当な貴族家を煽る方が都合がいい。神託を受けられる巫女に成りすました魔族が、偽の予言でお前の家が次の王になると煽っていたのか。王都襲撃に失敗したのは向こうも計算違いだったのかもしれない。
ゲームだと魔物暴走で多数の貴族が戦没していてそもそもこんな状況になっていなかったから、魔軍側もいろいろ計画が狂っているのだろう。魔軍側の都合は俺の知った事ではないが。
いずれにしろ、その神託を信じてコルトレツィス側は動いていると。しかし、いくら何でもヴァイン王国の王には……ああ、マゼルを欲しがっているのはそういう事か。
「ファルリッツの協力を得て事実上の独立国になるのが当面の目的ですか」
「ファルリッツからすれば潜在的な敵国であるヴァイン王国の分裂を期待しているようだ。運よく“コルトレツィス王国”が独立できればファルリッツの盾となる」
そして半独立状態になっても勇者であるマゼルがいれば簡単には手を出せなくなると踏んでいる訳だな。とことん馬鹿にしてるなと思う反面、そこまで都合よくはいかんだろうと呆れの方が先に立つ。
神が実在する世界だから本気で神託を信じ込んでいると上手くいくと思ってしまうのかもしれない。もっとも、その神様の奇跡と思われていた魔法の存在も微妙なことになっているんだが、これはまだ公表されていないから仕方がないのか。
「魔王がまだ健在なのによくもまあそんなことを」
俺がそう言ったら王太子殿下と宰相閣下、揃って苦笑されておられまする。嫌な予感。
「卿が魔将や四天王を撃退しているからな。勇者でなくともやりようによっては魔軍と戦える、そう考える国が出てきたという事だ」
「…………」
思わず天井を見上げて長めの慨嘆。こっちは命削る思いでやってるってのにそんな簡単なものだと思ってるのか。踊らされているコルトレツィスよりもファルリッツ王国の方に腹がたってきた。
「他人の行動を見ていると簡単に見えるのはよくあることだ。さて、そのファルリッツだが」
「少なくともファルリッツから飼葉を調達するのは難しいようです」
慨嘆を脇に置いて厩舎長としてそう答えると王太子殿下も頷いてくださいました。頑張って仕事していますよほんと。
「むしろファルリッツの方が隣国のデリッツダム王国からいろいろ調達しているようだ」
「首を突っ込む気満々ですね」
「公然とではなかろうがな」
こんちくしょう一度痛い目にあわせてやろうか、と一瞬好戦的になったがクールダウン。相手に外国が協力している対人戦争だとすると外交問題が関係してくる。やりすぎないようにしないといけないわけか。この釘を俺に打っておく目的もあったようだな。
「そのあたりに関しては後刻の軍議で取り上げる。卿も出席せよ」
「かしこまりました」
とりあえずこの後にある軍議の情報を確認してから相手への対応を考える事にしよう。
感想に頂いた地図のご希望ですが、
簡単な大陸図は113の前にあるのですけど
綺麗な図が描けないのでどうしたものかと。
そちらも余裕ができたら何か考えてみます。




