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あれからなんだかんだと事務作業や冒険者ギルドに依頼を持って行きいくつかの手配を頼むなどの作業をしたり、被害地域の対応や難民たちに仕事を持ち込んだりと慌ただしく時間を過ごした。
一度はマックスの頼みもあり、ドレスに近い格好のリリーと侍女姿のアネットさんを連れてツェアフェルト騎士団の訓練を視察に行った事もある。今現在、家騎士団の主は父と母だが、いずれは俺とリリーになるのだから顔を出しておいて欲しいという事らしい。
リリーは以前の件のお礼をしたいとこの点では積極的だったし、かわいい子が視察に来たという事で騎士団の若手が張り切っていたので良しとしよう。時々はリリーの名で騎士団への差し入れなども考えておいて欲しいというと頷いていた。騎士団の信頼を得るのも大事だからな。
そんな慌ただしい中でフォーグラー伯爵と話をする機会が取れたのはよかったと思う。以前の難民護送の時やアンハイム救援軍の補給を担当していた人だ。難民護送の時、事態の推移によってはこの人と組んでいたことになっていたかもしれないんだよな。
落ち着いた感じの中年男性で、こう言っては何だがこの世界では珍しく数字や文字に強い内政型の人。強いていえば父と同じ派閥だが、セイファート将爵の幕僚というイメージが強かったんで俺個人としてはあまり縁がある人物ではなかった。難民護衛任務の際に初めましてと挨拶したぐらいだし。
「久しぶりだ、ツェアフェルト子爵」
「お久しぶりでございます、フォーグラー伯爵」
社交的な人で話題が豊富だ。若いころモテたんじゃないだろうか。さりげなくだが王都襲撃の際の俺を褒めるのも忘れない。如才ないという言い方もできそうだが、実際に頭の回転がかなり速いな。年齢は四十ぐらいだけどこの人はそのうち大臣とかになりそうな気がする。
フォーグラー伯爵とは補給面での話を色々聞く事ができた。基本的には王太子殿下が改革をした補給部門に関してだ。
それまではどっちかというと現場で、よく言えば臨機応変に、悪く言えば場当たり的な調達で行われていたが、現在では難民護送とフィノイ大神殿における補給面での経験から始まって、アンハイム防衛戦、さらに今回の王都襲撃の後にある村落の補償や復興問題にも利用されているらしい。
何となくだが補給というより、より広範な“兵站”の概念に近づいている気がするんだが、その概念って前世だと近世になってからだから、王太子殿下の頭の中はだいぶ先を行っていると思う。
「私には卿がこの考え方を理解できることの方が驚きだよ」
「戦場で飢えたくないですから」
そう応じるとフォーグラー伯爵も同感だよと笑ってくれた。実際はそのあたりがおろそかな騎士が多いのも事実だ。貴族や騎士は誰かがやるだろうとそのあたりがおろそかになりがちなのはなぜだろうか。
そんなことを考えつつ俺の方からもいろいろ話を持ち掛ける。特に食料品などの消費期限が短いものは基本的に先入れ先出しになるが、厳密にやりすぎると工数や管理の手間ばかりが増えてしまう。
はっきり言えば官僚の少ない世界だから、そのあたりの管理が簡単に行えるようにしておかないとどこかで破綻しかねない。
「保管順にテントを変えたり箱にマークをつけたりでしょうか」
「見ただけで優先順位を理解できるようにするのはよいな」
前世での倉庫における備品管理はバーコードとかでやっていたが、当然ながらこの世界にそんなものはない。だからと言って集めた食料を腐らせるわけにもいかないから、集めた順に保管場所を変えてその順で消費していくなどの手段が必要になる。
「それと、補給に関してですが」
「何か提案があるかね」
「提案というか、計画案と言いますか」
俺が話したのは軍事的には後方連絡線の概念になる。どちらかと言えば近代戦以降に体系化された考え方だ。と言っても俺だってそこまで軍事の専門家ではないから詳しく理解しているわけでもない。
だが、例えばナポレオンが特定の街道に軍と補給部隊を集中させてしまったために、かえって補給が困難になった事例を知っている。これに関する限り失敗例の方がよほど参考になるぐらいだろう。
特にこの世界、河川を利用した大量輸送が難しい。そのため、陸路でどのようにそれを維持するかを考えなくてはいけない。作戦基地を構築し機動戦力を運用する、それにその両方を結びつける後方連絡線の考え方を持ち込むのは間違っていないだろう。
「大雑把に言えば普段から整備されている城塞都市や砦と、戦場で構築する物資集積地と、最前線の戦陣とに分けて、それぞれの間で必要な物資をどう運送するかという事になります」
“必要なもの”を“必要な時”に“必要な量”を“必要な場所”に輸送するという考え方はまだこの世界には存在していない。アンハイム防衛戦の時に援軍用の補給物資を前もって王都以外の場所に用意していたというのが初の事例かもしれない。
ややこしいのはこの世界、魔物がどこからともなく湧いて出てくることで、物資調達の手配と輸送線の安全維持が難しい。そのあたりに冒険者を積極登用するなど、大軍を長期にわたって動員する際の基本計画を考えてはどうかと提案する。
「順番に要地を占領する場合と、多方面に同時進行する場合と、一点集中する場合と、特定の場所を連続的に攻撃する場合では補給の量と方法が変わりますから」
「なるほど、確かに」
補給線が危うくなるとこんな失敗をする可能性がある、と前世の記憶を引っ張り出しながらいくつか説明すると、フォーグラー伯爵が難しい表情を浮かべ始めた。システムの構築とそれを運用することは別だという事になるんだろうか。
このあたり俺だって頭でっかちな事しか言っていないんだが、伯爵には何か思い至った点があるようだ。
「子爵のご意見は参考になる。ぜひまた時間をとっていただきたい」
「私でよろしければ喜んで」
むしろこのやり取りだけで何かつかめるこの人が凄く優秀なんですが。アイディアを現実の計画に落とし込める企画力と実務能力が高いんだろうなあ。
「いや、うちには三女しか残っていないのが惜しまれるな」
伯爵が一〇〇%冗談の口調だったので俺も苦笑いで返す。伯爵の長女は既に嫁いでいて次女は婚約者がいるらしい。次女とは一歳しか違わないらしいんで学園ですれ違いぐらいはしていたかもしれないが記憶はない。そして三女は現在十歳。いいお相手が見つかるといいね。
あと、この人の親族になると手伝わされる業務内容的に書類仕事がものすごく増えそうな気がするんで、リリーの存在は別にしてもお断りしたい。
それはともかく、コルトレツィス侯爵家に対する対応をどう思うか、それとなく聞いてみた感想は、遠回しであっても近いうちに討伐があるだろうというような反応。
卿もそのぐらいは想定しているのだろう、という口調から俺が飼葉に関する手を打っていることも知っているのかもしれない。国側がコルトレツィス侯爵領の地図を作成していることもそれとなく教えてもらった。俺にとっては朗報で手間が省ける。
「その件で実はご相談が」
「何かね」
王都とコルトレツィス侯爵領、それにフォーグラー伯爵領も加えるとちょうど三角形のような位置取りになる。間にいくつか小さな貴族家領が挟まるんで隣接しているわけじゃないが、大きく見ればそういう位置関係だ。
にもかかわらずフォーグラー伯爵にコルトレツィス侯爵側からのアクションがないのは、確実に王室側であるという事もあるが、フォーグラー伯爵家軍は兵力が多いわけでもないし、伯爵家の騎士団が精鋭というわけでもないことにあるだろう。
いささかきつい言い方をすると、コルトレツィス侯爵側から見れば中小の貴族家と、規模は比較的大きいが文官系のフォーグラー伯爵領方面は放置しておいてもそれほど怖くないという事になる。そのため、警戒はおろそかになっているはずだ。
「あくまでも提案というかご相談なのですが」
考えていた案を相談するとフォーグラー伯爵は面白いと笑い、計画をたてて王太子殿下に相談する事を約束してくれた。俺が考える必要がなくなるのはありがたい。よろしくお願いしますとお願いしてその日は伯爵の執務室を退いた。
とは言えあくまでも案の一つだ。だめだった時や相手の動きが想定外だった時の事も考えておかないといけないだろうな。さしあたり手配している品の様子を確認しておこう。
忙しく実務と並行しながら手配を済ませていた数日後、王都に流れた噂と共に事態が動くことになる。
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本編が一段落して時間ができてから手を付ける予定です。
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