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翌日。朝の食事後、唐突に父から今日は休んでいいと言われた。その後、母も今日は何やら用件があるとか言ってきました。どうやらリリーと一緒に一日空き時間にしてくれたらしい。
警備護衛だなんだの手配があるとはいえ、そういう事ならばとリリーを誘って今日は街に繰り出すことにした。ノイラートとシュンツェルも今日は離れた所から護衛。他にも数人ついてきてもらうがそういうものだと思うしかないな。
今日のリリーも裕福な商会のお嬢さんか、貴族のお嬢様がお忍びしていますってぐらいの格好。例によって着せ替え人形にされそうになっていたんで時間が惜しいと今日は早急に救出。
なぜかこのゲーム世界では前世でのディアンドルの一部地域での風習がある。ワンピースの上に着るエプロン、といっても料理のあれじゃなくてスカートの上に着るスカートという方が近いんだが、それのリボンの位置で意味が変わっているものだ。
今日のリリーのリボンの位置は向かって左側、つまり「恋人、夫あり」の位置。ちなみに真ん中だと「お声がけお断り」向かって右だと「彼氏いません、フリーです」の意味になる。前世だと地域差もあるんで必ずこうだったというわけじゃないけど。
母の侍女が用意してくれた白地に金糸で模様が入った細いリボンをリリーの薬指に巻く。指輪の代わりだ。少々物騒な話だが、指輪を指ごと切って持ち去る強盗もいた時代の名残で、町に出るときは指輪ではなくリボンで代用するようになったと言われている。
昨日のネックレスをしっかりつけていてくれているのがうれしいやら気恥ずかしいやら。
「前回いかなかったあたりが中心でいいかな」
「はい」
まずはという感じで中流の市民層が行くような場所に向かう。王都の道には最近整備した貴族の名前という公的な名前が付いたところも多いが、前世日本で言えば銀貨の鋳造と両替商が軒を連ねた場所が銀座と呼ばれるようになったように、古くから通称的に呼ばれている通りも多い。ワインを売る店が並んでいる一角はワイン通り、薬草を売る店が並ぶ一角は薬種商通りって具合だ。貴族の長ったらしい名前を覚える気がないというのは解らなくもない。
「そこの若夫婦さん、今日はいいワインが入ってるよ!」
「ありがたいが朝早いから今はいいよ」
若夫婦と言われてちょっとリリーが赤くなっているんだが、こっちも恥ずかしくなりそうなんでそこはスルーする。
「ああいう客引きも客引きギルドの所属だね」
「そんな職業もあるんですか」
「結構重要だよ」
客引きギルドは店の商品を自分で確認してから客引きを引き受ける。つまり鑑定人も兼ねているから、信頼されている客引きの店なら品も大丈夫という風にとらえられるわけだ。客引きギルドのいない店だと混ぜ物があるんじゃないかと疑う事さえあるほど。
中世風世界における一種のブランドCMだな。
「もうちょっと高級品店街だと金細工職人通りなんかもあるけど、そういう所には客引きはいない。それこそ代々のお付き合いって場合が多いからね」
「やっぱり同じギルドの人が集まっているんでしょうか」
「そのパターンが多いかな」
ギルドって一言で言うが内情は複雑だ。一方で相互扶助組織であると同時に、ある程度価格を統一する形で競争が起こらないようにしている以上、ギルドに加盟していると品質管理は厳密に行われる。
例えば蝋燭職人ギルドの加盟店で買った蝋燭は芯の材質、蝋燭の長さや太さなんかが厳密に定められていて、短すぎたり細すぎたりする蝋燭を売ると、購入者への弁償のほかギルドに対しても罰金を支払わないといけない。
繰り返すとギルドを追放されて原材料を入手できなくなるから、廃業を余儀なくされるか、他の町に移り住むしかなくなるわけだ。
ギルドそのものも地域性が大きいんで一概に言えないのは前世同様。例えば比較的地方の町だと木工ギルドに家具職人も馬具職人も在籍していたりするが、王都のように馬具の用途が多い所だと馬具職人ギルドは独立している。それどころかそれ専門の鞍職人ギルドが独立してあるぐらいだ。
これが村辺りになればそもそもギルドどころじゃなくて何でも屋になるのはどこも変わらない。ちなみに前世の中世では家具の修繕職人ギルドの職人が一団となって村や町を巡業していた。家具の新品なんてよほどのことがないと購入できないから修繕団体は各地の村落では貴重な技術者集団としてもてなされている。
なお、この世界の冒険者ギルドの場合、依頼に失敗した場合、依頼主への罰金弁償はギルドが払う事も多い。なにせ冒険者本人が生きて帰ってこられない事の方が多いし。その意味でも冒険者ギルドは金がかかる。
客引きをあしらいながらしばらく歩いているとリリーが驚いたように立ち止まった。こういう店に視線が向いたのは意外だったが、今現在兄がそういう旅をしているからだろうか。
「話題になるし寄ってみる?」
「じゃ、じゃあ少しだけ」
こういう所に売っているのはスプラッタ系じゃないから心配はしていない。ついでに俺も何かネタになる物がないかを見てみたいし。というわけで魔物素材屋に入店。冒険者ギルドの管轄の一つだな。
各種ギルドが専門品の店になっているとしたら、魔物素材の品を多く並べているこういう店は値段は高めだがいろいろな品を一度に見ることもできる。高級デパート兼、業務用の品を売る卸問屋というかそんな扱いだ。専門職人も買いに来る。
香辛料のように壺に入れられ売っている粉にリリーが興味を示した。
「これは何ですか?」
「スライムの核だな。乾燥剤に使う」
「乾燥剤?」
基準に齟齬があるみたいなんでリリーに少し話を聞いてみると、村の宿で毛布が湿気を吸って硬くなった際には葡萄酒を振りかけてその上から小麦粉を撒いて乾かし、それから擦って元のような柔らかさを回復させるらしい。
魔物素材であるスライムの核を使うのは中流家庭以上のようだ。このあたりのギャップは俺にもあるんでむしろ勉強になる。
「石鹸もあるんですね」
「魔物素材だと高級品が多いかな」
前世で中世欧州の石鹸だと動物性油脂の物が一番安く、庶民が使うのはだいたいそれ。高級なオリーブオイル製のものが貴族の家で使われていたらしいが、この世界ではさらにその上に魔物素材の物がある。この辺は何ともファンタジーだ。
「毛皮だけじゃなくて刷毛やブラシに使う毛もあるのですね」
「歯ブラシもあるよ」
微妙な表情を浮かべる気持ちはわかる。魔物は人を襲うんだから、その人を襲ったかもしれない魔物の毛で歯を磨くってなんか複雑だよな。呪われたとかいう話は聞いたことがないんで大丈夫だとは思うが。
ちなみに、例えば火に強い魔物の革で作った手袋は鍛冶職人なんかの垂涎の品だし、そもそも丈夫な魔物の皮は大きいものが貴族の館には常備されている。万一火事が発生した時にはその革を被せて初期消火に使用するためだ。
あれで意外と魔物の革というのはこの世界の住人には身近な資源でもある。
「何かお探しですか」
「ああ、ちょっとな」
店主が声をかけてきたんでちょうどいいと思い声をかけた。何も買わないつもりもないし、今後何らかの形でやり取りがあるかもしれないしな。
「白い革のいい奴はないか。彼女に金糸の靴を作りたい」
「それはそれは、おめでとうございます」
この世界、靴は消耗品であると同時にオーダーメイドの場合高級品でもあるという何とも微妙な位置になる。だから革靴を新調するときは大体お祝いとかの場合がほとんどだ。魔物素材の革はやたらと丈夫で冒険者や旅人が足を守るために使うものか、レアリティの高い魔物の皮から作られた革製品は高級品として扱う。
その中で白い靴に金糸で模様をつける靴は結婚式で履くための靴を意味している。俺の外見を見て貴族だという事は解ったんだろう。よい革を商会の方にお持ちいたしますと言ってくれたんでそれに頷いて商会名を伝えておく。採寸はデザイナーの仕事なんでそれはまた別の機会だな。
そのほか、染色に使う素材なんかにリリーは興味を持っていた。村だと大体が草木染になるんで魔物素材のものは珍しいそうだ。言われてみればこの世界での服は結構華やかだが、案外、染色に魔物素材が使えるから色が豊富になるのかもしれない。
そう考えるとファンタジーゲームなんかで服がカラフルな理由に納得がいくな。
昼はあえてちょっと高級ぐらいの店で食べることに。こういう店で出る料理はまず薄いスープ、続いて煮込み料理に近いスープとパン、肉料理と続き、塩の効いた小品が出てきてからフルーツかデザートの順になることが多い。
塩の効いた小品というのはこの時代、移動も基本的には自分の足であったりするから運動量が多く、塩分が足りなくなることが多いからじゃないかと思う。もちろん塩味の濃いものの後で出てくるフルーツやデザートが一層の甘味を感じるようになるという効果もあるだろうけど。
「ヴェルナー様はお酒はあまり飲まれないのですね」
「嫌いじゃないというぐらいかな」
ゆっくり飲む暇がなかったという方が近いかもしれない。酒を楽しめるようになるのはもう少し安定してからだろうなあ。というかいくらこの世界だと飲んじゃいけないという法律がないとはいえ、俺学生だし。
「旨い酒の話とかを聞いたら教えてもらおうかな」
「はい、その時はお酒に合う料理も準備しますね」
「楽しみにしておくよ」
といいつつもこの世界の酒なんであまり期待はしてなかったりするんだが。そう言えば魔物素材の酒ってあんまり聞かんな。肉を食うんだからあってもよさそうな気がするんだけど、ひょっとしたら悪酔いしたりするんだろうか。なお実験する気はない。
そのあたりの疑問は脇に追いやって好きな果物の種類や料理の話を聞く。
「宿ではハーブを煮出した水も出していました」
「疲労回復とかにはいいかもなあ」
冷蔵庫があればもっといいんだが。多分、この世界だと煮沸することで安心して飲めるようにする効果もあったんだろう。庶民の知恵だろうか。
いろいろな話を聞いているうちにふと思いついたというか思い出したものがあるが、それは後回しだな。
午後は高級品を売るような店に足を向ける。今後貴族との付き合いもあるから服もそうだが香水、小物、化粧品の類も必要になる。
そう言えばそういったものを今まであまり気にしていませんでしたはい。母が今日リリーをフリーにした意味が解ります。
「と言っても俺はあんまり詳しくないから店員さんに頼むことになるけど」
「はい」
こういうのが必要だ、という事もわかってくれているんだろう。自分で使うのもそうだが、他の貴族とお茶会をした時には話題の種にもなる。勉強の意味を兼ねていることを理解したのかいろいろ質問をしているんだが正直俺にはさっぱりです。
そう言えば以前のあれで割れてしまった魔除け薬を入れていた水晶の瓶をもう一度調達しておく。以前より良いデザインにしたのは俺もお給金増えてるしそのぐらいはね。
リリーが変に気を使わないように退屈そうなそぶりだけは見せない。来店した客の何人かが俺の方にも視線を向けてくるんだが、そっちは無視。時々リリーに話しかけておけば問題はない、と思う。
ちょっとだけ笑いそうになったのは店の外で警備していたシュンツェルが逆ナンされてたことだった。店の中にいる俺はともかくノイラートやシュンツェルには逃げ場がないが頑張ってもらおう。決してアンハイムでリリーへの土産を買う時に生暖かい目でついてきた二人に対する意趣返しじゃないぞ。
購入品はツェアフェルト伯爵邸に持ってくるように指示をして、遅くなったため今日はこのまま帰宅。あまり観光的なところに行けなかったのはちょっと反省だが、それはまた今度なと言ったら嬉しそうに頷いてくれた。
そして夕食後に父からのお呼び出しでございます。やれやれ。
「今日はどうした」
「馬車を使わずに移動したんでリリーには悪い事をしましたよ」
ややそっけなくなったかもしれないが、そう応じたら父が苦笑しつつ頷く。
「それだけ多くの人目に触れたという事だな」
「ええ。必要だったのですか」
「不機嫌な顔をしていたら逆効果ではあっただろうがな」
それはなかったと思う。楽しかったのは事実だし。
「ならばよい。それに気分転換にはなっただろう」
「それは否定しませんが」
あれ、ひょっとして本当に休みの意味もあったんだろうか。あるいは両方の意図があったのかもしれない。だとしたらちょっと申し訳ない。
「それに、リリーにはちょうどいい息抜きになったはずだな」
「それは確かに」
そのあたりの配慮が足りなかったのは猛省しております。そう思っていたところで父が話を変えた。
「近いうちに出兵の可能性が高い」
「その件で父上、また斥候隊を編成したいと思いますが」
「解った。予算は用意する」
「ありがとうございます。騎士団の引き締めもお願いしたく」
「それも引き受けよう」
現在の所、家騎士団の主は間違いなく父だ。俺はあくまでも代理指揮官という形になる。それにこれで父は騎士団からの信望も厚い。それはマックスを始めとして優秀な騎士が何人もいることからも明らかだ。だから引き締めはむしろ父にやってもらった方がいいだろう。
人を集めるのはお前の名前でも十分だと思うがな、と笑われたがやっぱり伯爵家が後ろについている方が安定することは確かだ。妙な表現だが、仕事をする相手としては有名な個人事業主より大手企業の方が相手を安心させられるのに近いかもしれない。
肩書も使えるときは使いたいし、勝って生き残るために、良い選択肢の方を選ぶことに抵抗はない。さっそく準備を進めさせてもらおう。




