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翌日は夕方の早い時間帯に仕事を上がらせてもらい、一度王太子殿下の元に顔を出してからノイラートやシュンツェルを連れて城下へ。途中、先の戦いで破壊された現場を回り、復興状況や足りない資材、薬などがないかを聞いて回る。ついでに廃材を薪代わりにするという事で買い取っておく。
前世でもたまに欧州の建物は全部石造りだったような誤解をしていた人もいたが、実際は木造部分も多い。一六六六年のロンドン大火が有名だがそれ以外の町も多かれ少なかれ火事や戦火で大変なことになっている。ロンドン大火に関していえば当時の市長の緊張感のなさにも責任はあるが。
そして日本の大火の後もそうであったように多くの建物に被害が出た後だと材木価格の高騰が起きる。どこの世界でもこればっかりは毎度のパターンである。商人からすれば稼ぎ時なのはわかるが放置もできんか。
木材系のギルドに顔を出して話を聞きたいというと、最初はどこの小僧だ、口を出すなみたいに強気に出るギルド関係者もいたが、俺が名乗ると態度が一転した。うん、俺こんな年でも貴族だからね。
王太子殿下も工事の進捗を気にしておられるだろう、と言ったらわかりやすく買い占めていた分の供出を約束してくれた。こういうやり方は好きじゃないが、もたもたやっていると被害者たちの方が迷惑するからしょうがない。
そのかわり厩舎長として古くなった建物の修繕か立て直しを近いうちに依頼する、と伝えたんで向こうも納得した様子。ついでにギルドの外で様子をうかがっていた復興作業員たちに大声で価格を戻すことをギルド側が確約した、と説明したら明るい顔で歓声が上がったんで良しとしよう。
その後、ビアステッド氏の商会に足を運び、腰を落ち着けてひと休み。ビアステッド氏から受け取るものは受け取り、依頼するものは依頼して、そのついでに商業ギルドの話も聞いてみる。
「やはり流通の一部に乱れはあるか」
「はい、とは言え徐々に持ち直しつつあるようではありますが。再度の魔軍襲撃を恐れる者もおりますので」
先ほどまでの町中の様子を報告書として書くために借りていたペンを置いて思わず考え込む。確かに魔軍の再度襲撃を恐れる気持ちはわからなくもない。
一方でどうしても仕方がないとはいえ王都は消費都市だ。来訪する商人の数が減れば食料品などの物資に偏るのは避けられない。商人の数が必要だ。
「地方の都市で二角獣の角に価値はあるか」
「そこそこには」
サービスじゃないがどうせほっといても使いきれないんだし、必要な物資を運んできてくれた商人に二角獣の角を分けてもいいと提案。その分が追加でいただけるのなら来るものもいるかもしれませんとの返答を受ける。
一本丸ごとではなく荷に応じて角も重量売りする方向で話を纏めておく。ビアステッド氏も商人たちに提案してみましょうと応じてくれた。
「それと、近々王国が兵を出すのではないかという噂もありますが」
「ふむ」
そう言って向こうもこっちを探る視線。お互い様か。
「それで儲かるのか」
「人が動けば儲け先があるものです」
商人らしい台詞にちょっと苦笑。客のいるところに行くだけじゃなく、客ができるだろう所を先に狙うわけか。そのうちこの世界でもコマーシャルの手法が発達して客を作り出すようになるのかねえ。
「儲かるといいな」
「さようですな」
間接的にだが否定しない事で出兵が近いことを認める。もっとも、コルトレツィス侯爵の長男が魔軍に加担していて次男や侯爵夫人は領地から出てこない、これはひと悶着あるだろうぐらいは情報に聡い商人なら気が付いているだろう。確認しただけだろうな。
「儲かるかどうかは別にして私もいろいろ頼んだ立場だが」
「こちらはずいぶん奇妙な注文だとは思いますが」
「別におかしくないだろう」
多分。輸送を頼んだだけよ。本当ならツェアフェルト領のものを使わせてもらおうと思ったら領の輸送を受け持っている商隊が別件で忙しく、当てが外れたんで他の領から調達する羽目になったけど。
「ついでにもう一つ儲けの準備をしてもらおうかな」
「何でしょう」
「コルトレツィス侯爵領やその近辺で飼葉になる草を買い集めてほしい。一商会だけが目立たないように」
「なるほど」
軍馬は当たり前だが体力が必要なんで体格がよくその分大食いだが、これが決して無視できる量じゃない。草だけで馬一頭につき一日十五キログラム以上だ。騎馬隊として一〇〇〇頭の馬がいれば一日に十五トンの草がいる。人間一人を体重六十キロで換算すると二五〇人分ぐらいの重さの草を食うわけだ。その場で調達なんて絶対に無理。
それも何でもいいというわけじゃなく、良質の飼葉の方が馬のやる気にもかかわってくるし、腐ってたりしたら馬だって体調を崩す。良質の飼葉を先に手配しておく方がいい。ついでに先に買い占めておくことで相手の騎馬の運用を妨害することにもなる。
先に飼葉を押さえておけば、状況によっては飼葉と人間の食糧を交換する形でコルトレツィス侯爵側が籠城を計画しても「飼葉があっても人間の食い物が足りない」という状況にすることもできるかもしれないが、これはまだ他人に言う事ではないな。
「なんなら隣国であるファルリッツから購入してもらっても構わない」
「ほう」
相手が軍事行動を計画していたら売らないだろう。つまりそれ自体がむこうの戦争準備情報となる。俺はその意図で言っているしビアステッド氏も理解しているようだ。
「承知いたしました。そちらも商人仲間にも声をかけておきましょう」
「頼む」
「子爵様と関係を持ちたがっている貴族は多いので、二角獣の角の件を伝えればそちらにも積極的に協力するものも増えますよ」
「有名になりたいわけじゃないんだがなあ」
思わず愚痴ってしまったが、今更だろうか。開き直りついでに書いた手紙を王宮にいる父に届けてくれるように手配をしてからラフェドの店に移動。出迎える態度が相変わらず舞台演劇のように大げさだが、慣れてきている自分が怖い。
ラフェドが茶を出して来たのでこいつのはありがたく貰っておこうって、おや。
「珍しい茶だな」
「さようですな。レスラトガの高級茶葉でございます」
その国名を聞いて何とも言えない表情を浮かべてしまった。思わず質問を重ねてしまう。
「まだ伝手があるのか」
「商人としての人間関係というものは意外と切れないものでしてな。それに、子爵の情報は相手も喜びますので」
隠さなかったという事は悪くとらえなくてもいいのだろうが、さらっととんでもないことを口にするなよといいたい。俺の話で他国の情報を買っていると考えればあきらめもつくけど。
「他国でも俺の話とかあるのか」
「レスラトガではどうやって歓心を買うかを考えているようで。それとザルツナッハでは子爵の件で勇者様が激怒されたとか聞いております」
「何でまた」
「詳しくは存じませぬが、子爵の戦い方は卑怯で貴族の風上にも置けないとかの陰口を聞いたらしく」
「間違ってないけどな」
少なくとも正統派ではない自覚はある。ついでに言えば普段から貴族っぽくないのも認める。本心を言えば貴族的な礼儀作法とか面倒くさいし。
前世の中世辺りも礼儀作法は面倒くさかった。日本の室町末期あたりだと「餅を食う時は背を丸めて食べなければいけない、素麵を食う時は背を伸ばして食べなければいけない」とか、それに何の意味があるんだと突っ込みたくなるような作法まである。
そして自分たちが勝手に決めたその作法を知らない、あるいは守らない相手を世間知らずと笑うんだから公家や貴族ってのは性格が悪い。織田信長が京都に長居したがらなかったのってこういう作法が面倒くさかったからじゃないかと割と本気で思うんだがそれは余談。
「なぜ自分がこうして魔王討伐の旅ができると思っているのです、何の心配もせずに母国を離れて旅ができるという安心感がどれほどありがたいのかわからないのですか、と珍しく声を荒らげて相手を蒼白にさせたとか」
「ありがたいけど背中が痒いぞ」
それこそラフェドに言ってもしょうがない事ではあるんだが。あいつ他人の事になると沸点下がるからなあ。俺の評判なんか気にしなくていいっての。
しかし本気で怒ってるマゼルに詰め寄られるとか、それだけで寿命が縮みそうな気もする。
「その後にルゲンツ殿が魔軍相手に正統派の戦いを見せてほしいとか、フェリ殿が子爵には勝つ自信がないけどあんたになら勝てるよとかさんざんだったそうですな」
「相手に同情したくなってきた」
なんだその集中攻撃。負け惜しみを口にしたら勇者パーティーから袋叩きにされましてございますってか。相手もモブキャラだろうから冗談抜きで命の危険を感じたんじゃないのかそれ。あと俺の方にはフェリに一対一で勝てる自信はありません。
本当に背中が痒くなってきたんで話を変えよう。
「他には何かあるのか」
「子爵が聖女様の婚約者候補だとか。おかげで他国の教会関係者が子爵への伝手を探して奔走しているそうですな」
「まだその話題か……って、まて、最近の噂なのかそれは」
「さようです」
以前ならともかく、最近それなのか。いやおかしいだろうそれ。俺にその意思はないってのは国の上層部はもう知っているはずだし、他国の諜報組織がそこまで無能ばかりだとは考えにくい。となると、恐らく誰かが意図的にその噂を流している。
「ヴァイン王国の側は否定してるだろう」
「否定も肯定もしていないようですが」
その返答を聞いてカップを置いて思わずその場で考え込む。俺の様子を見てノイラートが横から声をかけてきた。
「どうかなさいましたか」
「ん、今度は何を考えてるのかと思ってな」
なんせあの決闘裁判をあそこまで利用しつくした王太子殿下だ。多分この噂も裏で糸を引いているんじゃないかと思う。利用されても見捨てられるわけじゃないし、能力的にも信頼できる人ではあるんだが、楽ができる主君じゃない事も間違いないからな。
だとするとどのあたりに狙いがあるだろうか。まず単純にラウラの婚約申し込みに対する虫よけというのが考えられるが、それだけだとちょっと弱い気がする。すると勇者関係だろうか。
いや、確かにそうなればマゼルへ婚約者なりなんなりをあてがおうとする奴は絶対出てくるだろう。だがそれはヴァイン王国が抱え込んでいることを既に明らかにしているから難しい事もわかっているはずだ。とするとそれも主目的ではないか。
解らん。とりあえず疑問を一旦袋詰めにして口を縛って脳細胞の隅に追いやる。優先順位で言えば頼み事の方が先だ。
「それはそれとして頼みがあるんだがな」
「なんでしょうか」
「宝石を少々」
「ほう」
誤解しているっぽいので用途を説明しておく。何だその残念そうな顔は。
「断っておくが一応俺は伯爵家の人間だぞ。贈り物の宝石なら出入りの商人に任せる」
「それもそうですな。承知いたしました」
どっちに対する納得なのかわからないが、何となく贈り物をラフェドに任せるとろくなことにならん気もする。投資だと称してめちゃくちゃ高価なものを他国から仕入れてくるとか。
とりあえずそっちに釘を刺しつつ、依頼品は早めにという事で頼んでおく。使わないに越したことはないんだけどな、こんなもん。
編集部様から二巻の刊行予定についてのお話を頂きました。
時期はまだ未定ですが年内には二巻も発売できそうです!
一巻をお買い上げいただきました皆様、本当にありがとうございます!




