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セイファート将爵の部屋を辞してノルポト侯爵の執務室に行き、先日の報告を遅ればせながら行う。
報告そのものは了解してもらったが無理をし過ぎだと説教半分の心配をされた。申し訳ありません、と謝罪はしつつも、あの状況だとさすがに他に方法が思いつかなかったんだよなあ。
ともかく報告を済ませて執務室に戻り、軽食を手早くつまんでおく。午後に備えての事だ。のんびり昼食をとる暇はない。パンをかじりつつノイラートたちに指示を出しておく。
「ノイラートはマックスに連絡、ツェアフェルト隊の功労者と死傷者を確認しておいてくれ。今日中に一覧が欲しい」
「解りました」
慶弔見舞金じゃないがそういう手配をしておく必要がある。極端なたとえだが負傷者が三〇人いたとして一人に銀貨十枚渡すとすると、それだけで三〇〇枚の銀貨が必要になる。そんなに貨幣の用意がないから払わない、なんてことを言えば今後の士気に関わるしな。
金額も負傷の度合いで変わるし、戦没した相手に対してはその配慮も必要になる。例えば味方を救うために無理をして戦死した騎士と、指示を聞かずに勝手に突貫して死んだ騎士とを同列に扱うわけにもいかない。この辺は一律で戦没者にいくら払うとシステム的に処理できる近代戦と異なる所だ。
もちろん報酬の方もおろそかにはできない。今回は対人戦ではなかったから敵が名のある騎士の場合と兵卒との違いとかを考える必要はないが、働いた分を評価されないのが辛いのは解る。そりゃもうものすごくよくわかる。
そういうわけでちゃんと報酬は出さなきゃいけないし、働いた直後にちゃんと認めてもらう方がうれしいに決まっている。そちらも急ぎ対応しなきゃ逆に不満の種にさえなりかねない。そちらの準備はマックスに丸投げするとして、指示だけは出しておく必要がある。
「シュンツェルは傭兵隊への聞き取りと手配を頼む」
「はっ」
一応、初期契約に記載されている報酬はあるが、契約以上に働いてくれたのなら追加で報酬を支払うのは雇用側の義務みたいなものだ。しかもここには貴族としての面子の問題も絡んでくる。ケチな貴族だとか評判が立つと後々に関わるし。
というわけでどの程度働いてくれたのか、犠牲者は出たのかなどを確認して、更に報酬は金銭がいいのか、武器防具といった実用品での方がいいのかの希望を確認しておく。この世界だと斃した魔物の素材を買い取る手配も必要だ。
こうやって考えていくと戦争前にも金がかかるが、戦争が終わった後にも金が必要になる。しかもこっちは金貨や銀貨といった現物の準備が必要不可欠なわけで、恐ろしく手間暇と手配の準備が必要だ。このタイミングで空き巣が入ったら破産間違いなしだな。
ちなみに割と冗談にならないのは、勝った側が部下に酒を奢るあれ。あれは「とりあえず飲ませておいて時間を稼ぎ、その間に金銭をかき集める」という目的で行われる事さえあったらしい。事実かどうかは知らないが笑えない。
「リリー、今日は伯爵家邸に戻っていいよ。ノイラート、マックスに護衛をつけるよう伝えておいてくれ」
「解りました」
「はっ」
実際、今日はリリーにやってもらう事はあんまりない。どうせ午後からは戦勝式だし。億劫だなあ。
「勲功第一位、ツェアフェルト伯爵」
「はっ」
国王陛下の声に伯爵家隊のトップである父が頭を下げる。その父の頭の上に陛下が称賛の言葉を降らしている。まあ誉め言葉は無料だしな。
「……よって、この度の伯爵の活躍に報いるため、ツェアフェルト伯爵には対外輸入税の免除を認める」
微かにざわつきが起きる。これは直接にではないがかなり大きな報酬だ。領から行う他国との交易は許可制だが、結構な税金がかかるのが普通。その税金を今後支払わなくてよいというのは領の財政という観点で言えば大きい。
もっとも、どの品を輸出してよいかとかを決めるのは国の側なので、あまりに利幅が大きくなりそうなものは伯爵家領から他国への輸出を禁止にしてしまえばいい。それでも国内に流通させる分には問題はないのだし。そのため国としてコントロールはしやすいだろう。
見た目は大きいが貴族相手の報酬の中では国としては扱いやすいといえる。
「および、後日の事となるがツェアフェルトには領地の加増を行う。侍従長はこれを王室の名をもって記録せよ」
「ははっ」
王室の名を、というのは代が変わっても必ず行われるという確約の事。王の名をもって、だと王が突然急死した場合うやむやになることがあるが、王室の名という事になればこれはもう国相手の契約と同じだ。絶対に違えないという誓約書に近い。
後日という言い方をしているが普通は一年以内。ただし、例えば二年後に王が息子に地位を譲る予定がある場合なんかだとそれまで待てと言われることもある。次期国王の名で約束を果たすことで、新王は約束を守る人間でございますとアピールする目的になることもあるからだ。
このあたりは貴族っぽいやり方だなと思う。
「また、嫡子たるツェアフェルト子爵」
「はっ」
俺に声がかかったんで一段と深く頭を下げる。けどその後の台詞に思わずずっこけそうになった。
「子爵には多額の借金があることを承知しておる」
「お、おっしゃる通りでございます」
ぐはっ。まさかここでその話が出てくるとは。うう、なんか周囲から笑い声が聴こえる。思わず赤面してしまったがその後に陛下の言葉が続いた。
「だが、その借金もすべて国のためであったことは理解しておる。事実、あのような様々な道具の開発や実験は前もっての調査がなければできない事ばかりであると認識しておる」
そう思われても仕方がないんだが違います。けど、すいません前世の人類が積み重ねてきた知識を利用させてもらっているだけです、なんて言えるはずもない。他人の知識で褒められてるんだから逆方向にめちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ。
しかもあれだ、いまのこの赤面は隠れてやってきた努力がばれた事に対する恥ずかしさとか誤解してる人がいるだろ、この列席者の声。うわあ、これちょっとした拷問なんですが。
「長期にわたっての努力と己の不名誉を顧みぬ国への奉仕、特に賞するに値すると認める。ゆえにその借金をすべて国が引き取るとともに、その同額を子爵に報酬として与えるものとする」
……はい?
え、ちょっと待って。ほとんど王太子殿下からの借金なんで最初から国に借金していたようなものなんですが。借金棒引きの上にあの多額の予算全部そのまま報酬って結構凄い金額になっちゃうんじゃなかろうか。
俺の借金は国への忠誠心の結果で、それを国の側は高く評価してその借金をすべて引き取るという恩情を見せ、更に金銭面での報酬という形で一時的な報酬に収めたのか。国のメリットも大きいなこれ。まさか俺の借金をこう政治的に使ってくるとは。
その分の予算はどこかの貴族家潰して捻出するんだろうしなあ。正直まさかの展開だ。
「また、その見識を認め、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトには新たに第三厩舎長を命じることとする。第三厩舎は王太子の管轄となるのでそのように心得よ」
今度こそ驚愕の声が周囲から上がった。俺も驚いている。ちょっと待った、俺はまだ学生だっての。
厩舎長って言うのは文字通り厩のトップだ。正確には一番上になるのは王宮厩舎長でこれは王族の乗る馬や馬車を管理する。数字のついている厩舎長は騎士団とか外交官とか遠方への使者が乗る時に使う公用車ならぬ公用馬と馬車の管理が主業務。
厩舎が複数あるのは馬の病気が発生した時に一度に全部の馬が使えなくなるのを防止するためで、国によっても違うがヴァイン王国には王宮厩舎を含めて七つの厩舎がある。
ただ、もちろん馬の世話とかは馬丁などの専門家が行う。そのため、必ずしも馬の専門家でない人間がこの職に就く事は珍しくない。実際、前世の中世では息子に実権を譲って事実上引退した老公爵が王宮厩舎長に任じられたこともある。
そういう意味では厩舎長ってのは名誉職だといってもいい。
一方で、馬というのはこの時代においては高級車でもあり戦車でもある。つまり極めて重要な国の資産だ。そのため、その管理責任者として、地位や俸給はかなり高い。
例によって貨幣価値が違うから何とも言えんが、最上位に位置する王宮厩舎長なら前世で言えば月に一〇〇万円から一五〇万円ぐらいだろうか。それ以外の厩舎長も八十万円ぐらいは毎月もらえると思う。学生のお小遣いには多すぎませんかねこれ。しかも俺、子爵としての俸給ももらってるんですが。
さらに、例えば馬車による王族のパレードなんかでは厩舎長は常に馬車付近に位置して同行する。名目的には馬車の馬に何かあった時の準備とかになるんだが、いわば王族の馬車に最も近い所に常にいることのできる人間の一人だ。
しかも軍馬に関わる部門もそこに含まれるので、厩舎の会計部門や書記をはじめとした管理部門はもちろん、馬丁などの人事権、消耗品の購入における商会選別の権利や馬具を保管しておく倉庫部門、馬具を作る職人や馬蹄を作る鍛冶師といった技術部門まですべてを統括する。権限がかなり大きい。
また軍事面でも馬に関する相談を受けることがある。「厩舎にいる馬でどの程度の軍事行動がとれるか」という形で質問をされた場合それに答えることが求められるわけだ。そんな役職はないが『騎兵参謀』とでも言うべき立場を兼任することになる。
というわけでこの厩舎長って立場、普段でも軍務でも重要なポジションになる。この時点でも前世風に言えば諮問機関の一人か専門家会議の一員というのに近いだろうか。
その上、例えば厩舎の中で病気が発生したりしたらすぐに報告に上がる必要があったりするので、王族への直奏権を持つ。誰に咎められることもなく、陛下や王太子殿下の執務室に直接行く事ができる立場になるわけだ。
パレードでの位置も含め、王室からの信頼が厚くないと選ばれない上、仕事の働きがすぐに目に止まる地位という事もあり、若手貴族が就いた場合は出世街道に上ったことが露骨にわかる。厩舎長から将軍になった例さえあるほど。
と冷静に考えると、俺の年齢には少々過ぎた地位じゃございませんかね。名誉職だから厩舎長兼学生とか何とかなるかなー。どうにかならないかなー。
自覚する程遠い目をしてちょっと現実逃避。
そして午前のウーヴェ爺さんのあれといい、こういう場でこんな地位につけた理由もわかりましたよ、ええ。こうなったらやってやろうじゃないか。準備された舞台だがこっちから飛び乗ってやる。
「今までの働きに報いるため、特に望みを聞こう。何かあれば申せ」
「ではそのお言葉に甘えてお願いがございます」
一度深々と頭を下げて声を出す。もともとそのつもりではあったが、こういう状況で口にしなきゃならなくなったのは俺のせいでもあるんで、いまさら躊躇も動揺もする気はない。
「よかろう。何か」
「魔王討伐後にではございますが、リリー・ハルティングを妻として迎え入れるつもりでございます。陛下にはご承知おきいただけますようお願い申し上げます」
周囲からざわつきが漏れる。俺は頭を下げているから見えないが、王太子殿下はきっと笑ってるだろうなあ。
そう思っていたら陛下がどこか笑みを堪えた口調で俺に対して言葉を返した。
「覚えておこう。結婚の際には王室からツェアフェルトに記念品を贈ることにする」
再びの驚きの声。と同時に舌打ちがそこかしこから聞こえてきたりもする。やれやれ、やはりそういう事だったか。まだあきらめてない奴がいたのね。
ここまでの俺と陛下のやり取りはかなり政治的なアレコレが含まれている。まず俺はリリーとの結婚を「認めてほしい」とは言わず、陛下も「認める」とは言わなかった。
これは貴族が平民と結婚する際にいちいち陛下の許可を得なきゃいけなくなるような前例を作らないようにするためだ。あくまでも俺の希望を覚えておいて欲しいとお願いしただけの格好になる。
また、俺は「ハルティング」とその姓を挙げた。これは「他の家の養女とかにしないでくださいね」という牽制の意味を含んでいるわけで、もともと勇者の妹としてのリリーを狙っていたかもしれない相手だけではなく、養女とかにして間接的に関係を持とうとしていた連中にもそれは認めないぞと言ったことになる。
これにはさらに大きな面もある。勇者は国が抱え込んでいるが、リリーには国として保護の姿勢を前面に出していなかったからだ。もし他国の貴族がリリーを嫁にと言って来た時に、本人の意向以外で断る口実がなかったことになる。
だが厩舎長クラスの地位に就く貴族の婚約者となるといくら何でも横槍を入れるのは難しい。王室が信頼する高官の婚約者だからだ。割って入るためには決闘してでも奪うとか考えなきゃいけないレベルで覚悟する必要がある。
と同時に、魔王討伐後という言葉が入っている事で、マゼルが魔王討伐に失敗した場合の旗印としてのリリーの立ち位置も理解していますよと副音声で説明したことになる。
俺自身はマゼルが失敗するとは思っていないが、それはそれとしてそう思っている連中に配慮も必要だった。だからこういう言い回しになったわけだ。
それに対して陛下は王室から記念品を出す、という言葉で俺の希望を認めた。しかも記念品を“賜る”と言わず“贈る”という表現を使っている。周囲が驚いた理由がこれ。
賜るだと上位者から下へ与えるという意味だが、贈るだとより親しみがこもる。つまり王室としてその関係を喜んで認めよう、という意味になっているわけだ。しかも俺個人にではなくツェアフェルトに、という言い方で王室と伯爵家の関係も意味している。
つまりこの場でこのやり取りを周囲に見せることで「魔軍四天王と戦い、それを追い返した武勲の一族と勇者の妹との婚約を国は喜んで認める」とアピールしたことになるわけだ。他国の外交官にも今日中に伝わることになるだろう。
とは言えそんなことは俺にとっては関係ない。他人がちょっかいを出せなくなるんなら国の意図であろうと利用してやる。
「ありがたき幸せにございます。今後も変わらぬ忠誠を誓います」
深々と頭を下げて俺の出番は終わり。周囲から拍手が上がったのは好意と打算の両方だろうな。眠気がどっかにぶっ飛んでいったがまあいいか。
なおこの日の夜には、俺に娘を嫁がせて婿にしようと企んでいた貴族たちも舌打ちをしていたと父から聞いた。どうでもいいですそんなのは。




