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マゼルたちはその足でルゲンツたちと合流してすぐに次に向かう予定らしい。本来ならすぐにでもヴァルガウに向かいムブリアルを追撃したいところらしいが、迷宮に戻られてしまうとすぐには追撃できないかもしれないとの事。
ゲームだと王様からの依頼を先に済ませる必要があったなあ。それを済ませないとそもそも迷宮に向かう道の通行許可が出ないあたりが昔のお使いゲー。
「ヴェルナー、その辺は何か知ってる?」
「あー、そうだなあ」
あんまり急いで進んで危険な目にあってほしくはないが、あっち行ったりこっち行ったりもロスが大きい。日数的なものももちろんだが、現実は移動するだけで疲労が蓄積するのが当然だし。
ゲーム的には優先順として見ればどうなのかと思うイベントではあるが、こっちの世界での事情を知ると多少は理解できなくもない。
「王都じゃなくてロイトックって町の付近に出没してる魔物がいるらしいんだが、王がそいつに困らされているはず。先に倒しておいてもいいんじゃないかな」
「わかった、そうするよ」
以前、ロイトックはヴァルガウ王妃様の実家領地だと父から聞いて妙に納得した記憶がある。実家から泣きつかれでもしてるんだろう。愛妻家なのか尻に敷かれているのかは知らんけど。
ヴァルガウは貴族家の力が強くて、日本の前世で言えば室町時代の将軍家のようにパワーバランスを取らなきゃいけないらしい。だから国内問題を優先させてほしいと勇者に頼み込んだとすれば一応納得はできる。
まあそれはそれで王としてはどうなのかとは思うが、貴族家の力が強いのは今の王のせいじゃないから責めるのもちょっと酷か。
「こっちはこれから大丈夫なの?」
「どうかな」
マゼルにそう聞かれて回答に悩む。なにせ王都襲撃を無事乗り切った後の事とか全くわからん。そもそも乗り切るまでしか考えていなかった。だが実際はこうしてその後も時間は進んでいくわけで、何もないと考えるのはお気楽すぎるだろう。
けどこればかりはなあ。
「何かあっても何とかするさ」
「その返答もヴェルナーらしいね」
マゼルの奴に笑われた。俺からすればあの風の四天王とこれから戦うお前さんの方がよほど心配なんだがな。
フェリたちによろしくと俺からの伝言をマゼルに託し、そのマゼルとラウラがリリーと何やら話をしていたが、そろそろ俺は睡魔の勢力が強力になって来た。三人ともこっち向いて何やら話していたようだが話の内容までは覚えていない。
マゼルたちと別れて執務室に戻り、待っていたノイラートやシュンツェルたちに軽く仮眠をすると言って長椅子に横になったあたりまでは覚えているんだが、その後仮眠どころか熟睡状態。時計がないんで正確にはわからんが二時間か三時間ほどは寝ていたと思う。
そして現在はセイファート将爵の執務室に足を運んだところである。眠気覚ましに濃いめの紅茶を淹れてもらって飲んで来たんだが、それ以上に長い廊下を歩いたおかげで眠気は覚めた。王城の広さが面倒だとは思っていたんだが、こんな効果があったとは。
廊下の窓が割れていて外の空気が入ってきたのもあるかもしれない。割れた枚数が膨大な数になることもあり、一部はしばらくは割れたままにしておくしかないようなんで、雨が降らないことを祈ろう。
「疲れておったようじゃの」
「申し訳ありません」
「やむをえんじゃろうよ」
と言いつつ将爵閣下、苦笑しておられます。確かに執務室で熟睡してるのはさすがにちょっと問題があったかもしれない。
「今後の件じゃがな」
「はい」
椅子をすすめられたんで遠慮なく座らせてもらう。
「今日の午後から行われる戦勝式じゃが、簡潔なものになる」
「実利的なものが中心という事ですね」
「そういう事じゃな」
さすがに昨日の今日で領地の増減とかをやると後でバランス調整が必要になった時に困るからな。今日は金銭的報酬や名誉とかのいわば戦術的評価の部分に限定されるという事だ。
ちなみに城下は敵を追い返したという事で夜通しお祭り状態だったらしい。むしろ復興工事とかは今朝からようやく始まったようだ。完全に寝入っていたからなあ、俺。
また、昨夜のうちに殊勲者の顔が見たいと夜中に伯爵家邸に押しかけて来た貴族もいたらしい。何か顔を売っておきたい奴もいただろうし、どさくさ交じりにお願いでもする気だったのかもしれない。あるいは俺を浪費子爵と笑っていた奴らのご機嫌取りか。そのあたりは全部母が追い返してくれたとの事だがそれは余談。ノルベルトがいい顔で来客リストを作成していたなあ。
「いろいろ調整が必要なこともあるでな。大規模な式典は少し後になるじゃろう」
「それほど多いのですか」
「ここ最近で潰れた貴族家や昨日戦没した者もおるでな」
大掃除をした際の処置もあるのか。棺とかとも関係があった家もあるだろうしな。そう考えると二桁に達する貴族家の処置があるのかもしれない。
実際の所、貴族家って多すぎると困るが少なすぎても困る。言ってしまえば地方領主でもあるからだ。貴族家領地に貴族がいないとインフラ整備、治安維持、税の徴収といった行政的な事をやる人間がいないことになる。山賊が出ても討伐を命じる人間がいなくなるわけだから民の生活にとっては大問題。
この辺わかりにくい所もあるが、前世で言えば県知事と国に関する役所が全部無人になったと思えばいい。九州から運転免許の更新のためだけに東京まで行くわけにもいかないようなもんで、警察もいないからと面倒になって無免許運転あたりから始まり、そのうち何もかもがガタガタになっていってしまう。
ここまでの戦功を加味して、いくつかの貴族家を逆に陞爵させたりしてそういう政治空白地帯を作らないようにする調整が必要になっているんだろう。
しかも貴族家一つ潰すとその関係者が全員が解雇されて無職だ。クララみたいな人間が大量発生する危険性もある。「お前は悪い事をやったから貴族家取り潰し」と簡単に決めることはできない。処罰で済むのか潰すしかないのかとかの調整に時間が掛かるのも当然か。
「それに、まだ大物が残っておるしの」
「……コルトレツィス侯爵の問題ですか」
「ちと領地が広いからの」
否定しなかったよ。しかもその言い回し、潰すかどうかは別にして大規模な領地削減ぐらいは想定しているって事だな。長男がレッペ大神官と一緒に魔軍側の魔巫女と同行していたんだし、今更言い逃れはできんか。ってそう言えば。
「イェーリング伯爵はどうされておられるのでしょうか」
「負傷療養中じゃよ」
そう言いながら将爵がファイルを差し出して来たので拝見させていただく。イェーリング伯爵は伯爵家本領の方で大量の武器糧食を用意していた……んん?
その他の部分も読み込んでいく。コルトレツィス侯爵家の領地とも使者が頻繁に往復していたようだ。一方で王都で派閥を作ろうとしていた。ふむ、これは。
「両面の手配を進めていたという事ですか」
「賢しらではあるがの」
王都襲撃まで予想していたわけではないのかもしれないが、レッペ大神官とのつながりを作ったのは何か別の目的があったんだろう。だが王都内部で混乱を起こそうとしていたレッペ大神官はその協力者にイェーリング伯爵を選んだようだ。
その結果、王都襲撃が起きた場合と起きなかった場合の両面を視野に置いての計画をイェーリング伯爵は立てていたことになる。
仮に王都が壊滅的な損害を被ったら大量の支援物資を持ち込んで民の評判を得る事ができただろう。準備を進めていたのなら美味しい所を独り占めだ。生き残った王都の住民を自分の領地に避難させるとかも考えていたかもしれない。
一方、王都が無事なら改めてその大量の物資をどうするかを選ぶ事ができる。王家に持ち込んで恩を売るか、侯爵家が反乱を企む際にはその援助物資とする事もできるからだ。しかもどっちかというとその用途を狙っていたような節があるように思える。
だが王都で俺を抱き込もうとしていたように派閥を作っていたという事は。
「最終的にはコルトレツィス侯爵家も裏切るつもりだったように見えますが」
「卿もそう見たか」
「支援物資を得て反旗を翻したコルトレツィス侯爵家の軍を戦場で背中から刺す。そこで大将首でも取れれば大功ですね」
「その際に有力貴族からの誘いで王国側に寝返ったという事になれば、有力貴族の面子を潰すわけにもいかぬ国側はその功績を認めるしかないからの」
関ヶ原の小早川秀秋ポジ狙いか。小早川秀秋と違うのは自分の意志と行動でそれを狙って作り出そうとしていたようだという事になる。
なるほど、王太子殿下お気に入りという評判の俺と関係を作ろうとしていたわけだ。反乱軍となるコルトレツィス侯爵家軍の一翼を担う事になるだろうイェーリング伯爵家軍を丸ごと寝返らせれば大功だから俺にもメリットがあるといいたかったんだろう。
逆に、俺と仲が悪ければ伯爵家との関係がよくない家にその功績を得る立場を売り込む事ができる。ひょっとすると俺がイェーリング伯爵の部下的な立場に収まることを納得していたら、棺やレッペ大神官も売っていたのかもしれない。そう考えると梟雄的な野心の持ち主と言えるかもしれないなあ。
「もっとも、レッペの方も全面的には信用していなかった節もあるの」
「私もそう思います」
もしレッペ大神官とイェーリング伯爵が深い繋がりがあったのならあの時ノイラートやシュンツェルたちを有無を言わさず捕縛していたような気がする。つまりあの時点ではイェーリング伯爵は王都襲撃が目前だという事を聞いていなかった。
多分だが、イェーリング伯爵は現実的な欲望が強すぎて終末思想を受け入れる事ができず、レッペ大神官が棺を利用していた事を認められなかったのだろう。とは言え利用価値そのものは否定できず、切り捨てて王家に訴え出ることもしなかった。
一方のレッペ大神官はそもそもこういう野心家とか貴族的なアレコレをラウラの子の代に残す気はなかった。最終的にはイェーリング伯爵もどこかで排除するつもりだったんだろう。だから計画の肝心なところは説明していなかった。どっちも相手を利用だけしようとしていたわけだ。本気で両方が手を握って計画を立てていたらかえって面倒なことになっていたかもしれない。
「野心家同士の末路ですね」
「まあそういう事じゃな」
はてしかしこれを俺に見せる理由が……って、食料の入手先はヴァイン王国の東南にあるファルリッツなのか。さんざん騒動を起こしてくれたデリッツダムの友邦国だな。だがイェーリング伯爵はファルリッツと関係はなかったはず。ああ、そういう事か。
「本格的にコルトレツィス侯爵家を裏で援助しているのはファルリッツなんですか」
「そういう事じゃ。他国を引き込んでの騒動となると放置もできんて」
忙しくて忘れていたが以前マゼルたちと高級料理店で会食した帰りに俺が襲われた時、犯人たちは他国の武器を使っていたな。あれもその流れか。
「こうなるとアネットさんは未然に大反乱を防いだとも言えますね」
「処分なしとはいかぬが厳しい処分は下るまいよ」
「それは何よりです」
ふーむ。しかしこれ、この流れだと。
「コルトレツィス侯爵家は破れかぶれで単独の反乱を起こしませんかね。ファルリッツとの関係もヴァイン王国に把握されているのでしょう」
他国と勝手に関係を持っている以上、子爵クラスまでの降格とかのきつい処罰は避けられないだろうが、それでも未遂であれば大人しく降伏すれば家名は残るだろう。だがここまでのコルトレツィス侯爵家を見ているとその可能性は低い気がする。
となると領地ごとファルリッツに寝返るか、自分たちの独立という顔をしてファルリッツと裏で協力しつつ反旗を翻すかだ。ファルリッツにしてみればコルトレツィス侯爵家が寝返ってくれれば領土が広がり万々歳だしな。
「その際には卿も鎮圧軍に参加してもらう事になるの」
「私もですか」
「もはやその軍の中に卿がいるかいないかが重要になりつつあるでな」
王都攻防戦は当然ながら他国の外交官たちにも多くの情報を与えたことになる。ファルリッツも同様のはずだ。だから光線指示棒をぎりぎりまで使わないように策を練る羽目になったんだがそれは愚痴の範疇なんで置いておく。
けどそうか、謎の白い粉の存在とかは他国も当然調べるだろうし、俺の発案ってところにもいきつくだろうなあ。王国軍がコルトレツィス侯爵家に負けるとは思えないんだが、俺が参戦拒否とかすると、その総大将と俺の関係が悪いとかいう評判が立ちかねないのか。
「その時までは父君の補佐官に戻ることになるじゃろう」
「解りました」
これはもうしょうがないのか、って。今、典礼大臣の父はその貴族家の勲功に伴う陞爵や逆に罰を受けた結果の降爵や奪爵の手続きやらなんやらですげえ忙しいんじゃなかろうか。
そう思っていたら将爵がちょっと笑っておられます。
「『説教は仕事が済んでからだ』そうじゃぞ」
思わず突っ伏しそうになった。いや確かに一人でリリーを追いかけたり、貴族としてはいろいろ失態やらかしているけど。伯爵家当主として父が俺を叱る理由は理解できるけど、ひょっとして激務手伝いもお仕置きの一端でしょうか。
これ、最初から説教された方がましなんじゃないだろうか。
「酷い顔じゃの。午後からの戦勝式前に顔は洗っておくことじゃ」
「ご忠告痛み入ります……」
泣いていいですか。
本日一巻の発売日なのですが、
早くも購入してくださいました方からご連絡を頂いております。
本当にありがとうございます。嬉しいです!




