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今回からまたヴェルナーの一人称に戻ります。
「じゃあ、あの後すぐに王都に着いたのか」
「あの後って言うのがいつごろかわからないけど、僕たちが着いたときには四天王はいなかったね」
「風の四天王が撤退したのはそれが理由か」
「だけじゃないと思うけどなあ」
紅茶を口に運びながらマゼルの話を聞く。多分いい茶葉なんだろうがまだ頭の方が寝てるんで味より熱の方を感じる。
今の正確な時間は不明だが、多分、朝日が町の中に落ちてきたころだと思う。思うというのはこの部屋には窓がないんで外が見えないからだ。とにかく早朝よりも早い、まだ外が真っ暗な時間に起こされて、現在王城の中である。あー眠い。
もっとも、昨日四天王を追い返した後も戦後処理は続いていたはずだ。寝ずの作業をしていた人も多いだろうからこればかりは文句も言えんというか。大臣である父も昨日は帰宅しなかったらしいし。
「それでお前さんたちは王都の救助支援か。タフだなあ」
「そのぐらいしかできないしね」
そうマゼルが笑ってるが何を言っているんだと本気で思う。ムブリアルがあれなら火の四天王も相当に強力な敵だったはずだ。それと戦ってから王都に戻ってきてさらに救助活動の手伝いとか、どれだけタフなんだよ。
もちろん勇者様が瓦礫の中から被害者を引っ張り出したり、聖女様が怪我人の治療をしたりというのをその目で見ていた住民たちは感激しただろうし、それが回りまわってマゼルたちのいい評判に繋がるならそれはそれでいい事だとは思うんだけど。
「想像したより斃すのが早かったな」
これは俺の本心。数日は籠城戦することになると思っていたんでマゼルの帰還が早かったことに正直驚いた。だからそう思いながら口にしたら逆にマゼルに笑われてしまう。
「迷宮の方が大変だったぐらいだよ。ヴェルナーが今回の四天王には炎系が効かないって言ってたからね」
「そういえばそんなことを言った記憶もあるな」
本気で忘れてた。マゼルが今度は苦笑を浮かべてる。そのあげく、そのあたりがヴェルナーらしいね、と言われてしまった。どういう意味だ。
「それにしても、そっちもなんだかいろいろあったみたいだね」
「いろいろありすぎて正直恥ずかしいな」
空になったティーカップを置きながらそう応じる。いや実際恥ずかしい。リリーを危ない目にも合わせたし俺自身死にかけたし。
そのリリーがティーカップを自分のものと取り換えてくれたんで遠慮なく貰う事にする。あー、二杯目でやっと味を楽しむ余裕がでてきた。
「多分だが、そのあたりを先に説明しろという事だと思うんだよな」
実際、ユリアーネ様の名前を大多数の前で出すわけにもいかんが、今日の昼頃からは戦勝式のようなものをやる必要はあるし。陛下や王太子殿下がその前に詳しい事情を把握しておきたいというのはよくわかる。
だから一緒にリリーも呼び出されたんだろうしな。何せ俺ですらリリーから詳細な話は聞いていない。そんな暇はなかったし。
次に戦う事になる風の四天王に関する情報をマゼルに説明しつつ、今回の一件をどう陛下たちに説明するのかを考える。気が重いなあ。
考え考え話していると侍従らしい人物が入室してきてお呼びがかかったので俺とマゼルとリリーが移動。だいぶ奥まった部屋だな。これなら話をする相手は最少の人数だろうし秘密は守られそうだ。隠し事をする必要はなさそうなのが救いかね。
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト子爵、マゼル・ハルティング殿、リリー・ハルティング嬢をお連れ致しました」
「通せ」
近衛兵が二人も立っている扉の奥に侍従らしき人が声をかけ、近衛が扉を開く。予想より狭い部屋だが陛下と王太子殿下、それにラウラとウーヴェ爺さんに宰相閣下とセイファート将爵もいる。室内に衛兵らしい人はいない。多分どこかにあるんだろう、隠し扉の奥とかは知らんが。案外ゴレツカさんはそっちにいるのかもしれん。
そんなことを考えながら入室してすぐに跪こうとしたところ、王太子殿下から声がかかった。
「形式は無用だ。実のところ形式に使う時間が惜しい」
「ご配慮に謹んで感謝申し上げます」
時間がないのも事実だろうがマゼルやリリーもいるからだろうな。とりあえずありがたくそのお言葉に応じさせていただく。
「それでは、事情を説明してもらおう」
「はっ」
陛下の御下問にまず俺が神殿に調査に向かったあたりからの説明をする。ユリアーネ様の名を名乗った相手は魔将ではないという扱いらしいので、そこにちょっと修正を入れつつ俺の知っている限りの話を終えた。
話を聞き終わると宰相閣下が済まなそうな表情で口を開く。
「申し訳ない。まさかレッペ大神官がとは思いませんでした」
「いえ、見抜けなかったのは私も同じでございます」
実際、騙されていたのは俺も同じだし。演技であったにしてもあの時までレッペ大神官はむしろ王室寄りの姿勢だっただけにしょうがない所はあるだろうと思う。普段から極端な教会至上主義者の方が目立つのは当然だしな。結果的にこれで神殿の中の風通しもよくなるといいんだが。
行方不明になっているマラヴォワ大神官や療養中扱いのイェーリング伯爵がどうなったのかとか聞きたかったが、それらの質問は陛下や殿下の知りたいことを全部説明してからなので我慢。
「そこまでは解った。次にリリー、貴女の知る話を詳しく聞かせてもらいたい」
「は、はい」
陛下の視線がリリーの方を向いた。それに対してリリーが相手から聞いた話やクヌートとか言うコルトレツィス侯爵の長男の話を詳しく説明。マゼルが驚いた表情を浮かべている横で、その話を聞きながら内心で思考を進める。
リリーの話を聞き終えた王室関係者皆様方が沈黙していらっしゃる。初代国王である人物が姉で聖女を暗殺したと聞けばそれはそうかと思う。何とも重たい沈黙だったが、王太子殿下が口を開いた。
「興味深いが、全面的には信じるわけにもいかないな……ああ、君が嘘を言っているという意味ではない」
後半はリリーに向けての発言だが、ご先祖様弁護というわけでもなさそうだ。というか、そもそも戦乱期を乗り越えてきた王室なんか多かれ少なかれ大量殺人者だし、綺麗な王室なんてものはない。俺はそう思っているがマゼルやリリーがどう思うかはまた別か。
ともかくなぜそう思うのですか、という疑問を表情に浮かべていると殿下が口を開く。
「今の話ではユリアーネと名乗った相手は死後に魔王の声を聞きその配下となったと言っていたが、そのような例はほかに聞き覚えがない」
「あ」
思わず声をあげてしまった。言われてみればもっともだ。殺した後でもどうにかできるのだとすると、リリーを生かしておいた事やアンハイムで俺を殺さないようにしていたのと矛盾している気がする。
「魔王はおとなしく封印されたという。にもかかわらず先代勇者のイェルクがその封印されたという剣を手放さなかったというのにも少し違和感がある」
「確かにそうですな」
セイファート将爵も頷いた。
「ユリアーネと名乗った相手が本物のユリアーネ聖女であったのか、自分をユリアーネと信じていたのか。そのあたりから考えてみる必要がありそうだ」
「なるほど」
「欺瞞情報、ですか」
俺の問いに殿下は首を振った。
「ユリアーネとやらが既に消滅している以上、もはや調べようもあるまい。だが相手の言う事を無条件に信じるのは危険だ」
「魔王には相手を操る、とまでは言いませんが、相手の思考を誘導するような能力があるのかもしれませぬな」
ウーヴェ爺さんが言葉を継いだ。騙した相手が『事実だ』と信じ込んでいればその発言に真実味が帯びてしまう。そうしてさらにその『事実』を『真実』と信じ欺かれる人物が増える。広い意味での詐欺のテクニックではある。
ユリアーネと名乗った相手は事実だと信じていたのかもしれないが、それが本当かどうかはまた別だという事か。
「覚えておく必要はあるだろうが信じる必要はない。卿らもそのようにしてくれ」
「はい」
「解りました」
マゼルとリリーが頷いた。その横で俺は内心冷汗ものだ。これ、裏ですげぇ高度な心理情報戦が交わされてないか。
魔王側はこれを信じた人物からマゼルに伝えることができれば、マゼルにヴァイン王国を守る意味に疑問を抱かせ、その結果、マゼルとラウラの信頼関係に楔を打ち込む余地さえ生まれたかもしれない。
ユリアーネと名乗った相手が新たな魔将の肉体を準備できればそれでよし、できなくてもこっちを混乱、分断させるための種をまいていた可能性があるわけだ。
それに対し、実は否定する証拠もないので相手の言ったことが全部事実である可能性もあるんだが、王太子殿下は相手の言う事を全面的に否定するのではなく、覚えておいていいが疑ってかかれとマゼルたちの思考を補正した。悪く言えば誘導したとも言える。魔王側が王室と勇者の間に作ろうとした亀裂を先に塞いだ格好だ。
そして全体像を把握しただろう俺に対しては余計なことを言うなよという視線。はい解っています。政治の世界に生きるってこういう事なんだろうけど、こういうやり取り素で怖いわ。
それはそれとして、どうしても言わなきゃいけないことがあるんだよな。胃が痛い。
「ところで陛下、このユリアーネと名乗った相手を滅ぼした件で、申し上げねばならぬことがございます。お許しいただけますでしょうか」
「許す」
微かに怪訝そうな口調であった陛下の許可を頂いてから、その場に跪く。マゼルやリリーからぎょっとしたような気配が伝わって来たがとりあえずそっちは後回し。
「かの魔巫女を討ったのは臣でございますれば、我が指揮下で動いていた部下たちへの罰はどうぞお許しいただけますように伏してお願いいたします」
あちこちから怪訝そうな気配が伝わってくるが、覚悟を決めて口を開く。
「かの魔巫女が奪ったという体に関してでございますが、恐れながらお伺いいたします。第一王女殿下はいずこにあらせられますでしょうか」
一瞬、空気が固まったような気配がする。だがあのユリアーネと名乗った相手が誰であったのかを考えた時、これ以外にはちょっと思い浮かばなかった。名前も覚えていない第一王女、それが魔王復活前から意識の中から消されていたのだとしたら筋が通るという事だ。
多分だが、その時第一王女殿下は書庫にいく用事があったのだろう。そしてあの隠し通路を見つけてしまった。ひょっとすると中にいた何者かに引き寄せられたのかもしれないが、そのあたりはもうわからない。
そして隠し扉の奥でユリアーネと名乗った相手に体を奪われる。そのまま、墓所に通じる地下通路を崩落させてそこを塞ぎ、さらに書庫の鍵を使い書庫の方にある魔法陣に“だけ”細工をした。結界本体に手を出していなかったのは、あの結界水晶のある部屋に入るための鍵が手元になかったから。
その後あの警備員のいる部屋を通りぬける。入っていった第一王女が戻っていくだけだ。誰もおかしいとは思わないし、第一王女の側もそこにいた人間を殺す必要はない。そして書庫に入るための鍵をもとの場所に戻し、それから行方不明になり周囲の人間の記憶からも消える。
実のところ、思考を誘導するというのが魔王の能力の一つなのだとしたら、第一王女の事を誰も口にしない事にも理屈が付く。これが書庫の方にだけ細工が施されていて、かつ完全犯罪となっている理由なんじゃないか。
それに、あのユリアーネと名乗った相手がリリーに語った事のうちこの点は事実なんじゃないかと思われるのは、心の歪みや傷から魔王の力は相手の魂を染め上げて行くと言った部分だ。この部分、嘘を吐く理由がない。
第一王女殿下の立場に立ってみる。現在の年齢的にこちらが兄になるのだろう王太子殿下は何というか本物の天才っぽいし、妹になる第二王女は歴代最高の聖女。上下の比較対象がきつすぎる。
周りの貴族たちも悪意はなかっただろうが、第一王女殿下をものすごく軽く見ていたんじゃなかろうか。常に周囲から比較され続けて歪みを抱えたとしても、それはそれで理解できてしまう。そこを突かれたのかもしれない。
これが正解だとすると、理由はどうあれ王族である第一王女殿下の体に傷をつけたのは俺という事になる。どのような判断が下るにしても隠しておいていい事じゃない。その場で深々と頭を下げる。
陛下と王太子殿下たちが短く何か話し合っているようだが、その間俺は頭を下げ続けた。やがて陛下の口から言葉が漏れる。
「卿が何を誤解しているのかは知らぬが、第一王女は幼いころに病で命を落としておる」
驚いて顔を上げたが、陛下の目を見て理解した。これは“そういうことにする”という目だ。
確かに、魔王復活に第一王女が関係していたなんてのは別の意味でスキャンダルになる。初代国王がユリアーネ様を暗殺したかもしれないというのと並んで民衆には知られたくないだろう。かと言って行方不明とかにしたら偽物がわらわら出現しかねない。
幼いころに病没したために記録にも記憶にも残っていないのだという事で政治的に決着させるつもりだ。
「……さようでございましたか。臣の誤解をお許しくださいますよう」
「問題が多く激務もあった。そのように間違えることもあるであろう。気に病まずともよい」
「かの魔巫女に関しては後日報告書をあげてもらいたい」
「かしこまりました」
陛下に続き宰相閣下が横から言を継いだ。なんか理屈のつく物語を作れという事ですね。事実は墓の中まで持って行きますとも。
しかしこの決定、政治的には理解できるんだが、顔も知らず名前も思い出せない第一王女殿下にちょっと同情してしまう。優秀な兄と期待の妹に挟まれて王宮で過ごしてきたあげく、最初からいなかったことにされてしまうんだからさすがに哀れだ。
ひと段落したらあの遺跡に花を手向けに行く事にしよう。リリーを狙ったことは許せんがそれはそれとしてね。




